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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-23 誰そ彼時

 ニューレ・イドーラ時刻では午後四時半を回っていた。予定時刻より三十分近く遅れての到着となったが、余裕をもって王宮へ向かえることに変わりはない。もっとも、予定には無かった活動が増えたために、見方を変えれば余裕を失っていると見ることも出来るわけだが。


「あのさ、稔」

「どうした?」

「あと九十分くらいしか自由に動き回れる時間ないけど、デートっぽい何かしない?」

「『何か』ってなんだ『何か』って」


 ミライ達が作戦を考えていなければ、別途自分達で図書館やインターネットを活用しフルンティ市の土地等の詳細が書かれた資料を回収、喫茶店にでも入って考える必要があるが、それら一切はミライが責任を負うことになっている。ラクトはそうして出来た隙間を有効に使うしかないと考えて提案した。


「ぶっちゃけ俺ら、六日間ぶっ続けでデートしてるようなもんだけどな」

「いや、確かにその通りなんだけど……」


 ラクトは不満そうな顔を浮かべる。


「でも俺、王都の詳しいことなんて全く知らねえぞ?」

「知ってるよそんなこと。何日も一緒にいれば分かるって」

「ラクトが色々連れて行ってくれるのか?」

「どうせ数時間後には魔法使いまくるんだし、今から動き回りはしないかな。あ、でも、私の故郷の絶景スポットで知ってる場所があるけど、……行く?」


 ラクトが問うと、稔は間を置くことなく頷いた。刹那、赤髪は表情を緩めると耳元で移動先を告げる。国境を越えた先、エルダレア東部の海岸。王都との時差が三時間程度という港町だった。黒髪は迷うことなく魔法を使用する。



 目の前に映った夕焼けが照らす大海原を見て、稔は息を呑んだ。電柱が良い味を出している。海を航行する一隻の船は実にあわれだった。左手には灯台が見える。ラクトは黒髪の一歩前に出ると、その方向を指差した。


「砂浜から見る海、綺麗でしょ! でも、もっと凄いのあるんだよ」

「灯台から見る沈む夕日だろ? よくあるやつじゃん」

「ふふふ。まあ、騙されたと思って飛んでみるといい」

「そうするか」


 ラクトの態度から汲み取れる自信は相当だった。騙されたと思ってここは彼女の案に乗ってみるかと思って、稔はざっと灯台までの直線距離を計算し、一気に飛ぶ。もともと高台だった場所に建っていた灯台の目の前に着くと、黒髪が前になって屋上へ続く階段を上っていった。


「屋上に着いても、絶対海の方見ないでね」


 床に差し込む橙色の光を頼りに階段を進んでいくと、三百段ほどで灯台の屋上に到達する。中央には鐘があって、その下に説明文が書かれた石碑が置かれていた。屋上の海側の一角にはベンチがある。ラクトは遅れて階段を登り切ると、自信ありげに稔に話しかけた。


「海の方、見て」


 振り返った先に映ったのは美しい黄昏の空だった。空に浮かぶ雲と雲の間にはオレンジ色の線が映っていたが、半丸の太陽は見えない。空は段々と黒色に染まり始める。あまりの絶景に言葉を失った稔の方にラクトは近づいた。肩をくっつけると、彼女は笑みを浮かべて言う。


「へへーん、高をくくった稔の敗北だ!」

「これは完敗だ。こんな絶景があるなんて思わなかった」


 太陽が完全に見えなくなるまでは、夕日が最も色づいてから一時間程度余裕がある。まだ薄っすらと残る橙色の空をバックに記念写真の一つでも撮ろうと、稔はスマホを取り出した。


「詫びとしては適切かわからないが、写真撮らないか?」

「撮りたいだけでしょ? もちろん良いけどさ」

「ありがとな」


 そう言いながらカメラアプリを起動し、背面ではなく内側のカメラに切り替える。右上のタイマーアイコンを押して十秒で設定すると、黒髪はさらに赤髪の方へ近づいた。触れ合う頬に意識を向かわせてしまったラクトは、撮影直前になって一気に頬を赤らめていく。


「夕焼けの色より赤くなってどうすんだよ」

「う、うるさいなっ! も、もう一回撮るよ!」


 赤髪が照れ顔をいじられて反論できずにいるのは日常茶飯な事である。黒髪がそれを見てニヤニヤしてりいじったりするのもまた常事つねことである。もっとも、男子高校生といえど、稔も疲労が溜まってきていたから、全盛期ほどのいじり倒しは不可能になっていたが。


 同じように右上のタイマーアイコンを押して十秒後に撮影の予約を入れておく。途端、画面中央ではカウントダウンが始まった。一つスカッとしておくと、賢者タイム――もとい、真面目タイムが訪れる。今度は照れることなくラクトは写真撮影に入った。左頬の横でピースサインを作る。一方の稔は、対称になるように右頬の横でピースサインを作った。


 カウントダウンが残り三秒くらいになったところで、赤髪が黒髪と頬をくっつける。予想外の積極性に稔は一瞬ドキッとしたが、カメラの方向から目線を外すことはない。お互いに笑みを浮かべたところでシャッター音が鳴った。


「どう?」

「いいと思う。これはロック画面確定だな」


 オレンジ色に染まったひつじ雲をバックに撮られたツーショットは、16:9になるように調整した後、すぐにロック画面の背景に設定された。シルエットのように、しかし完全に黒に染まったわけではない二人の姿と、風が作り出した海原の波、そして、高く遠くに見える高積雲。絵の題材になってもおかしくないほどの会心の出来だった。


