表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
40/474

1-38 市民会館での決断。

 しかし、エルフィリア王国軍の司令官となった事もあって、織桜は大きな決断を下した。


「――私は、これ以上称号を頂きたくは有りません。世界遺産を管理する役職を頂き、この街を総統する役職を頂き、それに加えて国の軍隊の司令官の役職まで頂き。……私はもう、役職を多く頂き過ぎました。

 陛下、お願い致します。私はもう役職を頂けません。どうか、ボン・クローネ市の市長としての役職を、辞めさせて頂けないでしょうか?」


 ボン・クローネ市の市長を辞める決断である。いくら稔が王都からボン・クローネへ瞬時に行ける能力を持っているとはいえ、一々行き来するのは大変である。それを考えての決断、それが織桜の決断だ。


「分かりました。ボン・クローネ市の市長の座を降りるということで宜しいのですね、神風市長?」

「はい。私は今、この街の長を降りることを宣言致します」

「承諾します」


 リートの言葉がなければ市長の座を降りれないわけではない。けれど織桜は、リートによってボン・クローネ市の市長になった身なのである。そもそもマドーロム在住の者でもない織桜が、何らかの権力無しに公務を行う人間に成りえるわけがない。


「とはいえ貴方を市長にしたのは私ですし、会見は開かなくて構いません」

「えっ――」


 稔はつい口に出してしまった。現実世界ならば、汚職とかで退職したら記者会見を行うのが通例である。何故そうなったのか、話すものが通例なのである。しかし、リートによって市長に成りえた織桜は、その権利を与えたものが命令すれば、記者会見をしなくてもいいようになっているのだ。


「稔さんの祖国では会見を開かなくてはいけないかもしれませんが、エルフィリアでは大丈夫です。基本的には王や王女には絶対的な権利はあることになっていますが、行使するのは本当に重要な時だけです」

「それは、法律だとかで縛られている……ということか?」

「その通りです、稔さん。私達王族は、憲法によってこの様に定められています。


『エルフィリア王国の最高位に値し者は、エルフィリア帝国の帝王陛下の血筋を引く男子とし、値し者が命令せし時、国民はそれに従うものとする。但し、命令権はそれ以外に行使できる物が無き時のみとする』


 ですから、結局は君主制なんですよね。でも、権力の乱用をしたら革命が起こってしまうことは分かっていますから。……神風市長に関しては、正直関係者各位にしか伝えていないことなんです」

「そ、それってどういう……」


 エルフィリア王国は君主制だ。でもリートは、『絶対君主制』なのか『立憲君主制』なのかは語っていない。法律に王族の絶対的権利が認められている以上は前者で在るとも考えられる。一方で、法律がある時点で『立憲君主制』とも考えられる。


「ボン・クローネ市の市長は、神風さんという事にしているのは私だけなんです」

「――え?」

「正確には、私と神風さん本人、それに市役所に勤務している本当の市長さん、副市長さんくらいです」


 要は、ボン・クローネの市民が認識している『市長』という役職に値する者は、神風織桜という金髪の女性ではないのだ。彼女ではない、市役所の市長室に今居る者なのだ。


「もしかして、市民会館に呼んだ理由って……」

「ええ、そういうことです。市役所だとバレますからね。こちらでしたらバレませんし」

「でも、マスコミが居る時点でバレるんじゃないか?」

「大丈夫です。彼らの認識は、『エルフィリアの世界遺産を管理している委員会の委員長』というものです。ですから、神風さんがフェイクの市長で在ったとして、何ら問題は有りません」

