5-6 激戦の海
クレッシェン鎮守府を出てから三十五分くらいが経過した頃。稔とラクトは協力しながら順調にパズルゲームを攻略し、二つ目のステージ群まで全てクリアして喜びに溢れていた。調理員は食器の洗浄を終えて入浴に行っているので、食堂には黒髪と赤髪しかいない。そんな密室空間に、突如艦長の声が響いた。
「本艦に接近中の空母を発見。ユベルディルマ軍籍のⅡ型バトルノートと推定」
「Ⅱ型バトルノート?」
「本艦の付近にギレリアル軍籍の軍艦及び警備艦はなし。よって、これより本艦は該当艦の接続水域からの退去を求める警備活動を行う。総員配置につけ!」
先程ほど大きなドタドタという音は聞こえなかったが、今度は、乗組員の健康や食事を管理する役割の兵士を除く全員がそれぞれの持ち場についた。《魔槍》は大きく方向転換し、なおも接近してくる空母の近くを高速で通過する。その時――。
「バトルノート、砲撃をした模様。本艦に被弾します!」
「全速退避! 魚雷発射用意、照射!」
刹那、後ろの方から物凄い音が聞こえた。水飛沫が上がって、甲板の一部に掛かる。船体は大きく揺れた。なんとか《魔槍》への被弾を防ぐことに成功したものの、Ⅱ型バトルノートは駆逐艦であり、戦艦であり、空母。まさに攻撃力と速度を兼ね備えたマルチタイプの軍艦だった。
「魚雷発射!」
魚雷はバトルノート目掛けて直進、命中した。刹那、空母は大きく左右に揺れる。しかし、駆逐戦艦空母は鉄壁の守りに守られていた。バトルノートは何事も無かったかのように接続水域を進み、ついにギレリアルの領海に侵入する。
「砲撃用意!」
戦闘意欲を剥き出しにしながら領海侵犯を行うバトルノート。もう接続水域ではないので、敵が砲撃、魚雷、ミサイルなどで攻撃してくれば、問答無用で沈没させていい。《魔槍》の艦長はそのための準備を行った。隣では副艦長はクレッシェン鎮守府と連絡を取り、応援を呼ぶ。
一方、一階の食堂に居た稔とラクトはパズルゲームを止め、来た道を戻って三階まできた。「艦橋へ来るな」と忠告を受けていたので、二人は甲板の手前で何か手伝えることが無いか考える。候補として、「敵艦に突撃」と「精霊による援護射撃」が上がった。同時、バトルノートが動く。
「敵艦、主砲より発砲!」
「面舵!」
艦橋から聞こえる提督の叫び。高性能艦バトルノートは駆逐艦としての機能も備えられており、駆逐艦としての機能面が強化された《魔槍》の方が速く航行したとはいえ、少しでも司令部の連携が乱れれば攻撃を被ることに繋がってしまう。また、要人を乗せているということもあり、艦橋の緊張感の具合や張り詰めた空気は最高潮に達する。
「艦長。艦長。こちら、夜城稔。これより、精霊を用いてバトルノートを攻撃する」
そんな時。黒髪は近くのパイプから艦長に考えを伝えた。元々データ・アンドロイドが対精霊用に開発されたものであることは知っての通りで、精霊が何人でどんな種類なのかとかは、軍人なら誰もが知っている常識のようなものだった。そこで、艦長は稔にこう問う。
「精霊の名は」
「『バタフライ』と『アイテイル』だ」
「了解。射撃に注意して攻撃すること」
「宜しく候」
そう言うと、稔は精霊魂石から紫姫とアイテイルを呼び出した。彼女らは既に十分な休養を取っていたので、体力も魔力も完全復活していた。少しして、ラクトが二人に小型イヤホンを渡す。本来は現場監督として黒髪も出撃するべきであるが、魔力が枯渇する可能性が出てきた以上は仕方がない。
「行って来い、紫姫、アイテイル」
「了解」
「わかりました」
