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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-93 理想と現実

 二日ぶりのサテルデイタ市。ギレリアル東部で発生した大地震による影響は殆ど無くて、街並みは弥乃梨とラクトが以前訪れた時と変わっているところはほぼなかった。だが、周囲を観察している暇はない。迷彩柄の軍服がとても目立つからだ。二人はニコルに連れられ、裏門から競技場内へと入る。


 ニコルが歩いたまま身分証明証を見せて名義主であることを示すと、受付と対話することなくスムーズに廊下へと突入することが出来た。三人はそのまま控え室、ドリンクコーナー、シャワールーム、コインロッカーを横に見ながらぐんぐん奥へと進んでいく。だが、選手入場ゲート付近で陸軍大将が足を止めた。


「更衣を済ませてきたまえ。なお、衣装は全て部屋の中に掛けられている」

「わかった」


 弥乃梨は返答してから、ラクトは頷いてから、二人は更衣室へと入っていった。ニコルの言ったとおり、部屋の中のハンガーにはそれらしき衣装が掛けられている。だが、すぐに疑問が出てきた。どちらとも男用の衣装だったのである。


「ニコルさん、この服男性用なんですけど――」

「これは政府サイドの要望だ。申し訳ないが、その衣装を着てバトルに参加してもらう。私も出来る限りを果たしたが、奴らはこの点で引き下がらなかった」

「わかりました」


 ニコルが悔しそうな表情を見せると、ラクトは自分の要望を訴えることをやめた。胸囲が小さければ男性用の服を着てバトルに臨むことも問題ないかもしれないが、赤髪のようにここまで立派に成長してしまうと、日常生活に支障がない程度に抑制して男装することは可能でも、バトルには悪影響を及ぼしてしまう。


「……いいのか?」

「最初に会った頃は男装してたじゃん、私。元々技術は持ってるから気にしなくて大丈夫だよ。もっとも、動きづらくなってるから、いつもよりもほんのちょっぴりだけ、フォロー成分多めにしてもらえると助かるかな」

「おう。正体がバレたら危ういのはお互い様なわけだし、全力で守るぞ」

「いや私、紫姫と違って、バンバン超火力魔法撃てないんだけど――」


 蒼龍王を撃破した際にラクトが使用した魔法は詠唱魔法だ。覚醒形態アルティメットに移行して魔法を使用する場合と比較すると、身体的な負担は少ない。だが、その分を魔力から供給している。言い換えれば、魔力を通常時よりも多く消費することによって、あれほどの超火力を実現しているというわけだ。なれば、撃てる回数は必然的に少なくなる。


「あれか、一日一回しか撃てないってやつか?」

「そこまで少なくはないよ。魔力に依存するけど、一日二四回くらい使える」

「一時間に一発って感じだな」

「ただ、物とか作ってると、その分魔力が少なくなるから――」

「残数は十五回くらいってとこか」

「そうだね。本当はもうちょっと多いけど、補助してるうちにそうなると思う」


 一切の補助なしなら回数を引き上げることも出来るらしいが、バトルにおいては、回復役を真っ先に倒しに行くのが常識なくらい、重要なポジションである。つまるところ、俗にいう縁の下の力持ち的な存在というわけだ。特に様々な面で依存しあっている弥乃梨の場合、ラクトを失った際のダメージは大き過ぎる。


「稔くん、ラクトくん。会話はいいのだが……、着替えてるのか?」


 相手の手駒さえ分からないのにまるで作戦会議のようなことを始めた二人に一つ疑問を持ったニコル。彼女はドアに左頬を触れさせ、小さめの声で質問してきた。意を決して部屋の中に入ることも検討したが、稔を異性だと認識すると、それは不可能だった。一方、更衣室からは予想を裏切る答えが聞こえてくる。


「着替えてます。もうちょっと待って下さい」

「わかった」


 ニコルは頷いて口を閉ざした。同頃、弥乃梨とラクトは着替えを進めていく。偽りの黒髪はその際にカツラを脱ぎ捨てた。学校の制服のようにも思える衣装を見ながらワイシャツを着て、ズボンを穿き、ジャケットを羽織り、ネクタイをする。一方、赤髪は着衣に四苦八苦していた。でも、最終的に落ち着いたらしい。


 動きを確認して問題ないことが分かると、ラクトもハンガーに掛かっていたワイシャツを着て、ズボンを穿き、上からジャケットを羽織り、ネクタイをする。パイスラッシュにならないように注意したものの、どうせ動けばそうなるだろうと考えて覚悟を決めると、ラクトは動きやすいように髪をまとめた。