「ラクト。他に寄っておきたい絶景スポットとかあるか?」

「無いよ。遅れるとダメだし、王都へ戻ろう」

「そうだな」


 行き先が決まると、稔はその後どうするか考えずにテレポートを使用した。ラクトは何も調べない行き当たりばったりの旅もまた楽しいものだと思って、文句を言わずに黒髪についていく。絶景スポットで潰した時間は十分程度。王宮へ入る予定時刻はまだまだ先のことだった。



 稔の独断と偏見で飛んできた先は王都中央駅。どういう構造であるとかそんなことは知らないが、大抵ターミナル駅は買い物施設の一つや二つ必ずある。況してや首都の中央駅だ。書店でも家電量販店でも喫茶店でも、暇を潰せる施設が無いわけがない。黒髪のその予想は良い意味で裏切られた。


「王都中央駅ってこんな広い駅だったのか……」


 普段から東京近郊のダンジョンを攻略している身としては、少なくとも在来線や高速鉄道を運営する会社が提供する王都中央駅を複雑な構造だと捉えることは出来なかった。しかし、駅の敷地が馬鹿みたいに広いのは事実だ。駅にショッピングモールが併設されているのだから、仕方ない。


「ここは駅っていうかショッピングモールだけどね。そういえば、外装凄いんだよ」

「王都中央駅のか?」

「うん。こっちじゃなくて反対側だけど。で、駅舎を出ると目と鼻の先が王宮」

「へえ。それなら、六時までここら近辺散策するか」

「そうだね」

「じゃ、まずは王宮口を目指すとしよう」


 行き当たりばったりの旅の内容が更新された。稔とラクトはぎゅっと手を繋ぐと、離れないように肩と肩が触れ合いそうな距離で歩き、王都中央駅の東側から西側の王宮口を目指す。在来線ホームは高速鉄道のホームと同一階にあり、自由通路はその下を通っていた。途中の噴水広場では、路上ライブが行われている。


 王都中央駅の王宮口は、ショッピングモールと接続している東口と異なり、自由通路がぶつ切りされるように終わっていた。右に曲がってすぐのエスカレーターを降りるとそこは出口で、左手を見ると王宮がある。摩天楼の並ぶ大都会の一角にあるその建物の周辺には、沢山の木々が植えられていた。


「凄い外装って赤レンガのことか」


 くるりと方向を一八〇度転換し、駅舎を左手に見るように歩道を進む。王宮正門交差点まで直進すると横断歩道を渡って、王宮前の広場辺りで後ろを向いた。王都中央駅の後方にはニューレイドーラの摩天楼が見えるが、こちら側にはそれという高層建築物は皆無。洋風建築の駅舎は良く映えていた。駅舎の壁に飾られた大きな時計もいい味を出している。


「撮るぞ」


 衝動が抑えきれなくなった稔は、ポケットからシュッとスマホを取り出し、カメラアプリをサッと起動した。ラクトは「またいじられるのか……」とあまり乗り気ではなかったが、黒髪は超えてはいけないところを知っている。既にインカメラになっていた為すぐにポーズを整えていったが、その際、彼は赤髪のことを一度もおちょくらなかった。


「……あ、自撮り棒要る?」

「頼む」


 ラクトは不服なような有り難いような複雑な気持ちだった。もう少し出方を窺ってみたくなって話しかけてみたはいいものの、事務連絡をした後に返されるような返事に聞こえてしまって、余計ややこしくなる。自撮り棒を準備している最中、赤髪はずっとモヤモヤを晴らすことが出来ずにいた。


「はい、自撮り棒」

「ありがとう」


 稔は自撮り棒を持つと、すぐに柄の部分のボタン上に親指を置いた。今度はタイマーを三秒に設定して撮影する。なかなか言葉に表せず終始モヤモヤしていたラクトも、ここは決めようと気持ちを入れ替えて取り掛かった。シャッター音を聞いた後、ボヤけていないのを確認する。


「なんかこれ、恥ずかしい……」

「気にするな。振り返れば、人生なんて恥ずかしいことの連続だぞ」


 稔は左手、ラクトは右手でハートの片側を作り、組み合わせたものを写真に映す。ハートの横には二人の顔。行き交う人達から白い眼差しが向けられているのは言うまでもなく、ラクトはいつも見せるそれとは違う赤らめ顔になった。


「自撮り棒返しておくぞ」

「ありがとう」


 もっとも、軽度だったため、恥ずかしすぎて下を向いたままということはなく気に留める必要はない。自撮り棒を受け取った時微かにラクトは頬を赤くしていたが、それで何か弊害が生まれているわけではなかった。そんな彼女は、稔がスマホをロックしてポケットの中へ戻すのに並行して彼の手をぎゅっと握り、質問する。


「次、どこ行く?」

「ショッピングモールにあるカフェに入って一時間くらい雑談でもしてようぜ」

「うん、それでいこう」


 一時間で終わる映画はそう多くないし、博物館や美術館は学生料金だとしても入館料が高くつく。その点、喫茶店はコストパフォーマンスが最強だ。安価で長時間居座れる。ラクトは他に思いつかなかったので、稔の案を呑み、同時に二人は来た道を戻ってショッピングモールへ向かった。


 エスカレーターを上って改めて自由通路を通る。ボン・クローネ発の高速鉄道を走る列車が到着したようで、上階の高速鉄道ホームからゾロゾロと人が下りてきていた。稔とラクトは、そんな人混みの中をを離れ離れにならないように手をさらに強く握って進む。特に問題もなく、さっきまで居たショッピングモールの入口まで戻ってくることが出来た。

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