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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-3 強制収容所の解放 #3

 フルンティ駐屯地を出た後、三人を乗せた公用車はまず高速道路に入った。市街地までの距離は十キロで、一つ山を越えれば着く程度なのだが、軍施設があるのは山に四方を囲まれた盆地なので、今居るところが学園都市と目と鼻の先に位置しているとはどうしても考え難い。


「え、五キロ……?」


 高速道路に乗って一分も経たないうちにトンネルがあることを示す標識を発見した。トンネルの長さはメートル表記が基本なわけだが、フルンティ市街地へと続くそのトンネルの長さは五千メートルを超えていた。右方にも学園都市へと続く国道があったが、こちらはトンネルが一切ないくねくね道らしい。


 一方、高速道路はフルンティ市街地までほぼ一直線のトンネルで貫いている。だが、一つだけ気をつけなければいけない点があった。それは、トンネル内にインターチェンジがあるということである。確かに、そのことを示す看板がトンネルに入って五〇〇メートルくらい進んだところにあった。


「ラクト。なんで、トンネル内にインターチェンジがあるんだ?」

「山の上に医療機関が集中してるからだよ。二〇〇は軽くあるよ」

「でも、なんで山の頂上なんだ? 行きづらいのに」

「市街地の中心部にも市民病院があるけど、今はデータ・アンドロイドがあるからね。入院するなら、見える景色の良いほうがいいじゃん?」

「なるほど」


 移動手段としてのデータ・アンドロイドが普及したことで、市街地から山の頂上まで二十分もあれば着けるのだという。それに、市街地だと渋滞が起こりやすいが、郊外へ向かう高速道路なら渋滞は起こりづらい。また、周囲に住宅がないのでドクターヘリの騒音も気にしなくて済む。眺望もそうだが、メリットは他にも色々とあるのだ。


「そして、収容所は総合病院の地下にあります」


 稔とラクトの会話に口を挟むセキュリティポリス。二人は既に知っていたことだったが、政府の方から場所について言われただけでも信憑性はぐっと上がる。そして、公用車が話題になっていたトンネルの中のインターチェンジで降りることが分かって、さらに情報の信憑性が上がる。


 本線から分岐して、公用車は一方通行で二車線の道を進む。勾配などは多少あったが特筆するほどではなく、また料金所まで続くトンネルもそこまで長いわけでもなかった。公用車の運転手は市街地を見下ろす山の四合目辺りに設置された料金所で料金を払って、そのまま直進し、一般道を進んでいく。


「今通ってる道って、さっきの国道か?」

「そうだね。でも、もうちょっと先からはそこまでくねくねしてないよ」

「建物が集中してるから?」

「そういうこと。」


 土地整備の一環で、七合目から八合目までの間は色々と手が加えられたらしい。その代表例が、地下駐車場だ。地震対策として地下深くに基礎を作ったことで、外見だけ見れば十二階建ての総合病院でも、地下駐車場も換算すれば三十階程度になるという施設も多くある。もちろん、上階への移動はエレベーターが基本だ。


 フルンティ市内の超高層マンションが発する光を右や左に見ながら、公用車はくねくねとした道を上へ上へと上っていく。徐々に高度も上がり、五分くらいでくねくね道から解放された。同時、左右に生い茂っていた木々が無くなり、代わりに病院の建物群が左右に現れる。道路は平らになって、山の中央部に向かって一直線になっていた。


「なんか、団地みたいだな」

「いや、団地ですよ、ここは。ドーナツ状の街、『ホスピタルシティ』です」

「へえ。ところで、総合病院は?」

「直進したところにある、あの建物です」

「あれか」


 ドーナツ状の街の中心には、街灯のない真っ暗闇の世界が広がっていた。登山道を作った以外では人間の手を加えていない自然豊かなエリアである。総合病院は、そんなところとの境界線に在った。Y字路の前と左右にそれぞれ建物があって、三角形を作るように二階と五階にある連絡通路で繋がれている。


 公用車は交差点を左折し、直進してすぐの信号をさらに右折した。Y字路を左折または右折する前に見えていた建物は『本棟』と呼ばれる建物らしく、救急病棟もここにあるらしい。その他、左に見えていたのが南棟、右に見えていたのが北棟と呼ばれるそうだ。公用車は、本棟の玄関前で停止した。


