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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-94 国体を懸けた戦い 

 夕方五時五十五分。用事を済ませ、体調や魔力その他の欲求の管理を終えると、稔とラクトは部屋を出た。カードで部屋を施錠すると中の照明が消え、ドアには青文字で『LOCKING』と表示される。お互いに服装が乱れていないかを確認すると、吊り下げられた看板を見ながら二人は廊下を進んでいった。


「選手入場ゲートは……ここか」

「なにこのマスコミ集団……」


 案内板を見て進んだ先に待っていたのはマスコミの集団だった。数十年ぶりに出現した新種を映像に収めたいのか、それとも亜種として見下したいのか、はたまた単に祭りあげたいだけなのかはさておき、二人は先制攻撃を受ける。フラッシュの威力が強すぎて目に悪影響を及ぼしかねないと判断すると、稔とラクトは足早にマスコミ大量発生地帯を通過した。


「嘘でしょ……」


 しかしマスコミ集団は、稔とラクトの姿を捉えることに必至になり、もう被写体の向きなどお構いなしにカシャカシャとシャッター音を鳴らしていた。ここまでくると、戦意を削ぐ目的でしているのではないかと疑いを掛けてしまう。怒りを露わにしてもよかったが、それで何か言われるのは嫌なので、黒髪も赤髪も口を閉ざして約束の時間を待った。



 そして、夕方六時。競技場の時計が学校で聞くようなチャイムを鳴らした。それを合図に、アナウンスが始まる。流石に全局一斉中継みたいな大規模な報道はされないようだが、公共放送や大多数の民間放送がニュース番組を全てこのバトルに置き換えるほどではあるようだ。それゆえ、来客者の数も半端ない。


「お待たせいたしました! これより、我が国の国体を懸けた世紀の一戦が始まります! 実況解説は私、陸軍大将ニコル・ラーナーがお届けいたします!」


 稔とラクトは名前を聞いて唖然とした。役職を言わなければ「同姓同名の人が居たものだ」と思って終わるだけだったのに、ニコルが自分の地位を言ったせいで現実を受け止めざるを得なくなる。もちろん、黒髪も赤髪も裏切られた気分でいっぱいだった。しかし、時の流れは止まることを知らない。


「それでは、選手の入場です! まずは、ギレリアル政府ペアのお二人です!」


 ニコルのアナウンスから五秒くらいして、ギレリアル連邦軍の音楽隊が演奏を始めた。最初は競技場の観客席とか招待席とかでやっているのかと思ったが、目を凝らしてみると、音楽隊はマーチングバンドをやっている。即ち、競技場の一階で演奏をしていた。だが、稔とラクトの周囲に金管楽器や木管楽器を持った人達は居ない。


「大丈夫。私達には精霊が居るじゃん」

「魔法で観客の目を引き付けろってことか。なるほど、いい案だな」


 練習していれば音楽隊に対抗することも可能だったかもしれないが、今日一日朝から晩まで仕事に精を出してきた二人。そんなことをする余裕など無かった。でも、すぐに出来ることはある。連携が出来なくたっていい。一人ずつ魔法を使用するだけでも、十分かっこいい演出になる。稔は、すぐさま魂石に言った。


「紫姫、サタン、アイテイル。一人一つ、持ち技を披露してくれ。もちろん、誰も殺すな。あと、登場は屋根がなくなったら、自己の判断で頼む。いいか?」

「うむ」

「了解です」

「了解しました」


 明らかに打ち合わせが足りていないのは火を見るよりも明らかだが、恥じらうことはない。誰だって失敗して成長していくからだ。その年月は種や特徴によって差が見られるが、どんな生き物も苦境を乗り越えることで成長していくのである。思いが一つになったところで、アナウンスが入った。


