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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-9 ミカエルとの遭遇

 それから先、ロスタンゲルに至るまでの航路みちのりは早かった。外を見渡しても月光が海面を照らしているだけで山やビルの美しいシルエットが見えているわけでもないのに、バトルノートと遭遇した時には距離的でいえば半分もいっていなかったというのに、稔達は早く時が過ぎているように感じた。


 その理由はこうだ。食堂と全く反対側、一階のもう一方の突き当りの方にゲームセンターを見つけ、稔とラクトは卓球、もぐらたたきやエアホッケーなど、様々なゲームをプレイして遊んでいたのである。【一人一日六〇分まで】と入口に張り紙が貼られていたが、二人は一度で制限時間一杯に達してしまった。


 その後部屋を出て互いに「遊んだ遊んだ」と言っていたところ、汽笛が鳴った。艦橋からパイプ管を伝わって届いたのは、ロスタンゲルのギレリアル海軍施設内にある埠頭に到着するという内容のもの。他の乗艦者とどうみても声が違うこともあって、名乗らずとも稔が「了解」と言うだけで事は済んだ。



 埠頭に到着した後、艦橋から艦長がダダダと足音を立てて一階まで降りてきた。彼女は訓練された体を持っていたから多少ばかり息が早くなっていたが、全力ダッシュで階段を駆け下りてきた後とは思えないほどクールな対応を見せた。


「本日は本艦にご乗艦下さって大変ありがとうございました。本来は私達がお二人を守らなければならないにも関わらず、途中、敵の殲滅に手伝って頂けて本当に助かりました」

「気にすんな。誰かのために力を使うこと以上に光栄なことはないんだ」

「根源にある気持ちは私達と同じなんですね」

「そうじゃなきゃ協力するわけないだろ」


 元を辿れば行き着く先は同じであるということを知ると、艦長は急に稔が自分の仲間であるかのような意識を持った。でも、異性が居ない世界で過ごしてきた彼女に、異性を友人として仲間に招き入れることは難しかった。胸の内での葛藤が顔に出てしまって、艦長は顔を少し赤らめながら言う。


「まあ、あれです。乗艦ありがとうございました」

「(今までの話を覆すほど簡単な感謝の言葉だな……。)ああ、こちらこそ」


 艦長は頭を下げて感謝の言葉を稔に伝えた。黒髪は内心で期待外れの答だと思ったが、そこまで深い答えを求めていたわけでもないので平然と振る舞う。稔が頭を下げると、三秒くらい間を置いてラクトが頭を下げた。くるりと一八〇度進む方向を変えて艦外へ続く廊下を歩き始めると、扉が開いた。


 取り付けられた階段を下って光なき埠頭を進む稔とラクト。海軍基地の敷地内だということで、警備担当者は居なかった。どこか高さのあるところからスナイパーが銃を向けているかもしれないというのに、完全に安全な場所だと確定したわけではないのに、無防備で居ることを基本とさせられている。


 みち半ばで終わるのは嫌だったから、稔は何も言わずに周囲にバリアを展開した。隣を歩くラクトはクスッと笑う。でも、すぐに真剣な表情を浮かべた。「隠す必要なんか無いのに」と言おうとしていたが、やめた。よくよく考えてみれば作戦のうちではないか、と心を通わせたのである。


 それから数秒後のことだ。稔の悪い予感が的中した。銃声音が響かなかったことから遠い地点から射撃をしていると考えられる。だが、銃弾は心を持たない。さすがのラクトも敵の考えを理解することは出来なかった。しかし、見ず知らずの者から命を狙われているという事実を知れたことは大きい。


「稔。一つ、……いいかな?」

「どうした?」

「今の銃弾は、魔法だよ。バリアと触れた時に光が生じてたもん」

「それって判断材料になるのか?」


 稔の問いにラクトは目を丸くして口を閉じることを忘れた。嘆息を吐き、人差し指で前髪をくるくるとした後、低めのトーンで言う。


「使用者より傍観者のほうが理解してるとか、流石に擁護できないんだけど」

「魔法使用歴がわずか一週間の奴と十七年もある奴を同一視するんじゃない」

「バーカ、ゼロ歳児に魔法が使えるかっての。十二年だし」

「俺と比べたら相当長いぞ、それ……」


 言語や運動能力と同じで、魔法の中には小さい頃からコツコツ積み上げてくることで自然と身につく知能もあるようだ。しかし、魔法の本質的な部分は素質と技術の積で出来ている。だからどうあがいても、戦闘に勝てるかもしれないが、素質がなければ技術があろうが強い魔法使用者にはなれない。


