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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-91 ライフラインの復旧

 部隊総長室に駆けつけた時にはもう、第一小隊の一般隊員全員が集まっていた。就寝時用のヘアスタイルだったり格好だったりをしていた女達は、昨日の日中に見たヘアスタイルだったり格好だったりに戻っている。飛ぶことを忘れ走ってきた弥乃梨とラクトが酸素を求めて息を荒げる中、部隊総長室と廊下を隔てるドアからノック音が四回聞こえた。


「失礼するのじゃ」


 レーフの声が聞こえると、弥乃梨達はすぐに敬礼の姿勢をとった。レッドカーペット等はないが、部隊総長が通る道を開ける。ノック音から十秒くらいして、レーフが部隊総長室の扉を開けて入ってきた。後ろには作業服を着た三人の女性がついている。胸ポケットにはそれぞれ異なる紋章が見えた。部隊総長はテーブルの前に三人を案内して一列に整列させる。


「紹介しよう。左から、電気、ガス、水道に詳しい方々じゃ。第一小隊には電気の復旧にあたってもらう予定じゃが、時間が余ればガス又は水道の復旧にも携わってもらうことになるから、このように三人をお呼びしたんじゃぞ。じゃ、三人と小隊長から軽く自己紹介をもらおうかの。まずは弥乃梨からじゃ」


 突然のフリに弥乃梨は思わず「えっ」と口走ってしまった。しかし、指名されたからには精一杯指示されたことをしなければならない。咳払いの後、偽りの黒髪は自己紹介をした。


「夜城弥乃梨。第一小隊の隊長をしている。力仕事に強いほうだと自負しているが、物理はまあまあだ。足を引っ張ることのないように頑張りたいと思う」


 弥乃梨は机の前で一列に並んだ女性達と初対面であったが、何食わぬ顔でいつもどおりの口調を貫いた。敬体を使うべきだと思ったことがないわけでないのだけれども、相当な役職の人達に対しても常体で喋っている以上、もう後戻りすることは出来ない。偽りの黒髪は、恥ずかしさに負けてしまったのである。


「エレーニャ・アンドルファ・ルキーニシュナと申すデス。フルンティ大学工学科で非常勤講師をしている他に、『THE FLENTY ELECTRIC POWER COMPANY, INC.』の代表取締役社長を勤めておりマス。エレーニャ、とお呼びくだサイネ」

「エレクトリック・パワー・カンパニーってことは、電力会社勤務か」


 エレーニャの顔立ちや容姿は三十代前半に見えるが、これでいて電力会社の代表取締役社長の職に在るらしい。それでいて学園都市の大学で非常勤講師をしているのだという。この若さでここまで出世した人を前にしていたのだという現実を知ると、敬体こそ使わなかったものの、弥乃梨は深々と頭を下げた。


「アルヴァといいます。フルンティ都市圏水道局の者です」

「ハナンといいます。フルンティ都市ガスの者です」


 エレーニャ以外は名前と役職しか言わなかった。理由は単純。呼んで欲しい名前を告げるほど深く関わるとは限らないからである。言うまでもなく、アルヴァとハナンが協力体制を構築する相手は弥乃梨達ではない。それぞれ偽りの黒髪がトップではない別の小隊と組むことになっているはずだ。


「よろしくおねがいします」

「こちらこそ」


 しかし、最低限の礼儀は守らなければならない。弥乃梨はエレーニャはもちろんのこと、アルヴァやハナンとも握手して初対面の挨拶をする。でも、それを終えると弥乃梨と二人は別々の方向を向いた。それを合図にレーフが動いて、ガス会社、水道会社勤務の二人は部隊総長の誘導で部屋から退場する。


「さて。まずは、今日一日のTime Scheduleを確認しマス」


 弥乃梨は、エレーニャが英語由来の単語だけやけに良い発音をするものだと思って驚いた。ふと横を見ると、ラクトが何かに四苦八苦してる様子が窺える。偽りの黒髪が疑問に思って彼女の方に近づいてみると、驚愕の事実が告げられた。話の邪魔にならないようにとの配慮から耳元で話した。


「今、一時的に翻訳魔法の対象者にエレーニャを追加してる。エレーニャが話す言葉を日本語から英語に置換してるんだよ。英語から日本語じゃなくてね」

「なるほど」


 弥乃梨とラクトがエルフィリアから来たということで、エレーニャは片言の日本語で話してくれた。これはエレーニャなりの心配りなのだが、置換対象者に変更を加える作業が入ったこともあって、赤髪からするといい迷惑でもあった。しかし、怒ることはない。一生懸命に頑張る人をバカにするのは御法度である。


