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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-82 漫画喫茶

「いらっしゃいませ」


 漫画喫茶に入店してまず目に焼き付いたのは店員だった。容姿が極端に酷いとかそういうわけではないのだが、漫画喫茶というよりはまるでメイド喫茶のような制服を着ていたのである。黒を基調とし乳房付近だけを白色にした、まるで「ここを見てください」と言っているような制服を着ていたのである。


「二名様ですか?」

「はい」


 しかし、稔とラクトが受付テーブルのほうに近づいていった時に店員が発した言葉は、その衝撃的な衣装とは裏腹に誠実なものだった。人は見かけによらぬもの、とはまさにこのことである。メイドっぽい服を着ているからといって、オタク系の趣味であるとは限らないのだ。


「シャワーありなしを選択出来ますが、どちらにされますか?」

「シャワーありで」

「現在、ペアルームしか空いていないのですが、よろしいですか?」

「構いません」


 稔は毅然とした態度でペアルームを選択した。一方、ラクトは驚くと同時にあんなことやこんなことを一瞬考えてしまう。もっとも、よく考えれば、一日目で一緒に風呂に入っている二人。タオルの有無は大きな話題ではあるものの、まず前提として、一緒の風呂やシャワーを使う点は問題なかった。


「ちなみに、夜はこちらで越されますか?」

「朝までは居ません。六十分もあれば十分です」

「お飲み物は必要ですか?」

「要りません。でも、ドリンクサービス券があります」

「申し訳ありません。ドリンクは部屋でのお伺いとなります」

「わかりました」


 店員から説明を受け、稔はドリンクの注文方法が普通の飲食店とは違うということを理解する。同頃、店員がプランの費用を入力し終えた。長方形のディスプレイには、『1,200』の文字が表示されている。それを見て店員が口を開けプランの金額を発し、ラクトが財布のチャックを開く。


「そうしますと、『お二人様、ペアルームシャワー付、一時間プラン』で、合計一二〇〇フィクスです。――二〇〇〇フィクス、お預かりいたします」


 ピッピッピッと音を発させながらレジを操作し、必要な処理を行う店員。お釣りが千円を割っていたため、紙幣を返される際に聞く「大きい方から――」という言葉はなかった。五〇〇フィクス硬貨一枚と一〇〇フィクス硬貨三枚を丁寧に一枚ずつ確認した後、店員はお釣りをラクトに渡した。


「レシートは必要ですか?」

「要りません」

「かしこまりました。では、お部屋の方に案内いたします」


 店員は『受付』の表札を返して『受付休止中』にした後、受付のテーブルの向こう側から出てきて稔のラクトの目の前に立った。刹那、右手に持っていた二つの鍵のうち一つをラクトに渡す。まもなく二人のほうに背を向けると、店員は受付カウンターの右側に進んでいった。稔とラクトはそれについていく。


 真っすぐ進んで突き当たったところを左に曲がり、また真っ直ぐ進んでいく。男子トイレと女子トイレを前方方向見てまた左に曲がる。すると、前方には階段が見えてきた。しかし、店員は止まることなくさらに前へ前へと進む。だが、三階に行くほんの一歩手前で店員が静止した。部屋の鍵穴に鍵を挿して施錠を解除すると、店員は二人に言う。


「お客様のお部屋は217号室になります。ご不明な点が御座いましたら、部屋のタブレットでカウンターまでお問い合わせ下さい。ごゆっくりどうぞ」


 店員はそう言うと深々と一礼し、二一七号室を去っていった。一方、稔とラクトは二一七号室へ入室する。店側の鍵で施錠を解除すると自動で点灯するようになっているらしく、白色の照明が部屋の中を照らしていた。それと同時に目に飛び込んでくるのは、パソコン、テレビ、タブレット――という電子機器の数々。


「すげえ……」

「でもさ、一人六〇〇円でネット一時間使い放題ってボッタクリだよね」

「シャワー代引いても四、五〇〇円くらいだろうし、確かにそうだな」


 高くとも月額五〇〇〇円くらいの使い放題プランが横行する現在、単純計算で考えた時、一人四、五〇〇円程度で一時間しか使えないのはボッタクリも甚だしいところだった。もっとも、滞在時間を長くしてプランを変更すれば、一時間四、五〇〇円というボッタクリ価格よりは多少は得になるのだが。


「それはそうとして、先どっちシャワー入る?」

「ラクトは先と後どっちがいいんだ?」

「後で」

「わかった。じゃあ、その間に例の強制収容所についての調査を進めてくれ」

「え……、あ、うんっ!」


 まるで他のことに意識を取られていたかのような鈍い反応を見せるラクト。今まで見たことのない彼女の対応を気にして、稔は素早く赤髪の額に手のひらを触れさせた。刹那、温かな微熱が伝わってくる。だが、これは風邪系の諸症状からくるものではなくて、照れたために熱が伝わっているだけのようだ。


