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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-5 強制収容所の解放 #5

 パルパ市内にもう一つある西の収容所は、稔達が解放した東の収容所と同じで職業訓練学校に近い施設だった。しかし、施設が市街地から外れていない好立地な地下にあったこともあり、また老朽化で建物に補修工事が必要と判断されていたこともあり、西収容所の生徒は全員が収容所からの卒業を考えていた。


 そんな彼らを空港へ連れて行き、エルフィリア行きの民間機に搭乗させる。サテルデイタ、フルンティ、パルパとギレリアル連邦本土にある全ての強制収容所を解放して、稔とラクトは只ならぬ達成感を得た。その一方で、自分達が掲げた理想が破綻しないか心配する。「収容所に留まったほうが正解だった」という後悔の弁は絶対に聞きたくない。


「では、私もここでお別れです。サテルデイタに戻らせて頂きます」

「お疲れさま。じゃ、また会う日まで」


 生徒達とは別の便だが、セキュリティポリスともここでお別れとなった。今後の予定が書かれたファイルは稔のスマホにそっくりそのまま転送されているので、今後は電池残量とにらめっこしながら作業を続行することとなる。もっとも、どの軍艦に乗るのか確認すれば後は成り行きに任せても良いくらいであるが。


「あの、最後に一つだけ言わせてください!」


 時刻はパルパ標準時で既に夜九時を回っている。ふと電光掲示板を見ると、行先を示す『To』に『Satel Data』と表示されている文字の左隣にある定刻の欄には『21:15』とある。万が一乗り遅れれば本来搭乗するはずだった便の料金をドブに捨てることになるので、伝えたい気持ちが強くなってセキュリティポリスは口を開いたが、稔とラクトに届けた言葉は少なかった。


「私の弱みを克服させてくれて、本当にありがとうございました!」


 頭を下げて心の底から感謝の気持ちを伝えるセキュリティポリス。建前上は女しか居ない国家で、異種族的な扱いを受けている相手と仕事で協力関係を築くことが出来た。まだまだ足りないところはあるが、少なくとも彼女は、稔、ラクトと接したことで、男に対する恐怖心を払拭することに成功している。


「頭、上げろよ。弱みが克服できたのは俺らのおかげじゃない。お前が頑張ったからに過ぎないんだ」

「稔はこう言ってるけど、実際内心凄く嬉しくなってるからさ」

「おいこら」


 ラクトは絶好の機会だと捉え、風呂場の件の仕返しをした。しかし、稔に大きなダメージは入らない。すました顔で冷静に対応した。そんな二人のやり取りを見て、セキュリティポリスはクスッと笑う。自分が見てきた仲の良い二人の姿を最後に見ることが出来た喜びが、別れのつらさに勝った瞬間だった。


「ありがとうございました。また、会える日まで」

「お元気で」


 卒業式の最後に交わす言葉のようなものを互いに言って、稔とラクトは空港の出口方へ、セキュリティポリスは搭乗口方へ向かう。ほんの数時間しか一緒に行動しなかったが、共通の話題で程々に盛り上がれる関係にまでになっていた。言葉では言い表せないような青色の感情が心の中を漂う。


「それで、俺らは次どこへ行けばいいんだ?」

「稔が大好きな『鎮守府』だよ」

「つまり、ここから先は海軍管轄ってことか」

「だからセキュリティポリスが私達と一緒に行動しなくなるのかな?」

「なるほど」


 稔は「鎮守府」という言葉を聞いてビクッと身体を震わせた。「イベント」、「海域」、「限定グラ」と言い始めた頃にはもう震えが止まらなくなるかもしれない。黒髪はやっとの思いで自制心を働かせる。咳払いの後、落ち着いた表情に戻った彼は、移動に必要となる情報をラクトから聞き出した。


