5-22 沈んだ街
振り向いた先に見えたのは白髪ツインテールの美少女だった。青い縁の眼鏡を掛けている彼女は、名乗ることなく緊迫感のある様子で突然話しかけてきたが、警察機関から送られた訳ではないらしい。咳払いすると、少女はその白く美しい毛を揺らして言う。
「ミライと申します」
「『ミライ』か、良い名前だな。――で、何のようだ? 俺の名前を知ってるみたいだが」
「今日の夜、あなたたちが宴を終えた頃、フルンティ市が水に飲まれます」
「……なぜ、そんなことが分かる?」
「私は時間軸を超えられるんです。過去へも未来へも、分身を飛ばしてデータを収集することで、出来事の詳細を報告することが出来るんですよ」
ラクトの方を見ると、彼女は首を上下に振った。ミライは嘘を言っているわけではないらしい。本当に未来も過去も見ることが出来る魔法を使える能力者だった。少しして、料理店街の方へ疲れきった様子の美少女がもう一人歩いてくる。今度は黒髪のポニーテール姿。着ているTシャツには、『働かざるもの食うべからず』とある。
「私が走るの遅いことしってて早く走るなんて、ぷんぷんむっしゃかちーんです!」
遅れてきた美少女は白髪の少女を追って全力で走ってきたらしく、相当疲れた様子だった。言いたいことを言い切ると近くの座席に一目散に座り、そこで呼吸を整える。全く疲れていない様子のミライとは大違いだった。
「えっと、……姉妹?」
「はい。私が姉で、こちらが妹のブラウズです。妹は相手の脳をジャック出来ます」
「操作できるってことか?」
「話が早いですね。では、見てもらいましょうか、荒廃した学園都市の姿を」
姉は下を向きながら口角を上げて言った。力を出し切った感で満ちていたブラウズは、軽く舌打ちしてミライに対し狼のような顔で威嚇する。「私はまだ回復していない」と主張したい気持ちはひしひしと伝わってくる。だが、妹は姉に逆らえなかった。威嚇を合図に、ブラウズは魔法を行使する。
「うっ……」
「いぎっ……」
稔もラクトも脳が震えた為に変な声を出してしまった。強制的に瞼を閉じさせられると、同時、どこかの街の鮮明な光景が見える。見覚えのある風景だ。マンションが立ち並んでいる砂浜の上に立つ街を見下ろす高台――。間違いない、ここはフルンティの南側にある山から見た夜景だ。
綺麗な夕焼けの空。海では日が沈んでいる。しかし、街は只ならぬ様子だった。前線の停滞による大雨によって学園都市へと続く小川の上流で決壊が相次ぎ、凄まじい勢いの水がフルンティの市街地に流れ込んでいたのだ。堤防をぶっ壊した水は地下を求めて下降を続ける。地下鉄は完全に浸水していた。
「(チームベータに行った時に雨降ってたけど、あれ昨日から続いてたのか……)」
ジャックされた視界の中央部に記録された時刻が表示されると、早送りが始まった。日が完全に沈んだ後で、フルンティの綺麗な夜景が映し出される。早送りは二十時を過ぎたところで止まった。五秒程度で画面中央の時刻表示は消える。そして、次の瞬間――。
「(地震、だと……?)」
フルンティ時刻二十時二十六分十八秒。学園都市を巨大地震が襲った。街中にはアラームが響き、マンションの各階から出ていた照明の明かりは一瞬にして消える。でも、真っ暗な世界にはならない。海岸に面した工場の一角から火の手が上がったのである。それだけでない。時間が時間なだけに、マンションの至る所から火が上がり始めた。
「(そんな……)」
そして、避難指示が発される。
「Evacuation directive. Evacuation directive. A large-scale tsunami warning was issued to the coast of Flenty state. This city will be drunk by tsunami. You must evacuate to higher ground or taller building, right away.」
