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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-40 ボン・クローネ駅

 市民会館の会議室準備室の暗さが変わる為には、会議室からの光を受けなければならない。けれど、光を受けるための方法もごく限られた方法しかない。何しろ、「監禁用に作られたんじゃないか?」と心配されそうな作りなのだ。


「なあ、ラクト?」

「なんだよ。怖いのか? ――私の大きな胸で抱きしめてあげようじゃないか」

「それは別にしなくていい。……そうじゃなくて、なんで織桜が会見終わって五分も経過してるのに来ないのかなって思って――」


 流石、デートでの待ち合わせの初経験者だけ有る。稔は、五分で支度が終わると考えているのである。


「馬鹿だな。あそこまでメディアが来てるってのに、五分位で終わるかっての」

「それは――」


 稔はため息を付いた。けれどそれは、自分の意見が通らなかったことへのため息ではない。「早く来てくれないかな」という合図である。サインである。そして、そんな大切な人を待つかのような稔の心配具合に、ラクトは少し笑いをこぼしそうになってしまったが、こらえた。



「――おまたせ――」



 ラクトが笑いを必死にこらえていた時、会議室の方から光が差し込んできた。


「え……?」

「おっ、驚いたかな……?」


 紛れも無い。織桜の登場だ。織桜はその金色の美しい髪をいろいろと整えていた。ヘアピンだの、シュシュだの、いろいろなアイテムを使って整えていた。

 一方で、会議室準備室の空気は重くなる。ラクトはその場所を立ち去ろうとしたが、敢えて留まった。


(――稔も織桜もデート初体験なんかいっ!)


 そう、彼らの心を読むためだ。彼らが何故空気を重くしてくれるのか、その理由を探るためだ。

 何にせよ、二人ともデートは初めてだということが判明し、ラクトはため息をつく。もっとも、ラクトが稔とボン・クローネ市の観光をしたのは確かだが、あれは本当のデートではない。

 なぜなら、「召使は、人間ではない」ためだ。


(メスの顔しやがって、この織桜とかいう女……)


 ただ、ラクトの言っていることは間違いではなかった。発情期ではないのは確かだが、織桜は完全に頬を染め上げてしまい、稔も何も言え出せないままだった。そのため、ラクトが側から入る。


「デートをしろ! デートを! ここはお見合い会場じゃねえんだよ!」

「……はい」


 ラクトの喝。言って、ラクトは胸の下で手を組む。溜息を付く暇もなく、彼女は二人の手を繋がせる。


「ほら、早く行くぞ」

「……」

「ああもう、ご主人様は私に耳を貸せ!」


 あまりにも進まず、二人とも一切声を出さないことをラクトが問題視し、ラクトはついに稔の耳元で指導を施す。ラクトと稔がこそこそ話をしている裏で、織桜はもじもじしていた。


「あのさぁ……。もう、私がデートプラン考えるから、それを実行しろ。ご主人様に任せらんね」

「すいません……」

「私に謝る必要はねえんだよ! 年齢が上なのは確かだが、相手はデート初体験者だ。……私とのデートで磨いた技術はないと思うが、それなりに活用しろ。相手のことを本当に悲しませてしまったと思った時だけ、お前は謝ればいい」

「――」

 

 熱血指導は似合わないラクトだが、まるで熱血指導を施す体育教師のようだ。もっとも、胸がたゆんたゆんしてしまう女を体育教師にするということは、男子中高生への挑戦状とも見て取れるが。


「まずは、テレポートしてボン・クローネ駅へ向かえ。そしてそこからエルダ駅を目指し、陰陽本線を電車で南下。帝国海軍最終母艦エルダの艦内にある『エルダ駅』に着いたら、そこでまた説明をする」

「お、おう……」


 返事に困っている様子の稔だったが、稔の指導は一旦そこで中断した。そしてまずは、駅に向かわせることにした。バスだとかが通っていないこの街から車で南の方向へ行くよりも、絶対に電車を使って行ったほうが良いという結論に、ラクトは至ったのだ。


(都市部であれば、『痴漢』というイベントが発生する可能性がある。もっとも、時間的にそれは無理だがな。しかしボックスシート、要は電車での対面座席であれば、痴漢というイベントはなかったとしても、話を強制的にしなければならないような雰囲気を作り出すことが可能……。フフフ)


