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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-2 強制収容所の解放 #2

 鍵を開け、名乗り、身支度しておくよう言って去り、通路全ての監禁部屋の施錠を解除したところで大声を上げて収容者全員を呼び出し、整列してもらい、広場で一列二十人の列を作ってもらって、稔の分身にバリアの展開とテレポートと飛行機会社への引き継ぎをしてもらう。これを、十二分のうちに済ます。


 同じことを繰り返していると、意図しないうちにそれが上手くできるようになるものだ。その段階に辿り着くまでの時間には個人差があるが、諦めさえしなければ、必ずどこかで人並み以上の技能を手に入れることが出来る。稔、ラクト、セキュリティポリスの三人は作業を進めながらそんなことを思った。




 民家を装った強制収容所に着いてからおよそ一時間程度が経過した頃。遂に、延べ約千二百人の収容者をサテルデイタ国際空港のターミナルビルにある会議室に移送する作業が完了した。その頃には支配者として君臨していた女達の姿はなく、まるで被支配者に転落したように、従業員たちはせっせと監禁部屋やトイレの掃除をしていた。


 稔とラクトは、同じ作業を繰り返しているうちに一緒に働いていたセキュリティポリスと仲良くなった。異性に対して上手く接することの出来なかった助手席に座っていた女の姿などとうになくて、外見だけ見れば男性に見えるラクトと、心の体も男性の稔と、彼女は笑顔を交えながら話している。


「鍵も返却したことですし、帰りましょうか」

「そうだな」


 既にマスターキーは受付に居た従業員に返却済み。この強制収容所に関する作業の内容であと残されている作業は、地上へ出て公用車に乗り込むことだけだ。でも、赤い扉の向こうに続く長い長い階段を上っていくのは何が何でも避けたかった。そこで稔はバリアを展開し、地上まで戻ろうとする。


「ミカエル、探してないよね?」


 そんな時、ラクトが稔の耳元で囁いた。セキュリティポリスも二人の会話の中に入ろうとしたが、「もし彼らが腐った関係にあったら自分は空気の読めない人物ということになる」と思い、あえて黒髪と赤髪に背中を向けることにした。でも、耳だけは彼らの方に向けておく。


「ああ、そういえば。でも、この施設に他の怪しげな部屋なんてあるか?」

「無いよ。あと、収容者全員調べたけど、召使は誰も居なかった」

「いつの間にそんなこと――」

「トイレの間とか、通路を移動してる時とか、そういう空いた時間にやった」

「さすがだ」


 聞いていて話が一区切りついたと思しき場所を発見し、すかさず口を挟むセキュリティポリス。咳払いの上で口を開いたから明らかに不自然だったが、稔とラクトは「早く地上に戻りたいんだな」とその女の仕草から判断し、黒髪はバリアの展開とテレポートを急いで行った。



 靴を脱いだり履いたりという手間を省けるよう民家の玄関まで戻り、稔が二人の前に出てドアを開ける。報道関係者がこの場所を特定して再度フラッシュ地獄に会ってしまうのではないかと心配になったが、そこに公用車の姿はなく、ゆえに報道関係者の姿も無かった。


「ところで、車はどこに?」

「車は来ません。予定より時刻を大幅にオーバーしてしまいましたから」

「予定通りに進んでいたら、強制収容所には何分居る予定だったんだ?」

「三十分です」

「さすがに計画者の時間配分能力低すぎるだろ……」


 六方向に別れた通路があるわけだが、その左右の檻の中に居た収容者達をそれぞれ五分の間に救出するのは無理難題にも程がある。傷ついた彼らの心をケアせずに救出すれば、五分でおよそ一○〇名にも及ぶ人間を檻から出せたかもしれないが、稔もラクトも冷たい対応を見せる気は全く無かった。


 出そうと思えば相手に対する批判の言葉はどんどんと浮かんでくる。しかし、後悔先に立たず。終わってからいちゃもんをつけたところで何も始まらない。するべきは、今回の結果について考え、次回に繋げることのみだ。咳払いの後、稔はセキュリティポリスに言った。