まだ地震の揺れは収まっていないが、ギレリアルの気象局は津波警報を発令した。「津波」についてはマドーロムでも万国共通の言葉らしく、言い方は異なるものの日本語のままで使われていた。避難指示を受け、住民達は次々と上層階へ避難していく。雨はまだやんでいない。
「(街が沈むって、どういうことなんだ……?)」
真っ暗闇では何も分からない。しかし、津波が押し寄せてきているのは確かだった。地震発生からわずか十分後、フルンティを七メートル程の津波が襲った。やっと復興しだした街を津波が飲み込む。だが、学園都市は高層の建物が密集した都市だ。上へ逃げれば津波からの被害に遭うことは――。
「(爆発……)」
流れ込んできた津波に化学工場から流失した物質が流入し、大爆発を引き起こした。漂流した化学物質の一部は臨海部のタンクを誘爆炎上させ、周囲のマンションを破壊する。消防本部は屋上すれすれまで水に浸かっており、出動できる状況ではなかった。初動が遅れたことも重なり、マンションは激しく炎上、数時間後に骨組みもろとも崩れ去った。
片や川沿いに建っていたマンションの一部は、川を遡上した水と大雨で増えた水が既に壊れていた堤防を越えてきたことで土台が一気に緩み、地盤が緩んでいたこと、地下に溜まっていた水が溢れだしたことが重なり合い、徐々に徐々に傾斜をつけていき、遂には倒れた。
第二波が来る少し前にも巨大な余震が発生。壊れていなかった堤防についても、遡上した津波と川から下りてきた水が重なったことにより、水かさが増してキャパオーバーを起こし崩れ去った。次々と土砂や流木、漂流ゴミが学園都市に流入していく。
津波は、稔達が見せられている映像を記録していたフルンティ市郊外の山にも押し寄せてきた。もちろん何十メートルという高さから撮影されていた映像に波の本体は映っていない。しかし、波は山の麓まで来ていた。キラーウェーブは何度も何度も襲来し、人を、街を、建物を、丘を、飲み込んだ。
再び画面中央に時刻が現れ、進んでいく。満潮時刻の二十二時四十分頃に一旦早送りが止まったが、すぐに再開され、以降は日付が変わっても日が出るまで早送りが続けられた。次に止まったのは朝の五時四十分すぎ。降り続いていた雨は三時頃にやんだらしい。しかし、津波が運んだ水は引いていなかった。
「「……」」
二人は言葉を失った。「これが、自分達が助けた都市なのか」
夜が明けると、そこは水上都市だった。海岸や川岸にあった建物は、骨組みもろとも流されたもの、化学工場の爆発によって誘爆炎上し崩壊したもの、下層階の装飾が消え去ったものなど、目を覆いたくなるようなものが大半だった。街中には逃げ遅れて溺死した多くの人の死体が浮かんでいる。
夜間に津波で死ぬことを気にせず必死で消火活動に尽力した消防団員達の活躍により、化学工場からの出火は、炎については何とかなっていた。しかし、車を動かせないという状況は救命が絶望的なものになるということでもある。ヘリコプターを出動させたは良いものの数が足らず、救えたはずの命を失う結果になってしまった。
津波の警報は解かれていない。フルンティ沿岸部には引き続き大津波警報が発令されたままだ。観測所の設備は津波で破壊され、市役所屋上に設置された地震計は津波に飲み込まれなかったものの、酷く損傷していて使いものにならない。市街地へ続く道は水没し、物資支援は航空輸送か海上輸送に限られている。
もはや、その街にギレリアル東部の大都市の面影は無かった。ライフラインは完全に寸断され、報道ヘリや救助ヘリの音が街中に響く。マンションの屋上に「SOS」と書いた学生も数多く居た。しかし今度は、ヘリで輸送できてもフルンティ市内の病院だけでは診きれないという事態が発生してしまう。理由は単純。大半が津波で沈み、必要な医療機器を流失したためだ。