「続いて、強制収容所の解放を目論む悪の枢軸の二人です!」


 悪役と思わせる意図が見え見えのアナウンスの後、稔とラクトは観客達からのブーイングを受けながら競技場の中央へと進んでいった。乱入者こそ無かったが、観客席から火炎瓶や糞尿の入った箱が投げつけられる。あまりにも危険すぎたため、精霊は魂石から出ることが出来ずにその役を終えた。


「稔、矢が!」


 プレイヤーが中央に整列して試合が始まろうかというところで、観客席から火が付いた吹き矢が大量に飛んできた。時限爆弾を投げた輩も居るらしい。だが、警備担当者は誰一人として逮捕しなかった。ギレリアルにおいて、男は人間扱いされなければ動物扱いもされない。だから、どんなに残虐非道な行為に及んでも罪に問われないのである。


「おーっと、観客席から攻撃だー! これには悪の枢軸も驚いているぞー!」


 ニコルが実況で「悪の枢軸」と発言する度、観客席から盛り上がる声が聞こえた。観客として競技場に訪れた人達は、稔とラクトが攻撃されて大いに喜んでいる。もちろん、熱狂すると止まらなくなるファンが居るのはどの分野でも同じで、遂には実弾を発砲する輩まで現れた。しかし、パフォーマンスとしては他の観客に危険過ぎると判断され、警備員から厳重注意を受ける。


「さあ、盛り上がってまいりました! いよいよ勝負の幕開けです!」


 報道しない自由を行使すると、ニコルは元気な声で実況を続けた。マスコミのカメラは競技場の中央を映している。公共放送で放映している映像と同じものが競技場でも流れていて、時計の隣にあったスクリーンには中央の映像が映し出されていた。そんな中、政府サイドの一人が顔を綻ばせて言う。


「君、そんなに近づいていて良いのかい?」

「まだ戦闘は始まっていないからな」

「……いつから合図があると錯覚していた?」

「え――」


 稔は下腹部に強い蹴りを受けた。ラクトは思わず稔の名を叫ぶ。しかし臨機応変に対応することが出来ないまま、赤髪も物理攻撃を受けた。下腹部を狙ったらしいが、攻撃はへその辺りに命中している。慈悲のない攻撃に苛立ちを隠せない二人。しかし、政府サイド優位なことに変わりはない。


「あれは……機関銃?」


 遠目に銃を捉えると、稔はバリアを展開し、歯を食いしばって下腹部の痛みに耐えながらラクトのほうに近づく。互いに損傷を治癒して肉体疲労を回復させながら、黒髪は双剣を用意した。また、万が一に備えてバリアを二重に展開しておく。案の定、政府サイドは発砲した。


「薙ぎ払え!」


 銃口から何発も何発も飛び出してくる銃弾。しかし、それらは全て透明なバリアに跳ね返された。政府サイドは勢い良く跳ね返ってくる銃弾に苦しむ。自分で蒔いた種は自分で刈り取る、とはよく言ったものだ。バリアの内側、稔とラクトは内心で大いに喜んだ。


「そうくるか。じゃあ、……こういうのはどうかな?」


 政府サイドの一人が変身を始めた。どうやら、相手はここまで魔法を使っていたわけではないらしい。だが、通常攻撃はなおも続く。政府サイドのもう一人は機関銃を何丁も使って稔が展開するバリアに銃弾を撃ち込んだ。もちろん、跳ね返っても危害が及ばないように角度を計算している。


「あーあ、弾薬が切れちゃった……」


 遂に機関銃の中に入っていた実弾が底をついた。稔とラクトは実弾攻撃が終わったことで安堵する。しかし、これは魔法による戦闘の戦いを意味していた。その頃にはもう一人のほうが変身を終えていて、稔と似た剣を持っている。だが、厄介者はもう一人のほうだった。なんと、特別魔法の効力をなくしたのである。


