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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-97 三龍王の契約者《プレジデント》

 稔の声が聞こえてきただけで、ラクトはほっと一安心した。バリアが広範囲に広がっていたこともあり、かなり速いペースで砂嵐が消えていく。遠目から黒髪の居場所を突き止めることに成功した赤髪は、紫色に光る剣を片手に握って碧龍との戦いに臨んでいる彼氏に対し、相手の出方に関する情報を送る。


 しかし、バリアの境界線をぐるぐると回る龍に対して砲弾を撃ちこんでみたりだとか、突撃してきた龍に対して砲弾を撃ちこんでみたりだとか、彼女が考えた作戦は稔の考えにそぐわないものであった。一撃または二撃で相手が苦しまないように攻撃を加えることが出来ないからである。


 もちろん、一撃で相手を倒しに行くことが無理難題に近いことだと分かっていた。これまで敵と見なして戦ってきた相手は大半が遅い行動を示したり、今と同じような状況にあっても、ラクトとか紫姫とかのサポートが手厚かった。自分の置かれている状況が圧倒的不利なそれであるというのは、知りたくなくても知らなければならなかったのである。


「(精霊を呼ぶべきなのか……?)」

「(でも、精霊を出すとデータ・アンドロイドが動くことになるし……)」


 稔はまだ相当の力を持て余しているが、もし仮に一撃で仕留めに行く場合はそれ相応の準備が必要となってくる。しかし、今この競技場にそれほどの高火力攻撃等で応戦できる者は居ない。余力が有ればラクトがその役を務めることはできるが、いかんせん残り数発しか高火力攻撃を撃てないことが判明している。本来サポート役である彼女が前線に出るのは命取り以外の何物でもない。


 そこで浮上してきたのが精霊を用いる案であるが、ニコルとの合意のせいで、精霊を出すことはデータ・アンドロイドの投入に繋がってしまう。彼女らの侵入を稔が展開しているバリアで弾けないない訳ではないだろうが、そのバリアは一般人の目からは見えない特殊加工が施されている。政府サイドから何か文句を言われるのは火を見るより明らかだ。


「……懸ける」

「え?」

「俺の剣に焔をまとわせることは出来るか、ラクト」

「不可能じゃないけど――」


 やっとの思いで取り付けた案件を自分の手で破棄するような真似はしたくないという思いが、稔の心の中を駆け巡った。しかし、準備が不足している。一撃でとどめを刺すことが出来る量の瞬間火力が、今の段階では不足している。そこで黒髪は赤髪に依頼した。ビリジアンにカーマインは効果抜群。また、距離を開ければその距離を使って魔力を剣に送ることが出来る。


「ちょ……」

「言ったとおりだ。お前の『火傷グリューエン』で、これを燃やしてくれ」

「わかった」


 好機逸すべからず。ラクトから合意に近いようで遠い何かを得られたところで、稔はバリアの中を飛び出した。テレポートしてきて赤髪から剣を燃やしてもらう。もちろん、剣を燃やすというのは焔をまとわせるという意味であり、決して、読んで字の如く剣を焼失させるという訳ではない。


「はい、完成」

「ありがとう。後でお礼にアイスでも奢るか」

「フラグ立てんなバカ。ほら、さっさと行け」

「おう」


 稔はそう言うとテレポートして、再び地上に降り立った。目を閉じて深呼吸し、精神を統一する。五感のうちの一つを意図的に停止させることによって、焔が燃えることによって伝わってきた熱による暖気を感じることが出来た。最後に目を開けて「よし」と言うと、黒髪は競技場内に響くほどの大声で叫んだ。


跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド解除リリース!」


 もちろん、龍にだって聴覚は存在する。彼の叫び声は碧龍王を酷く暴れさせるエネルギーになった。スカイ・エクスペルは空を仰ぎながら雄叫びを上げる。しかし、雄叫びはすぐ悲鳴に変わった。作戦内容を告げていなくとも、彼氏から再三「気が利く」と評されているだけはある。ラクトが、麻痺攻撃を施したのだ。