「それで、その鎮守府がある都市は?」

「クレッシェン」

「呉? 俺は佐世保だが」

「ゲームサーバーの話じゃねーよ! それに、古参って主張するには婉曲的すぎるよ!」

「いや、横須賀以外は古参じゃないだろ」

「なんて奴だ……」


 稔は自分が古参だと主張しない。サーバーが選択制で無かった頃に着任した提督に失礼だと思っているからだ。もっとも外野から見れば、そのゲームを比較的昔の頃からやっている人でないと分からないようなことで言い争っているのがバカバカしく思えてくるわけだが。


「それはそうとして、クレッシェンは位置的にどうなんだ?」

「貰ったファイルの中に地図データが入ってたような気がするんだけど……」


 文書作成アプリを起動して下へスクロールすると、時程が書かれた表の下に地図が挿入されていた。マドーロム大陸は日本の国土と似た形をしているが、中でも京都市と同じようなところに位置するのがパルパ市で、クレッシェンは岡山市と同じようなところに位置していた。


「凄い西の方に来てたんだな、俺ら。クレッシェンの向こうはユベルディルマだし」

「今更だけど、クレッシェンはパルパと一時間の時差があるよ」

「着いて午後八時か。東の方は何時くらいだ?」

「王都なら、今は朝の六時頃じゃないかな。ロパンリまでいくと朝の七時」

「……もしかして、徹夜する流れだったりするのか?」

「そうなるんじゃないかな?」


 肉体労働をしているわけではないので、体が痛みを訴えているとかいうことはない。でも、既に起床して一睡もせずに二十時間以上が経過している。十二時間後に国王の再即位式が挙行されることを踏まえれば、さっさと強制収容所を解放して、宿を見つけて体を休めないと痛めを見るのは確実だ。


「でも、今からホテル取れるか? それこそこの格好だと目の敵に――」

「エルフィリアで取るのがベストだと思うよ」

「でも、昼間は掃除入るしな。それこそダブルルームがあるかどうか……」

「寝れればそれでいいんだし、シングル二つっていう選択肢もあると思うけど」

「まあ、ここで考えてても無駄な時間が過ぎるだけだし、さっさと飛ぶか」

「そうだね」


 取り敢えず昼間に寝る方向で一致したので、稔とラクトはテレポートすることにする。ここまでバリアを展開して移動する場面が多かったので、二人は久しぶりに手を繋いだ。周囲の目が気になったので、空港の建物を出たところで魔法を使う。行き先は、クレッシェン鎮守府のゲート前だ。



 クレッシェン鎮守府のゲート前に到着してすぐ、稔は三メートル近くある高い柵の正面に立つ警備員に声を掛けた。言うまでもなく最初は不審者扱いされたが、黒髪はその知名度を活かしてすぐに関係者扱いされることとなった。しかし、二人を案内する役の者は居ない。港がすぐ目の前にあるため、必要なしと判断されたのだろう。


 真っ暗な二車線の道を進み、左右に乗組員が使用している寮と思しき建物を捉える。さらに進むと、左手にはリアル建造ドックが二つあって、右手には駆逐艦や潜水艦、空母が停泊する港が見えた。一方で、戦艦は見当たらない。スマホの文書作成アプリを改めて見て、どの艦に乗るのか確認する。


「第三世代アイギス駆逐艦《グングニール》……?」


 ギリシャ神話の最高神ゼウスが娘アテナに与えたとされる『邪悪を払う盾《アイギス》』。一方で名付けられた名前は、北欧神話の主神オーディンが品定めして得た『約束された勝利の槍《グングニール》』。本来合わさることのない二つの道具が名前に含まれていることの意味は、攻撃も防御も熟すマルチな駆逐艦であることの証明にも繋がる。


「『Hydrogen』を『水素』と置き換えるように、『Gungnir』を『魔槍』と置き換えようよ。そっちのほうが格好いいし呼びやすいし」

「駆逐艦《魔槍》か。でも、日本だと駆逐艦は自然現象や樹名が付けられるからな」

「ギレリアルだと神話から持ってくるらしいよ」

「お二人は軍艦についてお詳しいんですね」


 どんどんと会話がマニアックな方向に進む中、稔とラクトの後ろからギレリアル海軍の夏服を着た海軍の女性が近づいてきた。ラクトよりも身長が小さいことから成り立ての海軍兵のようにも見えるが、彼女が着ている制服は艦長クラスが着用するもの。二人の前に現れたのは正真正銘の『提督』だった。