「Second Platoon Leaderのレーフさんからお話を聞いていると思うのデスが、第一小隊の皆さんには、lifeline、特に、electricの復旧に携わってもらいマス」

「電柱を立てるとか、そういうことをするのか?」

「そうデス。でも、electric Cableについては私達が責任をもって担当する予定なので、第一小隊の皆さんが特段心配するようなことはありまセン」

「わかった。……ところで今、第一小隊がすべきことはあるか?」

「二つのgroupに分かれてくだサイ。山手と海辺で作業範囲を分けマス」


 よくある「はーい二人組つくって」ではなく、「二班作って」という要求だったことに感謝する。今はその要求に対して二人組を作れる可能性が広がったため気にすることでもないのだが、もし昔のような心の拠り所がない時代に集団外のところで生活を送ることがどれほど辛いことか、弥乃梨はよく知っている。


「昨日の班でいいよな?」

「構いません」


 一般隊員らが何か言いたそうな顔をしているわけでもなかったので、弥乃梨は第一小隊のメンバーに質問をした後でエレーニャのほうを見た。ヘルメットを装着して首にタオルを巻いたエレーニャは、どう見てもガテン系にしか見えない。


「すまない、少し抜けさせてもらう」

「わかりました、伝えておきます。ただ、参考までに一つ質問させて下さい」

「どうした?」

「何をしに、離脱するんですか?」


 弥乃梨は、エディットの質問を受けて背筋に冷たい電流を走らせた。嫉妬されるようなことをした覚えはないし、そもそも第一小隊の一般隊員の中で特に偽りの黒髪と関係の深いとはいえ、彼女が弥乃梨に好意を寄せているとは思えない。遠回りして遠回りして、考えていたことをそのまま話すことにした。


「朝の身支度だ。俺らはお前らと違って、時間が確保できなかったからな」

「そうでしたか。朝からそういう行為に及ぶつもりなのかと思いました」


 一度下を向いてから笑顔を見せて優しいそうに言ったが、エディットは刃物を片手に手を繋ごうとしているようにも見え、弥乃梨の足がブルブルと震えた。


「嫌だな、俺もラクトもそこまで性に貪欲じゃないぞ」

「そうですか。それなら、私たちは部隊総長室で待機することにします」

「わかった」


 エディットからの了解も得たところで、弥乃梨はラクトとともに部隊総長室から出て行った。テレポートで一気に向かうものも考えたが、偽りの黒髪は扉を閉めて階段を下っていく。一階に降りたところで、ラクトが口を開いた。それを合図に、二人はトイレの近くの洗面所に向かう通路で会話を始める。


「流石の演技力だね、弥乃梨」

「そういうお前も怖がってたんじゃないか?」

「まあね。本当に怖いのは幽霊じゃなくて人間だと思ってるからさ」

「魔族の出だもんな、ラクトは」


 怖さの意味が違っているかもしれないが、それを認めた上で幽霊と人間が自分に与える恐怖を考えてみると、いつどこでどのように苦しめられるか予想できない人間のほうが恐ろしいのは明らかだ。実際問題、ラクトは信頼を置いていた幼馴染から裏切られているわけだし、慎重になるのも頷ける。


「それはそうとして、さっさと支度を済ませるぞ。私用で抜けるとか、本来あってはいけないことなんだからさ。……ほら、歯ブラシと紙コップ」

「ありがとな。返却すべきか?」

「どっちも捨てていいよ。皆が使ったのと同じ素材だし、皆捨ててるから」

「災害時なのに捨てちゃうのか?」

「災害時だからこそ捨てるんだよ。だってまだ、衛生状態が回復したわけじゃないんだよ? トイレが無理なく使えてるって言っても、結局は陸軍の設備を回してるだけじゃん。それなら、少しでもヘルスケアに気を遣おうよ」


 チーム・ベータの拠点の衛生状態が震災前と変わらないほどまで回復したのは事実だ。しかし、トイレで使う水は、依然給水車を改造した戦車から引いているから、貯蔵されている水が底を尽きれば衛生状態は悪化する。否、それよりも先に、元新聞社付近に急遽設置した汚水貯蔵タンクが一杯になってしまうだろう。


