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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-26 スタイリスト

 更衣室は着替える場所である。だから本来、指定された性別の者以外が来るべきではない。でも、職業によっては、その制限が排除される。


「なら、なんで男子更衣室に居るんだ? スタイリストか?」

「ご名答です。……というか、それ以外でこの部屋に女が来るとお思いで?」

「いや、執事なら、掃除をしに来た可能性もあるだろう」

「それはメイドの仕事です。王家では、執事は外を、メイドは内を担当するものと相場が決まっています」


 執事が担当するのは、外部と接触する場。今夜のパーティーで言えば、料理運びや、王宮の堀より内側の敷地の警備、男性来賓の衣装の着脱や整髪などが当てはまる。一方、メイドが担当するのは内部。建物内の掃除、洗濯などは全てメイドの担当だ。女性来賓のドレスアップ協力は彼女らが行う。


「凄い素朴な疑問なんだが、……なんで女で執事やってるんだ? いや、障碍を持っているとかで公表したくないなら深くは聞かないが――」

「あの失礼な態度からは想像できないような優しさですね」


 敬語を使う時は、主に二つある。一つは相手を敬っている場合、もう一つは距離を置こうとしている場合だ。台詞ごとに汲み取れる相手の様子が異なるため断定することは難しいが、敬語を用いて毒を吐いている点を考慮すれば、後者にも足を踏み入れていると考えるのが妥当と言える。


「私が執事服を着ているのは、コスプレ好きだからとか、障碍持ちだからとか、そういうわけではありません。そういう決まりだからです」


 毒を吐いた後、執事服を着たスタイリストは咳払いして言った。一方の稔は、女の話を受けて二つの選択肢を排除し、「執事の人材が足らないから仕方なく男装せざるを得ないのではないか」といった、労働環境に注目した理由などを勝手に考えた。


「慣例上、執事とメイドの比率を同じにしなければならないという決まりがあるんです。大抵の使用人は王族の方の専属の秘書に就くのですが、この秘書は、正常な感覚を養育する観点から、異性でなければなりません。もし同性が秘書に就く場合は、異性に扮した格好を求められます」


 稔が王家の慣例を聞いて思ったことを端に発して、一つ議論が始まる。


「異性じゃなきゃダメって時点でどうかと思うけどな、俺は」

「でも、これについては、理に適っていると思いますよ。男性王族は王族としてその一生を終えることになりますが、一つのY染色体を繋ぐことに王室の意味がある以上、彼らに同性愛者になってもらっては困るのです」


 スタイリストは割と古風な考え方に肯定的な意見を示すと、こう続けた。


「もっとも、ギレリアル式の出産方法が通例になれば、同性愛者を認めても問題ないと思います。X染色体であっても、王家の血筋を繋ぐことに代わりはなくなるので。でも、エルフィリアの倫理観は、ギレリアルのように破綻していません。だから、異性限定という制度は、これからも続くと思います」


 技術で可能になったとしても、倫理がそれを許さないというケースは、科学の発達とともに徐々に増えてきた。兵器なんて代表的だが、革新的な出産方法も負けず劣らずである。例えば、ギレリアルで義務づけられている出産方法は、アングロレロを除く他のマドーロム大陸の国家では不可能だ。


「余談ですけど、この異性限定の秘書制度って結構古くからあるんですよ。元々は妃の為に夜のスキルを習得したかった国王が、十六歳のメイドを秘書に置いて卑猥な行為をしたところから始まるんですけど――」


 スタイリストは古の時代が好きなのか、話し出すと止まらなかった。


「これが一夜でバレちゃって、妃カム着火ファイヤーで、なんなら私もイケメンを秘書にする、とか言って十三歳くらいの男の子とやるんですけど、やっぱり旦那が一番、妻が一番ってことになって、思いをぶつけ合って、めでたくハッピーエンド――」

「……それ、古典作品か何かか?」

「はい! 『かたり』の『妃の夜』という小説の大まかな流れです!」


 頭を左右に振ってしまいたくなるような話だったが、性の盛んだった時代に描かれた物語であることを踏まえれば、そうならざるを得ないといえる。それはそれとして、稔は、スタイリストが全くの恥ずかしさを見せずに官能小説の一歩手前と言っても過言ではない作品の内容を暴露したことにびっくりしていた。