 このように、完全に今回の稔と織桜のデートはラクトに乗っ取られた。けれど、臨機応変に行こうとしていたラクトは、稔がデートプランを変えたいと言ったら変えるべきだという考えだった。


「そ、それじゃ、織桜。テレポートするから、手を繋いでくれるかな……?」

「う、うん――」


 ラクトはそんな初々しい彼らの光景を見て、凄く嬉しい気分になっていた。まあ、弱みを握って嬉しがるっていうのは人としてどうかと思うが、ラクトは人じゃない、悪魔だ。悪魔の『人型』だ。


「ご主人様。私も手を繋ぎまっせ。テレポートを三人まとめてできたら、それでいいだろうし」

「分かった」


 稔は、ラクトに対してはそこまで動揺しているわけではなった。動揺すれば笑われるとか、そういうことを考えているわけではないのだ。ただ単に、話しやすいから同様する必要もない、ということなのだ。


 稔は、そんな動揺している自分を否定しようとした。しかし、否定するためにはまだまだ時間が掛かってしまうことは、本人が一番理解していた。けれど、テレポートで手を繋いだことがきっかけで、少しは改善されるのではないかと期待を寄せる。



「――テレポート、ボン・クローネ駅へ――ッ!」


 

 刹那の時間での移動が終わる。ボン・クローネ駅の前、先程更衣室を借りた時にも来た場所だ。リートは、また駅前を通っていた。そして、観衆からの声を貰っている。


 さて、テレポート対象は三人のはずなのだが、稔のテレポートは成功していた。稔を含めて二人しか効果が及ばないはずのテレポートなのに、三人でのテレポートが成功していたのだ。


「どうやら、召使は『人』ではなく、『人型』と考えられているようだね。だから、この結果になったんだと思う」

「そんなに都合のいい解釈ができるのか……」


 稔はそう言って、左の方向を見た。それを見たラクトは、連携するように稔と繋いでいた手を離す。そして、結果として稔と織桜だけが手を繋ぐ形になる。何だかんだ言って、これが理想型だ。


「あのさ、織桜。もっとこう、元気だしていいんだぞ?」

「――マジで? 分かった分かった。んじゃ、お前をリードすることにするわ」

「なっ……」


 稔は織桜の豹変っぷりに驚いたが、ラクトは織桜が豹変した事を笑った。ただ、「駅舎の中で不気味な笑い声を上げている人がいる」などと通報されると悪いので、ラクトはくすっ、と笑うに留まった。


「そもそも、お前はこの街のことを一切知らないだろ?」

「そ、そりゃそうに決まってんだろ……」

「ハハハ。まあいいさ。この愚弟を指導する事も、私の使命ということか」

「……」


 織桜は誰が見ても言うだろうが、猫をかぶっていた。稔は、その事を知っているにもかかわらず、具体的な対応を取ることが出来なかった。ラクトからすると、自分自身の主人の話で、蚊帳の外の話ではない。けれど、イジられている主人を見るのが楽しかった。


「まずは陰陽本線の乗り場の説明から。陰陽本線は、三番線と四番線のホームからなんだけど、エルダ駅の方向は四番線。因みに、切符は日本のものと大体同じだから、私が買ってくるよ。愚弟は帰りにまとめて買ってくれればいい」

「それってパシリじゃね?」

「デートにパシリも何も有るか、この愚弟が!」


 織桜は、稔の事を愚弟と言うことにした。そのキャラクターごとに言い方は変える方針なので、別に呼び名を固定するわけではない。現在は愚弟ということだ。


「てかこれ、デートというよりも姉弟デートじゃね?」

「今のキャラ設定だったらそうなるな」

「キャラ設定……?」

「ああ、悪い悪い。私は現実世界で声優をしていてね」

「せっ、声優――?」


 稔は驚く。声優をしている人が、目の前に居るのだ。とはいえ、稔が交通事故で無くなったように彼女も死んでいる人なのかもしれない。けれど、稔にそれを判断することは不可能だったし、彼女はそのことを口にしようとはしない。

