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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-88 チーム・ベータの朝

「……きろ、……五十分だ。……だろ」

「あと五分……」

「揺らすからな」

「……ろ。……んだよ」


 聞き覚えのある声を耳にすると同時、弥乃梨は誰かによって体が揺らされていることを知った。あまりに強く動かされたので、偽りの黒髪は思わず目を開けてしまう。横を見るとラクトがすやすやと寝ているのを見て、彼は赤髪ではない誰かが揺らしているのだと断定する。刹那、記憶が戻った。

 

「おはよう、紫姫……」

「やっと起きたか。おはよう、現在時刻は六時五十分だ」

「まるでメイドのようだ。ふああ……」

「我は貴台に奉仕をする身だが、かといって、貴台が言うような役割を果たすわけでもないぞ」


 弥乃梨は紫姫のことを褒めると重い腰を上げて背筋を伸ばした。三時間しか睡眠していないということもあって、彼は欠伸をしてしまう。しかし、軍人たる者時間から逃れることはできない。偽りの黒髪は布団をはぐってベッドを出ると、首を回したり肩を軽くマッサージしたりした。


「まず通知だ。津波警報及び注意報は、午前五時に全地域で解除された」

「一つ心配すべき事象が減ったな」

「次に今日の天気だ。フルンティ地方は、昼過ぎまでは晴れ、夕方まで曇り、今日の夜から明日の昼にかけて雨だ。四十ミリ程度と予想される」

「作業中断も有り得るってことか」

「そういうことだな」


 津波の被害がようやく分かり始めたところで、今度は大雨の被害が起こる可能性が出てきた。市役所庁舎や住民の避難場所はこぞって高台にある。もし土砂崩れや土石流なんか発生されたら堪ったものではないだろう。しかし、そういった『可能性』を考えるのは、部隊総長の意見を仰いでからにする。


「次はサタンとアイテイルについてだ。彼女らは第二小隊の隊長と一緒に午前七時まで警備作業を延長している。もっとも、既にレーフはここに帰ってきているから、もう警備活動は終わって魂石の中で待機しているんだが」

「最後に業務連絡だ。我が貴台を七時前に起こしたのは、弥乃梨が呼び出されたからにすぎない。場所は二階の部隊総長室。呼出時刻は七時だ」

「分かった」


 弥乃梨は頷いて言った。しかし、部屋には鏡が設置されていない。鏡がある部屋まで赴いて自分で自分の容姿を見ながら髪や服を整えても良かったのだが、極力早く済ませようと考えてやめた。紫姫の私服センスがどの程度かという問題はさておき、目の前にいい鏡があったので、偽りの黒髪はそれを活用する。


「……髪の毛とか軍服とか、問題ないか?」

「寝癖等はないから、襟を整えれば完了だと思う」

「ありがとう。つか、呼び出し対象は俺だけなのか?」

「小隊の長だけだ。我はここでラクトと会話でもしていよう」

「ああ、楽しめよ」


 弥乃梨は紫姫と会話しながら失礼ではないレベルに身嗜みを整え、終えると紫姫の右肩をポンポンと叩いて印刷室から出て行った。三階廊下を進み、階段を下りて二階に来ると、捉えた真正面の部屋へ入る。置かれていた机の向こうには、椅子に座り、足を組みながら優雅にコーヒーを飲むレーフの姿があった。


「おはようじゃ、弥乃梨」

「おはよう。そのコーヒーメーカーは……?」

「これは私の愛用品じゃ。朝食を摂る前のコーヒーは淑女の嗜みじゃぞ」

「ブラックか?」

「生憎、私はブラックが飲めないんじゃ。かといって低糖は甘すぎるじゃろう」

「つまりは微糖か。確かに、苦味と甘みが交差して美味だな」

「そうなんじゃよ!」


 コーヒーの話題になると、レーフは人が変わったかのように飛びついてきた。しかし、部隊総長は自らの趣味を語ることに没頭しない。咳払いした後、机の下の引き出しから小封筒を取り出す。封筒の表側には、黒の油性ペンで弥乃梨の名前がフルネームで書かれていた。また、少し膨らんでいるのが分かる。


「弥乃梨、机の前へ来るのじゃ」


 弥乃梨はレーフの指示でテーブルの真ん前まで進んだ。その間、部隊総長は机の引き出しからもう一つ小封筒を出す。そこにはラクトの名前が書かれていた。自分の目の前まで来たことを確認して、レーフが小封筒を裏に返す。


「給料……?」

「そうじゃ。大将の平均月給が120万フィクスじゃから、特別大将の君は師団長と同級の月給100万フィクスと仮定した。30で割って、日給33,000フィクスじゃ」

「3,3000フィクス……」

「君たち二人の分を合わせると66,000フィクス。税分はこちらで処理済みじゃ」

「ありがとう……」


 高校生の身分で日給一万円のバイトなんて聞いたことがなかったから、弥乃梨は驚いて腰が抜けそうになった。言うまでもないが、年齢に不相応なくらい高額な給料を頂けた偽りの黒髪に不満なんてあるはずがない。しかも、税金関係は上の方で処理してくれていた。これには思わず感謝の言葉が出る。