「ていうか、衛生状態が回復しても使いまわさないでしょ、こういうのは」

「まあ、こういうのは使い捨てだしな。持ち帰っても中々使わないし」


 ホテルや宿に泊った時にもらう歯ブラシや弁当を頼んだ時についてくる割り箸を集める人は多いが、いつか使おうと思っているうちに溜まっていって、棚の奥に仕舞われたまま時間だけが過ぎていく例が多い。たまには重い腰を上げて、収納スペースに溜まっている未使用物を消化するのも必要だ。


「そういや、歯磨き粉は?」

「使いたいなら作るけど、明らかに魔力の無駄じゃん? ワックスの時は少ない使用量でも必要不可欠だったから提供したけど、歯は歯磨き粉なしでも磨けるじゃん。ていうか、むしろ歯磨き粉を使わないほうが綺麗になるし」


 歯磨き粉を使わずに歯を磨いた場合と歯磨き粉を使って歯を磨いた場合を比較した実験で、歯磨き粉を使っていない場合のほうが磨き残しが少ないという結果を得たものもあるらしい。だが、起床からさほど時間が経過していない上に焼鮭を食べてしまったこともあり、口臭を防ぐためには歯磨き粉を使用したくなる。


「けど、歯磨き粉だけで磨くっていうのは口臭対策的に無理がある気が……」

「歯磨き粉を使っても口臭が防げないことはあり得る話だよ」


 歯磨き粉を使って歯を磨いたから汚れもニオイも無いだろう、というのは、過信も大概にしろというものである。そういう人に限って口臭対策のガムなどを買わず、ニオイによって他人に迷惑を掛ける。親切そうに教えてくれている人が酷い口臭を持っていたら、感謝の言葉が本音から建前になってしまいかねない。


「そして最後に、弥乃梨に対して有名な諺を送るね。百聞は一見に如かず」

「おっと、それには続きがあるんだぜ。『百見は一考に如かず、百考は一行に如かず、一行は一果にしかず』ってな。自分で考えなければ意味は無い、自分で行動しなければ意味は無い、成果を出さなければ意味は無いってな」

「そんなの知ってるよ。だから、考えるよりやってみろ。論より証拠、だよ」

「わかったよ。歯磨き粉なしで磨くことにする」


 ラクトは頷いた。一方、弥乃梨は赤髪からもらった歯ブラシと紙コップを持って洗面台の方へ向かう。会話をしていて気が付かなかったが、偽りの黒髪達は既に洗面所の中に居た。トイレと違って悪臭を生む可能性が低く、また他人に覗かれることで羞恥心が発生するわけでもない。だから、そこにドアは取り付けられていなかった。それゆえに、気が付かないうちに彼らは入室していた。


 透明袋を取って中から歯ブラシを取り出し、蛇口を捻って水を出す。十分に水を含ませたら口へ運んで磨いていく。しかし、弥乃梨は磨き始めて数秒でエディットの顔を思い出してしまった。短時間で歯磨きを終えたら元も子もないのだが、あれほどの恐怖を植え付けられると、丁寧に磨こうという気分がなくなる。


「いや、そんな怖がらなくてもいいと思うよ? さっきも言ったように、論より証拠。どれだけ持論を展開しようが、証拠なしだと信憑性が薄くなるじゃん」

「だからって、エディットが怒るまで歯ブラシを加えているわけにはいかないだろ。そんなことしたら、今度はエレーニャとかが怒りかねないし」

「じゃ、所要時間は十五分ってことで」

「いやいやいやいや。絶対怒られるだろ、それ」

「怒られるかもしれない。だけど、プロの歯科医だってそのくらいの時間を投じて歯を磨いてるんだよ? ちょっとやそっとじゃダメなんだって」

「だからって、十五分は退席時間として長すぎるだろ……」


 弥乃梨はラクトの提案に反対した。しかし、偽りの黒髪と赤髪から貴重な時間を奪ったのはチーム・ベータの部隊総長である。彼女が十分前行動を取っても作業開始時刻に間に合うことを確認し、それを彼氏に伝えると、二人の総意は十五分洗面所に篭もる――もとい、居る方向で一致した。



 途中デンタルフロスの提供を受けたりしつつ、二人とも予定通り十五分後に歯磨きを終えた。水オンリーで歯を磨くなんて小学校以来だったし、二桁にも及ぶ時間を歯磨きに費やすなんて初めての経験だったので、弥乃梨は新鮮さを感じている。ラクトは定期的にしているらしく驚いていない。そんな時、彼女がある容器を生成した。目を凝らさなくても歯磨き粉であることは一目瞭然だ。