「あと、ドリンク無料サービスは風呂あがりの一杯に適用する方向でいいか?」

「いいよ。あ、冷蔵庫あるし、頼んどこうか?」

「俺は炭酸飲料系で。第一希望はコーラな」

「頼んどくね」

「よろしく」


 風呂あがりの一杯を注文するよう頼むと、稔は部屋のさらに奥に進んだ。ペアルームと言っても性的な面に関するプライバシー保護は厳重で、シャワールームまでは脱衣所を挟んで二つの扉が設置されている。電子機器の宝庫と脱衣所を隔てる扉も脱衣所とシャワールームを隔てる扉も同じく木製だったが、後者は防水機能がしっかりなされていた。


「ここ、本当に漫画喫茶だよな……?」


 脱衣所には、木製のハンガーラックと箪笥がそれぞれ一つずつ設置されていた。また、部屋の突き当りに当たる脱衣所の一番奥には洗面所としての機能が集約されていて、メイク等はシャワールームを使わなくても落としたりできるらしい。ホテルの部屋に居るかのような感覚を覚えながら、稔は衣類を脱いでいく。


「あ、タオル……」


 パンツ一枚になったところでタオルが無いことに気が付き、稔は設置されていた箪笥の引き出しを次々に開けた。少しして、一番上から三番目の箪笥にタオルが入っているのを発見する。二つあったので、うち一つを稔は取り出した。ついには全裸となり、タオルを持ってシャワールームへと入室する。


「おお」


 全裸にならざるを得ない空間に誰か異性が待ち構えているようなエロゲ展開は到来せず、稔は安堵の溜息を発して胸を撫で下ろす。少しして、黒髪は四隅の一角に置かれていた椅子をシャワーの前に移動させた。もちろん、他人の局部と関節キスするのは嫌なので、稔はそれをシャワーで軽く洗ってから座る。


 シャワーの右側にあったミニテーブル上には、シャンプー、リンス、トリートメント、ボディソープが置かれていた。頭から洗う派の稔は、当然ここでシャンプーを手のひらに取る。極力爪を立てないように、指の腹でせっせと洗う。


「被災地じゃ出来ないことでも、非被災地じゃ容易に出来るんだよな……」


 稔は、出来ることなら野外に設営された入浴場を利用したかった。しかし、自分の性別がバレればどのような処遇が待っているかは一目瞭然。しかも、「連帯責任」の名の下にラクトや第一小隊の皆が害を被る可能性だって孕んでいる。だから黒髪は、理想を追求するのではなく利益を追求した。


「畜生……」


 稔は被災地と非被災地を対比させて見るほどに悔しさを募らせ、ついには俯いてしまった。やけになって、彼はシャワーの温度を真冬の水温並みに下げる。しかし黒髪は洗うのをやめない。風邪を引きかねないくらい冷たい水を髪の毛に浴びせながらシャンプーを落としていった。もっとも、一気にシャワールーム内が冷えてしまって、稔は思わず大きなくしゃみをしてしまう。


「自省や自責と自傷は違うんじゃないかな」


 稔はブルブルと身体を震わせながら、聞き覚えのある声を耳にした。刹那、シャワールームと脱衣所を隔てるドアが開く。シャワールームの床は、やけになった稔が冷水で濡らしているため冷たいはずなのだが、入ってきた者は驚くことなく堂々と黒髪のほうに近づいていった。


「シャワーの温度、上げるよ?」


 聞き覚えのある声の主がラクトであることはすぐに分かった。彼女が歩いた時に楕円形の影が揺れたのである。赤髪は一言発し、設定温度を四十度ほどに戻した。稔が座っていた椅子にそっくりな椅子を作成すると、シャワーで濡らしてちょこんと座る。咳払いすると、聞き覚えのある声の主は黒髪に言った。


「テレビもラジオもインターネットも震災関連の情報で埋まってる今、私たちが落ち込んでどうするのさ。笑顔を見せながら作業をすることは難しいかもしれない。だけど、今私たちが希望を失ってしまったら何も進まないんだよ?」


 ラクトは慰めながら希望を持ち続けることの必要性を訴える。一方の稔は、一つ気掛かりな点があったので、彼女の言い分をそっくりそのまま受け取る前に、その点について反論し持論を述べておいた。


「俺は落ち込んでなんかない。悔しいだけだ。『救出できたかもしれない人間を時間制限を理由に見殺しにしたんじゃないか』とか、『俺の分身がもっと多ければ他の地域でも津波が到達するまでの時間が稼げたんじゃないか』とか思う度に、悔しさが込み上げてくるんだけなんだよ」