「作戦内容くらい伝えとけバカ! これはアイス二個だね」

「しゃーねーな。じゃ、そこでヨダレ垂らして待ってろよ」

「うん。後は任せた!」


 いつにも増して強い威力の攻撃を放ったらしい。ラクトが使う麻痺魔法はビリビリして相手の戦闘意欲を下げる目的が主であるが、今回は束縛に近い目的で行使しているようだ。碧龍王はこれまでに類を見ないほどの抵抗を見せている。


「龍王に問う。俺の仲間になる気はあるか」


 応答は無かった。当然である。龍は《言葉こえ》を持たない。


「合意と見る」


 刹那、稔は走り出した。陸上競技の選手ほど早いわけではないけれど、学校の体育祭で選抜リレーのメンバーに選ばれるほどではないけれど、彼のことを見つめる彼女そして数十万の民衆達は、黒髪の進む方向から目を離すことが出来なかった。焔をまとった剣を右手に持ち、稔は、龍の体を上っていく。


「――終焉の剣(エンデ・ワンキル)――」


 意味が通じれば魔法は効果や効力を発揮する。稔は、その大原則に従って名称を変更した。だが彼は、口頭で言っていないだけで、実際は走りだした頃に「シュヴァート」と内心で言っている。かっこいい魔法名に変更したいという自分の気持ちを優先するのではなく、得ることの出来るであろう結果を優先した形だ。


「はああああああっ!」


 麻痺状態で弱っているところに高熱の焔を浴びた碧龍王は、稔が力を入れる度に叫声を上げた。ヒットポイントゲージが無いので何とも言えないが、相手を極力傷めつけないで攻撃したかった黒髪は、龍王の鱗が燃え始めたところで攻撃をやめた。しかし、離れた時に黒髪は大きな失敗を犯したことに気が付く。


「あれって逆鱗じゃ――」


 稔は燃えている部分が顎の下にある逆鱗だとしって悪寒戦慄を覚えた。でもすぐに、ラクトと協力して超高火力の攻撃が出来たのだから、たとえ逆鱗に触れたとしても大きな反撃は訪れないだろうとの考えに至る。だがしかし、攻撃した以上は防御を疎かにする訳にいかない。稔は新たに龍の周囲にバリアを展開した。


「うっ……」


 だが、バリアはあっけなく突破されてしまう。競技場の中央でピカっとあまりに強い光が起こったのだ。これには、稔もラクトも目を開けることができなくなってしまう。でも、目を開けた時、それ以上の驚きが二人を襲った。


「え……」

「龍王が龍女王になった、だと……?」


 なんと、ついさっきまで龍の姿をしていたスカイ・エクスペルが美少女になっていたのである。しかも、彼女は「周囲に有害物質や毒ガスをばら撒く」という龍の姿の時の特性を失っていた。しかし、形態が変化することで特性を失ったり変わったりということは有り得ないはずだ。ゆえに疑問が生じる。


「(特性が変わることなんて、あるのか……?)」


 でも、疑問はすぐに解消された。龍王が形態を変えたものだと捉えていた女が声を発した時、まず開口一番に稔とラクトの考え方を斬ったのである。


「あたしさー、三龍王を召使にしてるんだけどさー、龍を擬人化する奴ってマジありえなくない? キモすぎるんだけど」

「そうか。お前は三龍王の契約者なのか」

「そうでーす」

「龍王が俺の『契約してくれ』って言葉に反応しなかった理由はそれなんだな」

「え、なにそれ。キミ、あたしのかわゆーいドラゴンちゃん達を寝取ろうとしてたの? マジ擁護不可避なレベルでキモすぎるんですけど。おえええ……」


 吐くような仕草は見せなかったが、三龍王の契約者と名乗る女は嘔吐の擬音を発した。だが、その程度の煽りはどうってことない。問題なのは、「寝取る」という語句を使ったことだ。テレビで生中継されているということを知らないのだろうか。稔は口論する上での不満を感じると、女に注意をした。