「まだ終らんぞ」

「えっ……」

「今度はもっと高額じゃ。……謝礼金1,000,000フィクスじゃ」


 流石に封筒の中に百万フィクスという大金は入っていなかったが、フルンティ市民全員を救助した英雄として弥乃梨とラクトの名前が書かれたメッセージカードが入っていた。下部には、「The citizens of Flenty gives 1 million fics to Minori and Lact. You were our heroes.」と書かれている。


「一、十、百、千、万、十万、百万――」


 レーフが言ったゼロの桁数とカードに書かれていた桁数は一致していた。本当にフルンティ市民三百万人を誰一人として死なせなかった栄誉を称えられ、学園都市から高校生が受け取っていいとは思えない額の謝礼金を貰えるらしい。


「私の話はこれで終わりだ。今日一日の予定は紙面で確認してもらうことにしたからな。ほれ、この予定計画を見るんじゃ。特に質問がなければ終わるぞ」


 封筒三つを手にしたまま、弥乃梨はレーフから紙を受け取った。裏表印刷で今日の予定一覧が記載されている。説明が簡略すぎるような気がしたが、添えてあったイラストを見ると作業の内容を把握できた。特に質問が浮かんでこなかったため、彼はその旨を部隊総長に告げる。


「大丈夫です」

「そうか。では、早速必要な行為を行いたまえ。ちなみに、朝食は七時十分開始を予定している。また、本日の作業開始時刻は八時、終了時刻は十八時じゃ」

「了解だ」

「では、また少ししたらここに来たまえ」

「ああ」


 封筒三つを手にすると、弥乃梨は部隊総長室から三階の一番奥の印刷室まで戻った。上階へ続く階段を一気に駆け上がり、コンクリート剥き出しになった廊下を勢い良くダッシュする。疲れ果てた昨日を思い出せば、数分間の会話で百六万フィクスを手にすることが現実的となった興奮を抑えることなどできない。


「ラクト、給料貰ってき……た……え?」

「あっ、いやっ、これはだから、そういうことじゃなくて、その――」


 印刷室のドアを開けるとラクトが居た。しかし彼女は、エルダレア帝国の帝都周辺にある遊園地で弥乃梨が紫姫に購入したコスプレに使う軍服によく似たものを着ている。程よくアレンジがなされており、軍帽、制服、スカート、靴などの外から窺える部分の大半は黒で統一されていた。また、ネクタイが導入されたことで学ランっぽさは無くなっている。もちろん、ネクタイの色は黒だ。


「似合ってるぞ。ラクトは、今日一日それ着て過ごすつもりか?」

「んなわけあるかっ! その、趣味っていうか……」

「コスプレが趣味なのか」

「それは違う! いや、違わなくないのかもしれないけど、なんていうか……」

「そう気にするな。俺は迷惑させ掛けられなければ他人の趣味を尊重するから」

「そういうことじゃないのに……」


 言いたいことは決まっている。でも、緊張や恥ずかしさが勝って言葉を探すことができない。ついにラクトは諦めたくなって、下を向いて吐き捨てるようにボソッと一言発した。けれど、もう共に行動を始めてから五日目。見たい部分も見たくない部分も共有してきた偽りの黒髪は、赤髪の主張を理解していた。


「ごめんな。俺の彼女はラクトなのに、俺はお前より紫姫に高額なプレゼントを購入した。だから、もし都合さえ合えば、そのうちお前にプレゼントやるよ」

「やめてよ、なんだか私が束縛する女みたいじゃん……」

「まあ、あんまり感情を殺しすぎると、無感情人間が出来上がるからな」

「えっと……、自己紹介かなにか?」

「俺にだって感情くらいあるぞ。表現するのは苦手かもしれないけどな」


 理性的だから絶対に良いとか、論理的な思考を常にしなければ評価されないとか、そんなことはない。何事も起点は『感情』である。「説明したい」という感情の上に理性的、論理的な根拠を重ねて説得力を増させ、説明する対象を納得させているだけなのだ。感情抜きで話は成立しないのである。


「……一つ、質問していいか?」

「なに?」

「『家族』ってなんだと思う?」


 弥乃梨の質問を理解すると、何を思ったのかラクトが悩み始めた。もっとも、偽りの黒髪が用意していた回答も結構長めのものだったので、質問者は「単純過ぎる質問ゆえのことだから仕方ない」と割り切る。


「『運命共同体』かな。離れ離れになったとしても、時々その存在を忘れてしまっても、頭の中には絶対に残っていて、出て行ったとしても帰ってしまって、鎖に繋がれているみたいで時に反抗することもあるけど、包み込むこともある」


 少しして、弥乃梨が求めていたような深い内容の回答が返ってきた。偽りの黒髪は頷きながらラクトの話を頷きながら聞き、彼女が力説を終えて少しはにかみながら「なんてね」と言った後に、彼は持論を展開し始める。


