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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-36 ボン・クローネ市民会館へ。

 稔がテレポートした先は、紛れも無く駅前だった。上空から稔とラクトが見ていたように、溢れそうになるくらいの民衆がそこには居た。だが、そこに車の姿はない。



『リート様!』

『王女陛下!』


 

 民衆からの声が稔の耳の中を通る。それだけではなく、黄色い声だって発せられている。「ゴミのようだ」と言っていた稔だったが、それはネタにしかすぎず、マジな話ではない。けれど、本当に民衆がゴミのようにみえるほどだった。


「さてと。市民会館の方向は……」

「当然の如く、報道陣が居座ってるね」

「テレポートするか?」

「ちょっと待って」

「え?」


 報道陣が市民会館の前で居座っているのを見たラクトは、早急に対策を講じた。言うまでもなくそれは、稔の為の対策である。今の稔にはセキュリティポリスは居ないのだし、それが召使としての務めであると、ラクトは感じたのだ。


「……ん」

「こ、これは?」

「変装グッズに決まってんだろ。……お前それでも、エルフィリア王国の全権利掌握者か?」

「ああ、悪い悪い。そういうことか」


 ラクトの右手の上には、ネクタイやスーツといった大人の男性が服装としている物。当然、それを何に使用するのかは容易に分かるはずなのだが、稔は首を傾げるまではいかずとも、始めは何のことだか察することも出来なかった。


「それで、稔。まだリートがここに来るまでの時間は少なからず有る訳だし、テレポートしてもしなくてもいいから、駅の中の更衣室に行こう。そして、着替えよう」

「……やっぱり、まずいのか?」

「ああ。その衣装で市民会館に入るってことは、普段なら許されるかもしれないが、今は絶対に許されん」

「そっか。……んじゃ、俺はお前に従――」


 言い切る前にラクトは稔の右手を引っ張ると、ボン・クローネ駅の中に入っていった。ボン・クローネ駅の一階、南口の西側の建物の中にある『ボン・クローネ駅構内更衣室』。女性用と男性用が有るのだが、ラクトはそんなことは無視して男性用の更衣室へ入る。


「おまっ……」


 加速しているわけではなかったが、その時のラクトは桁違いに速いスピードだった。


「男の更衣室なのに、女が入って大丈夫なのか?」

「召使だから大丈夫だ。いくら、ご主人様が私を『女性』として扱おうと、私達に性別は与えられるけど書き表せないのだから、意味は無いんだ」

「……」

「でも嬉しいんだよ、召使は。私がそうだったように、きっとスルトもヘルも、喜ぶと思う」


 稔がラクトの下腹部や股間部を触った事実はない。有ったとしても、それはラクトのつくり話であり、全くの捏造話だ。なので、ラクトが『本当に女性であるのか』ということに関しては、稔はコメント出来ない。

 そのため、ラクトが自分を女だと言っているのなら、それが彼女に与えられた性別なのだと解釈せねばならない。


「ラクト」

「ん?」

「お前、女だろ?」

「何を今更……。サキュバスは女の淫魔だろうに。あと別に、私は裸を見られても主人様みたいに反応を示すものがないからね。……その点は、女のほうが有利だ」

「ちょっと待て。――お前、良からぬことを考えてないか?」

「まぁまぁ、そう気になさらずにぃ」


 ラクトが笑顔を浮かべるが、稔は嫌悪感を示すかのような顔、笑顔とは全く持って掛け離れている顔を浮かべた。


「ところで此処って、コインを入れる場所もロッカーも無いけど、コインロッカーみたいな場所だろ?」

「そうそう」

「じゃあ、この施設は無料なのか?」

「うん。此処は魔法が使える人なら誰でも入れる場所。人だけじゃないけどね」

「流石は魔法の国だな」


 魔法の国・エルフィリアを象徴するようなスタイルといえばそうだ。

 因みに、コインロッカーはしっかりと駅の構内に設置されている。此処に収容可能なロッカーが無い理由はそれだ。あくまで此処は、ロッカーを使用する前にその中に入っている服などを入れ替え、着ていた服を変えるために有るのだ。


