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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-95 終焉 VS 始まり

「紫電一撃!」


 その魔法は、紫電一閃の効果に、光魔法の中でも結構な威力の「雷」の効果を上書きしたものだった。相手が紫色に光る剣をピカッと光らせた刹那、天空から稔に向かって一直線に雷が落ちてきて、周囲に大きな地響きの音が鳴る。もちろん、こんな攻撃を受けたら尋常でないダメージを被るのは言うまでもない。痛すぎて、黒髪は叫んだ。


「うわあああああああ!」


 砂嵐は青白く染まっている。同頃、凄まじい威力を持った攻撃の餌食となった稔の叫び声を聞いて、実況をしていたニコルもまた叫んだ。ラクトは安否を確認するためにも叫びたい気持ちで一杯一杯であったが、いかんせんん目の前に居る敵に四苦八苦していたから、祈る以外に出来ることはなかった。


「凄まじい雷が、悪の枢軸を襲っています! 実に滑稽であります!」


 実況が稔やラクトをバカにする言葉を使う度、競技場内の観客達は盛り上がった。雷による攻撃は三十秒近く続いたが、政府サイドが繰り出す慈悲なき攻撃は格好いいエフェクトだったこともあり、そういった面での格好良さだったりを求める層からも「さっさと悪の枢軸を倒せ」との声が出てきた。



 しかし、砂嵐による視界不良が解決された時、政府サイドも観客達も唖然とした。理由は単純だ。一切の傷を負っていない稔が競技場の中央に居たのである。しぶとく生き残る黒髪に対するブーイングは、過去に類を見ないほど大きなものになっていた。けれど、彼はそれすらも反撃エネルギーに変換する。


「たあああっ!」


 稔は残り僅か一しか体力のない相手の背後に回ると、彼女の首元に紫色の光を放つ剣をあてがった。何をもって勝利を決めるのかよく分からなかったので、王手とかチェックメイトとかみたいに一歩手前で留まることにする。黒髪が低めの声で勝利宣言を行うと、政府サイドの一人は剣を地面に投げ捨てた。


「決まってしまったァァァ!」


 実況者の大きな声が響くと、競技場内は大ブーイングの嵐に包まれた。稔と対峙していた政府サイドの一人は地べたに膝をついて倒れ、待機していたデータ・アンドロイドに連れられ病院に運ばれていく。しかし、二対一となって勝利を確信したのも束の間、黒髪が視線を後方に向けたその時のことであった。


「なるほど。では、こちらも本気を出さなければなりませんね」


 ラクトの外見については、前に見た時と特に変わった様子は見られない。しかし、明らかに意味深長な発言をされてしまったこともあって、稔は赤髪以上に警戒を強めた。魔法の効力がいつ解除されてもおかしくないためである。バリアだろうが直接攻撃だろうが遠距離射撃だろうが、効力解除はありえるのだ。


「リターン・ザ・ファースト」


 黒髪の予想は的中した。しかし、そんなことで驚いている暇はない。魔法の効力解除の後に超高火力な遠距離魔法が飛んできたら一巻の終わりである。事態を重く受け止めると、稔はラクトを保護するようにバリアを展開した。でも、二人とも諜報の餌食になることを恐れ、口を堅く閉ざしたままでいる。


「また防御魔法を使われたんですか? 実に滑稽ですね、いかに無意味かまだわからないとは。そんなの、……一撃で仕留めればいいだけのことですし」


 政府サイドとして戦いに臨んでいる女の意味深発言は続く。稔とラクトはその言葉を一々警戒して、刻々とその時を待ちながらバリアの中で唾を呑んだ。しかし女は二人を嘲笑って、一撃必殺技を行使する前になぜか説明を行う。


「一撃で仕留めると言っても、技の使用方法には二つ種類が存在します。一撃必殺技や超高火力技などの自身の能力値に依存するものと、レベル差や属性相性などの自分と相手の種族値に依存するものです」