「やっぱ、何を着ても可愛いな」

「男装してる時まで可愛さで評価されるとは……」

「まあ、あんまりやり過ぎると同性愛者って思われそうだから、控えておくか」

「後で可愛がってくれれば、私はそれで――」

「じゃ、それ、勝利後のご褒美ってことにしておこうぜ」

「……わかった」


 ラクトはそれが何を指しているのかを理解して顔を紅潮させ、照れながら頷いた。一方、稔は互いに考えていたものが一致しない可能性を睨む。でも、彼は成り行きに任せることにした。赤髪に病み成分が無いということを考慮すれば、アダルトな方面に進んだとしても、身体に危害が及ぶことはない。


 お互いに人前に出てもおかしくない格好であることを確認すると、二人は更衣室を出た。しかし、ドアの近くにニコルの姿がない。稔とラクトは周囲をキョロキョロと見て状況を確認する。少しすると、陸軍大将がペットボトルを二本持って近づいてきた。二人の目の前に立つと、二人に一本ずつ渡していく。


「これは……」

「クエン酸飲料だ。肉体労働で疲れただろうから、疲労回復のために飲んでもらおうと思ったんだ。それに、バトル前に飲めば、飲まない場合よりも長くバトルを継続することができる。軍隊においては、必須級のアイテムなんだよ」

「……変な成分入ってないよな?」

「これは陸軍のアイテムだ。誰かを貶めようとして作られたものじゃない」


 稔はアイテイルを呼び出して成分検査をしようかと考えたが、ペットボトルに貼ってあったラベルを見たラクトが首を横に振ったので、その考えを破棄した。原材料名の欄に身体へ大きな影響を及ぼすものは確認されなかったらしい。


「じゃ、喜んで飲ませてもらう」

「そうしてくれ」


 蓋を開けて飲料を口へと運んでいく。クエン酸特有の酸味の中に甘みが隠れていて、とても美味しかった。三五〇ミリリットルのペットボトルだったので、稔もラクトもすぐ飲み干してしまう。でも、なんだか元気になった感じが、疲れが取れたような気がした。言うまでもないが、これは所謂プラシーボ効果である。


「二人の顔に笑顔が出てきたところで、今回の戦闘について説明をしておく」


 飲み干したペットボトルを回収すると、咳払いしてニコルが言った。


「今回の戦闘は、『召使、精霊、罪源並びにそれに準ずる能力を有する者の使用を禁止』ということにしてある。要するに、主人以外は戦闘に出られないってわけだ。もっとも、召使を辞めている場合は問題なく出場できるけれども」


 ラクトは「戦闘に出られないかもしれない」と聞いてビクッとしたが、ニコルの話を最後まで聞いてひと安心した。陸軍大将曰く、「それに準ずる能力を有する者」というのは「主人の配下にある存在全般」を指しているらしく、召使なのに主人と同等かそれ以上の地位を占めている場合のことを言っているらしい。


「そして、残念なことに、僕は相手のデータを持っていない」

「どういうことだ?」

「交渉の際に『政府関係者』との情報は入手したけど、詳細は不明で――」

「誰を指しているのかわからないってことか」

「そういうことだ。だから、作戦を練るのは困難を極めるかもしれない」


 ニコルは再び悔しそうな表情を浮かべ、俯いて自分の力不足を痛感する。けれど、稔は強制収容所を開放する機会を貰えただけでも十分だと感じていた。立派な職務を果たしてくれたものだと思っていた。黒髪は元気付けようと一歩前に出て、陸軍大将の両肩に手を置く。温かみを感じたニコルは顔を上げた。


「ニコルは与えられた職務を全うしたじゃないか。そもそも強権的な政治家から機会を引き出せただけでも、お前は有能だ。軍政じゃない今、元帥に逆らえば自分の今後がどうなるかわからないのに、それでもお前は機会を手に入れることができた。政府による人権侵害の実態を明らかにする機会を確保したんだ」


 もし、政府が報道機関に対しある情報の公開を控えるように指示していたら。もし、政府が人権侵害を肯定する見方を強めていたら。もし、国民が洗脳されていなければ――。震災で混乱している中で政府に痛手を負わせるのは間違っているかもしれないが、沿岸部の自治体は急速な復興を遂げている。そして、今回の震災で特に活躍した陸軍のトップが主張しているというのも大きなポイントだ。


「それに、ちょっとつらい条件があると面白みが増す。それまで押さえつけられてた怒りが一気に爆発するシーンって、燃えるだろ?」

「このバトルを楽しむつもりかい?」

「むしろ、こういうのって楽しまなきゃ損だと思うけどな」

「君は戦闘狂かい?」

「そうじゃねえよ。ただ、苦しみを笑うことが出来たなら、それだけ楽しいことはないと思ってるだけだ。もっとも、一撃主義を捨てる気はないがな」

「そうか。なら、君達の持てる力の全てを見せつけてやれ」


 一撃で仕留めることが出来なければ、バトルを楽しむ方向にチェンジする。ラクトとの相談なしに稔は勝手に作戦を決めてしまっていたが、赤髪は黒髪の意見に従う気でいた。どのみち、自分らが相手を仕留める時に使用するのは、ほぼ一撃必殺に近い技。二人とも、通る道は似通ったものだった。