 要は、稔が聞かなければ話してくれないというわけだ。


「まあ、詳しいことは後にして。取り敢えず切符を買おうか、愚弟よ」

「おう」


 稔も、自分自身が愚弟と呼ばれていることに対して何の違和感も覚えなかった。稔自身一人っ子なので、姉という存在を初めて持ったことになるのだ。そもそも、血の繋がりもないし、親が関わっていることもないような赤の他人なわけだが。

 そんな赤の他人の義姉に導かれるように、稔とラクトは切符券売機の前に行く。


「大体日本の切符券売機と同じだぞ、愚弟」

「そうか?」

「おう。ただ一つ言うことが有るとすれば、召使は別料金ってところか」

「マジで?」

「マジ。原則として、『子供料金×1.5』が召使の料金だ。因みに、大人の料金は『子供料金×2.0』ね」


 大人料金の半分が子供料金と言えるし、それは子供にも分かりやすいだろう。だが、大人料金の四分の三が召使料金と言っても、正直理解できる子供は、一定の年齢がなければ居ない。


「てなわけで、お金を頂戴したいんだけど――」

「サーセン。金ないっす」


 手を合わせ、申し訳無さをアピールする稔。そんな彼に、ラクトが協力する。


「お金は、私がいくらでも刷ってあげるよ?」

「それ、法律違反じゃ……」

「バレなきゃ大丈夫。そう、バレなきゃ大丈夫……」


 そんなことを言うラクトに、パンチが放たれた。


「残念だったな、貧乳よ――」

「なっ……」


 しかし、当然のごとくラクトは織桜のパンチを止める。そんなラクトは、顔からは全然辛そうな雰囲気を醸し出さない。流石は召使である。


「待て。デートの途中に乱闘は有り得ない」

「貴方には分からないでしょうね! 貧乳じゃないのに貧乳だとか言われる苦しみが! このクソ巨乳アマ!」

「だから殴るな!」

「ハァァ――ッ!」


 リートが来ていることもあって駅の警備は強化されているはずなのだが、民警も公警も駅の方へ来ない。そもそも、人混みだって結構だというのに、何故駅の中で殴り合おうとしてしまうのか、稔は気持ちが理解できなかった。


「取り敢えず、迷惑なの。理解した?」

「私は貧乳じゃないの! 誤解しないで、稔!」

「またキャラ変えたのか……」


 猫をかぶっているという訳ではないだろう。何しろ、静かにしているわけではないのだ。静かにしているのではなく、凄く活発なのだ。かぶっていた面をとった顔は、実は薄皮で、それも取ることが出来ました、というような状態である。


「ねぇ、稔。その召使の名前を教えてもらえない?」

「ラクト。正式名前はブラッドな。これからお前と行動するわけだから、そこら辺は頼むぞ」

「はいはい。――でも、それよりも先に言わせてもらいたいんだけど、いいかな?」

「なんだ?」

「私は貧乳ではないの。このラクトとかいう召使が巨乳なのは認めるけど、私だってCは――」


 男の前で話すべきではない内容に、公衆の面前で話すべきではない内容に、稔は思わずため息を付きたくなる。「また面倒なことになったのか」と心の中で言った。後、稔は咳払いして口に出してこう言った。


「あのな……。女の価値は胸で決まるわけじゃねえんだぞ? ラクトは前世がサキュバスだったから、ここまでの美貌っていうか、男をとりこにするような美貌になったのは確かだけどさ、お前だって十分魅力的だと思うぞ?」

「お世辞はいい」


 お世辞だと言って、もうそれ以上言わないでという織桜だったが、稔は続ける。


「お世辞なんかじゃねえよ。胸がないにしても、言葉遣いが良かったり、食べ方とかが悪くなかったり、身だしなみが汚くなかったり、それだけでポイントはアップだ」

「ポイント……アップ……」


 ポイントという言葉に、織桜は反応を示す。これで二四歳というのだから、本当に驚きといえば驚きだ。もっともアニメキャラだったら、「なんで独身教師やってんのお前」というキャラも居るから、事情があるのは間違いない。