「それはさておき、時間はどんどん過ぎてしまう。次はどこに行けばいい?」

「東サテルデイタの方の駐屯地に移動します。休憩は、必要ですか?」

「不要だ。ちなみに、移動方法はテレポートで良いか?」

「構いません。……訂正します。むしろ、そうしてください」

「わかった」


 稔はセキュリティポリスの話を受けてすぐにバリアを展開した。それから少しして、『東サテルデイタの方の駐屯地』という表現について、ラクトがより詳細な情報を黒髪に告げる。話を聞いて頷くと、口を閉ざしたまま彼は魔法使用を宣言した。間もなく、三人の視線の先には戦車が映る。


「これが、『テレポート』……」


 セキュリティポリスは目を丸くした。魔法を使えない国の人間は、どのように空間を移動しているのかとか、魔法はどのような成分によって生み出されているのかとか、どうしても理屈で考えてしまう。だからこそ、魔法というそれ自体を異質なものとして捉えてしまうのだ。


「驚くのは後にしてくれ。お前は俺らの先導役でもある」

「も、申し訳ありません! こちらについて来てください」


 セキュリティポリスは凄く恥ずかしそうに顔を赤く染めて、下を向いて恥ずかしさと闘いながら前へ足を進める。戦闘機に搭乗するまでの間、稔とラクトは陸軍兵士と出会うと必ずと言っていいほど敬礼された。もちろん、全員が全員、二人の勝利を祝っているわけではない。


「一階に降りるのか」

「戦闘機は飛行機とは異なりますからね」


 三人は『Stairs』すなわち『階段』と書かれた標識の矢印が指す方向に曲がり、廊下を進んだ。突き当りって左に曲がると上階、下階にそれぞれ続く階段を見たので、セキュリティポリスが先頭に立って下階へと階段を降りていく。一階に下りると再度左に曲がって直進し、そのまま建物を出た。


「陸軍というよりは、空軍のような……」


 戦車は確かにあった。でも、稔達を待つ戦闘機が放つ光の方が強かったため、空軍基地のような印象を受ける。滑走路の舗装境界部が青色や橙色のライトで照らされているのも、そういう印象を強くしている要素であろう。もっともその場合、基地ではなく空港と捉えるかもしれないが。


「私達が乗るヘリ――いえ、戦闘機はこちらになります」


 どんどん大きくなっていく戦闘機の姿。三人と機体との距離が十メートルを切った辺りで階段が現れ、そのままそれを上って三人は戦闘機へと乗り込んだ。機体の隣には操縦者と思しき陸軍の制服を着た女性が居て、彼女は三人に敬礼する。だが、そこまでの重要人物でもないので、敬礼の角度は小さかった。


 三人が戦闘機に乗り込んだ後、陸軍の制服を着た女も戦闘機に乗り込んだ。彼女はヘルメットを被って通信装置が正常に作動するか確認した後、ボタンを押して透明な窓を閉じる。窓は二重構造で、同じ作業がもう一度行われた。間もなく、軍服を着た女は管制室に情報を送る。


 現実世界では管制塔とパイロットが口頭でやり取りするのが一般的だが、ギレリアル陸軍の内部で交わすやり取りということで、挨拶や離陸許可などは連邦軍専用のネット回線を使って行われた。でも、操縦者は一人しか居ない。流石に離陸時にタイピングは出来ないので、最終局面のみ口頭での通信になる。


 そんな頃、稔の後ろに搭乗したラクトがメモ用紙の紙片にペンで綴って送りつけてきた。そこには、スマホを「機内モード」に設定するよう促す指示もある。その下に「ありがとう」と書いてメモ用紙を返すと、黒髪はスマホを機内モードにした。同頃、戦闘機が離陸を始める。