「どうぞ」


 セキュリティポリスは公用車を出ると、すぐさま後部座席の扉を開けた。黒光りする政府用の車は一瞬で注目の的となり、もちろんそこから出てきた稔とラクトに注がれた視線の多さは言うまでもない。しかし市役所の時と違って、二人に握手を求める人は居なかった。でも、顔は知られているから、あちらこちらから二人の名前が聞こえてきた。


「こっちです」


 セキュリティポリスの誘導に従って階段を上り、稔とラクトは南棟の方に続く連絡通路へと進む。二階に上がっても二人は有名人扱いを受けたが、しかし、彼らの行動を妨げようとする輩は誰一人として居なかった。三人は眼下に幅の広い道路を眺めながら、遠くにフルンティの市街地を見ながら、南棟に入る。


「収容施設は、この地下にあります」

「地下は駐車場じゃなかったのか?」

「地下駐車場は北棟の地下だけです。前は南棟の地下にも駐車場がありましたけど」


 セキュリティポリス曰く、地下空間が広く且つ人気が少ないために総合病院南棟の地下を強制収容所の建設地に選んだのだという。地下駐車場の上階の方は光が差し込む可能性があっても、下階の方はその可能性が無くなるから、悪事を働くためには持ってこいだったのだろう。


「さて、地下駐車場へ降りますよ」


 南棟に入ってすぐのところにあったエレベーターの扉を開けると、セキュリティポリスは移動装置の目の前に立って扉が閉まらないようにエレベーターの内部とドアと二階の壁とを左手で押さえた。稔とラクトは軽く頭を下げてエレベーターに入る。セキュリティポリスが入ると、すぐに扉は閉められた。


「地下行きのボタンって『-1』とかって表記されるんだね」

「地下と言ってもゼロメートルより下というわけではありませんからね」

「なるほど」


 地下十五階を意味する『-4』のボタンを押すと、エレベーターは下へ降りていった。最下階から最上階まで行くときほど早いスピードでないので、宙に浮いているような感覚に襲われることはない。ボタンがいっぱいあるところの上のディスプレイに表示された階数を見ているうちに、エレベーターは地下四階に到着した。


 ピンポーン。インターホンを鳴らした時のような音が耳に伝わる。しかし、密室空間に居た三人はすぐに危機感を持った。突然大声を張られたかと思うと、施設の職員と思しき白衣を着た人物が銃口を向けてきたのである。


「覚悟ッ!」


 稔とラクトを守るべくセキュリティポリスが咄嗟に前に出た。黒髪は防人から後で色々言われるのではないかと思ってゼロコンマ数秒ばかり躊躇ってしまったが、一人も死人を出さないことが絶対条件と感じ、すぐにバリアを展開した。


「――麻痺パラリューゼ――」


 黒髪を支援するようにラクトが状態異常魔法を使用する。人は魔法を使える種族でなく基本的には魔法を使えないので、赤髪の攻撃は多大な効果を発揮した。白衣を着た女はなおも抵抗しようとするが、麻痺してしまって動けない。しかもラクトは、女が動く度に麻痺の度合いを強めていたので、時間が経つとともに女の顔が険しくなってきた。


「私達の実験場を壊すなァァァ!」


 どうやら、他の施設と違って一筋縄ではいかないらしい。白衣を着た人物があまりの痺れに床に倒れたところ、それを見た施設で研究をしているという女達が稔とラクトのほうに向かってきた。彼女らの手には剣がある。柄にはスイッチがあって、刃に電流を流すことができるらしい。


「科学VS魔術か。……面白いじゃねえか」

「私もう、魔力無いんだけど……」

「こんな狭い空間で二人とも動き回れるわけねえだろ、バカが」


 稔の両手には紫色の炎で包まれた剣がある。黒髪はこれを紫姫に教わった方法で一つにまとめると、それを右手に持ってバリアの外に出た。鼻で笑われたラクトは若干ムスッとしていたが、すぐに彼氏の応援に回った。


「俺が相手する。十人だろうが百人だろうが、掛かってこいや!」

「戦えええッ!」


 剣を持って稔の方に突撃する女達。彼女らの持っていた剣の刃には、素手で触ることなど到底できないほど強い電流が流れていたらしいが、全て黒髪が右手に持っていた剣が出していた紫色の炎に飲み込まれた。ただの剣で特別魔法級の強さの剣に勝てるはずもなく、女達は次々と稔に跳ね返されていく。


「負け……られない……ッ!」


 研究員達の抵抗しようとする気持ちは反撃を受けてなおも強い。でも、彼女らにチャンスを与える状況というのは、ラクトが状態異常攻撃を行うことで一掃された。立ち上がろうとする女達に、『入眠スパイト』を使用したのである。白衣を着た女については、麻痺と睡眠の魔法が重複したので、麻痺の方を解除しておく。


