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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-12 被験者の解放

 サタンがテレポート先に選んだのは本棟の中央部だった。通信機器の向こうでラクトが、魂石の向こうで稔が、ともに不審者の侵入を知らせる警報機が鳴ると思って神経を尖らせていたが、機械の誤作動なのか意図的に誤作動を起こしているのか、紫髪姉妹が通路を進んでも音が鳴らなかった。


 青い光が薄っすらと照らす通路を進んでいく二人。本棟の一階は外と繋がる通路の交差点としての役割が主で、基本的に人が居ないようだ。だが、通路同士を繋ぐ部屋と階段へと続く部屋の方に足を踏み入れた途端のこと。それまで紫髪姉妹を見過ごしていた警報機が仕事を始めた。


「不審者を始末する!」


 刹那、階段を音を立てずに登って来たギレリアル軍の一部隊が紫姫とサタンの目の前に現れ、実弾の入ったマシンガンを使った発砲を始めた。彼女らに威嚇射撃という考えは微塵もなく、射殺することを頭に入れて引き金を引き続ける。でも、銃弾は全てバリアによって弾かれた。


「せめて、威嚇射撃程度にしてもらえませんかね?」


 跳ね返ってくる銃弾に驚き戦慄するギレリアル軍兵士達などお構いなしに、サタンはラクトからコピーした状態異常魔法群の中から麻痺を選択して使用した。対話で解決することに重点を置いていた主人の考え方に背くような行動のような気もしたが、まず力でねじ伏せなければ、次の段階には移れない。


 サタンが麻痺魔法を使ったことで、初動部隊として動いたギレリアル軍の兵士達はどんどんその場にひざまずいていった。鍛え上げられた肉体の持ち主達に並大抵の魔法を使うのは失礼だと思って、少し強めの威力で撃ったこともあり、中には起き上がることすら不可能な兵士も居た。


「貴様ら、ここへ何をしに……」

「被験者達を解放しに来ただけです。三十分くらい、苦痛に耐えてくださいね」

「この畜生がァァ!」


 稔の考え方に従って麻痺状態を解くことも考えたが、ここまで敵対心剥き出しの相手を仲間に加えるのはいささか問題がある。「当然の仕打ち」と心を鬼にして笑顔で酷なことを言うと、サタンは紫姫を連れて下階へテレポートした。


 普通のギレリアル人に魔法を使うことは出来ない。だから、兵士達は階段を上って本棟の一階へ向かってきていた。彼女らは下階に設置された警報機が鳴ったことで裏を掻かれたことに気付いたが、時既に遅し。さほど重要な設備がない階ということで警備が手薄だったこともあり、紫髪姉妹は苦しむことなく突破に成功する。


 その際、サタンは罠を仕掛けておいた。バリアを形成し、その表側に麻痺魔法で電気を帯びさせたのである。通路を完全に塞いだそのバリアは、必ず敵の侵攻を食い止めるといえば嘘になるが、後ろから来る敵が格段と減ってくれるだけでもありがたいものである。


 心理的、魔力的な負担を取り除いた上で到達した施設の三階。この階から本棟、実験棟と分かれてくることもあって、至る所にギレリアル軍兵士が待ち構えていた。一階から二階へ移動した際に痛い目を見た事実は既に敵方に共有されており、同じ手を使ったからには、それに応じた反撃がなされた。


「撃てッ!」


 紫姫とサタンが三階に姿を現した刹那、三階で構えていた小隊の長が攻撃命令を出した。しかし、二人とも銃口を向けられていることに恐怖感を覚えない。彼女らを覆うバリアが、並大抵の攻撃では破壊されないからだ。一階の時と同じように、バリアは向かってきた銃弾を次々と跳ね返していく。


「攻撃中止!」


 攻撃開始から十秒あまり経って隊員に攻撃中止の指示が下った。しかし、一階の時よりも敵の兵士は多い。それが何を表すかといえば、その分銃弾が増えること言うこと。撃つ銃弾が増えれば跳ね返る銃弾も増える。基本的に跳ね返る方向は不定。見定める時間を誤れば、待っているのは「死」のみだ。


 バタバタと倒れていく兵士達。そこには、一階よりも酷い光景が広がっていた。重装甲を身にまとっているとはいえ、発射速度と同じスピードで返ってきた銃弾の鋭さには敵わない。もっとも、装甲のせいもあって軽傷で済んだ者が大半だったが、一部には死者や意識不明者も居た。


「――麻痺パラリューゼ――」


 しかしサタンは、躊躇わずに麻痺魔法を使った。余裕こいて敢えて相手に有利な状況を作ったことで敗北してしまった例はいくらでもある。対話で解決できるならそれに越したことはないが、今、紫髪姉妹はその次元にない。でも、紫姫は相手側の気持ちに立って、精霊罪源と異なる考えを持った。