 例えば、稔の『終焉の剣』は前者に分類される。なぜ一撃で相手を仕留められたかといえば、それは、その魔法が超高火力であったから。他を圧倒するほどの力でねじ伏せただけにすぎないのである。言うまでもないが、超高火力をもってすれば、属性相性が悪くとも一撃で相手を沈めることもできる。


 しかし、この『属性相性』こそ大きなポイントだった。目の前に居る女は見るからにカナリヤ属性。光魔法の使い手と考えられる。もしそうだとすれば、稔には相当な痛手だ。彼の展開しているバリアは光魔法に弱い。また、並大抵の火力で攻撃されてもびくともしないが、超高火力を受けた場合はどうにもならない。


「心の準備は整いましたか? まあ、あなたがたに回答権はありませんけど」


 政府サイドの残った一人はそう言うと再びクスッと笑った。刹那、稔が展開していたバリアが女の魔法によって解除される。言葉を発してから相手の口に動いた形跡が見られないことから、内心で宣言したと推測される。


「(どうくる……?)」


 稔は身体の震えを抑えて平然を保ちつつ、二つの剣を一つの剣に変えて力を刃の先一点に集中できるよう素早く準備を整えた。それと並行して瞬時にテレポート出来るように万全の体制を整えておく。ラクトは深呼吸して気持ちを整理し、いつでも反撃が出来るようにステッキの先端部に炎のエネルギーを溜める。


「インビジブルブレイズ!」


 次の瞬間、政府サイドの女が声を上げた。しかし、魔法の効果や効力はまだ誰も見ることが出来ない。稔は不審に思って女が発した魔法名の意味を探ろうと試みる。同頃、ラクトは相手の内心を読んで何をしたのか探っていた。


「(インビジブル……目に見えない、ブレイズ……炎ってことは、まさか!)」

「(そうっぽい。私達の周囲に炎が張り巡らされてるらしい)」


 コソコソと耳元で話す稔とラクト。一歩間違えば死にかねないということもあって、二人とも澄ました顔で居たが、心臓の鼓動はわりと早かった。後になって盗聴されていた可能性を考えたが、二対一であること、遠距離攻撃であることが幸いして諜報の餌食になることは無かったらしい。


 魔法名とその魔法が持つ効果や効力をまとめると、女がどのようにして稔とラクトを負けさせようとしているかが見えてくる。予想だにしない奇想天外な攻撃がなく、実力的に相手の上を言っていれば、後は対抗策を講じるだけだ。稔とラクトは手を繋いでお互いに小さく頷き、政府サイドの女の次の一手を待つ。


「さあ、これで終わりです。あなた達の野望は、今夜、これで尽きるのです!」


 政府サイドの残った一人のその言葉は、競技場内に集まった数万の観客達を再び盛り上がらせた。そして、最初の時と同じように火炎瓶を投げ込んだりする。また、稔とラクトはその発想から「敵国人」「売国奴」とレッテルを貼られていて、観客席からはヘイト発言が相次いだ。しかし、誰も止めに入らない。


「ギレリアルは綺麗で、美しく、清楚な国家なのです。野蛮な野郎は不要です」

「俺には火炎瓶を投げつける奴のほうが野蛮に見えるが?」

「頭大丈夫ですか? 女に攻撃した時点で野蛮人ですから」


 稔は口を閉ざした。政府サイドの女は論破したと思い上がって彼を嘲笑する。だが、黒髪だって女のことを嘲り笑っていた。「女に攻撃した時点で野蛮人」と言った張本人がその女に攻撃しているのである。稔は、腹を抱えて笑うのを堪えるのにやっとだった。一方で、ラクトの男装テクニックの凄さを改めて知る。


「さて、そろそろけりをつけましょうか」

「やって後悔するのはお前だぞ……」

「まだ強情張るんですか、あなたは。本当にみっともないですね」


 いい気分になって段々と笑い顔のレベルが上がっていく政府サイドの残った一人。かたや稔とラクトは、いつもどおりの澄ました顔で居ながら内心では女のことを薄ら笑っていた。かといって、攻撃に対する警戒を怠ることはない。