「この階ともう一つ下の階は全部実験室。被支配者はモルモット扱いらしく、ろくな服を着て生活出来てないらしい。取り敢えず魔力もらっとくよ」

「ちょっ……」


 ラクトは稔のほうに前のめりになった。魔力回復という大義名分の下で唇同士を触れ合わせると、赤髪は綺麗にターンして下階へ続く階段へと駆ける。一方黒髪は、キスの余韻に浸らずに彼女の後ろをついて走ろうとした。でも、止められる。


「稔には受付がある後ろの部屋で放送を入れてほしい。設定は済んであるから、『音声ボタン』だけ押して始めればいいよ。受付エリアまで来ること、エレベーターを使わないことを条件によろしく。あと、受付テーブルの下に一斉解錠ボタンがあるよ。じゃ、頑張ってね、稔!」

「おい、ラクト!」


 一つ下階へダッシュするラクト。それが何を意図するかは不明だが、取り敢えず稔は受付の方に向かった。受付の後ろの部屋という指示の通り、受付の後ろにはドアがあった。ドアノブの左上にあった点灯ボタンを押して照明を点け、ドアを開けて中に入る。すぐ、マイクが目に飛び込んできた。


 椅子に座り、大量のツマミのようなものがある机を見る。音量などの設定はいじらなくて良いと聞いていたので、稔は『音声ボタン』なるものを探した。彼は、ものの数秒でマイクの隣にそのボタンを発見する。深呼吸した後、黒髪は頭の中で読む内容を考えてからアナウンスした。


『我々はこの施設を解放しに来た。収容されている皆は、ただちに受付前の広場に集まれ。ただし、エレベーターは使わないこと。監視役として行動している者は、その場で静止すること。以上』


 下階にはまだ監視役として警備員が居るかもしれない。施錠解放を一斉にすれば万事解決ということは有り得ないのである。監視者が銃や剣を振り下ろした時、収容者がその被害者になるかもしれないので、稔は受付に戻り、テーブルの下にあった『一斉解錠』のボタンを押した。その時。


「手を上げ、ポケットの中の物を出せ!」


 監視者の中には学生も居たらしい。ブレザーの制服を着た女子校生が三名、下階へと続く階段を上って受付に来た。言うまでもなく、稔は彼女たちのことを警戒する。だが、学生達は抵抗せずにポケットを裏返して手を上げた。指示を聞いてくれているということで、黒髪は彼女たちに対する警戒感を弱める。


「三人は、そこで待っていろ。俺は他の施設職員を呼ぶために席を外す」


 稔は心理戦に出た。案の定、三人のうち一人が少し顔を綻ばせる。彼は内心で「掛かったな」と思うと分身を三体作った。表情を崩した者以外の三人は顔の真顔のまま表情を崩していないように見えるが、些細な動きから、形勢逆転の機会を見失ったことに対して怒りを抱いていることは分かる。


 作られた分身は、テレポートして最下階、最上階と最下階のちょうど中間階、受付階の二つしたの階、にそれぞれ移動した。しかし、それらの本体は受付から動かなかった。色々な機器が集合している場所から離れるのは、それ即ち軍事拠点を失うことと同義である。


「……あれ、下階へ行かないんですか?」

「まあな。俺はここでお前らが収容者に暴行等を加えないか監視する役目を担う」

「そんなことするわけ――」

「論より証拠だ。お前らが悪でない理由があるなら、それを述べてみろ」

「私達は、あなたの指示に従いました」


 稔は学生の発言に呆れてしまった。そして彼は、収容所に居るということはそれなりの学力を持っているのだろうと期待した自分がバカだった、と考えるに至る。見た感じ同年代の女子校生らしいが、黒髪は「こんな奴らと一緒にされたくない」と強く思った。


「それで論の成立が認められると考えているなら、研究者失格だと思うが」

「証人は私の左右に――」

「二人ともこの施設で一緒に過ごしてきた奴らだろ。第三者でない彼女らに『追試』のようなものを行わせていいのか?」

「これは実験ではありませんから、追試は不要だと思います。それよりも、私達を悪だと捉える理由を教えていただけますか?」

「構わないぞ」


 実験じゃないから、当事者達が大声を上げればその意見が通るのだと言う。彼女らの発した論理が酷いものと思いつつも、稔は学生達に自分が受付から動かない本当の理由を伝えた。