「(負傷者に対しても麻痺魔法を使うというのは、流石に……)」

 

 しかし、紫姫は口に出さない。いや、出せなかった。理由は単純。ここまで全部サタンのお手柄だからだ。順調な時に向かい風を起こせば、言わずもがな相手側の負担が減る。考えを伝えたい気持ちは山々だったが、第三の精霊も、戦略的な戦闘狂に対してはどうすることも出来なかった。


「ラクト。次に向かうべきは、実験棟か、本棟四階か?」

「実験棟! あと、軍に襲撃されたから、もう通話しないで!」

「ラ、ラクトは大丈夫なのか? 稔は――」

「私達は応戦してる。じゃ!」

「おい、ラクト!」


 突如知らされたギレリアル軍によるホテル襲撃事件の発生。稔とラクトが無事であることを知って紫姫は一安心したが、従業員や宿泊者を襲っているという事実を知ると、一瞬で安心が不安に逆戻りした。もちろん、機器の向こうから伝わってくる緊迫した状況にサタンが興味を持たないはずがない。


「どうしたんですか?」

「稔達が居るホテルが襲撃されたそうだ」

「戻るべきですかね?」

「いいや、進めという指示だ。実験棟へ行くぞ」


 ラクトの言葉に従って紫姫とサタンは施設の三階を移動し、実験棟に入った。途中、「STAFF ONLY」のシールが貼られた扉があったが、テレポートを使えばそんなものは在って無いようなもの。軽々と突破して紫髪姉妹は実験棟へ入る。だが、そこには予想だにしない光景が広がっていた。


「研究者が、居ない……」


 なんと、保護対象の男性達がそこに整列させられていたのである。監視者はどこにもおらず、彼らだけがそこに体育座りで待っていた。紫姫が即座に人を発見するために心を読んだが、施設には彼らと警備担当の兵士達しか居ないらしい。まったく反応がなかった。


「(研究者達は顔バレを恐れて逃亡したというのか?)」


 紫姫もサタンも施設の最奥にラスボス的な存在が居ることを予想していたのだが、そういうわけではないらしい。何はともあれ、施設でひもじい生活を送らされていた男性達の救出が現実的となったこともあり、サタンが紫姫を残して、ロスタンゲルの風俗店へミカを迎えに行った。


 タイミングを見計らったかのように、紫姫に連絡が入る。


「そっちはどうだ、紫姫」

「あれほど緊迫していたというのに、二人とも大丈夫なのか?」

「今のところはな。そっちはどうだ?」

「今、サタンがミカを呼びに行っている」

「そうか。それはさておき、追加情報だ。今、約千機のデータ・アンドロイドが実験棟の三階を目指して向かっている」


 またもや突然の情報が伝えられた。しかし、ラクトの時と違って、稔から発せられた言葉から危機感が伝わってこない。でも、元々黒髪はそういう奴だ。基本的に感情的にならない。それに、もしどこかに隠れているのだとすれば、話し相手から驚きの声が上がって、それで身バレすることを恐れたということだって可能性としてあり得る。


「了解。警備を堅くしておく」

「頼んだ。あと、ミカと男達の移送場所について、王国に聞いておいてくれ」

「わかった。あと、作業が終わったら魂石にそのまま戻れ」

「助ける必要はないのか?」

「余力はまだ残ってるからな」

「あまり過信するなよ?」

「お前もな。んじゃ、また後で」

「うむ」


 お互いの士気を高めたところで魂石越しの会話が終わった。それから間もなくして、ロスタンゲルまで向かっていたサタンがミカを連れて施設に戻ってくる。紫姫は「おかえり」と一言発した上で、稔から伝えられた追加情報をそっくりそのまま精霊罪源に伝えた。情報を聞いたサタンはバリアを二重構造にして、こんなことを言う。


「それで、この人達はどこへ移送することになったんですか?」

「まだ決まっていない。お前らが決めろ、と稔は言っていた」

「王国政府がどこを提供するかは分からないですが、おおよそ見当は付きます。かつてのリゾート地のホテルを転用する気でしょう。それはさておき――」


 サタンはバリアの外側に電気を帯びさせると、ステッキを形成して右手に持った。それは、ラクトが詠唱魔法で使うものと同じである。紫姫は精霊罪源と共闘することはさほど無かったし、二人でバディを組んで戦うなんてなおさら機会が無かったが、彼女が何を言いたいかはすぐに理解できた。


「正義を執行します!」

空冷消除マギア・イレイジャー、準備」


 魔法使用の宣言だけは済ませておく二人。扉の向こうからドンドンドンと聞こえてくる音で約千機にも及ぶデータ・アンドロイドが突入しようとしている様子を想像する。そして、ついに扉が突破されてしまった。もちろん、テレポートという邪道ではなくパスコード解除という王道でだ。