 戦闘機は直進さえすればいい所にあったから、軍服を着た女が管制塔から離陸許可を得られれば、当然離陸のために滑走が始まる。滑走路の左右に綺麗に点灯するライトを見ながら、戦闘機はぐんぐん速度を高めていった。民間の空港と違って舗装も悪くなく、ガタガタ機体が揺れるようなこともない。


「(おお……)」


 戦闘機はついに陸を離れた。機体を右方向へ旋回させてどんどん高度を高めていく。眼下に住宅地を見下ろし、機体と同高度くらいのところに超高層ビルや大聖堂を見る。機体は、そんなふうに光り輝く都心部からどんどん離れていき、首都の東の方向へ、闇夜の中を進んでいく。


 離陸から十分くらいした頃。機体が安定したところで、ラクトが再びメモ用紙を渡してきた。内容は戦闘機がどこへ向かっているかで、そこには「フルンティ」とある。強制収容所は一都市に集中しているわけではないらしいが、学園都市であるフルンティには、「実験」を目的とした収容所が、東西南北にそれぞれあるらしい。


 学園都市は二日前の大地震で被害を受けたが、建物の倒壊等は見受けられなかった。そのうち液状化現象が発生するのは目に見えているが、今時分、強制収容所の「建物本体」にそれといった異常は見受けられないらしい。収容者に何か変なことがあったとかいう話はないようだが、やはり気になる。


 でも、戦闘機に乗った以上は自分勝手な行動など出来ない。稔はラクトとメモ用紙を介して無言でやり取りしながら、今後の予定やセキュリティポリスが何を考えているのかなどの情報を共有する。気候条件が良好だったために、戦闘機はマッハ二程度のスピードを常時出しながら学園都市へ進んでいく。



 ギレリアル連邦の中央部と東部を隔てるリアーチャル山脈を越えた後、戦闘機は若干スピードを落とした。連邦の東部は山地の面積が多くなるのだが、それゆえに天気も変わりやすい。天気が変わりやすいということは気流も読みづらくなるということ。下手に速度を上げて事故を起こしたら大変だから、という理由で戦闘機は減速したのだ。


 もっとも、減速してもマッハ一以上の速度は貫いていた。増速と減速を考えると概ね到着予定時刻と合致することが判明し、計画の現実味の無さを指摘されたセキュリティポリスはほっとする。同頃、戦闘機は着陸態勢に入った。五分くらいして、暗闇の中にぽつりぽつりと明かりが見えてくる。


 戦闘機は徐々に徐々に高度を下げていき、安全な状態で着陸できるように速度も落としていく。最前席に乗っていた軍服を着た女は、ついにフルンティ駐屯地の管制官と連絡を取り始めた。五分くらい経った頃、機体からフルンティの市街地が見えるようになる。でも、街はすぐに山に隠れた。


 着陸時は離陸時と違い、操縦しているので、口頭での通信が主となった。管制官から着陸許可と指示をもらうと、戦闘機はその指示に従って駐屯地の滑走路を軸に旋回を行う。フルンティ駐屯地では、高度を下げるためによく行われていることなのだという。


 一周した後、戦闘機は車輪を出した。滑走路に障害物が無いのを確認した後、パイロットは一気に飛行高度を下げていく。戦闘機は農業学校のビニールハウスや田んぼの上を通過し、高速道路の上空を通って駐屯地へと無事着陸した。滑走路を前進しながら更に減速し、滑走路を繋ぐ道路へ右折する。


 軍人達が暮らす建物の前まで進んで戦闘機は停止すると、間もなくフルンティ駐屯地所属の陸軍兵士八名が階段を持って現れた。飛行機ほど地面と機体の床面までの高さが無いため、階段付きトラックを出すことは出来ないのである。階段と機体との距離が十センチを下回った頃、搭乗者を覆っていた窓が静かに開いた。


「到着しました。階段を使って降ります」


 セキュリティポリスがまず階段へ出た。先に降りて危険がないことを確認すると、彼女は稔とラクトに戦闘機から出るように指示を出そうとする。しかし、セキュリティポリスが階段を降り始めた頃には、もう稔とラクトは戦闘機から出ていて、黒髪と赤髪の誘導担当が出る幕はなかった。