「ということで、野蛮人はさっさと退場してくださいね」


 内心では薄ら笑いをし、外見上は澄ました顔をし、しかし警戒心を持ったまま相手の出方を窺ってきた稔とラクトは、相手の堂々たる攻撃開始サインを読み取って即座に防御態勢に入った。女がステッキで半円弧を描いた瞬間、それが魔法の効果や効力の発動合図と思って、二人は勢い良く相手の背中の後ろへ回った。


「(飛ぶぞ)」

「(うん)」


 短い会話をした後、稔は再びテレポートを宣言した。手を繋いだまま地上を飛び立ち、競技場の屋根の上に着陸する。つい先程まで稔達が居た場所には爆風や砂嵐が吹き荒れていた。類似の特別魔法とは比べ物にならないほどの超高火力で爆発が起こったらしい。その点から、黒髪らは詠唱魔法との見方を強める。


「これは強い攻撃だ! さあ、一気に二人を消し去ったのか……?」


 しかし、覚醒形態(アルティメット)に移行していないことが幸いした。爆風や砂嵐は、屋根の上で待機する稔とラクトの予想とは裏腹に早いペースで収まっていく。なんだかバトルシーンでよくある「やったか?」展開のように見えてきたが、まあそうなのだが、それを助長するかのごとく、ここでニコルのアナウンスが入った。


「おーっと、二人の姿が見当たらないぞ! これはギレリアル政府の勝利か?」


 その時だ。待ってましたと言わんばかりに、拡声器越しにラクトが言った。本来なら稔が言うところだが、力のない赤髪にスピーカーを持つのは苦だということで採られた。黒髪は今、分身を作って空中を浮遊しながら持っている。確かに重量は苦だったが、彼女の低い声や「俺」という一人称が聞けて大満足だった。


「残念ながら、俺達『チーム・野蛮人』は、こうして生きている」

「あれほどの超高火力攻撃をもってしても倒せないというの……?」


 政府サイドの残った女は絶望した。目を疑った。耳を疑った。何もかもを疑って、今生きていることすら嘘なのではないかという疑問を持ち始める。しかし、観客達は彼女に立ち上がることを希求した。それは国体を護持することに対する熱意から来ていて、中には国旗を振る者まで現れた。同頃、ラクトが女に問う。


「降伏するか、それとも攻撃を受けるか。俺にその答えを寄越せ」


 稔はラクトの一人称や喋り方で個人的に盛り上がっていたが、政府サイドの女は観客達を巻き込んで盛り上がっていた。希望を失い自分という本質を失いかけた彼女は、自分の背中を押してくれる観客達の声援を聞いて、残り僅かな魔力が尽きるまで戦う覚悟を決める。唾を呑み込むと立ち上がって、女は空へ翔けた。


「一撃戦、心理戦と来て、バトルはいよいよ終盤戦! 最後は空中戦だ!」


 女が地上を飛び立った瞬間、ニコルがマイクに向かって大声でそう発した。屋根の上に居ても聞こえるくらい大きな音だったが、それ以上に観客達が盛り上がっていたこともあり、煩さで言えば数万人規模の観衆のほうに軍配が上がるので、そこまで気になるほどの音でも無かった。


「私はレーザーで攻める。この意志は揺るがない。だから出てこい、赤い男」

「指名までされたら、応えないわけにはいかないな。でも、その前に――」


 ラクトは稔に近づくと、彼の唇を奪った。女性同士の恋愛だけが認められているギレリアルだが、同性愛であれば表現の自由が適用されるということもあり、多くのギレリアル国民がBL文化を愛している。ゆえに、外見上は男同士のキスということもあって、観客席の一部ではブーイングではなく歓喜の声が上がるという異常事態が発生した。しかし、バトルの最中である。