「では、控え室へ案内することにしよう」

「更衣室とは別にあるのか?」

「政府サイドから見れば君達は悪役だが、それでも私の資金力でVIP対応にした」


 稔がニコルの両肩に置いていた手を離すと、陸軍の大将は二人を連れて廊下を歩いていく。ニコルは無言のまま進むことを想定していたようだが、黒髪が空いた時間を使って情報を聞き出すことに異論はなく、彼の質問に答えていた。


「ニコルって、お嬢様か何かなのか?」

「お嬢様ではない。僕の銀行預金から下ろしてきただけだ」

「どれくらい下ろしたんだ?」

「ざっと一万ボルだな。まあ、大したことはない」


 一ボル一〇〇フィクスと考えると、一万ボルは一〇〇万フィクスとなる。変動相場制だから、もしかしたらその額よりも高いことも低いことも有り得る話だ。でも、どう転んだとしても、確実にフィクスで計算すると六桁の額になる。稔とラクトは自分達が受けている待遇の良さを実感した。


「あと、これは稔くんとラクトくんに苦な話なんだが……、聞いてくれるか?」

「どうした?」

「僕、向こう一年間の給料返上と大将辞任で、この機会を手に入れたんだよね」

「「な、なんだってー!」」


 稔とラクトは声を合わせて言った。陸軍大将という高い地位にある彼女が大金をはたくのは容易なことなのかもしれないが、それは高賃金が保障されているから成せる技に過ぎない。向こう一年間の給料を放棄するなど、自分で自分の首を絞めていることと同義である。でも、決め事は他にも色々とあった。


「だが、君達が勝てば給料放棄はなしになる。陸軍における僕の地位も現行のままだ。でも君達は、どんな結果になっても特別大将の地位を辞任し、陸軍から身を引かなければならない。それに加え、負けた場合は永久入国禁止だ」

「奴隷扱いとかは、無いんだな?」

「それは僕が保守した点だからな。君達の扱いについては、きめ細かに決めた」

「有能な大将なんだな、ニコルは」

「そう言われると、なんだか照れるな」


 ニコルは自分の右手で後ろ頭を撫でながら、少し顔を綻ばせていた。一方の稔とラクトは、捕虜などの扱いについて神経をつかっているところを知って、だてに陸軍の大将の地位にあるわけじゃないのだと感じる。


「おっと、通り過ぎるところだった。ここが君達の控え室だよ」


 そうこうしているうちに、三人は控え室に到着した。するとニコルは、インターホンの隣にあった謎の読み取りリーダーに持っていた部屋の施錠に使うカードを当てる。完了すると、部屋の扉に青文字で『UNLOCKING』と表示された。刹那、部屋の扉は勝手に開き、照明が勝手に点く。控え室に来るまでの道中で言っていたとおり、ニコルは本当にVIP対応をしてくれるようだ。


「僕のカードはスペアキーだから、ドア付近に置いてあるカゴの中にあるカードを持っておいてくれ。使い方はそこに書いてあるとおりだ。では、健闘を祈る」

「ちょっと待て、ニコル。するべき話は済んだのか?」

「まだだ。けれど、詳細については机上にある書類で確認してくれ。辞任したとはいえ、バトルが終わらない以上、後任が決まらない以上、僕の仕事はなくならないんだ。だから、後は君達二人の良識と良心に全てを委ねることにしたい」


 ニコルは陸軍の長にある女性だ。どれだけ稔達に広い心を見せていようが、自分の意見を主張していようが、合間合間にそれを見せているだけにすぎない。彼女の本職は軍隊をまとめることであり、主義主張を実現するために自分と異なる主義主張の持ち主と喧嘩する仕事をしているわけではないのだ。


「そういう方向でいいだろうか?」

「大丈夫だ」

「君達から良い知らせが届くことを待っているよ」

「ああ」


 ドア越しに短く会話すると、ニコルは来た道を戻っていった。震災が起きて臨時対応をしているということもあって、彼女に休む暇はないらしい。それにもかかわらず、陸軍大将は自分の給料や地位を売り払ってまで稔とラクトに機会を与えてくれた。そんな上官のためにも、負け戦をする訳にはいかない。


「絶対に勝つよ、稔。罪なき者をいじめる奴らを許す訳にはいかない」

「当然だ。それに、ニコルの今後が掛かってる」


 優先順位はニコルのほうが後だ。しかし、彼女は織桜と同じく二人に仕事を与えてくれた恩人である。収容所で奴隷さながらの扱いを受けている者達を解放する目的もさることながら、いつの間にか、恩人の未来を明るくすることも目的になっていた。そのためにも、稔とラクトはよく資料に目に通すことにする。その中で、二人は戦意高揚を図った。

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