「どうした?」


 サテルデイタの駐屯地から離陸した時と同じように、稔とラクトはセキュリティポリスの誘導に従って滑走路を進み、建物内の階段や通路を通って軍施設の外へと出ようとした。しかし、建物に入ってから数秒後、ラクトが稔の服の裾を引っ張る。顔を真っ赤にした彼女は、下を向きながら小声で言う。


「……トイレ」


 稔の心の中に電流が走った。可愛い表情を見て動揺が止まらなくなる。しかし、黒髪は咳払いすると、頑張って湧き上がり続ける自分の欲望を抑えた。トイレの看板を見ると彼は赤髪と一緒にそこに立ち止まり、セキュリティポリスの名を呼ぶ。彼女は振り返ると、二人が何を考えているのか察して言った。


「男性用トイレはこの階にありますよ。案内します」

「頼む」


 ラクトは限界に近いらしく、再び歩き始めた時には内股で歩いていた。稔は、彼氏の服の裾を掴みながら下を向いて目を瞑っている彼女の姿を見て、「他人事では済まないな」と思う。赤髪が驚かないようにそっと手を握ると、黒髪は歩幅を大きくしてセキュリティポリスの後をついていった。


「こちらになります」

「ありがとう」


 時間にして二十秒ほどで男性専用トイレに着いた。稔は礼を言うと、ラクトの手を強引に引っ張ってトイレの中へ進んでいく。赤髪は、個室を見つけた途端にその方向へ走っていった。ドアを閉める音が凄まじかったり、排泄音にまで気が回っていないことを考えると、黒髪はよく我慢できたなと関心した。


 トイレの内装はボロボロかと思ったが、意外や意外。他国軍や他国の首脳など来賓を相手にすることもあるためか、しっかりと清掃されていて綺麗だった。稔は他にやることもないので、収容所でトイレを使った時と同じように手洗い場付近で待っていようかと思ったが、これから先トイレが使えなくなるかもしれないということを考えて、一応用を済ませておく。


 手を洗った後、稔はスマホの機内モードを解除した。同頃、ラクトが個室から出てくる。終えた後で自分が出していた音に気が回ったらしく、赤髪は物凄い恥ずかしそうな表情だった。一方の黒髪は、彼女の恥ずかしがる姿を見て思わずニヤけてしまう。いつもなら流してくれるが、恥ずかしすぎて今回だけは看過できなかったらしい。


「今の、……忘れてもらえるかな?」

「ひっ……」


 手を洗ってハンカチで水気を取った後、ラクトは左手に電撃、右手に炎を形成して笑みを浮かべた。いつもは天使であるが、今回ばかりはどうみても悪魔。「ついに魔族の本性を現したか!」とか言う暇もないくらい怖い笑顔だった。稔は怖気づいてしまい、携帯のバイブレーション並みに体をブルブルと震わせる。


「稔、大丈夫?」

「大丈夫も何も、ラクトのせいなんだが」

「なにせ、注意不足が招いた結果だしね。でも、恥ずかしいからさ……」

「わかった。ただし、条件がある」

「何?」


 稔は深呼吸して言った。


「ちゃんとした場所で、お前とツーショット写真が撮りたい」

「そんなのいいに決まってんじゃん。もっとエグい要求来るかと思ったんだけどな」

「お前が好むなら別にいいんだぜ?」

「結構です」


 場所は決まっていないものの、近々ツーショット写真を撮ることが決まった。こんな風にして、稔とラクトは仲違いしそうになってもすぐに元通りの関係に戻る。もっと雑談したいところだが、外で待機している人が居るので、二人は急いでトイレを出た。そして、セキュリティポリスと合流する。


「外に車が待機しているので、それに乗ります」


 それから、三人は建物内を進み、玄関前の停車場で待機していた公用車に乗り込んだ。サテルデイタの時と違い、今回は駐車場がしっかりあるようなので、公用車が居なくなるということは起こらないらしい。

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