「あと、稔?」

「なんだ?」

「カムオン系の召使ってさ、主人に添うことが必然なんだよね。トイレとかお風呂は私も躊躇いたいんだけど、添わないといけないから……」

「だからお前は、ヴェレナス・キャッスルで男子側のトイレに入ったのか……」

「その通り。――まあでも、女子便所って異様に長蛇の列が有ったりするから、男子便所を使いたくなるのは確かなんだよね。『使ってない個室を私らに使わせろ!』みたいな、そういう感じで」


 発想が中年のババア並だが、稔は口に出さずに居た。……でも、バレるのだ。


「稔……? 私はまだ、三〇超えてませんけど……?」

「そ、そうなの?」

「殺された時は二〇も行ってませんけど?」

「つ、つまりどういう……」


 稔は聞く。稔自身、女性に年齢を聞くとか体重を聞くとか、そういうことはしたことがなかった。自分の体重を晒すことには非常にオープンだった彼だが、聞くことにはクローズだったのだ。

 そして人生初の体重取材にて、稔は驚愕の事実を知った。



「永遠の一七歳ってことだ」



 まるで、それはネタのような発言だった。多くのアニメを見てきていた身として、稔からすれば『永遠の一七歳』など、ネタ同然レベルの扱いだった。……だが、目の前のサキュバスは言ったのだ。


「お前が一七歳……?」

「熟女やお姉さん系が好みなら、年齢は変わらないけど服装で――」

「ちっ、違う! ……リアルで一七歳で死んだ人なんか居るんだって思って……」

「ちょっと待て。お前何歳だ?」


 稔の発言は、完全なるブーメランだった。 


「俺も一七歳……」

「同年齢か。ハハハ、奇遇だな!」


 稔は高校生だ。それも今年一七歳になった、高校二年生だ。パソコンが壊れたために起きてしまった、あの不幸な事故で死ななければ、稔はまだまだ生き続けることが出来た。だが、そんなのは小説や漫画の類。現実世界の事実を変えるためには、捏造するしか無い。


「まあほら、これ。五分で着ちゃうって考えれば、自然に早く着替えられるだろうから、早く着替えろよ!」

「そ、そんなの無茶だろ! 異性の居る前で着替えるとか、無茶ぶりにも程があるっての!」

「全くもう、仕方ないな。私はこのスタイルで行かせてもらうから、早く着替えろよ?」

「お、おう……」


 このスタイルと言っていたラクトだが、彼女は着ていた衣類を一式脱いでしまった。先ほどの執事服の一件が有ったことが影響しているのだ。これまでは二重できることも余裕だったが、二重できないほうがいいと気が付かされたので、普通に服を着ることにしたのだ。


「そ、そのスタイルは……」

「どうよ。胸が強調されてて、エロい女教師っぽいけど……。まあ今回はこれで、マスコミになりきります」

「……マジで?」


 蒼い眼鏡に、黒色の髪。一瞬にして、ラクトは髪の毛の色を変化させた。――とはいえ、彼女の髪の毛には若干赤みが残っており、元の色が何色だったかを窺わせる。でも、目を凝らさなければ見えない為、そこまで気にするようなことでもない。


「ほら、稔も早く、早く!」

「まっ、待ってくれよ……」


 一応、稔だって男子高校生である。中学校時代の制服は学ランだったが、高校に入ってブレザーになった。結果、稔はネクタイをする機会を増やし、ネクタイをすること自体も手慣れたことになったた。

 だが、やはり異性の前だと緊張してしまい、スラックスとワイシャツは容易に着たのだが、脳内が真っ白になりそうになって、稔はベルトを止めた辺りで震えていた。


「いっ、異性だと認識してくれるのは嬉しいけど、今はそういう時じゃないって……」

「そ、そうだよな……。俺の意識しすぎ、意識しすぎ……」


 お経のように唱える稔だったが、どうしてもラクトの衣服に目が言ってしまった。黒色のスーツジャケット、履かれている黒色のスラックス。ワイシャツをシャツの上に着て、胸の谷間を通る黒色のネクタイ。そのネクタイの先の部分を隠すようにして着られているウェストコート。


