表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
409/474

5-17 一番の嫌われ者と一番の人気者

 脱衣所に入って、稔はまず驚いた。自分が置いておいた衣類が丸ごとが無くなっていたのである。犯人として挙げられる人物は一人しか居なかったが、念のためラクトに聞いておいた。


「ラクト、俺の衣類盗んだ?」

「人聞きの悪いこと言うなっ! 洗濯するために運んだだけだよ」

「そうだったのか、ありがとう。一言言ってくれればよかったのに」

「色々あったから言いづらかったんだよ」

「まあ、あの雰囲気じゃ言いづらいわな」


 時間を置いたことで問題なく話せるようになっていたが、ラクトが風呂を出た時のようにお互い恥ずかしさからおかしくなっていた状態では言えなかっただろう。


「寝間着、浴衣にしたのか」

「嫌だった?」

「むしろ嬉しいな。浴衣姿のラクト見てみたいし」

「そっか。じゃあ、震えて待ってろ」

「ああ。震えて待ってるぜ」

「おう。てか、さっさと着替えろ」

「もう着替え終えてるけど」

「早っ!」


 ラクトと話をしている間に稔は浴衣を着終えていた。夏祭り等で着るような浴衣ほど複雑ではないので、着方さえ覚えておけばとんとん拍子に終わる。体を拭くために使ったバスタオルを畳んで元々あった場所に置いて、黒髪は脱衣所を出た。


「似合ってるよ」

「ありがとな。そういやラクト、パーカー脱いだんだな」

「濡れたまま過ごすの嫌だし」


 稔の胸一点狙い攻撃で濡れたパーカーを洗濯カゴに入れた後、ラクトはパーカーの下に着ていたTシャツになり、より軽装化していた。久しぶりに彼女のラフな格好を見て、改めて素の良さを理解する。


「それはそうと、ほら、入ってこいよ」

「うん。……風呂場に乱入してこないでね?」

「乱入した奴が言う台詞じゃないだろ、それ」

「まあね。では、また後で」


 稔は脱衣所を出、ラクトは脱衣所へ入る。赤髪は浴室に乱入すること事態に恥ずかしさはあっても抵抗は無いようだが、不意打ちを食らうのは嫌なようで、脱衣所に入った途端に鍵を閉めた。黒髪は通路を進んでメインルームに向かい、ミニ冷蔵庫から彼女が買ってきてくれた水を取り出して飲む。


「うん、おいしい!」


 いい飲みっぷりを披露し、風呂あがりに冷えた飲料を飲むことの至高さを痛感する。同時に、「ただの水がこれほどまで美味しく感じるとは、一体自分はどれだけ疲れているのだろう」とも思い、体を労るきっかけにもなった。テレビをつけてニュース番組を見ていると、脱衣所からラクトの声が聞こえた。


「稔、布団の辺りに浴衣ない?」

「あるぞ。届ければいいんだな?」

「いや、そういうわけじゃな――」


 ラクトがした忘れ物を見つけると、稔はすぐに脱衣所へ向かってテレポートした。しかし、着いて早々に目に入ってきたのは生まれたままの何一つガードなき彼女の姿。黒髪は咄嗟に後ろを向いて、右手で浴衣を持って、そちらだけ赤髪の方に出す。左手は両目を覆い隠すために使われた。


「な、何も見てないから!」

「無理して嘘を言う必要なんかないって。大体、日頃から色んな人から視線を注がれてる私に、チラ見してないって嘘がバレないようにするのは至難の業だと思うよ?」

「ごめん……」


 ラクトは浴衣を受け取ると、脚なし机の中段に運んで置く中で、稔が吐いた嘘を容易く見破った。少しして、見破られて以降悪いことをしてしまったという思いが強すぎて心の中をどんよりした雰囲気にさせている黒髪に、赤髪はポジティブな考え方を伝える。


「てか、私も不意打ち食らったんだし、お互い様ってことにすればいいじゃん」

「本当にできた女だな、ラクトは」

「ありがと」


 見られたからといって暴行せず、むしろ包み込むように新たな考え方を提供する姿勢に心を打たれ、稔はお世辞でない本心から褒め言葉を発した。しかし、全部が全部包み込めるわけではなかった。褒め言葉を貰った感謝の意を彼氏に伝えてから、ラクトは許容できなかった事柄について一言入れる。