「それはともかく。予定表的には、海軍基地は通過で良いんだよな?」


 下らないことで口論している最中も二人は埠頭を歩き続けていたが、既にエルフィリアでは日の出時刻を迎えている。タイムリミットは十二時間後。それまでにミカエルを探し出し、エルフィリアに連れ戻すということが求められる。しかし、その為の有力な手がかりはまだない。「どこかの強制収容所で一緒に過ごしているのではないか」というのも、説に過ぎない。


「いいんじゃないかな。長丁場を迎えるための準備が整っているなら」

「大丈夫だ」

「だったら、こっからひょいってテレポートしちゃって良いと思うよ」

「わかった」


 展開しておいた球状のバリアを使って、稔は心の中で魔法使用を宣言した。強制収容所の施設内に突然現れでもしたら、もはや襲撃犯と同じである。だから、行き先は強制収容所の目の前にした。黒髪は海軍基地のゲート前という案も出していたが、ラクトが勢い良く首を左右に振ったため棄てた。


 赤髪曰く、ギレリアル軍がアングロレロに駐留していることに反対する勢力が毎日誰か一人はゲート前に居るのだという。確かに憲法で自衛権や警察権の放棄を明言した国家が他国軍の駐留を認めないのは理に適っているが、そうなれば治安維持部隊が消えてしまうので何をしてもいいことになる。


 しかし、ゲート前に居る輩の理屈も一理ある。その治安維持部隊が傲慢で高飛車なのだ。軍事機能だけならまだしも警察機能も持っているため、余計たちが悪い。しかも警察関連の施設は全てギレリアル連邦の領土。アングロレロ国籍の場合、男は当然立ち入り禁止、女でもパスポートが無ければ入れない。酷い話である。



 海軍基地を後にした二人は、ロスタンゲルの繁華街ダウンタウンから一本路地に入った夜道の中に体を移した。民家の地下とか廃校舎とか色々な場所が収容所に転換されてきたが、今回はさらに想像もつかない場所にあった。その場所とは――《風俗店》である。


「「なっ……」」


 稔もラクトも驚いた。赤髪の心は次第に驚愕から嫌悪感へ変わり、それで満たされていく。さらに彼女はかつて自分がやらかしたことの罪深さを再実感して、一気に落ち込んでしまった。一方黒髪は、彼女のどんよりとした姿を見ていられず、右手を握って、風俗店から遠ざかるように歩き始めた。


「気にしなくていいのに……」

「突き放せば泣くくせに」

「いや、私、泣き虫じゃないし」


 稔は感情に支配される自分に嫌悪感を示した。澄ました顔じゃない自分は自分じゃない。だから、彼は理性で感情を縛り付けようと必死になった。でも、できなかった。もうわけがわからなかった。口から出した言葉が相手を傷つけているかもしれないなんてことを考えることもなく、ただ、思ったことをマシンガンを撃つかのごとく言い放っていく。


「顔は笑ってても心は泣いてるなんて状況、俺は見たくねえんだよ! だから、悩みや苦しみを抱えてるなら、今ここで思う存分ぶちまけてくれ。ラクトの顔を見ていて分かる。過去のトラウマが関わってるんだろ? だけど、俺は無能だ。口で言われないとラクトの本心なんて見抜けないんだ」


 言い切った時、稔は自分が息を切らしていることを知った。しかも、いつの間にかラクトの右肩に手を置いていて、彼女と対称になるように立っている。感情の支配された自分の恐ろしさを理解し、黒髪はパッと手を離す。


「熱くなってごめん。話したくなければ無理に話さなくてもいいから……」

「気にしないでいいよ。だから、頭上げて」


 我に返った後、稔は一言謝罪の言葉を入れて深々と頭を下げた。でも、狭い路地とはいえ路上でほぼ身内にあたる相手から頭を下げられたら、恥ずかしいのは言うまでもない。ラクトは両手をパーにして勢い良く左右に振った。黒髪の視線が赤髪に届いた頃、ラクトがこんなことを言う。


「コーヒーでも飲む?」

「あ、ああ」


 心機一転するために、稔とラクトは目の前にあった自動販売機の前に向かった。最下段にホットコーヒーが一つも置かれていないのを見れば、今の季節アングロレロの気温は高めだと考えられる。赤髪は百ボルと五十ボルの硬貨を投入して自販機の電灯を光らせ、黒髪に飲料をチョイスさせた。