「俺がさっき『下に行く』と言った時、中央のお前が破顔したのが理由だ。そもそもあの笑みは、何か過去の笑い話を思い返してぶり返した笑みでないだろ? 受付エリアが俺らの目線から解放されるから、今後の予定を思い返して笑ったんだろ? もう分かっているんだ。お前が何を考えているかなんて」

「主観的かつ一方的ですね。思い出し笑いの可能性を、なぜ否定したんですか?」

「冷静に指摘してるが、今だって、内心ではビクビクしてるんだろ?」

「そんなはずは……」

「自信をなくしたか。これは黒だな」


 強情を張って稔の発言に唾を付けてきた一人の女子校生は、黒髪による精神攻撃によって隠し通さなければならない自分の汚点をどんどん吐き出してしまった。彼女は、その声で自分が思っていたことを明かしはしなかったが、その態度がどんどん弱々しいものになっていっているのが分かる。


「それはそうと、この施設で収容者を支配している者はどれくらい居る?」

「もう居ません」


 稔が精神攻撃の対象としていた女子校生とは別の女子校生がそう言った時のことだった。下階の方から階段を上る音がして、数秒後にラクトが現れた。行きも帰りも全力で走ったらしく息を荒げている。けれど、言いたいことは既に決まっている。一つ深呼吸を居れて、彼女は言った。


「彼女の発言は真実だよ。今、ここから下階のすべての階に、女は居ない」

「そうか」


 稔はラクトが言っているからという理由で彼女の意見に切り替えた。その発言から少しして、ゾロゾロとまともな服すら着ることのできていない男達が階段を上ってくる。ほとんどはビリビリの服を着て居たが、一部上裸も居た。また、顔面偏差値が高いほうが体の各所に傷を負っているらしい。


「稔。そこに整列させて。私は上裸の人に服を配る」

「了解」


 さすがは夜の商売の経験者。ラクトは、男の上裸程度で顔を赤くしない。一方、男という概念そもそもを知らない女子校生達は、彼らの上裸を見て恥ずかしがっている。水泳の授業等々では女子しか居なかったから、このような初すぎる反応を見せるのは仕方ないところもあるのかもしれない。


「地下六階から来た奴はここに並んでくれ」


 稔は手を挙げ、自分自身を目印にする。二つ下の階から来た男達は黒髪の指示を躊躇や反抗すること無く呑み、座る場所を確保した人からどんどん座っていった。五十人程度が三列にまとまったところで、彼は地下七階から来た収容者達の誘導を始める。



 最上階から最下階に収容されていた者達まで全員を地下四階の受付ロビーに移動させるのには四十分くらい掛かった。負担軽減策として最下階に送り込んだ稔の分身にテレポートして移動するよう指示を出したり工夫をしたことが功を奏したようである。


 整列させた後、ラクトは管理人室から収容者の名簿を持ち出した。二人はそれとにらめっこして、被支配者全員が受付フロアに居ることを確認する。同頃、稔は分身一体を呼び戻し、残り二体に檻の中に人影がないか確認するよう指示を出す。この確認作業で、十分弱の時間が去ってしまったが、前回より約十分の時間短縮に成功した。


 作業開始から五十分が経過した頃、稔は分身を一体に集約し、その一体にフルンティ空港までテレポートさせた。後はサテルデイタの時と同じである。民間旅客機に搭乗してエルフィリアに向かってもらうだけだ。


「もう、人体実験場から被験体は居なくなった。お前らは未来ある学生だ。今夜の出来事を脳裏に焼き付けて、正しい研究・実験をしろ」

「……わかりました」


 女子校生達は下を向いて頷いた。反抗したい気持ちと素直に受け入れたい気持ちという相反する感情が心という同じ受け皿にあるせいで、どうしていいのか分からないのである。でも、稔の主張に聞く耳を持ってくれただけ、素直に受け入れたいという気持ちが多少は上回っているのだろう。


「では、これで失礼」


 セキュリティポリスと合流した刹那、稔はテレポートを使用した。南棟二階まで上ってきた後、ラクトが状態異常魔法の効果を消す。連絡通路と階段を経て、本棟の正面玄関に停車中の黒い公用車に乗り込む。玄関付近で彼らは報道記者と遭遇したが、飛んでくる質問を華麗にスルーした。直後、公用車はアナウンスと共に発進し、運転手は来た道を戻って次なる強制収容所へと走らせる。

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