「変な目で見てる?」

「むしろ、見ないっていうほうが無理じゃね?」

「そういうものなのか……」


 どうしてもスーツを着てしまうと、ラクトのような巨乳美人はエロさを増してしまうものである。大多数の男性が反応するような、そういったビジュアルを兼ね備えているのは、サキュバスとしてはポイントが高い。


「まあ、もっとエロさを増すのであれば、ショートパンツやホットパンツに黒いストッキングを履けば完璧だろうね。まあ、スカートでもいいなら巻きスカートが一番か」

「マジで着替えに集中できなくなる」

「ごめんごめん」


 一分は軽く経過していた。ラクトに関しては料理で言えば盛り付け段階、即ち最終工程に入っていたので、特に心配する必要もない。

 ラクトは染めた黒色の髪を、ポニーテールで結んで仕上げる。同時に、稔の着替えが終了した。

 

「はあ、こんなもんか。誰かさんのせいで時間を取ってしまった……」

「ハハハ、ごめんね。……どう? きつくない?」

「大丈夫だ。凄くいいサイズだぞ」

「そう言われると嬉しいな。……ほら、行くぞ?」

「あれ、俺が元々着ていた服は――」

「私が片付けておいたぞ」


 言った後、ラクトは稔の方向に近づいた。稔は何をされるのか不安になり、心臓の鼓動を早めたが、時間にして残り一分くらいしか無い。そのため、手を繋ごうとしているのだろうと考えた。しかし。


「もうちょっと、ネクタイ上手く出来ないのか?」

「うるせえな。誰が急かして、誰が誘惑したと思ってんだよ」

「ハハハ。まあ、これは私からの謝罪の気持ちも込めて」


 笑顔を見せたラクトは、稔の不完成なネクタイを完成させた。当然ながら稔とラクトの顔も近づいていた。……けれど、キスとかに発展するような感じではなかった。


「ほい。んじゃ、行くぞ」

「ま、まだ靴履いてねえよっ!」

「あと三〇秒位しかねえんだよ! 早くしろよ、ご主人様!」


 またラクトが走る。……が、今度は少し加速させて走る。ボン・クローネ市民会館まで、ボン・クローネ駅からダッシュして向かう。残りはわずかだ。けれどまだ、王女の姿は駅前にはない。市民会館の前にも、王女の姿はない。


「リートは何処だ?」

「居た! 此処から二つ先の信号のところ!」

「本当だ! ……って、五分じゃ無かったな」

「でもいいじゃん。予想なんてそういうもんでしょ」


 一七歳同士、稔とラクトは少しばかり天気予報の皮肉を言う。期待していた結果と違った結果になってしまったことに関しての皮肉も、有る一面には有った。


「もうちょっと走るぞ!」

「おう!」


 エルフィリア王国王女という、とてつもなく身分が高い位置に有るという事もあって、リートの護衛は大量に居た。これが俗にいう『民間警察』、『民警』だ。当然のごとく、『公安警察』と呼ばれる『公警』の姿はない。

 だが、彼らの職業は護衛や警備。故に、マスコミメディアとしての証拠を求められるだろうと考えた稔とラクトは、マスコミメディアとしての証拠を偽装した。否、完璧なる偽装だ。


「稔、これ」

「ありがとう。――んじゃ、行くぞ」


 まだリートは来ていなかった。王女陛下は駅前から見て一つ目の信号と通過したばかりだ。


「貴方がたは、どういったご職業で?」

「はい、私達は『テレビ・エルフィリア』の取材班なんです。私は魔法陣の中にカメラを閉まっているので、恐らく金属探知機では検出できないと思うんですが、入れますかね?」