「それじゃ、私の方を向かずにさっさと戻れ」

「浴衣姿、期待してるぞ」


 稔はそう言って脱衣所を後にしようとした。しかし、ここでラクトが試練を課す。


「手ぶらで変えるつもり?」

「何も運ぶものないだろ」

「私の衣類、洗濯カゴに入れておいてくれると助かるんだけど」

「どうせなら洗濯しておくが?」

「気持ちだけ受け取っとくね。お風呂の残り湯使う予定だから」

「わかった」


 ラクトはそう言って浴室へ向かった。脱衣所と浴室を隔てる戸が開いた後、閉まった音が聞こえたのを確認して、稔はラクトが着ていた服などの回収を行う。下着を触った時はとてつもなく申し訳ないことをしている気持ちに駆られたが、頼まれ事であることに変わりはない。気を確かにして、彼は脱衣所から洗濯カゴの前へひとっ飛びし、持ってきた衣類を投入する。


「しかし暇だな……」


 頼まれた事を終わらせてメインルームに戻り、テレビのニュース番組を見ての率直な感想はそれだった。魂石から精霊を呼び出して誰でもいいから話し相手になってもらえないかと思ったが、アイテイルは負傷箇所の治癒に専念するためロック中、紫髪姉妹もまた身体的、心理的な疲れから睡眠を取っている。


「これって俺らじゃ……」


 精霊を呼び出すことが不可能であることを知って再びテレビの方に視線を移した時だった。なんと、ニュース番組で今日の夕方に行われた強制収容所の解放を懸けた戦いが放送されたのである。日本のニュースでは右上に概要や見出し的なものが表示されるが、アングロレロでも同じように表示されていた。


『All of Concentration Camps Was Stopped By Two Man Wins』


 強制収容所が二人の男の勝利によって停止した、という見出しだ。ラクトが男扱いされているのは男装していたからであるため仕方ないといえば仕方ないのだが、彼氏として報道機関からそう捉えられるのは気に障る。でも、見出しだけ見て内容を見なければ、ニュースを報道機関がどう捉えているか理解できない。黒髪は引き続きテレビの方に視線を注いだ。


 ニュースを聞くと、事実を捻じ曲げて放送しているわけでないということは分かった。数々の知らない単語が出てきたが、自分の語彙力で対応できるところを繋ぎ合わせて理解していく。


 ニュースの概要の後、ギレリアル連邦の大統領の会見が放送された。右上にはアングロレロ時間と現地時間が併記されていた。サテルデイタで午後八時というと、戦いの後すぐである。大統領の会見は字幕付きだったので、多少楽に理解できた。大統領が会見で話したことは大体こんな感じである。


『私はこの結果に失望しています。大統領職に就任して以来、みんなが活躍できる社会の実現を目指してきました。しかし、私の方向性は間違いだと分かりました』


 この「with」は「と一緒に」ではないとか、この「Have」は現在完了の用法であるとか、この「found」は「理解する」という意味で使うやつだとか。稔は読解を進めていく上で、文法だけであれば、中学生レベルの英語力で十分対応出来るものだとすぐに分かった。同時に、同時通訳の大変さを知る。


 まだ大統領の会見は続くようだが、ここでナレーションが入った。意味は、「ここで、大統領は衝撃的な発言に踏み切った」というもの。「decided to」は「決めた」なんて軽い度合いではなく、「決断する」という意味合いで使われていた。そこで出てきた意訳的な表現が「踏み切る」というものである。


『ですから私は、今日をもって大統領を辞職します』


 警告通りの衝撃的な発言だった。衝撃を受けたのは記者達も同じで一瞬ポカーンとしていたが、そこは報道のスペシャリスト。後方に設置された幾台ものカメラがシャッター音を発した途端、仕事モードに切り替わった。


 どうやら、大統領は首相と違って自由に退任できない、というのは固定概念でしかないらしい。でも、条件があった。ギレリアルの法律上、自らの意思で退任できるのは二期目からなのだという。もちろん、ギレリアルの現職大統領は三期目だから、問題なく退任できる。しかし、一旦辞職すると二度と「政界」に復帰できないらしい。


 会見が終わると、またナレーションが入った。『街の声を聞きました』と一言あった後、大きめの通りで記者が質問する姿が流れる。『What do you think?』と聞くシーンは最初の一度のみで、そこから先は市民の声だけが放送された。字幕も出ている。まずは、悪い捉え方をした人達の声が紹介された。


『(強制収容所の解放とそれに伴う大統領の辞職について)貴女はどう考えますか?』

『そういう時代錯誤な考えを持っている人が居たことに恐怖を覚えます』

『どうして保護施設をあえて潰すのか理解に苦しみます』


 一人目の回答者には「ブーメラン刺さってるぞ」と、稔は思わずツッコミを入れてしまった。それに、実態を見ていれば「保護施設」なんて到底言えない。もっとも、黒髪達が言う「強制収容所」という単語に公式が当てている単語が嘘八百なものだから仕方ないのかもしれないが。続いて、良い捉え方をした人達の声が紹介される。