「テレビで生中継されているんだ。汚い言葉を使うんじゃない」

「汚い言葉使って悪い? ギレリアルはメディアに一切の縛りを与えていない自由な国なんだけど。つーか、規制厨はさっさと帰って、どうぞ」

「お前何言ってんだ? ギレリアルじゃ非常事態時、報道へリを入れられねえじゃねえか。『一切の縛りがない自由な国』って、どの口でそれを言うんだ」

「下の口」

「(激寒発言やめちくり~)」


 二人は口を閉ざしてしまった。耳を疑ってしまった。唖然としてしまった。つい、女のことを白い目で見てしまった。理由は言わずもがなである。競技場のモニターに自分の姿が映し出されているにもかかわらず、女が堂々たる態度で下ネタを発したからだ。耐性があるとはいえ、真面目な話の最中にされるのは困る。


「まあ、そんなことはどうでもいい。ところで、お前はなんでここへ来たんだ? 召使である龍王達を連れ戻そうとしてやって来たのか?」

「半分正解だけど、半分不正解だから」

「他に考えられることになると、……収容所開放に関する事か?」

「十割正解。副大統領から『呼んでこい』と直々に指示を受けたんだよねー」

「競技場で署名等をするわけじゃないのか。それで、その場所ってのは?」

「リリー大聖堂でーす。龍はそのための乗り物でーす」


 副大統領は、一度瀕死の状態にまで追い込んだ稔とラクトを龍王の背中に跨いで乗らせようと考えているらしい。もちろん黒髪と赤髪は、この誘いに積極的になれなかった。敗者として扱ったことで龍王の尊厳を傷つけた可能性は大いにあるし、もし反撃のチャンスを狙っているとしたら報復を受ける可能性もある。


「大丈夫だ。龍王を使って大聖堂へ行く必要はない。行き先さえ教えてくれれば十分だ。俺達には他の移動手段がある。他の種族の手は借りなくていい」

「テレポート、でしょ?」

「そうだが……。不都合でもあったか?」

「あたしとキミらが同着しない場合、ぜーんぶ全て白紙に戻すって言ってたよ」

「同時刻に着けばいいんだな」

「えっ……」


 稔はそう言うと三人を囲うようにバリアを展開した。副大統領の指示で二人の元に出向いた女は、黒髪が突然見せた表情の移り変わりにびっくりする。もちろん稔達は、女が怯んで隙を見せているほんの僅かな時間さえも見逃さなかった。ラクトが女の心を読んで行き先に関する情報を盗み、これを稔に伝えると、一方の黒髪は赤髪に感謝の言葉を伝え、内心でテレポートを使用する。



 龍の姿が見えないのにも関わらず現れた稔とラクトに酷似した二人と、自分が行かせた女。それまで誰も居なかった空間に突然人が現れれば、どんなに意地を張りそうな者でも驚く。リリー大聖堂の最上階に居た国防省の長官たる副大統領でさえも、恐怖心が口からポロッと出てしまった。


「ひっ……」

「久しぶりだな、副大統領」

「なな、なぜお前は龍を使わなかったんだ! びっくりさせる気だったのか!」

「時間節約は重要だろ。それで、この女から署名云々と聞いたんだが――」

「……わかっている。不満が無いわけではないが、報道機関が居ないだけで急ぐ理由としては十分だ。そこの椅子に腰を掛けろ」


 稔は副大統領の指示を聞いて空いていた席に座った。目の前の机には折られたA4サイズの紙を中に挟むような黒色の板が置いてある。二国間協定とかが結ばれる時に、よく首脳達が相互に渡すようなああいった板だ。開いてみると、確かに中には印刷用紙が入っている。サイン欄の上には紙に調印することが何を示すのかが書かれていて、言うまでもないが、アルファベットが羅列していた。