「そういう官能的な話は、人前で口にするものじゃねえぞ」

「官能的だから好きなのではありません。古典作品だから好きなのです!」

「だとしても、その内容をトントン拍子で話すのはダメだろ」

「え~、いいじゃないですか。『男なら 共有しよう エロサイト』でしょ?」


 男装したスタイリストは稔の過去を知らないから、黒髪に彼女を責める資格はない。エロサイトを表示させたままブラウザを消してなかったのを忘れ、彼女にレーティング付きの画像を見られてしまった話など、執事は知らない。加えて、詠んだ後に見せたドヤ顔がまた苛つかせる要因になった。


「そんな川柳を作るな! ていうかお前、執事をやっているとはいえ、胸に秘めた思いは一般的な女の子で居るべきだと思うぞ」

「さっき、性別で考えるなとか言ってましたよね?」

「それはそれ、これはこれだ。一意見と慣例の制度じゃ、拘束力が全然違うだろ?」

「そういうことでしたか」

 

 スタイリストの暴走が一段落したところで、稔は咳払いして女に問うた。


「……話を戻す。簡潔に言うと、お前が執事服を着ているのは、女性王族から秘書に指名されているから、でいいんだな?」

「そうですね。もう一つ、比率の調整というのも根拠になりますけど」

「役ではなく体格で、男女比はどれくらいなんだ?」

「ざっと三対七ですね」


 比率を聞くと稔は頷いた。確かに、慣例に従って、半ば強制的にメイドから執事に転向する人が居てもおかしくない微妙な比率だ。もちろん、母数が幾らであるかにもよるが、二桁であれば、男女比を見過ごせずに執事とメイドの数が半々になるように調整が行われても仕方ない。

 

「ところでお前は、執事として生活することに支障とかはないのか?」

「ほぼ無いですね。成り立ての頃は男子用トイレを使う度にドキドキしてましたけど。元々、男の子と間違えられるような女でしたから、男装してることはそう簡単にバレませんし。……例外が生まれちゃいましたけど」


 少しずつ、稔は話を変えたりしながら執事の核心に迫っていく。


「というか、今更ですけど、なんで私のことを根掘り葉掘り聞こうとするんですか? 貧しい胸、短い髪の毛、男のような言動。『ボーイッシュ』という言葉に逃げた魅力のない女の詳細が、そんなに知りたいんですか? 『女のスタイリストなんてお断りだよ』という遠回しのアピールですか?」


 稔はスタイリストの瞳をじっと見ていた。相手方は引くに引けないところまで来ていたから、それならいっそ言いたいことを全部言い切ってもらおうと思って、相手が使える逃げ道を無くすという手段に出たのである。


「本来は男の執事を充てる予定だったんですけど、織桜様が、『あいつは女慣れしてるから大丈夫だよ』と仰られたので、私が貴方のメイクや衣装設定の担当になりました。嫌なら今すぐ交代しますよ。ですので、お気軽に何なりと恥ずかしさを失った私めにお申し付けくださいませ」

「言いたいことは、それだけか?」


 しばらく続いた男装スタイリストの独壇場は、ようやく終りを迎える。稔が問うと、執事は口を閉ざしたまま何も言わなかった。弾丸を発射するかの如くぽんぽんぽんと言葉の矢を放っていたのだから、少しは反論したらどうかと思ったが、振り返った際に焦る気持ちを抱くことは誰にでも有り得る。


「魅力っつうのは、本人が気が付かない場所に存在するもんだぞ」


 嘆息を吐くと、稔は追い打ちをかけないように優しい声で言った。見ず知らずの異性を慰める行為は、必要性にかられて精霊と契約する際にした以来で、生身の人間に対して行う場合は初である。


「百人のヲタクに『好きなキャラは?』と聞けば、ほぼ十割に届く確率で、みんな違ったキャラクターを押してくる。ぶりっ子が好きな奴も居れば、サバサバしたのが好きなやつも居る。だから、きっとどこかにボーイッシュ好きは居るはずだ。所詮は、相手の感受性の問題でしかないんだから」


 俺は何て気持ち悪いことを言っているんだ――。稔はそう思いながら締め括った。軽蔑の眼差しが向けられているだろうと思いながら男装スタイリストの方を見る。女は、その瞳を閏わせていた。そして、我慢することも出来ず汚い形相で黒髪の方を見ている。鼻水をすすりながら、目を擦りながら、執事はこう切り出した。


「私は、売れ残らないで済むのでしょうか?」

「未来を予想することは俺の魔法じゃ無理だし、無責任なことは言えないから、それについてはノーコメントだ。でも、もっと自分をアピールしていけば、きっとどこかで、誰かが、お前の方を振り向いてくれると思う」