甲板へと続く鉄の扉を開け、二人は戦闘機のようにバトルノートの方へと向かっていった。流石に無防備な格好で海原を臨むデッキに居るのは自殺行為であるから、すぐさまドアを占める。稔はパイプ管越しに艦橋との通信を図り、一方のラクトはイヤホン越しに精霊達との通信を図った。
『こちら、敵艦上空。敵艦司令部に肉眼で認識可能な異常なし』
『了解。敵砲に注意し、さらに接近すること』
『把握。終わり』
紫姫はラクトの指示を仰ぐと、駆逐艦《魔槍》が照らす敵艦の主砲が向けられた方向を確認しながら、バトルノートの周辺を旋回して徐々に高度を下げていった。そんな時、パイプ管越しに大きな声が伝わった。ほとんど同じタイミングでアイテイルからの無線通信が入る。稔とラクトは話がこんがらがるのを避けるために少し距離を取った。
「バトルノートの後方にさらにアイギス艦を確認!」
『ディルマ軍のアイギス艦隊を確認しました。八艦、こちらに航行中です』
「「了解」」
稔とラクトは声を揃えて返答すると、すぐに互いに得た情報を交換した。艦橋とアイテイルが見ているものが同じであることを確認し、二人はそれぞれ持ち場に戻った。最強戦力と称されるアイギス艦を八艦も相手にするのは流石に不可能に近い。まずは、アイテイルの電気攻撃で機械の類を停止させ、中破まで追い込むことにする。
『アイテイル、敵艦を轟沈させない程度に電気攻撃』
『把握しました』
エルフィリア帝国空軍の魂を継ぐ銀髪の精霊は、深呼吸して翼を生やした。それは、天使や妖精の背中にあるような翼ではない。かつて彼女がまだ魂石と一体化していた頃に見た戦闘機の主翼と同じ鉄製だった。翼は五つで菱型。頂点同士を結ぶと正五角形が出来るように配置されていた。
『敵艦の魚雷装填を確認。また、主砲発射を待機している模様』
アイテイルがアイギス艦隊の元に向かっていったのと時を同じくして、今度は紫姫がイヤホン越しに言った。ラクトはその内容を稔に伝達し、彼に挙げられた敵艦の行動を艦橋に伝えてもらう。艦橋は紫姫の言葉をよく理解し、最悪の場合に備えて準備を始めた。
『ところで、紫姫は今どこにいるの?』
『バトルノートの艦橋上だ』
『そんなところに居たら危な――』
『だが、敵砲を仕留めるには平面上でうつ伏せに必要がある』
『紫姫!』
ラクトは紫姫にバトルノートの艦橋上を離れるように言ったが、その数秒前に紫髪の手で通信が切られていた。赤髪の思いなど第三の精霊に届くことはずなく、凄まじい銃声音が戦いの海に響く。銃弾は一発だけではなく、紫髪は全方向にトランプのカードを配るように均一に撃った。
だが、敵艦とはいえ司令部に実弾が直撃した場合、艦長から領海侵犯に関する詳細な情報を聞けなくなる可能性は否めない。紫姫はぐるりと銃を一周させて射撃をやめる。通常の銃より遥かに上の性能を持つ銃から発射された銃弾はバトルノートの主砲を損傷させ、多数の副砲を破壊に追い込んだ。
『こちら、紫姫。まずは命に背いたことを侘ぶ』
『気にしないで。その代わり、得た情報があったら教えて』
攻撃の後、紫姫はラクトとの通信を繋いだ。怒られると思って心構えをしていた紫髪だったが、赤髪は溜息を吐くと精霊を慰めた。平時なら叱るべきことであっても、然るべきことが他にあるような緊急時、そんなことで無駄に時間を使う必要はない。今は、敵艦の情報を共有することが最重要課題だ。
『バトルノートの艦橋及びその他各機関についている者に異常は見られない』
『つまり、故意にやってるってこと?』
『違う。システム故障だ』
紫姫が攻撃する前からバトルノートのシステムは故障していたらしいが、中でも艦橋にある操舵輪は、自動操縦装置を搭載していないにも関わらず、乗組員が誰も触っていないのにくるくる回るらしい。ラクトは紫髪から話を聞いていくうちに、普通のシステム故障とは違う何かがバトルノート含むディルマ艦隊を襲っているのだと確信した。そんな中、紫姫がこんなことを言う。