「えっと、あなたは……」

「アイギス駆逐艦《グングニール》艦長、ドリス・シュミットです。艦艇に案内するので、ついて来て下さい。なお、航行は一時間程度の予定です」

「一時間だと寝れないな」

「でしたら、航行速度遅くしましょうか?」

「故意に予定を崩すつもりはないから、一時間で着くように航行してくれ」

「わかりました」


 多少の仮眠は作業の効率を上げることができるが、夜に行うと安眠を妨げる原因になりかねない。どうせ一時間しか無いのなら、予定の確認でもしていればいい。暇ができれば精霊を呼び出してカードゲームをすることだって出来る。余裕がある乗組員を誘って規模を大きくするのも一案だ。


 これからを考えながら稔とラクトはドリスの後をついて桟橋を進み、傾斜のついた舷梯を渡って艦内へ入る。乗組員の点呼は既に終わっていたので、二人が乗艦したと同時に重い扉が閉められた。艦内を進んで二階、三階へと梯子を上がって向かう。三階から一時的に甲板に出て、艦長が告げる。


「甲板や居住区では自由に行動可能ですが、艦橋には来ないでください」

「わかった」


 ギレリアル海軍では、艦橋が男子禁制エリアに設定されているらしい。もっとも、狙われると危ういのは司令部がある艦橋であることに間違いはないので、男子禁制であろうがなかろうが、移動中に要人を入れていい場所ではないだろう。ドリスは伝えるべきことを言うと、灰色の甲板を去った。


「しかし広くて平らな甲板だよな。ここが海の上だと思えないほどに」

「もしかして、ずっとここに居るつもり?」

「部屋割り当たられなかったしな。風が吹く中でトランプとかする気はないが」

「食堂なら使えるみたいだから、使わない?」

「そうするか。甲板に居ても海の景色見れないし」

「そこなんだよね」


 月光が照らす海を見てみたい気持ちも大きいが、夜の航海は昼の航海よりも幻想的な一方で殺風景でもある。それに、景色を見るだけだとどうせ退屈するものだ。なれば、どこか人の少ない部屋で有意義に時間を使ったほうが良い。


「それで、その食堂ってのは?」

「この二階下。階段降りて来た道を戻らず逆に行けば着く」

「さっさと行こうぜ」

「うん」


 二人は再び艦内へ入った。上ってきた階段を一階まで下り、来た時と逆の方向に進む。通路を進んで突き当りのドアを開けると、机が整列された部屋が目に入った。調理員の姿はあったが、そこに他の乗組員は居ない。午後七時から入浴時間で、その時刻を境に食堂では食事の提供を停止するらしいので、人影がないのは納得できる。


 稔とラクトは調理員から「何しに来たんだ」的な視線の集中砲火を受けながら、入口近くの席に対面するように座った。机の上にスマホを置いてひとまずロックを解除し、文書作成アプリを起動する。そして、ギレリアル以外に作られた強制収容所の立地や内容について確認しておく。


 まず二人は、第三世代アイギス駆逐艦《魔槍》が向かう基地についての情報を得た。乗艦した駆逐艦は、クレッシェン鎮守府を出た後、アングロレロ共和国西方の防衛拠点「LOST_ANGEL(ロスタンゲル)」に向かうらしい。ギレリアル海軍はアングロレロ共和国の国防を一任されているので、ロスタンゲルの軍港はもちろんギレリアル軍の管轄だ。


 画面を下にスクロールすると、海軍基地を抜けて真っ直ぐ進むと見えてくるドーム型の建物が収容所だ、と書かれていた。でも、挿入されていた写真に写っていたのは、ドーム球場に代表されるような建物ではなく、宗教儀礼を行うような施設。中央、東、西の塔の屋上全てに白色のスラ○ムのようなものが取り付けられていて、中央塔のスラ○ムの上にはさらに十メートル程度の棒があった。