「――リターン・ザ・ファースト――」


 その魔法使用宣言によって、稔が作り出したバリアの効力も、剣の効力も無くなった。刹那、剣を持った相手サイドの一人が魔法使用を宣言する。その女は光と闇の剣士と自称し、彼女はステッキの先端を紫色の光で照らすと、稔のほうに近づいてきて叫び、剣を振りかざした。


「紫電一閃ッ!」


 ピカッと紫色の光を帯びた剣が稔とラクトを襲う。だが、二人とも傷を負うことはなかった。ラクトは思わず閃光に目を瞑ってしまって何が起きたのか分からなかったが、それでも、目の前で剣と剣がぶつかり合っていることを認識することは容易にできた。


「闇と光の対決とか、燃えるじゃねえか!」

「私は光の使い手じゃない。光と闇の使い手」


 女は言うと、均衡状態を打開するべく一方後ろに下がって稔が体勢を崩すのを待ち望んだ。しかし黒髪は、体勢を崩さない。相手が驚く中、彼は女の方に近づいていき、テレポートを使用して背後に回って剣を振りかざす。


「バカめ!」

「な……」


 しかし、稔は罠にかかってしまった。敵は一人ではなく二人。挟み撃ちにされる可能性は否定出来ないはずなのに、黒髪は自ら挟み撃ちにされたいと思っているかのごとく、もう一人の政府サイドの女に背中を向けてしまった。刹那、待ってましたと言わんばかりに、稔の後方から魔法使用宣言が聞こえる。


「サンバーストレーザー!」


 背後に居たのは光の魔法使いだった。彼女はラクトが詠唱魔法を使用する際に使うようなステッキを右手に持ち、そこに沢山の光を集めて稔に向けて撃つ。もちろん、黒髪はテレポートしようとすぐに魔法使用宣言を始める。しかし、背後で大きな爆発音が聞こえた途端にそれをやめた。理由は単純である。


「ステッキにはステッキで対抗させてもらうよ、稔」

「わかった。そっちは任せたぞ、ラクト。このバトル、存分に楽しめよ」

「もちろん」


 稔とラクトは背を向け合って互いの健闘を祈った。黒髪は剣から紫色の光を発させ、赤髪はステッキの先端部に炎をまとわせる。競技場の時計が設置された近くにあるスクリーンには常に中央の映像が映されていたのだが、稔とラクトが背中を合わせたところでカメラマンが何かを感じたのか、二カメ体制に移った。


「悪の枢軸が一人ずつにわかれたぞ! これは作戦か、それとも悪足掻きか!」


 ニコルの実況は前よりも熱くなっている。もちろん、稔とラクトが悪役に据えられていることに変わりはない。観客席に居る女達は依然として政府サイドのみを応援しており、火炎瓶や時限爆弾といった危険物の投げ込みこそ無くなったものの、悪の枢軸側が攻撃する度にブーイングが飛んでくる。


「剣士の称号すらない者に、私を倒すことはできない」

「まあ、称号は持ってないな。でも、……この剣で色々と斬ってきたんだぜ」


 競技場という場所で、圧倒的多数のブーイングを受け、圧殺されそうな展開にある中で、稔の心はメラメラと燃えていた。こういった苦境を打破する展開を好む身としては、とことん傷ついてから反撃に出ようかとも思ったりするが、自分一人で敵二人を相手しているわけではないし、そもそも一撃で二人を倒せるか確証がないので、取り敢えず流れに身を任せることにする。


「紫電一閃ッ!」


 稔は、他のラノベの主人公と今置かれている状況を重ねてクスッと笑みを浮かべている自分に嫌気が差していた。でも、彼の心の中の炎が鎮まることはない。せっかく一年前に完治したはずの厨二病を一時的に再発すると、黒髪は剣を握って相手の剣に当て、金属同士が擦れる音を上げさせることで攻撃を防いだ。