『ラクトは、《精霊》が七体しか居ないと思うか?』
『もっと居るの?』
『《精霊》は七体しか居ないが、《成り損ないの精霊》はたくさん居る」
エルフィリア帝国は石油や石炭といった化石燃料に恵まれなかった一方で、宝石の産出が国を支えるほど鉱石資源が豊富であった。そういうこともあり、帝国軍は帝国軍人の証として、小隊以上の隊長、艦長以上の提督、戦闘機に乗る者に宝石を渡していた。そう、長きに及んだ戦いの意思を継ぐ者がわずか七人しか居ないはずがないのである。
『それで、精霊に成れなかった意思は今――』
『陸軍関係は大陸に、海軍や空軍関係は海上にあるだろう。そしてここは、かつて《激戦の海》だった。エルフィリア帝国軍が空母五艦を轟沈させた場所だ。特に空母は、多くの機能が集まっているし、人も多い。意思が強くならない訳がないだろう。だが、意思を継ぐことは出来なかった』
意思を継ぐことが出来たエースト、カムヰ、バタフライ、ヱルジクス、イステル、アイテヱル、ユースティティアの七人と、意思を継げなかったその他多数の魂石。外圧によって対抗心が削がれていない限り、贔屓されている者をよく思わない集団が蜂起することは、よくあることである。
『もしかして……』
『そう。これは、旧エルフィリア帝国海軍の空母等が一斉蜂起した結果だ』
『でも、なんで何十年も過ぎた今なの?』
『海に関わる精霊を稔が連れているからだろう』
紫姫の話を聞いていくうち、ラクトはこの海で何が起ころうとしているのか理解した。まだ推測の域を脱していないが、勝手に動く操舵輪といい勝手に実弾を入れて発砲する主砲といい、通常なら船員が正常なわけない事態である。外圧でバトルノートが暴走しているという考え方は、理に適っていた。
ラクトはすぐさま導き出した結論を稔に伝える。彼は「バトルノートに改造ネズミでも送り込まれたのか?」と脳内で考えた後、パイプ管の向こうと話をする。未確定情報を流すと一蹴されると考え、黒髪は自身の責任で紫姫の考え方を確定された考え方として言った。
『旧エルフィリア帝国海軍の魂を継ぐことの出来なかった奴らが、俺が精霊を連れてきたせいで暴れまわっているらしい。俺達はそいつらをぶっ潰しに行く。だから、艦橋はディルマ艦隊の船員を救う為の行動をしてくれ!』
『貴方から指図されなくても既に開始しています』
『了解。終わり』
話を終えてパイプ管に背中を向ける稔。刹那、話を聞いていたラクトが言う。
「さっき『俺達は』って言ってたけど、魔力大丈夫?」
「俺が行かなきゃ始まらないだろ。精霊魂石を持ってるのは俺なんだからさ」
「そっか。じゃ、これ」
「回線大丈夫なのか?」
「近距離通信用だから、あんまり《魔槍》から遠くに行かれるとまずいけど」
「分かった。じゃ、行ってくる」
稔は甲板へ続く扉を開けてすぐに飛び立った。バトルノートの艦橋の上に居た紫姫と合流し、バリアを展開した上で敵艦の甲板へ着陸する。黒白は《魔槍》と同じような厚い鉄の扉を開けて艦内に入ると、成り損ないの精霊がどこに居るのか確認作業を始めた。紫姫が心を読む魔法を行使する。
「……居た」
稔は紫姫が向かう方向についていった。階段を下りて四階の通路を真っ直ぐ進んでいく。そして突き当りの部屋の扉を開けた。だが、視界で捉えたのは掃除用具が一式片付けられた部屋。意思を継ぐ者は見当たらない。すると次の瞬間。一人の少女が黒白に突進してきた。
「久しぶりだな、不死鳥」
更新ペース遅いですが御了承ください。