「我等、之ヨリ攻撃ヲ開始ス――」


 現れた約千機にも及ぶデータ・アンドロイドの先陣を切って登場した機巧女が言うと、それを合図に、後続のメカ女達が大砲なり銃なり剣なりを構えてぞろぞろと部屋へ入ってきた。しかし、サタンも紫姫も攻撃をしようとしない。こちらが封じ込められなければ先制攻撃など痛い目を見て終わるだけにすぎないことを、二人とも熟知していたからだ。


「正義ノ鉄槌、今下サン。外様、攻撃用意!」


 指揮官が呼んだのは「外様」と呼ばれる部隊。サタンは即座に心を読んで敵の行動を先読みした。得た情報は独占せずライバル視していたはずの紫姫と共有し、お互いにお互いの長所を活かせるように反撃態勢を万全にしておく。ミカ含む防衛対象がバリアから出ていないことを確認して、紫髪姉妹は落ち着こうと必死になる。


「始メ!」


 外様部隊は銃撃のエキスパート達だった。攻撃開始の声が掛かるやいなや、紫姫が時間を停止する。サタンは出来た十二秒の間にラクトの詠唱魔法の使用宣言を行った。そして、ステッキから出る炎と銃が垂直になるよう調整し終えたところ、一分間の反動を伴う魔法の効果が切れる。


五焔一撃ブレイズ・ストライク、点火!」

「発射!」


 ステッキの先から炎が現れてすぐに叫ぶ紫姫。本来ならシアン属性で半減されてしまうところを、敢えてカーマイン属性の攻撃を織り交ぜることで逆に等倍にすることに成功した。後は、炎をそのままに、紫姫の声に従って、マシンガンのように銃撃担当の機巧目掛けて銃弾を放っていくだけである。


「よっしゃ!」


 データ・アンドロイドを破壊するほどの威力で攻撃したわけではなかったが、炎で外装を破壊することで中まで火が到達、電子機器もろとも木端微塵に追い込んだことで、銃で攻撃してきた機巧達は次々とその場に倒れていった。しかし、敵陣は後退という言葉を知らない。その時だ。


「サタンさん。稔さんと繋げますか?」

「今の状況を見て無理だと分かりませんか?」


 銃撃部隊が壊滅状態になり、後続の剣撃部隊がバリアに近づいてくる。そんな状況で話しかけてきたものだから、サタンは怒っているような対応をしてしまった。後で申し訳ない気分になってももう遅い。ミカはもう一人の方へ接近していた。精霊罪源とは違い、紫姫は拒否する仕草まったく見せない。


「稔さんと、繋げますか?」

「ちょっと待て。――稔。今、話せるか?」


 襲い掛かる敵を銃で傷つけながら、紫姫は魂石の向こうの稔と会話を始めた。しかし、一向に出ない。主人達は殉職してしまったのかと最悪の結末が精霊の脳裏を過る。紫姫は、申し訳なさそうに言った。


「すまない。今、出られないみたいだ」

「わかりました」


 ミカはすんなりと紫姫の言うことを聞いた。短い方の紫髪はそれを見ると少し俯き、また前を見て次々と湧いてくる敵を撃っていく。でも、剣撃部隊を倒してもまだ大砲部隊が居た。彼女らには前進の意志しか無く、部隊を統べる機巧の「進メ」という命令に逆らう者は誰一人居ない。と、その時だ。


「稔!」


 魂石の向こうから応答があったのである。紫姫は思わず声を上げてしまった。聞き慣れた声を耳にして主人が無事であるという事実を噛み締めると、彼女の頬を温かい心の雫が伝った。


「そっちは順調みたいだな。こっちも順調だ。移送先が確定したから伝えておく」

「どこだ?」

「王都中央駅前の広場で整列させておくように指示をもらった」

「了解。……しかし、なぜさっき出なかったんだ?」

「手で握って音を封じたんだよ。見つかったらまずい状況だったからな。ま、今も変わらねえけど。それじゃ、切るぞ」

「把握した」


 会話を終えると、紫姫はすぐに得た情報をサタンと共有した。紫髪姉妹は、大砲部隊とやり合うのはナンセンスという判断で一致し、すぐにテレポートを行う判断を下す。刹那、サタンが二重構造の内側のバリアごとエルフィリアまで運んでいった。紫姫は残った電気を帯びたバリアの中に自分以外誰も居ないことを確認して、魂石内へと戻る。



 王都中央駅まで被験体を運んできたサタンは、すぐに政府関係者の男を発見した。稔からの指示には無かったが、相手の方から近づいてきて自己紹介したために、すぐ特定できたのである。サタンはその後、政府関係者の男を連れて難民キャンプへ飛んだ。「ありがとうございました」とその男から感謝状を貰って、魂石の中へと戻る。その際、バリアは一括して解除した。

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