「計画されてるな、おい……」


 一国の王が、一国の世界遺産を管理する委員会の長が会うというのだ。会議室の外にマスコミが居ることは、誰だって考えればすぐに思いつくことである。


「市長というよりも、『アドバイザー』というところですかね」

「なるほど……」


 稔は頷いた。だが、それならそれで一つ稔は聞きたいことが生まれた。


「エルフィリアは、絶対君主制ですか?」

「『絶対君主制』……?」

「はい。王様が絶対的な権利を持っている国家の体制を表す、現実世界の用語です」


 稔が説明すると、リートは「そうでしたか」と言って頷いた。ただし、説明を聞いての回答を行ったのはリートではなかった。司令官となったばかりの織桜だった。


「――エルフィリアは絶対君主制ではない。立憲君主制だ。そもそも、法律がある時点でそう考えるだろう。王女陛下は、私を市長にしたわけではなかったと聞いたのは今が初めてだったが、確かに私が居たのは基本的に市長室ではなかった」

「じゃあ、何処に居たんだ? 公務だろうから、街中か?」

「その通り。視察を積極的に行った。それで、ボン・クローネ駅の高架化に伴って作られることになった建物の中に警察署を入れたのは私だし、ボンクローネの中央通りと東西の大通りの拡張工事を行わせたのも私だ」


 道路の拡張工事なんてものは、日本国内でやったら確実に時間が掛かることである。しかしながら、よくもそこまで素早く実行する指揮力を持っているものだ。それが、リートに司令官になれと買われた要因の一つなのかもしれないが。


「それで、それはどれくらいで終わったんだ?」

「魔法を少しずつ使ったため、六ヶ月程度で終了した。建物の移動などは、魔力が使えたとしても住民からの反発を受けやすいものであるから、仕方が無いだろう」

「……もしかして、土下座した?」

「土下座は最終手段だった。故にしてはいない」


 織桜が行った方法は、土下座をしてまで時間を急がせて道路の拡張工事だとかをするような、そういった方法ではなかった。土下座での交渉ではなく、口での交渉で拡張工事まで漕ぎ着けたのである。


「……洗脳とかもしなかったのか?」

「していない。交渉だけで漕ぎ着けたぞ」

「尊敬だわ」


 稔はそう言うと、二度頷いた。

 そんな中、リートが笑顔を浮かべていった。


「織桜さん。猫を被るのはやめたらどうですか?」

「私は猫をかぶってなどいませんよ、陛下」

「嘘です。織桜さんは、口調がきつくないでしょう?」

「そ、それは――」


 稔もラクトも、先程織桜の本性――否、キャラクター性の豊富さを見ている。だからこそ、リートの言っている言葉が嘘ではないことくらいすぐに分かった。


「――仕方がないですね! 口調を戻しますよっ! 本性晒しますよっ!」


 キレ気味の織桜だったが、無理もない。隠そうとしていた本性がバレたのだから。と言っても、『マザーファ○ク』と言っている時点で、見せてしまっている。


「さて。本性を晒したということも有りますので、聞いて下さい」

「それと何か関係が有ることを話すのか……?」


 稔がボソっと言葉を吐き捨てるように言う。当然ながら、ラクト以外はそんなものに聞く耳を持たない。


「今日、新市街の方に行きたいんですが、いいですかね?」

「……はえ?」

「エルフィリア王国海軍の最終母艦である『エルダ』を改修して作られたコンベンションセンター、『ボン・クローネ・メッセ』の方に行きたいってことなんですが、いいですかね?」

「と、突然過ぎるんじゃ……」


 稔も突然過ぎると思った。ラクトも同じ意見だ。

 そんな中で、秘書を務めているスディーラが言った。


「リート」

「なんですか、スディーラ?」

「リートの日程表貰って気付いたんだ。今日の宿泊地は決まってる事になってるんだけど、いいのか?」

「間に合えばいいでしょう」

「違うんだ。僕が言いたいのは、宿泊地に入る時間が決まっているのに、それまで後数時間しか無いのに、それでも新市街に行く必要があるのかって話で……」

「ああ、そのことですか」


 アイスクリーム屋を辞めた後、秘書という設定になっているスディーラ。その為、秘書であることの字画は人一倍強い。だからこそ、自分の担当の王女に対しての秘書の仕事は何が何でも守ろうと思ったのだ。