「何飲む?」

「一番下の段の右から三番目のやつ」

「わかったよ」


 稔の選択を聞くとラクトはすぐにボタンを押した。ピッという音がした瞬間、ゴトンと物が落ちる音が聞こえる。四十円分のお釣りもチャリンチャリン落ちてきた。赤髪はすぐにこれを回収し、財布の中の百ボル硬貨を合わせて再度投入した。自販機を光らせた上で稔とは違うコーヒーを選ぶ。


「私カフェオレにしよ」

「コーヒーってバストサイズ小さくする効果があるらしいぞ」

「『※効果には個人差が有ります』って通販でよく見かけるじゃん?」

「まあ、お前は気にしなくていいほどあるか」


 稔の掛けた言葉はラクトの注文意欲を確実に阻害した。赤髪はそれを隠そうとしたが、買おうと思っていたカフェオレのボタンを押そうとした寸前に言われたものだから、隠せず終い。結局、彼女は隣で販売されていた甘味料入りの水を買った。それを見て、黒髪はなんだか申し訳ない気分になる。


「なあ、ラクト。事実とはいえ、ごめんな……」

「コーヒー好きだけどそこまでじゃないし」

「謝罪としちゃなんだが、俺のコーヒー、ちょっと飲むか?」

「……半分ずつ飲まない?」


 右斜め下を向きながら言う彼女。それ以上のことをしているからこそ、むしろ初々しい関係のカップルがするような行為に照れてしまうらしい。ラクトは顔を赤らませながら、コーヒー缶をぎゅっと握る。一方の稔は、このままだと自分まで恥ずかしくなってしまうと思って、強引に水の入ったペットボトルを取り上げた。


「ちょ……」


 キャップを開けてグビグビ飲んでいく稔。冷たい水がみかんフレーバーを運び、喉を潤してくれる。同頃、隣からカチャと缶コーヒーを開ける音が聞こえる。お互い恥ずかしさから目を瞑り、グビグビと休むこと無く飲んでいく。気が付けば、稔もラクトも相手が飲む分を飲み干していた。


「「あ……」」


 目を開けてみて、お互いやらかしたことに気づく。でも、すぐに笑みが浮かんだ。


「バカだね、私達」

「似た者同士だからな」

「まあ、美味しかったからいっか。『終わり良ければ全て良し』ってね」


 ラクトはそう言って空き缶を自販機横のゴミ箱に入れた。その後、稔からペットボトルを奪って同じように入れる。彼女の行動がキビキビとしてきたのを見て、黒髪はほっと一安心した。だからか、少し顔を綻ばせる。


「元気、取り戻したみたいだな」

「稔のおかげだよ」

「どういたしまして。それじゃ、ラストスパート行くぞ」

「うん!」


 お互いにやる気を出したところで、最後の収容所解放へ向けて歩き始める。手を繋いで歩きたい気持ちもあった。でも、風俗に手を繋いだ男同士が入店する様子を考えると吐き気がしてくるのでやめておく。しかし稔の意識は、そんなことよりも「初来店」ということのほうに向かっていた。


「なんで動揺してるの?」

「風俗入ったこと無いからだよ」

「あれ、ロパンリの地下で姉さんに会ってたよね?」

「あの時は変装してなかったから――」

「風俗に来店する女を想像したら、そういう人なのかなって思うもんね」

「まあ、こういう時代だし、そういうのもニーズがあるかもしれないけどさ」


 そんな会話をしているうちに、稔とラクトは風俗店の前に戻ってきた。もちろん気持ちを落ち着かせたこともあって、今回はラクトのトラウマが発動しない。むしろ、稔の動揺が顕著に現れてきている。それを見てクスッと笑う赤髪は、まるで近所の小学生男児をからかう小悪魔系お姉さんだ。


「躊躇すんな。別に風俗利用するわけじゃないんだしさ」

「そう、だよな……」


 ラクトのその一声で稔は遂に決心した。自分は風俗店に来たわけではない。自分は、掲げた正義と理想の為にこの場所へ来たのである。強制収容所を解放してミカエルを保護帰国させることの、一つの区切りとなる場所へやって来たのだ。そう前向きに捉えるだけで、彼の気分は大きく変化した。


 一歩一歩ずつ前へ前へと確かに進み、稔は風俗店のドアの前に立った。黒色の扉からは店内がどのようになっているのか確認することは出来ない。そして、一つ深呼吸してドアノブを回す。ガチャという音が鳴って店内へ続く道が延伸した。しかし、まだ入店は完了していない。理由は単純だ。