「まず、下の欄に名前を書け。ボールペンは隣にある物を使え」


 政府サイド関係者は、「悪の枢軸」などと稔とラクトのことを散々に貶していたが、自分達が負けた場合に行う処理については先延ばししたり無かったことにしたりせずに対応した。もちろん、こういった誠意ある行動にはそれ相応の評価がつく。稔の政府サイドに対する評価は少しずつ上向きに変わっていた。一方、ラクトはまだ評価を変えていない。


「稔、ちょっとその紙見せてもらっていいかな?」

「いいぞ」


 稔から許可をもらったところでラクトは移動し、彼の横に立つ。一方、マスメディアが居ないうちに調印式を済ませたい気持ちで一杯だった副大統領は、突然入ってきた妨害工作にイライラを募らせており、頭を掻いて抑えつけていた。しかし、そんなことには目もくれず、赤髪は紙面に視線を集中させる。


『ギレリアル政府は、以下のとおり収容所に関する権限や権能を改める。なお、最下段に記された者の調印を以って、これを発効する』


 文書の最初の段落にはそう書かれていた。権限を放棄した後誰に移るのか詳細が書いていないところに更なる疑惑が浮かんでくるが、この調印式が意味のあるものだということは確かなようだ。


『我らは、十数年前より収容所を開設し、処置を必要とする者の処置を行ってきたが、夜城稔及びラクトによる厳正な抗議並びにギレリアル政府による精査の結果、調査委員会はこの処置が不必要であると判断し、大統領もこれに合意した』


 第二段落には、稔達の名前が入っていた。また、大統領が抗議を受け入れたことについても書かれていた。文書の詳細なんて見たこと無いが、それでもこれから交わすことになる文書が持つ効果や効力についての前置きがしっかりと示されいるのを見ると、批判的な態度というものは落ち着く。


『よって、我らは、この収容所に関する一切の権限権能を放棄し、この収容所から直ちに撤退する。この収容所において働いていた職員等は、一部を除いて、ギレリアル政府が国家公務員として引き続き雇用し、この収容所に収容されていた者は、人間の安全が保障されたギレリアル以外の国家に移動させるものとする』


 第三段落には、強制収容所内に居る者をギレリアルからそれ以外の国家――要はエルフィリアに移動させることや、強制収容所で働いていた職員達の処遇について書かれていた。最終段落は調印者についてのみ書かれており、当初浮かんだ疑問もすっかり晴れ、ラクトの政府サイドに対する評価が変わっていく。


「……そろそろ調印を行ってもらえないだろうか」

「申し訳ない」

「申し訳ありません」


 副大統領のイライラがもう少しでピークに達しそうだったので、二人はすぐに頭を下げた。その後、ラクトが黒い板を返却すると、稔はボールペンをカチッと押して紙面上に筆記体でサインを書いた。もちろんフルネームでだ。なんだかんだ、こういう時に筆記体に関する知識があると役立つものである。


「互いに書き終わったら、板を交換するぞ」

「既に書き終わっているが」

「そうか」


 お互いに自分が書いた板を交換する。両者とも畳んで相手に渡していたので、改めて開く手間が掛かったが、一度やった単純作業をそう簡単に忘れるはずもなく、副大統領は上段に、稔は下段に、それぞれ指定された欄に素早く自分のサインを書く。最後に副大統領が使いにしていた女性に二枚の板を渡すと、女性は証人として、持参した大統領の印鑑を二人のサインの右に押印した。


「以上で調印式は終了だ。大聖堂の正面入口で担当者が待っている。後のことは彼女らに一任してあるから、君達はそちらに向かってくれ」

「副大統領はこれから仕事か?」

「ああそうさ。そして、今日も徹夜。まあ、震災があったんだ。仕方がないさ」

「疲れもあると思うが、頑張ってくれ。では、また」

「ではまた」


 稔が挨拶を始めたと同時、ラクトは軽く頭を下げた。挨拶を終えると黒髪は赤髪が下げたのとちょうど同じ位置に頭が来るようにお辞儀する。二人は顔を上げると後ろを向き、バリアを展開して大聖堂の正面入口へと移動した。

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