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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-2 十分でわかるエルフィリア王国の歴史

 所詮は普通科高校に通う一般庶民階級出身の十七歳の稔であったが、ああ言ってしまった以上はどれだけ難儀だろうと出来る限りのことは尽くさなければなるまいと、彼は謎の武士道精神を働かせてリートの話に対し真剣に耳を傾ける。


 リートの口からまず挙げられたのは国王の座席が実質空位であるということだった。彼女は「摂政」の地位にあると自己紹介していたが、これは建前に過ぎない。あくまでも「何者かに連れ去られた今上国王が今も生存しており、かつ国家の象徴として君臨し続けている」という仮定のもとに成り立っているストーリーに過ぎないのだ。


 関連して、リートが第『二』王女にも関わらず摂政の位にある理由についても軽く説明がなされた。憲法及び施行中諸法の規定によれば、理由は大きく三つあるという。


 一つは、王位継承権は男系男子優先だが今上国王に男系子孫がいないこと。次に、前王である今上国王の父親には男子の兄弟がいないこと。そして三つ目が、男系女性では第一王位継承者である第一王女には心身に故障があり公務の遂行において問題の生じる可能性があることだ。


 リートの口から出てきた内容はこれよりももっと長かったが、大まかにまとめると、このような理由によって尊属卑属両方の継承権保持者が排除され、男系王家においては珍しい「実質」女王が誕生したのだという。


 だが、その女王はあまりにも大きな負担を背負うことになった。なにせ、もう彼女以外エルフィリア王国には皇位継承者がいないのである。公務の一部を例えば皇太子に、例えば先王の兄弟に任せるということは、憲法上制約がなくてもできない。


 しかし、リートが背負うものはまだある。国民から選ばれた最後の首相が憲法の緊急事態条項にある「王室への行政権委任」を適用した結果、今上国王が居なくなってからというもの、リートは内閣総理大臣の資格も持ち合わせているらしいのだ。


 つまるところ、リートは「内閣の代表」として法案提出、条約締結、財政調整、三軍統帥などの責任を負い、その上で実質的な「今上国王」として法案施行の承認、議長や裁判官の任命を遂行し、さらに何か天災が起これば被災地域を訪問することもしなければならない。


 もちろん現実世界の大統領や首相と同じく、彼女が何から何まで一人でやるわけではない。事実、リートがこうして山奥にはるばる赴いているのも官吏に仕事を任せてきたからである。しかし、いずれの仕事も彼女が責任を負っている。すなわち、彼女のサインなくして何も始まらないのだ。


 言うまでもなく、稔は想像を絶する権能者であるリートに対し、あれほどまでの図々しい願い事を頼んだことをひどく後悔した。だが、どれだけ彼が撤回しようとしても金髪女はそれを認めてくれない。かといって「リートの兄を見つけられるかわからない」などと黒髪が弱々しい言葉を吐き捨てれば、王女は「大丈夫!」と激励の言葉を返して逃げ道を決して与えなかった。



 エルフィリア王室についての話が終わると、続いて始まったのは歴史についての講義だった。内容としては王室についての話の延長線で、端的に言えば「無謀な戦争が今にも断絶しそうな王室を作ってしまった」ということに尽きる。


 ほんの一世紀ほど前まで、異世界大陸「マドーロム」の南東部にあるエルフィリアは「帝国」でありながら対外遠征ばかり働くような国家ではなかった。そこでは国名の由来ともなった妖族(エルフィート)が平穏な生活を送っており、村八分など典型的な田舎思想が根強かったとはいえ、特に農村部では争いからは程遠い平和な村落共同体が出来上がっていた。


 それが戦争の時代に変わったのは、人族(ヒュームルト)の国家ギレリアルで産業革命が起こった頃と重なる。言い換えればそれは、科学が魔法を凌駕する可能性が指摘され始めた時代とも言えるだろう。


 エルフィリア帝国が戦争へ突き進んでいった理由は他でもない。彼らは何か潜在的な恐怖を覚えて、まだ根っこが小さいうちに排除してしまおうと考えたのである。その根底には、やはり魔法は科学に優越するという思想があった。


 こうして魔法に基づく軍備拡張を進めたエルフィリア帝国は、今上国王の祖父が君臨していた今からちょうど百年前にギレリアルに対して宣戦を布告することになる。「パクス=エルフィリア」を実現していた当時は隣国の諸族を従えて戦えるほどの余力まであり、予定調和的に人族の国家を負かす運びとなったそうだ。