「――分かりました。もうすぐ王女陛下も此処へ来るでしょうから、国民の得になる取材を重んじてください」

「はい」


 民警の門を潜り抜ける事が出来、稔とラクトはボン・クローネ市民会館の前にて、遅れた取材班として取材可能な場所を確保した。


「さ、カメラを準備しよう」


 ラクトはそう言った後、軽々しくカメラを出した。何だかんだ言って、ラクトの特別魔法がそれなのだから仕方がない。著作権者すら泣いてしまうくらいの、法規制しようにも出来ない特別魔法なのだ。完成度も異様といえるほどに高い。


「稔記者、ここ開いてます!」

「場所取りありがとう」


 稔、ラクト、共に演技である。これは本気でやっているわけではない。演技をすることが職業ではないのだが、稔もアニメやゲームをやってきて蓄積した物もあったので、容易に演技をすることが出来た。ラクトに関しては、前世がサキュバスであるから演技が上手くて当然である。


 ラクトは稔にカメラを渡し、更にマイクを取り出した。そして、稔もこれは指示だろうと考え、カメラで動画撮影の準備を始める。――と、見てみれば非常に容易に動画撮影が出来るように、ボタンが有る。

 動画撮影のボタンを押すと、稔は口パクで『アクション』と言った。



『――こちら、ボン・クローネ市民会館前です。リート・ファッハ・シュテプラー、エルフィリア王国・王女陛下様が、現在こちらに来ております。街の中にて、多くの人々が歓喜の声を上げるなどして、ボン・クローネ市内、とても盛り上がっています!』



 アドリブなのは言うまでもなく。ラクトは回されたカメラに緊張することもなく、平然とした態度で臨んだ。インタビューアーとしての才能があるかと思ってしまうくらいなのだが、これも前世で身につけた演技力である。


「ふぅ、終わった……」

「ちょい待て。ラクト、見てみろ」

「どうしたの?」

「スディーラが言ってる。『マスコミとして偽装するのは自由にすればいいが、途中で抜けだして会議室へ来いよ』って」

「ホント? ――ホントだ」


 稔の言っていることの信憑性を確かめるために、ラクトはスディーラの心の中を覗く。覗いてみれば、稔が言っていた通りのことを思っていた。そもそもラクトが口パクをしていて、それの解読を稔が正確に行ったために稔が言ったのだが……。結局、情報の取捨選択は自分の手に掛かっているというわけだ。


「稔、これあげる」

「……え?」

「それ、市民会館内のマップ。取り敢えず、お前が案内しろよな」

「で、デートは終わったはずじゃ……?」

「いいじゃん、別に」

「……」


 後ろの民警は気が付いていなかったが、ラクトは着々とカメラやマイクといった物を片付けていた。そして、稔の耳元で呟く。


「さあ、テレポートだ。会議室にマスコミは居ないようだが、第七の騎士(サバーナイト)は来ているらしい。だから、会議準備室へテレポートしてくれ。そうすれば、誰もいない場所にテレポート出来る」

「ああ、分かった。ちゃんと手を繋いでろよ……?」


 稔もラクトも、小さな声でコソコソと話していた。しかし、民警は気がつかない。流石、マスコミがいる場所の警備は弱いものである。なにしろ、圧力感が違う。だからこそ、マスコミは他国に支配されやすいのだ。



(――テレポート、ボン・クローネ市民会館、会議準備室――)



 誰も居ないということを信じ、稔はラクトと手を繋いでテレポートした。会議室の準備室へ刹那で飛ぶ。




「暗いな……」

「ああ、そうだな。すぐ来ると思うけど、リートが来るまでここで待機だ」

「リートが来て、マスコミを追っ払ったら会議室へ行くということでいいのか?」

「それでいいと思うよ。……特に打ち合わせはしてないけどさ」

「そっか」


 飛んだ先、会議室に並べるための机や椅子が置かれている会議準備室。当然、そこは暗かった。

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