「あれ……」


 試される大地などの豪雪地帯でよく見られる二重扉構造だったのである。しかし、ロスタンゲル市は豪雪地帯に位置していない。では、なぜ風俗店が二重扉構造を採用しているのか。それは言うまでもない。防音機能を高めるたり、強制収容所を隠す機能を持たせることが出来るためである。


 稔はそんな二つ目の扉を一つ目の扉を開けた時よりも軽い気持ちで開けた。ガチャという音が聞こえたと同時、目の前に受付カウンターが見える。左のほうを見ると突き当りで、そこから左右に分岐して道が続いているのが分かった。行為室はその先にあるらしい。だが今回、風俗店を訪れた理由はそれではない。稔は受付嬢に問うた。


「すみません。収容所がここにあるって聞いたんですけど……」

「ああ、あなたが連絡にあった夜城さんですか。こちらへどうぞ」


 受付嬢に案内されたのは入って左側ではなく右側だった。女は足早に進み、『STAFF ONLY』と書かれたカードの貼られたドアを開けて中に入る。なんだか距離を置かれている気がしたが、それはそうとして、稔はその部屋の外から中に入るべきか問うた。答は「ノー」。それを聞いた刹那、稔はドアを開けてラクトとともに入った。


「(やっぱり地下なのか……)」


 部屋の中にはあるまじきものがあった。階段だ。受付嬢は既に地下深くへ続く階段の一番最初の踊り場まで進んでいた。どうやら女は相当な男嫌いらしい。でも、案内されなければ行きたい場所に行くことが出来ないので、相手が嫌悪感を示さないように注意しながら距離を取りつつ足を進める。


 階段を降りた先、前にも他の収容所の入口で見た厳重なパスコード付きの重い扉を開けて、受付嬢は強制収容所の内容を露わにさせた。稔もラクトも単純作業の訪れだと思っていたが、ギレリアルの政府関係者が取り持ってくれていたらしい。既に収容者達は受付階に移動させられていた。


「これで、全員ですか?」

「はい」


 稔はわずかに感謝の気持ちを持った反面、疑心暗鬼になった。少し後ろへ下がってラクトに相手の心を読むよう心や目で言う。刹那、赤髪はすぐに隠された収容者が居ないか調査を始めた。結果が出るまで多少の時間が掛かるが、それまで待っていると逆に怪しまれるので、稔は分身を一人作って空港に連れて行くよう指示を出す。


「(居ないみたいだよ、他に)」

「(ありがとう)」


 二十秒くらいで結果が出た。心を読むことの出来る相手はこの階にしか居ない。それすなわち、収容者の全てが受付階に集まっているということを意味した。またそれは同時に、ミカエルがこの収容所に居ない可能性を高める役割も果たした。しかし、ここに居ないとなると振り出しに戻ることになる。


「(まさか――)」


 ラクトはある可能性を考えた。それは、とても少ない可能性だ。しかし、あるとすればこれしかないと赤髪は思う。ミカエルは男の召使だ。強制収容所に居なければ、男子禁制国家で生活することはできまい。国王が生存しているのだから、命を共にしている召使が生きていないはずがない。


 だが、条件付きだった。それは、国王とミカエルの主従関係が解消されていないことである。そして、もしそれが満たされているのであれば、「ミカエルの性別が変わっている」という可能性が浮上してくる。これが答えだと睨んだ赤髪は、すぐに施設の職員の心を読み始めた。


「(ビンゴ!)」


 ラクトの予想は的中した。しかも、風俗店の方に居るらしい。名前はミカエルからミカに変わっているそうだ。受付嬢が思っていることなのだから信憑性は極めて高い。収容者達を空港に運び終えると、赤髪からその話を聞いた稔がここまで案内した女に一つ頼み事をした。


「案内ありがとうございました。ところでなんですが、風俗の方に入店って可能ですかね? できれば指名したいんですが――」

「男性料金になりますが、よろしいですか? 通常料金の三倍増しになります。ちなみにご指名は――」

「ミカさんで」


 刹那、受付嬢の表情が凍りついた。小刻みに頷いた後、冷たい声で言う。


「それは無理です」

「なぜですか?」

「彼女は今日たくさん予約が入っているからです」

「違い、ますよね?」


 ラクトの目が豹変した。「これは黒だ」と思って内心で頷き、煽り始める。


「え?」

「彼女が元々『ミカエル』という召使だから、ですよね?」


 ラクトの問いを受けて、受付嬢が殺意に満ち溢れた笑みを浮かべた。




「それ、どこで聞いたんですか?」

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