「でも僕が思うに、リートは王女なんだ。だから、決められた公務を勝手に変更するのはどうかと思う」

「なるほど」


 いくら王女に強い権限があるとはいえ、革命だとかは避けたいのが王室の本音なのだ。クーデターなんて避けて通りたいもの。それを無視して何でもかんでも命令して行ったら、後々傷つくのは自分ということだ。


「だから僕は、稔とラクトと織桜に頼むべきだと思うんだ。ラクトがカメラを持っていたはずだから、それを使えばいいさ。リートが公務で訪れるところは決まってしまっているから、ごめんね」

「いいですよ、スディーラ」


 笑顔で言うリート。そして、それを見て謝罪の気持ちを抱えているスディーラの顔からも、表情が明るくなっていくのを感じられるようになる。


「それでは、命令」

「め、命令っ?」

「ええ、命令です。……織桜、稔の二名、そしてその者の召使に命令します。『ボン・クローネ・メッセ』に行って、カメラ撮影を行ってきて下さい。何の写真を取るのかは、現場の判断で大丈夫です」

「……」


 稔と織桜とその召使に対し、リートから命令が下った。『現場の判断でどんな写真でも撮っていい』という解釈もできる台詞も命令の中には有ったので、性欲が相当な人であれば、あんなことやこんなことをすることも考えられる。


 しかし、稔はそんな人間ではない――はずだ。もっとも、ラクトが居ればそれなりの抑止力が生まれるのだ。「こいつに燃料を渡すと大炎上する」ということを、稔が知っているためだ。でも、そんな稔もラクトが嫌いなわけではない。


「解釈によっては、ご主人様は今日二回も女の子とデートをすることになるわけだね!」

「うっせえよ! てかそれ、作品が違うものになる気がするんだが……」

「まあいいじゃん。稔の現実世界では味わえないようなことを味わえるわけだし」

「現実世界のことを言わないで! 悲しくなる!」


 涙は溢れていないが、高校生になっていろいろなことが有って友人などを失ってしまった稔。だからこそ、触れてほしくない場所なのである。稔からすれば、「そんなくらいだったら、殺されたことに関することを言ってもらった方がマシ」なのだ。


「では、稔さん。織桜さんと一緒に、ボン・クローネ市の新市街地へ行ってきて下さいね。でも、少々待ってて下さい」

「ど、どういうことですか?」


 稔がリートにそう聞いたが、説明が足りなかった。そのために、ラクトが反応してしまった。燃料投下をしたら大炎上することを認識しているのにもかかわらず、稔は完全に地雷を踏んでしまった。


「全く……。ご主人様が強引なのは別にいいですけど、あんまり強引なことをしていると女の子から嫌われますよ?」

「そんなことは言ってないわボケ!」

「ハハハ。ご主人様がムキになってるー!」

「揚げ足を……取るなぁッ!」


 怒りを露わにする稔。一方、ラクトは笑顔を貫き通した。稔が拳を、ラクトの顔面を狙って命中させようとしているというのにもかかわらず。――違う。もう、拳は振られている。


「えっ――」


 柔らかい感触が稔の拳を包み込む。どう考えてもそれは、ラクトの肉感だ。


「痛くないぞ」

「うっせ」

「『男女平等パンチ』をするのなら、容赦なく拳に力を込めるべきだよー」

「馬鹿じゃねーの? 自分の召使に、誰が拳を当てようとするかっての……」

「お前が言うな!」


 笑顔だったラクトが豹変し、舌打ちをしてギロっとした目つきを稔に見せる。だが、それはほんの一瞬だった。目つきは良くなり、ラクトはまた笑みを浮かべた。


「面白い主人と召使の関係ですよね、ホント」

「そうか?」

「そうです。……私もスディーラも、召使は人型では有りませんからね。仕事を押し付けることは出来ても、仕事を頼むことは出来ても、その任務を彼らが遂行できたとしても。彼らは鳴き声を出しますが、彼らが私たちに対して、認識可能な言葉を話すわけでは有りませんから」