「俺は、『本性をあらわす場』だと思ってる。思ってることをそのままダイレクトに言える環境だと思ってる。だから、言いたいことをそのまま言ってほしい。『喧嘩するほど仲がいい』って諺もあるくらいだしな」

「確かに言われてみれば、私達ってあんまり喧嘩してないかもね……。もっともまあ、考え方が似ているから争いに発展しないってことかもしれないけどさ」

「けど、育ってきた環境も違うわけだし、いつか争う時が来ると思う。その時のために、言いたいことを言って欲しい。俺も言いたいことを言うつもりだから」

「……ふっ、私の実力舐めたら火傷じゃ済まないよ?」

「臨むところだ」


 今にもバトルが勃発しそうな台詞を発したが、二人は仲良く握手した。しかしそれも束の間、ラクトがギチギチと握る強さを強める。弥乃梨が本気出して彼女の手を強く握ると、平然を装えなくなった彼女がうっすらと涙を浮かべた。握られた手が真っ赤になっていることを考えれば、そうなるのも仕方ない。


「こんにゃろーっ!」

「痛えよ! 皮引っ張んじゃねえ!」

「弥乃梨のせいだし! 力強めすぎだバカ! もっと優しく厳しくやれっての」

「こんなのにも耐えられないとか、ラクトは口だけしか取り柄ないのかな?」

「……ぶっ殺す。殺してやる!」

「いや、魔法の使用は流石にルール違反なんじゃ――」


 人差し指に炎を作り出し、ラクトは弥乃梨のほうに向かって進む。悪魔のような笑みを浮かべた後、彼女は髪の毛のほうに人差し指を触れさせようとした。でもラクトは、魔法の行使は暴力に当たると判断して使うのをやめる。


「確かに、こんな些細な事でカッとなって手を出すのは間違ってるね」

「その通り。喧嘩と暴力をイコールで結ぶのは間違いだ。俺が望むのは口喧嘩だけで、魔法の行使や暴行で相手を屈服させることを目論みたくはない」


 ついさっきまで恐怖に陥ったような顔を浮かべていた弥乃梨が持論を展開し、まるで説教じみたことをした。でも、ラクトはメラメラと燃え盛る炎を消し、冷静になって、彼の言い分に大いに納得する。そして、「暴力や魔法を使うのは放棄して言い争いで決着をつけよう」という方向で喧嘩の仕方を決まった。


「それはそうとして、レーフから給料を貰ってきたんだが――」

「弥乃梨のと私のと、……この封筒は?」


 弥乃梨が封筒三つを提示すると、ラクトが指を差しながら誰のものか考えた。しかし、それにしては一つ多かった為にその封筒が誰のものになるか聞いてみる。それに弥乃梨が答えると、ラクトはオーバーリアクションをした。


「これはフルンティ市から出たお礼100万フィクスだ」

「凄い額じゃん! でも、封筒に入ってるのは同額の現金じゃないでしょ?」

「当然だろ。そんなに万札を持ち歩いて何になるってんだ」

「ということは、銀行にあるってことかな?」

「どうだろうな? あ、給料が入った方はちゃんと現金入ってるぞ」

「そっか。じゃあ、百万フィクスが入った封筒の中身を見してもらおうかな」


 そう言うと、ラクトは百万フィクスの贈呈が約束された封筒の中からカードを取り出した。表の面に書かれていた内容を確認すると、赤髪はそれを裏返して書かれていた細かな文章を頷きながら黙読する。一分くらいして、彼女がカードを中に戻した。刹那、ラクトが偽りの黒髪に受け取り方を説明する。


「フルンティ銀行本店に行ってパスコードを教えれば渡してくれるっぽい」

「パスコードはそこに書いてあるのか?」

「うん、書いてあるよ。……で、どうする? もう五万くらい貰っておく?」

「後でな。今は公人としての生活を送るべきだろうし」

「そっか。じゃあ、後回しってことで」

「でも、給料は今のうちに渡しておくぞ」

「わかった」


 ラクトは頷いて弥乃梨から給料の入った封筒を受け取り、偽りの黒髪が言った額と等しいかチェックする。確認が取れた後、ラクトは一つ革製の財布を作って昨日までの所持金一式をそこに入れる。同頃、弥乃梨は現実世界から持ってきた財布に給料分を入れた。終えた頃にアナウンスが入る。


『チーム・ベータの諸君に連絡する。これより朝食並びに本日の作業に関わる会議を開始するため、至急、二階会議室へ移動せよ。繰り返す――』


 アナウンスが二周目に入ったところで、弥乃梨とラクトはタイミングを合わせて頷いた。それからすぐに赤髪と偽りの黒髪は背を向け合い、彼女は魔法を用いて数秒でギレリアル陸軍の制服に着替える。お互いに準備が出来たところで、二人はアナウンスで指示された場所へ移動を始めた。

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