「アピール……」


 執事は恋愛分野に関して相当焦っていたようで、稔の話を熱心に聞いていた。かくいう彼もそこまで色恋沙汰に詳しいわけでもない。むしろ悩んできた方にある。しかし、黒髪の過去の話を知らないその女には、恋愛のプロに見えたらしい。真面目な表情は一瞬にして不満の表情に変わった。


「やっぱり貴方、女慣れしてます」

「そうか?」

「だって、異性だからって変に意識しないじゃないですか! 彼女が居ると、こうにまで傲慢になるんですね」

「その話も聞いてたのか。まあ、その通りだが」

「これがリア充の余裕ですか? 中指立てて卑猥語フォー・レター・ワード叫びましょうか?」

「やめろ」


 スラム街でやったら見ず知らずの男に犯されたり殺されたりしかねない行動を取ることに、女は特に抵抗が無かった。もっとも、本気でやる気は無いのだろうが、常人の域を越えた先にある人と一緒に居たということで風評被害は被りたくないので、黒髪は何が何でも止めようとした。


「……調子、取り戻したみたいだな」

「そうですね」

「じゃあ、そろそろスタイリストとしての仕事をしてもらえると――」

「そうですね」


 スタイリストの精神状態が安定したところで、稔は話を切り替える。この部屋へ来た目的を伝えると、執事は謝ること無く黒髪を鏡台の前の椅子に座らせた。その間に女は鏡台の棚から必要な道具を取り出すと、更衣室の隣にある衣服の倉庫部屋へ向かい、一着選んで更衣室へ持ってくる。


「先程は醜悪な姿をお見せして申し訳ありませんでした」

「気にするなって。どうしても、追い詰められると焦りは強くなるから」


 スタイリストは仕事を始める前に自分が見せた醜態について頭を下げた。稔はそういう執事に包み込むように慰めの言葉を与え、笑って流す。


「罪滅ぼしになるかは分かりませんが、全力でさせて頂きます。貴方の彼女さんを担当しているスタイリストさんも王家の使用人の一人なんですが、結構な実力の持ち主なので、負けないようにプロデュースしますね。まあ、競う土俵が違うので意味を成さないかもしれませんが」


 そう言うと、女は棚から取り出した道具箱を開ける。自分のセンスを表現するのに必要な道具を取り出すと、その感性を稔というパレットの上で爆発させた。選んだ衣装に着替えてもらった後で髪の毛を上げ、下に降りないように固める。色々整え終えた頃には、二十分ほど経過していた。


「一応完成です。良ければもう修正は加えませんけど、どうします?」

「ありがとう。俺はこれでいいと思うぞ」

「こちらこそ有難うございました。喜んで頂けて光栄です」


 スタイリストは笑みを浮かべて感謝の気持ちを素直に現した。同頃、扉の向こうからノック音が聞こえる。稔の衣装を担当した執事はラクトのドレスアップを担当するメイドと合図を決めていたらしく、ノック音を受けて話を切り替えた。


「彼女さんの方も仕上がったそうなので、ご案内致しますね」

「四十五分掛かるんじゃなかったのか?」

「若い方だと軽い化粧で済ませる方も居ますからね。あくまで目安ですから」

「それもそうだな」


 四十五分も必要無い人もいれば、その時間配分で丁度良い人も居るし、単位をミニットからアワーに変えないとメイクが終わらない人も居る。執事を慰めるときに稔が言ったように、何をするにせよ人それぞれ違った味がある。


「では、こちらへ」


 よく考えれば分かることに何故気が付かなかったのか、稔は少し悔しがる。それはそれとして、黒髪は執事の後に着いて男子更衣室を後にした。扉の前には藍色の髪をしたメイドが居て、ラクトのドレスアップを担当したメイクさんだと紹介を受ける。廊下を進み、二十秒で女子更衣室の前に着いた。


「私が次に指示を出すまで、下を向いていてください」


 男装執事から指示を受けると、稔はそれに従ってカーペットを見た。一方のメイドは、女子更衣室をドアを開けてラクトを廊下へ呼ぶ。靴と床が振れた際に出る音で、黒髪はラクトがハイヒールを履いていることを見抜いた。足音が消えたところで、稔の衣装を手掛けたスタイリストが口を開く。


「どうぞ、後ろをご覧ください」


 稔は顔を上げて後ろを見た。

私用で更新が2週間近く空いてしまって大変失礼しました。

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