『長い間収容されている人は戻してもいいと思います』

『自分の推し進めてきた政策が真っ向から否定された以上、辞職は仕方ないと思います』


 悪い派の人の声を聞いてみると、「こいつらテレビ局側から雇われてるんじゃないか?」と思うくらいよく出来た発言だったが、良い派の人も大概だった。先に出た意見よりもまともであることは確かだが、台本を読んでいるだけのように聞こえなくもない。双方とも雇われている疑惑が出てきた。


『この異例の辞職声明を受けて、SNS上で緊急世論調査を行いました』


 街の人からの意見で登場したのは女性のみだった。それが終わるとまたナレーションが入って、今度は円グラフが二つ出てくる。聞かれていた内容は先程記者が問うていたものと同じだ。まず、SNSに投稿された意見が数個紹介された。


『えっ、ギレリアルの大統領辞職したの?』

『あいつら絶対許さない! 私達の快適な生活空間を奪うなんて!』

『劣等種は隔離しなきゃダメだよ。おいおい、誰だよ劣等種との戦いを許可した奴は?』

『アングロレロに少しでも影響がないことを祈るよ……』


 流石は三期連続で務めた大統領というだけある。ギレリアルのみならず、関係国であるアングロレロ国民からの評価も上々だった。それゆえ、大統領サイドを倒した稔とラクトに対する非難の声がたくさん紹介される。もちろん、大統領に批判的な意見を持つ人の声も取り上げられた。しかし、他のユーザーからバッドボタンが沢山押されていることが分かる。


「俺、絶対顔バレしてるよな。はあ……」


 稔は深い溜息を吐いた。大統領は擁護派の意見も反対派の意見も取り上げられたが、政府関係者と戦った張本人である稔とラクトを擁護する声は一つも紹介されなかったのである。普段テレビに対抗しているはずのネット民も混ざっての総叩きとなると、覚える苦痛はさらに増えるものだ。


 番組に映る映像はスタジオに戻った。アナウンサーが改めて概要をまとめた後、解説員が強制収容所の解放について説明し、自分の意見の言う。スタジオに居る全員が女性というのは新鮮な光景であったが、背景に隠れている残酷な現実を知っている身としては、歓迎する気など微塵も起きない。


「あと二日も苦しい生活が待ってるのか」


 テロ組織を解散させ、学園都市で津波による死者数をゼロにし、強制収容所で酷い目に遭っていた人達を自由の身にし、エルフィリア王国の国王とその召使をあるべきところに戻した。しかし、ギレリアルやアングロレロで下された評価は「最低な二人組」。ラクトは男装していたから多少軽減出来るだろうが、稔についてはどうすることも出来ない。


 稔はこんな気持ちにさせた元凶であるテレビを消し、ラクトが買ってきてくれた水の残りをグビグビと飲んで容器を空にした。スマホを手に取り、ホテルの無料ワイファイに繋いでブラウザを開く。検索窓に「SNS」と入れて、この世界で有名なSNSサイトにアクセスした。


 そのサイトの検索窓には、自分の名前を英字で入れた。欄の右隣にあった矢印ボタンを押して検索画面に向かう。すると、エルダレアでのテロ組織解散に関わったことや、エルフィリア国王の捜索で手柄を立てたことが記されているのが分かった。弥乃梨の名で検索すると、フルンティで学生達を大量に救った旨が書かれていることが分かる。


「おいおい、嘘だろ……」


 念のためラクトの名でも検索してみると、稔や弥乃梨の名前を使って書かれていた内容と同じ事柄で名前が使われていることが分かった。現実は非情である。一時期は英雄として扱われた二人は、ここまで落ちぶれてしまった。その時より難しいことに挑み、勝利を掴んだというにも関わらず。


「あれ、これって――」


 赤髪の名前で検索をかけた時、彼女が過去に書いて載せたと思われるコメントも表示された。漁ってみると、ラクトと会った頃によく話にでてきた内容と同じものが次々と表示される。幼馴染に母と姉を強姦された話、水商売がきっかけでデモを始めたという話、女性を優遇するだけでは真の男女平等は実現できないという主張。今も昔も変わらないものが見れた。


「まあ、なせば大抵なんとかなるか」


 口では不安を嘆いてきた稔だが、もしタイムマシンがあったとしても、強制収容所を解放した事実を消す気はこれっぽっちもなかった。自分の力は誰かを救うために授けられたものであり、たとえ出しゃばっていたとしても、自分が出るべきところは恥ずかしさを封じて出て行く。恥など捨ててしまえばいい。ここは前向きに行こうと、黒髪は決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