そういうこともあり、市郊外の山頂に建つ市民病院では診察できる上限人数を越えた。院長は他の総合病院に助けを求める。しかし、フルンティは連邦東部にある都市で一番大きな街。それに次ぐ市は、最大でも十万程度の人口しか有していなかった。しかも、その市は海岸に面している。搬送しても迷惑になるだけなのは言うまでもない。
総合病院が悩みに悩んで国外診察の検討を始める。そんな朝五時五十分すぎ。追い打ちをかけるように、砂上の学園都市を猛烈な余震が襲った。度重なる津波で機能停止に陥りサイレンを流すことも出来ない市役所に代わり、濡れなかった機材を社屋の屋上に持ち寄って放送を再開していた地元の放送メディアが、地震警戒情報の発令とともにサイレンを鳴らす。
フルンティ気象局発表の情報はマグニチュード8.0を超えていた。揺れは三十秒近く続いた。それはもはや、並大抵の余震と呼べるレベルのものではない。震源は四日前の昼に起きた地震よりも北側、海底数十キロ。収束していたはずの津波が再び襲来することが確定した。
津波襲来が分かっても、市民はビルの屋上に行くことくらいしか出来ない。報道ヘリは次々に沿岸数十キロへと向かっていく。救助ヘリはその間にビルの屋上で一夜を明かした市民などを救出していく。津波が来るまで一時的に道路が見えた時間帯もあった。もちろんそれは、希望のある話ではない。
朝六時八分。余震が原因の津波がフルンティに襲来した。地震発生から津波襲来までの間にあった引き潮から想像できる通り波高は高く、第一波で六メートル近くあった。津波は学園都市の砂浜を刳り、既に溢れかえっている川を遡上し、耐えぬいたビルの壁面や土台を破壊していく。
そんな中、記録的な映像が撮られた。海岸付近のマンションが物凄い音を立てて倒れたのである。倒れた方向にあったビルを巻き込み、二つまとめて水に沈んでいく。屋上に避難していた住人の幾らかは海に放り出された。津波に抗って泳ぐことも出来ずに飲まれた人も多い。投げ出された一部には、他のビルに衝突して出血多量で死んだ人も居る。
その後、第三波が街を襲う映像が流されたところで上映会は終わった。ミライ曰く、フルンティは砂浜の上に立つ街の宿命として、この後液状化で多大な損害を被ることになるらしい。本来ならさらに見せたかったが、彼女は時間的に余裕が無い二人を拘束したくない一心でやめたと言う。
「救っていただけますか?」
「一人残らず救えるかはわからない。けど、やれるだけやってみる」
「ありがとうございます。では、パーティー終了後、王都中央駅で」
「一緒に行動するのか」
「未来を把握している私に指揮を執らせてください」
「そういうことか、分かった。じゃ、そういう方向で頼む」
話は順調にまとまっていったが、稔とミライの話を聞いていたラクトは乗り気でなかった。それはもちろん嫉妬ではない。パーティーが長引いた場合を考えた時、約束するのはまずいのではないかと咄嗟に思ったのだ。でも、ミライの話は嘘と思えない。悩むのも嫌になり、赤髪は「もうどうにでもなれ」と思って、黒髪の考えに従うことにした。
「私達はこれで失礼します」
「ばいばいです!」
ミライとブラウズは話したいだけ話すと足早にホテルを去った。彼女達は建物の外で龍に似た召使を召喚すると、それに跨ってエルフィリアの方に向かって飛んでいく。時計を確認すると、時刻は朝の六時を回っていた。見せられた映像は編集されていて実際よりも早く進んでいたが、視聴に要する時間はそれなりに確保しなければならなかったらしい。
「部屋戻って王都行くぞ」
「うん」
空き容器を返却口に置くと、稔とラクトはテレポートで五〇四号室へ戻った。改めて歯を磨き、身嗜みを整え、部屋を来た時と同じようにして、鍵を持ってロビーに向かう。朝の六時二十分頃、チェックアウトが完了した。手を繋ぎ、今度はエルフィリアの王都まで一気に移動する。