「別に、年下の男に褒められても嬉しくないし!」

「そっか」


 稔も、ようやくデートのやり方のようなものを掴んだ気がした。けれど、それは織桜の多くのキャラクター性が有る上で成り立っていることであり、本性の織桜とは異なるのだ。否、そもそも本性がどういったものなのかということも、稔の中では大きな問題になっているのだが。


 切符を購入している最中に話していた織桜は、若干ツンツンしていた。言うまでもなく、これはツンデレを演じているのだ。先程のあれも演技のうちの一部であるが。


「――ほらよ。ちゃんと購入したからな?」

「ああ、ちゃんと見たぞ。ところで……」

「なんだ?」


 稔は一つ、演技の事ではないもので心配していることが有った。


「なぁ、お前の召使もこの旅行風デートに招待しないのか?」

「招待しようにも今日は平日よ? 図書館で勤務しているわけだし、この時間帯は昼飯を食べているはずでしょう。何故その考えに至るのか……って、召使の存在を知っているの?」

「知らなきゃ聞かねえよ。『カオス・アマテラス』。それがお前の召使の名前だ」

「ああ、合ってる」


 頷く織桜。けれど、織桜は図書館に勤務しているという理由を言って、ラクトや稔と共にデートすることは出来ないという主張を話す。――だが一つ、織桜は道具を出した。


「これは……?」

「これは、召使と自分との間を結ぶ赤い糸のようなものよ。主人が緊急事態だと思ったら、この道具にその旨を告げ、召使が緊急事態だと思った時も、召使が持ってるこの道具にその旨を告げる」

「呼び出しスイッチみたいな物か?」

「まあ、用途は合ってるわ。正式名称は忘れたけどね」

「……」


 呼び出しスイッチみたいな物であることは、稔も認識した。ただ、そういった物が有れば相当召使との意思疎通に役立つはずである。そこで、稔はそれが何処に売っているのかを聞く。


「それって、この街のデパートで売ってるの?」

「売ってないわよ。これは、ガチャで当てた景品よ」

「課金要素キタァァァ!」

「課金言うな!」


 ガチャと聞くと、どうしてもソーシャルゲームのそれにしか脳内変換できなくなってしまった……訳ではないが、大体始めにそれを思い浮かぶのが稔だ。もちろん、街中にあふれているガチャポンだとかガチャガチャだとか、そういう物を知らないわけではない。


「ストックしてないから、このデートが終わったら連れてってあげる」

「ガチャが有る場所に?」

「そうそう。……因みに、これはレアな物だからね。物欲センサー刺激してお金がどんどん消えるかもよ?」

「大丈夫。一回で止めるから」


 とはいえ、一回で止める必要はない。ラクトが居る限り、お金はどんどん刷れるのだから。けれど、やはり魔法を悪用するのはどうかと思った稔は、一回だけという信念を持つことにした。


「それで、一体何時に列車は来るんだ?」

「電光掲示板だと、一三時五三分だから、まだまだだね」

「そっか。じゃあ、昼飯は何処で食べればいいんだ?」

「弁当買ってきなよ。……もしかして、メッセの方でカレー食べようとしていた?」

「悪いか!」

「ハハハ。大丈夫だって、この駅に売ってるから」

「おお!」


 駅に売っている、といってもそれがレストランであるか売店であるのかは、厄介なところだ。やはり、一括りで出来ないのは結構厄介だ。


「それってレストラン?」

「違うよ。土産の品として売ってるんだ。レトルトカレーがね。まあ、レストランも有るから、そこで食べるのが一番いいんだろうけど――」


 そんな会話をしていた時だった。


「えっ……?」


 突如、爆発音が駅舎の中に轟いた。大きな音は、近くに居た利用者の耳の鼓膜を破る程度の音だ。幸い、稔とラクト、それに織桜の鼓膜は破れなかった。

 しかし、三人は爆発音がした方向へ向かった。生き残っている人達を助けるためだ。失われた七人の騎士ルーズ・セブン・ナイトとして、できる事をしたかったのだ。



『――臨時放送、臨時放送。現在、四番線ホームにて、爆発事件発生。一般利用客はただ立ちに駅舎内を出よ。繰り返す――』


 

 放送が入り、駅員は三人を止めようとする。しかし、駅員は止められない。

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