「覚醒形態!」


 女は容赦なく魔法を使用しようとしたが、しかし、魔力の残量を考慮すると一撃でも外した瞬間に痛い目を見てしまう。この状況を何とか打開しようとした政府サイドの女は、相手が接吻をしていることを理由に魔法使用を後回しにして、覚醒形態へと移行した。同頃、ラクトが稔と一メートル程度距離を取る。


「サンバーストレーザー!」

「正義を執行する! 五焔一撃ブレイズ・ストライク!」


 両者ほぼ同時にステッキを持つと、それぞれ魔法名を叫んだ。先程同様に同じタイミングで焔が、光が、彼女らが握るステッキの先端部から発射され、競技場中央付近に白色の光を帯びた塊が形成される。しかし、魔力の残量は優劣に大きな影響を与えた。発射から十秒が経過した頃には、光が赤く変色し始める。


「くっ、うぐ……!」


 先端へ先端へ魔力を込める政府サイドの残った一人。一方ラクトは、歯を食いしばり苦しい表情を見せる女とは対照的に、攻撃を続けるほど顔に余裕が出てきた。でも、手を抜きすぎて被弾すれば、頑張って作ったこの優劣関係が逆転する可能性は想像できる。それはもう、本末転倒という言葉そのままだ。


「いっ……」


 しかし、観客達が望むような展開は訪れなかった。ラクトが詠唱魔法をちょうど残り五発くらい撃てる程度の魔力残量を確保していた頃、それまで均衡を保っていた両者のパワーバランスが一気に崩壊したのだ。光の塊は赤色に染まって、一切の魔力を使い果たし無防備状態になった女の方向へ進んでいく。だが、音が光の速さを越えることは出来ない。


「決まってしまったァァァ!」


 均衡を制した光の塊は猛スピードで直進し、政府サイドの残った一人を包み込んだ。しかしそれは、麻痺の症状を訴えるような攻撃ではない。白色の光が赤色の光に変化したということは、それすなわち、カーマイン属性の遠距離攻撃技に変化したということ。付加効果でついた状態異常攻撃は、火傷だった。


「――」


 為す術を失った政府サイドの残った一人は、口を閉ざしたまま競技場の地面へと急降下していった。しかし、地面への衝突や全身火傷による死は避けられた。理由は二つ。それぞれ、そこにデータ・アンドロイドが居て救助が迅速だったから、ラクトが『五焔一撃』の効力を即座に解除したから、である。


「試合終了!」


 稔とラクトが再び競技場の屋根の上に足をつけた頃、ニコルが大声で言った。その瞬間、政府サイドを応援していた観客席に爪寄せた大多数の女達がブーイングを始める。しかし、政府関係者は国民の切なる願いに耳を貸さなかった。感情論で当初の計画を曲げるような事実隠蔽をすることは、美しく清楚なギレリアルを破棄することに繋がると考えたからである。


「試合の結果、強制収容所がなくなることが確定してしまったァァ!」


 観客席に居た者の多くはニコルの言葉に落ち込みを隠せなかった。その場に跪く者、悔しさで早期に退場する者と色々種類はあったが、観客席に駆けつけた女達が抱えていた気持ちは等しかった。「野蛮人に負けた悔しさをいつか晴らしてやる」と、彼女らは脳裏に深く深く刻んだ。


「……ん?」


 その時である。競技場内に謎の突風が吹き始めた。同じ頃、稔はボーナスステージの到来だと思って胸の高鳴りを感じる。しかし、風が収まって見えてきた全景に黒髪は驚いた。二人の目の前に現れたのは龍王三体の残り一体、碧龍王だったのである。未知の生物の登場に、競技場内がざわつき始めた。


「競技場内に謎の生物が登場! 一体、誰がこの龍を退治するんでしょう!」


 ニコルは緊急事態が発生したことを素晴らしいイベントが発生したように軽く楽しそうに言った。一方の稔とラクトは、少ししてから陸軍大将の発言を煽りとして認識し受け取る。深呼吸した後、二人は阿吽の呼吸で叫んだ。


「「俺達に決まってんだろ!」」

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