「ラクト。この建物って、元々は宗教施設だったりしたのか?」

「まあ、アングロレロはエルフィリアから独立した時に色々ぶっ壊したからね。多神教から一神教になるのは犠牲を伴うものだよ」

「そういえば、お前はエルダレアの出身だよな。魔族も神を信仰するのか?」

「私の出身は南部だけど、南部の方は昔エルフィリア領だったから、神頼みする悪魔が多数派だね。北部は悪魔崇拝が主かな」

「対立とかは無いのか?」

「そのための帝皇陛下だよ」


 悪魔崇拝者も、偶像崇拝者も、一神教信者も、多神教信者も、自らが信じる《モノ》に宿るとされる魂と心を通わせて祈りを捧げたり、身体的な負担の軽減を行う。結局、物事の種類が異なるだけで本質は変わらないのだ。


 しかし、違いは争いを生む。平和な国家を実現するためには、どうしても違いを統べる存在が必要となってくるのだ。それは例えば主義であり、例えば建国の父や母。もちろん、その存在は、民から支持を集めることの出来るものでなければならない。でなければ、いつか革命が起こるのがオチだ。


「これまで幾多の王国や帝国が生まれ、繁栄し、滅びてきた。でもそれは大抵、王家が暴走したせいじゃん? その点、帝皇陛下はいつの時代も実権を持たない国のトップとして扱われてきた。時に権力者に良いように使われもしたけど、そういう歴史があるから余計に国民から支持を集めてる」


 エルダレアは「帝国」の名を冠しているが、実態は実質的な立憲君主国家で、君主である帝皇に絶対的な権限は与えられていない。もちろん、稔が魔道書を譲り受けた時も「勲章授与」という立派な儀礼的行為であり、決して帝皇の独断で譲渡したのではなく、首相の進言に基づいて行われている。


「ちなみに、エルフィリア王家はどうなんだ?」

「第一次の大戦争であっちこっちに進軍して周辺国家からバンバン領土奪った三代前の国王以外は暴走してないよ」

「マドーロム版ナポレオンってとこか」

「全ての遠征で勝利して痛い目を見てないから、さらに格上だと思うけどね」


 エルフィリア王国三代前の国王マメルスは、即位二年後にアングロレロ戦争を起こした。この戦いで当時のアングロレロ帝国はエルフィリア王国の属国となり、アングロレロ国王と皇太子は流刑。その他の王族は国外追放を受けた。


 即位八年後にはエルダレア戦争を起こし、南部エルダレアを属国化。即位十二年後にはギレリアル東部も属国化した。そして、即位十五周年を記念して属国に国王を設置。東ギレリアル王国、アングロレロ王国、南エルダレア王国と次々に属国を独立させ、三つの傀儡国家を建設した。同じ時期に、エルフィリアの国号を王国から帝国に変更している。


 たった一代で、日本の地形に似たマドーロム大陸の北陸や山陰を除く宮城県から香川県辺りまでを制圧したマルメス。しかし、自身が引き起こした戦争は借金大国への道を切り開いてしまった。輸出停止や関税の引き上げ措置をしても資源の豊富な諸外国に効果はなく、国家財政は破綻に向かって一直線。さすがのマルメスも、退位を余儀なくされた。


 マルメスの退位後、二十一歳の若さで即位したモンチュンは、すぐに第一次世界大戦争(マギランタ)の終結を宣言。その年度の王室予算を返上して国家予算にすると、それまで王家の言いなりになっていた帝国議会の独立性を高める法律を施行した。翌年、議会は国税の徴収方法を大幅に変更し、十五年に及ぶ臣民一揆の末に、エルフィリア帝国は財政破綻から脱することに成功する。


 しかし、それほど長い歳月が経っていれば、マルメスの時代に侵略を受けた国家が経済、財政、軍事面において立て直しを図ることは容易なこと。中でも西ギレリアルはぐんぐんと国力をつけて成長し、軍事費や装備ともにエルフィリア帝国を上回るレベルにまで成長していた。