「お前、本当に称号を持っていないのか……?」

「称号を基準に考えれば、俺は《最弱》だな」

「ふざ……けるなあッ!」


 先程よりも強い威力の攻撃を受けたものの、稔の剣には傷一つ付かなかった。一方同頃、政府サイドのうち黒髪と戦っていた方は自分の無力さを痛感し、それまでの余裕を失ってしまう。彼女は並行するように精神崩壊を起こし、稔に対する怒りを露わにした。


「有り得ない有り得ない有り得ない! 私より強い力を持ってるくせに称号がないとか、ふざけるな! 私はそうやって弱いフリしてニヤける奴が大っ嫌いなんだよ! だからさっさとやれよ! 圧倒的火力で封じ込めばいいじゃないか!」


 政府サイドの一人が叫声を上げたシーンは当然中継されたわけだが、これまた非難の対象となったのは悪の枢軸だった。稔はともかくラクトは受けなくていい批判である。黒髪は嘆息を吐くと、咳払いして言った。


「わかった。じゃ、お前の言うとおりに戦ってやるよ」


 稔は改めて精神を統一する。剣が紫色の光を帯びていることを確認すると、彼は深呼吸して相手のほうに向かっていった。競技場の地面を勢い良く前方方向へ進み、捉えた敵を一刀両断する勢いで剣を振りかざす。だがその時、黒髪は相手がニヤけているのを目で確認した。


「(掛かったな!)」


 相手は咄嗟に拳銃を用意すると、稔の腹部目掛けて発砲した。もちろんそのシーンもテレビ中継されていたので、悪の枢軸が劣勢になりそうな攻撃だと感じた観客達が皆一斉に歓喜の声を上げる。もちろん、黒髪と戦っていた政府サイドの一人も大きな笑い声を上げていた。だが、しかしである。


「馬鹿め! 物理攻撃で死ぬとは実に滑稽――」

「残念だが、勝負は既に終わっている。最弱に負けたんだよ、お前は」

「え……」


 稔と一対一の勝負は一撃必殺によって幕を閉じたように見えた。どんなに近距離戦だったとしても黒髪はメートル指定でテレポートすることが出来るから、敵の背後に回って斬ることは感覚さえ掴めば容易い。相手サイドは、まだ状況を理解していないように見える。でも、少しすると敵は笑みを浮かべて言った。


「おっと、何を勘違いしているのか分からないけど、本当の大馬鹿者は君だよ」

「なんで耐えて――」


 稔は驚きを隠せなかった。明らかに一撃必殺に近い火力を持った技を繰り出したはずなのに、相手は、致命傷レベルの大きな傷を負いながらもそこに立っていたのである。彼は、思わず首を左右に振って現実を直視することに躊躇いを見せた。しかし、なぜ相手が倒れなかったのか理由を聞いて、黒髪は現実を知る。


「僕の特別魔法のその二は『永久再生エターナル・リカバリー』だ。どんなに高火力の攻撃であっても、僕の魔法の前では大切なところが欠けているも同然なのさ」


 一撃必殺をしたとしても、彼女のヒットポイントは一だけ残る。すなわち、彼女のような相手を敵に回した場合、毒や火傷などの状態異常魔法を行使するか、致命傷を負った相手に対してオーバーキルをするかを選択しなければならない。

だが、そんなことよりも警戒していることがあった。詠唱魔法の存在である。


「さあ、ラストスパートだ。勝負の決着まで楽しんで事を進めようじゃないか」


 相手はそう言って再び剣を握った。稔も、剣を握って敵の攻撃を防ぐ万全の体制を整える。しかし、窮地に陥った相手の能力値は大変なことになっていた。黒髪が体勢を整える間もなく、剣が振りかざされたのである。強い勢いによって競技場の砂が舞い上がり、対戦者達を隔てるように砂嵐が巻き起こった。


「終わりだ!」


 しかし、敵はそんな砂嵐の中を縫うように前へ前へと進んでいった。そして、稔をシルエットを見た瞬間にそう言う。彼女は沢山の思いを剣に込めると、魔法名を叫んで一気に振り下ろした。

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