「そっか……」


 落ち込んでいるのではなく悔しさを痛感しているだけだと稔が訴えると、ラクトは何度も頷きながら彼に寄り添って痛みを理解しようとした。しかし赤髪は、譲れるところは譲っても引けないところは引かない。


「でも、過去を悔しがったって何も始まらないよ。まして、自傷行為なんて以ての外。自責して自省したら、その次にすることは改善方法を考えることだよ。失敗を引きずって成功を導き出せない奴は、リーダー失格なんじゃないかな」


 ラクトの台詞――特に最後の一文は稔の心に強く突き刺さった。しかし、精神的に不安定な状況だったにも関わらず、黒髪は感情的になって赤髪に罵詈雑言を浴びせない。「悔しさを自傷行為に及ぶ原因にするくらいなら改善策でも考えとけ」という彼女の意見に、大いに納得したためだ。


「それはそうとして。……とりゃっ!」


 話が一段落したところで、ラクトが稔に飛びついた。抱きつかれることはこれまで何度もあったし、黒髪はいつも許してきたが、今回は触れた面のすべすべ感や凹凸が服の上から感じるそれとは明らかに違う。


「タオル、二枚あったはずだが……」

「あれ、バスタオルだよ」

「マジかよ! でもお前、布類くらい余裕で作れるだろ? だったら――」

「ファミレスで言ってたよね? 一度だけ、なんでも言うことを聞くってやつ」

「そうだな」


 稔もラクトも同意の上の話を確認しただけなので、二人とも、言ったり聞いたりした覚えのない内容と捉えて疑問符を浮かべることはなかった。


「コスプレとかも考えたけど、もう稔は女装してるわけで面白くない」

「女装を強制される身にもなってみろよ……」

「けど、『奴隷になれ』とか言うのも違う気がする」

「お? 勝負事でもすんのか? どこのテンプレラノベだよ」


 必ずしもヒロインが奴隷になるわけではないが、稔は、『裸体ないし下着姿を見てしまった』『バトルを申し込まれる』『バトルに勝つ』『デレる』という、一種の王道展開――もといテンプレ展開を思い描き、ツッコミを入れた。


「そう思うでしょ? なら逆に、命令権を譲渡したらどうなのかと思ってさ」

「俺に命令させるのが命令ってことか?」

「そういうこと。稔から『指示』じゃなくて『命令』を聞きたいんだよね」

「なら、前々から思ってたことを命令する」


 稔はそう言うと深呼吸し、気持ちを整えてからラクトに命令を行う。


「俺の召使をやめてくれ」

「えっ……」


 ラクトの顔が一気に青くなっていく。数秒でとてつもない絶望に陥ってしまった彼女は、泣くことも笑うこともできずに、稔の身体から離れたところで膝をつき、ただ口を開いていた。だが、稔はラクトとの関係を断ちたいわけではなかった。大きな誤解を解くため、黒髪は弁明に走る。


「いや、そういうことじゃなくてな? だからその、主人と召使って関係を捨てたいっていうか、要するに形式的にも対等な立場になりたいというか――」

「なっ、ななっ……」


 髪の毛をくるくるしながら弁明する稔と、大きな誤解をしていたことが判明して一気に顔を真っ赤に染めていくラクト。少しして、赤髪は意を決した。稔に再度抱きつくと笑みを浮かばせ、彼の耳元で囁く。


「はい、喜んで」


 ラクトのその言葉を持って、主人と召使の関係は終わりを告げた。一方で彼氏と彼女の関係は、形式的にも実質的にも対等なものとなり、新たな二人の関係の始まりを告げた。


「晴れて彼女になった祝いに、タオル使わずに身体洗ってあげるね?」

「……」


 稔がゴクリと唾を飲み込んでから少しして、ラクトが宣言通りに稔の身体を洗い始める。しかし、すぐにバカップルを震え上がらせる事態が発生した。トントン、と部屋と廊下を隔てる扉がノックされたのである。その扉を施錠していなかったことも相まって、その音はどんどん近づいてくる。


「お客様、コーラとコーヒーをお持ちいたしました」

「部屋のテーブルの上に置いてください!」

「かしこまりました」


 店員は稔の言葉を聞くやいなや、部屋の中央にぽつんと置かれたちゃぶ台によく似た正円形のテーブルの上にコーラとカフェオレを置いた。その物音を耳にして、シャワールームに居た二人はホッと一つ溜息を吐く。


「失礼致しました」


 店員は用件を済ますと、まるで二人が一緒にシャワールームで息を殺していることを察したかのように素早く部屋を出た。再び二一七号室が二人のみの空間と化した後、店員の襲来によって中断されていた体洗いが再開される。

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