 そして、モンチュン即位から二十年が経過した年の七月。ギレリアル海軍のフルンティ上陸で、第二次世界大戦争マギレンタが開戦した。エルフィリア帝国は大陸国家の全てと交戦。当初は負けを知らないほど優勢だったが、塵も積もれば山となる。ぽつりぽつりと資源を奪われ続け、開戦五年後には全ての属国を実効支配できなくなってしまった。


 そこから先は言うまでもない。エルフィリア帝国軍は反撃に太刀打ちできず後退を続けていき、開戦六年目の八月、ついに帝都への入城を許してしまった。翌月には繁栄を誇った帝国の後影がないほどに帝都は陥落。その街は民族浄化の舞台と化し、抵抗しようがしまいが男は殺され、女は孕まされ、また、当時の首相は公開処刑の餌食となった。


 首相が処刑された後、すぐに新しい政権が誕生した。しかし、その閣僚にエルフィリア人の姿はない。無論、モンチュンはじっとしていられなかった。先祖達が守ってきたエルフィリアが好き勝手にされているのを聞くと、彼はその年の十月二日、王都へと赴いた。重要参考人としてリストに上がっていた彼は軍人から殺されることはなく、むしろ王国議会に案内された。その際、彼は連合軍の元帥にこう言い放ったらしい。


「私や私の家族を殺そうが、孕ませようが、植物状態にしようが、私は文句を言いません。この際、私の血など滅んでも構いません。私があなたの指示通りの行動をすることで臣民が救えるというのなら、私は何だって致します。お願いですから、罪のない私の子供たちを被害者にしないでください」


 記録によれば、連合軍の元帥は彼のその発言で気が変わったらしい。傀儡政権の総辞職の後、上下両院で総選挙を行い、国民の信任に基づいた戦後初の首相を選出した。モンチュンは任命証を彼に手渡すと、国王の位を息子に譲ろうとした。しかし、国民や首相はこれを否認。連合軍の元帥の反感を買うのは必至だったが、モンチュンは続投となった。


 先代国王のモンチュンは、第一次大戦の興奮、第二次大戦の絶望と戦後の混乱、爆発的な経済成長というエルフィリアの激動の時代を歩み、七十五歳でこの世を去った。彼は三人の娘を持っていたが、跡取りとなる息子は一人も居なかったので、彼の弟、要は皇太弟ファッハの子供が国王に即位した。その人物こそリートの兄、ニコラウス・ファッハ・シュテプラーである。


「ということで、エルフィリア王国の近代史でした。テストに出るよ」

「そこまで難しくないと思う」

「歴史は物語みたいなものだしね」

「まあな」


 いつの間にかエルフィリア史の話になっていたが、一段落ついたので元の話題に戻す。ファイルに視線を向けなくなって五分以上経っていたようで、スマホの画面は真っ暗になっていた。改めてロックを解除してファイルを見る。下にスクロールしてみるが、大雑把な時程表しか挿入されていなかった。


「ゲームでもする? 盛り上がらない程度に」

「じゃあ、パズルゲーでもしようぜ。バッテリーは心配だが」

「自動照度調節とか位置情報を諸々切っておけば大丈夫だと思う」

「どうせなら機内モードにするか」

「ここ艦内だけどね」

「飛行機ほどじゃないが、重要な機械が搭載されていることに変わりないだろ」

「まあね」


 稔はまず、マナーモード切り替えをオンにし、機内モードに設定した。さらに照度調節と位置情報サービスをオフにし、ホーム画面に戻ってパズルゲーを起動する。スタートボタンを押して、バラバラになったパーツを組み合わせていく。時間制限はないので、熟考や相談をしながら進めることが出来る。


「入浴時間外の者は、すぐに配置につけ!」


 そんな時、パイプを通して艦長の肉声が聞こえた。刹那、部屋で待機していた入浴時間待ちの乗組員達が一斉に一階や二階の廊下を駆け抜けて自分の持ち場に向かってダッシュを始める。三十秒後、今度は甲板の方からラッパの音が聞こえた。駆逐艦《魔槍》は闇夜に吹く海風を切って徐々に加速し、クレッシェンの軍港を後にする。

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