「……」

「そう考えると、羨ましいんです。召使が人型で、それでいつも笑顔で喋ってくれて」


 リートは、自分の手のひらを見た。そして手を裏に返し、その場所に薄っすらと浮かぶ召喚陣を見る。


「私が召使を酷く扱うようなことは有りませんが、どうしても獣型だったりすると、扱い方が雑になる気がするのです。『ペット』と言えばいいのでしょうか。そういう類のものだと認識してしまうのです」

「それは……」

「サモン系だからかもしれません。――でも、一つ言えることは」


 リートはそう言うと、視線を稔の方に向けていった。


「カムオン系が羨ましいんです。いつもいつも、その召使と一緒に居ることが出来るカムオン系が、私は凄く羨ましく感じていているのです。ですから私は、貴方に妬いてしまったりしています。ですが、だからこそ相応しいんでしょう。新国家元首ネクストエルフィリアに――」


 壮大な前置きだった。ネクストエルフィリアという物が、一体何なのかということは稔も知っている。自分が一体何の立場にいるのか、稔は良く理解しているつもりだ。そして、王女が稔を新国家元首に推す理由が今、明かされた。


「カムオン系は、一〇〇〇分の一程度の確率でしか生まれてこない、契約できない、貴重な召使です。そして、貴方が契約している彼女の前世は活動家のサキュバスでした」

「えっ――」


 第三者からラクトの前世についての話を聞いてしまった稔だったが、最終的にはラクトに確認を取るつもりで居ることにしたので、問題は特になかった。やはり自分の前世だとかの情報は、本人が一番理解しているはずなのだ。


「まあ、貴方は彼女の本名だとかを知っているでしょうから。先に何故、織桜さんと貴方がメッセの方に行くのを遅れさせてしまうのか、説明致します。――理由は簡単です。記者会見のためです」

「えっ……」

「市長というのは私が作り上げた嘘偽りの話ですし、市民だってそんなの分かりませんから記者会見入りません。――しかし軍の司令官となったからには、記者会見をしなければならないでしょう」

「ああ、そういう……」


 記者会見をすることになった事に、稔は一切の苛立ちを見せなかった。正直なところ稔は、織桜とボン・クローネ・メッセへ行くことに関して、それがデートで有るとは考えていなかったのだ。友人との遊びの感覚だった。

 なにしろ、高校生なのだ。『彼女いない歴』という言葉に関しての言及は避けるが、政治家をやったことが有るわけでもない。だからこそ稔からすれば、友人との少し大きな遊びくらいでしか考えられないわけである。


「それじゃ、会見をするからね。稔とラクトは、服でも着替えていてくれ」

「でも、何処で着替え――」

「決まってるだろう。会議室準備室だよ」

「な、何故その場所を選んだんだ……?」

「会見をし終えた後、会議室準備室に行くのが一番近いからに決まっているよ」


 笑みを浮かべるスディーラに、稔は何も反論しなかった。もっとも、市民会館から出る必要もなく、会議室からの距離の短さも魅力的だ。暗さだとか、戸の少なさだとかを考えなければ、織桜を迎える場所としては一番最適解である。


「会見が長引かなくても、一〇分位のお時間を頂くよ。トイレとかに行きたくなったら、遠慮せずにテレポート使って駅でもどこでも行ってきな」

「スディーラは何を考え――」

「さぁ、会議室準備室へ行こうか?」


 笑顔のままのスディーラは笑顔を変えないままに、稔とラクトを会議室準備室という暗闇の中へ放り込んだ。戸は閉められ、鍵が掛けられる。


 再び密室空間に戻された稔とラクトは、駅へ行く理由もないため、そこに一〇分間の間留まることにした。


「二人っきりだね……」

「そうだな」


 背を向けあい、二人は交互に言った。稔が言った後に、ラクトの笑い声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