「……おい」

「は、歯磨きとホワイトニングは別物だもん!」

「『歯磨き』って聞いたら、普通同包されてるものだと思うわ、バカが!」

「――それ以上怒ったら、こ、このチューブ渡さないんだからなっ!」


 ラクトは怯えた様子で抵抗した。しかし、どれだけ強く歯磨き粉の容器を握ったとしても、火事場の馬鹿力をもって対抗しなければ赤髪に勝機はない。弥乃梨は必死に抵抗する彼女を見ながらニヘラと笑いそうになるのを堪えた後、ラクトに近づき、赤髪の背後から抱きつく要領で彼女が持っていた歯磨き粉を奪った。


 しかしラクトは怒らず、偽りの黒髪に笑顔を見せる。弥乃梨にそうされるのを待っていたかのようだ。彼女のほうを見て笑顔を目に焼き付けた後、弥乃梨はチューブから適量の歯磨き粉を出した。その後、チューブはラクトのほうに渡る。二人とも歯を撫でるように、歯に塗るように、ホワイトニングを行った。しかし口を洗ぎ終えた時、部隊総長室を出て二十分が経っていたことに気が付く。


「やっば!」

「流石に早く戻らねえとまずいだろ、これは。時間ないからテレポートな?」

「うん!」


 スマホの電源ボタンを押すと、ロック画面には『07:52』と表示されていた。弥乃梨もラクトも、当然ながらこれには焦る。十分前行動できるように調整したつもりだったが、十五分という時間内に終わらなかったことが強く影響していた。テレポートして部隊総長室前に着くと、すぐさま勢い良く扉を開ける。


「遅刻して本当に済まなかった!」

「遅刻してすみません!」


 弥乃梨とラクトは入った瞬間に頭を下げた。部隊総長室に誰が居るかを確認する暇もなく、ただただひたすらに頭を下げる。似たような謝罪文を繰り返し、偽りの黒髪も赤髪も何十秒にわたって頭を下げ続けた。でも、彼女が視線を下から正面に向けたことにより、部屋に誰も居ないことが判明する。


「あのさ、弥乃梨。この部屋、どこ見ても誰一人居ないんだけど――」

「え……」


 ラクトの言葉をまともに受けて顔を上げてみると、確かに部隊総長室に人影はなかった。午前八時というタイムリミットが刻々と近づいている中で帰るところに誰も居ないのは、不安を煽る要素以外の何物でもない。これまで以上に深く深く反省すると、二人は部屋の中を縦横無尽に動き回った。


 でも、どんなに捜索活動を続けても人影は見つからなかった。部屋の外から眼下を見下ろすと、戦車が一台無くなっていることに気づく。津波でかっさらわれ何も無くなった街なら、作業をしている人の姿などすぐに分かるはずだと思ってそのことを肯定的に捉えていたが、部隊総長室からは発見できなかった。


「エレーニャにどんな顔を向ければいいんだ……」

「こんなんじゃリーダー失格じゃん……」


 「そうかそうか」から始まる名台詞が実に印象的な、有名な小説を通して言われるように、悪事を犯して悪気を認めた姿や、反省して罪を償おうとする姿を見られて何もコメントが貰えなかった時が一番落ち込むものだ。裏を返せば、そんな時こそ何気ない一言が勇気になる。


「探しましたんですよ、弥乃梨さん、ラクトさん」

「エディッ……ト?」


 聞き覚えのある声に思わず振り返ってみると、部隊総長室のドアを開けた状態で、部屋と廊下の境界線の上にエディットが立っていた。建物内をあちこち走り回ったらしく息を荒げている。動きまわって少しクシャクシャになった資料を二人に見せつけた後、彼女はいとも簡単に呼吸を元に戻して言った。


「作業、行きますよ。八時開始って聞いているんですけど」

「ああ、そうだ。八時開始だ。本当に済まなかった」

「気にしないでください」

「ありがとう」


 弥乃梨はエディットから行き先を聞くと、ラクトと一緒に三人でその場所にてレポートした。現場に着くと、三人が来る前に戦車で運ばれてきいた電柱が道路と平行になる方向して置かれているのを発見した。同頃、エディットは、同じく戦車で運ばれてきていたショベルカーに乗り込み、電柱を持ち上げていた。

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