 しかし、武断統治では何世紀も超大国の地位を維持できない。マドーロム世界で「第一次世界大戦争マギランタ」と語られるその戦争の後、エルフィリア帝国は当初の国土の十六倍もの面積にまで拡大し、現王の祖父は帝国の最大版図(はんと)を築き上げたが、その繁栄はやはり長くは続かなかった。諸民族の独立運動を抑えきれなくなったのだ。


 その頃にはもう、同化統治政策など火に油を注ぐようなものでしかなかった。民族運動が高まっている最中にそれを抑え込もうと他国の文化を強制されるのだから当然である。


 そして、この流れに便乗したのが借りを返そうと虎視眈々と時機を窺っていたギレリアルであった。多額の賠償金の支払命令を受けたこの国は、失った領土を奪還する共通の目的を大々的に掲げ、世界各地の民族運動指導者らの支持を勝ち取った。そしてエルフィリア帝国は世界共通の敵となり、「パクス=エルフィリア」の時代は終演を迎える。


 第二次世界大戦争マギレンタはエルフィリアにあまりにも大きな傷を与えた。繁栄の象徴ともなっていた村落共同体は、戦時中に連合軍の航空部隊によって木端微塵に破壊されただけではなく、国境地帯の大部分には枯葉剤が撒かれ、戦後になってそこで作物が取れなかったり、あるいは深刻な病気が起こってしまった。もちろんエルフィリア政府はこれに猛抗議したが、――国際社会はこの意見を黙殺した。


 悲劇はこれだけではない。場合によっては「死」よりも質の悪い精神攻撃が、終戦の直前の帝都ニューレ=イドーラで行われていた。連合軍による「エルフィート狩り」である。


 ギレリアル軍を中心とする彼らは、ラジオ放送局や電信局を占拠するとこれに勤務していた社員を皆殺しにし、続いて電波ジャックによってエルフィリア帝国の降伏を呼びかけた。結果、帝都には両手を上げたり白旗を振って歩く者達が多く現れたのだが、連合軍は彼らを絶望の世界に送りつけてくれた。


 あろうことか「正義の軍隊」を自称する武装集団は、彼ら彼女らが武器を持っていないことをいいことに、「妖族のY染色体をこの世界から消す」目的から男子を徹底的に殺害し、「妖族の汚れたX染色体を浄化する」目的から女子を徹底的に強姦したのである。どう考えても報道されなければおかしいレベルの事態だというのに、世界のどの報道機関もそれを伝えなかった――否、伝えられなかったのだ。それをして一体何をされるかわからないという状況において、ジャーナリズムは正常に機能しなかった。本物の正義は、戦勝国の都合のいいように言いくるめられてしまった。


 所詮、「国際社会」なんて綺麗な言葉が本当に含意するところは「戦勝国連合」という敗戦国家の国民が目を向けたくない現実なのだ。どんなにまともな意見を言ったとしても、どれだけ罪のない国民が殺されたとしても、それを引き起こした張本人たちは口を揃えて言い放つ。「だって敗戦国じゃん」と。「悔しかったら次の戦争で勝ってみろ」と。そんな煽り文句を投げかけておきながら、あろうことか今上国王を拉致するという最低極まりない手段に出てしまう。


「――本当、笑えない冗談です」


 講義の最後に吐き捨てた言葉に、稔はリートの思いがこもっていると感じた。同時に気も新たにする。王女は淡々として終始涙の一滴も流さなかったが、隠せていなかった心底に抱えている苛立ちが何となくではあるものの伝わってきて、ああ言ったからには応えてやらなければという思いが強くなったのだ。黒髪は、本当に自分が女性の悲しんでいる様子に弱い男だとその中で改めて実感した。


 専門用語は割と多めであったが、とりあえずリートに貢献するためには欠かせないエルフィリア王国の大まかな近現代史を履修すると、金髪王女は黒髪と出会った時のような溌剌とした表情に戻っていった。それはどこか営業スマイルといった感じもあったが、国難を任された彼女からすれば、これくらいのスキルは備えていなければならない必須クラスのものである。


「では、最後の講義といきましょう。次は『魔法』について説明します」


 リートは笑みの後ろに抱え込んだ沢山の感情を押し込んだ。

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