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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-81 クリーニングとファミレス

 稔はエルフィリア王国の王都に足を踏み入れたことが無かったから、訪れたことのない土地に足を踏み込むとき特有の高揚感の高ぶりを感じる。一方で、見知らぬ土地に対しては不安がつきまとう。しかし、一歩足を踏み込んでみれば、そこはただの大都会だった。


「これが、王都……」


 エルフィリア王国の人口の実に九割が暮らすという大都会、ニューレ・イドーラ。稔達が移動してきた付近は、東京の繁華街さながら光が道路や建物を照らしていた。所々ピンク色の照明が輝いているのを見て、黒髪はすぐにそれが何の店だか見抜いた。


「ここってそういう街なのか?」

「でも、基本的には街の代表的な場所にテレポートするはずだよ?」

「ちっともそういうふうには見えないけどな」


 稔とラクトが飛んできたのは風俗街だった。近辺を歩いていても男性しか見かけないのは、つまりそういうことである。しかし、男というだけで殺される悲しき世界を間近に見てきた彼は、風俗で自由に性欲を発散できる現実を目の前に見て、この世界がまだ汚れきっていないのだということを改めて理解した。


「わかった! 使用者が風俗のことを連想したんじゃない?」

「お前がいれば十分だから、それはないぞ」

「じゃ、じゃあ、どうしてここに飛ばされたの?」

「さあな。まあ、時間は有限だ。さっさとクリーニング屋さん見つけて、預けてこよう」


 恥ずかしい台詞を言われると照れるのは変わっていないようだが、動揺の大きさは前より小さくなっていた。似たようなことをされれば飽きてきて当然である。一方の稔は平然を装ってラクトの手首を掴み、計画通りクリーニング屋を探し始める。



 風俗街を出ると大通りがあって、少し進むとコンビニエンスストアがあった。少しして、ラクトがクリーニング屋が併設されていることを発見する。店内には照明が点いており、また看板には二四時間営業とあったので、二人は時差の問題も大丈夫と判断した。出すものを確認した後、二人揃って入店する。


「いらっしゃいませ」

「これお願いします」

「制服等が三点ですね。……お急ぎですか?」

「そこまで急いでいるわけではないですが、もし出来るなら九〇分後には――」

「可能です。でも、魔法の使用は問題ありませんか? 洗浄時に魔法を使用する必要が出てきます」

「構いません」


 ラクトがそう言うと、店員は服の品質表示マークを見て値段を打ち始めた。三十秒くらいで確認は終わり、レジの画面に四桁の文字を表示させる。


「お急ぎ料込みで二五〇〇フィクスになります」


 ラクトは言われた通りの額になるよう、紙幣と硬貨を組み合わせて店員に渡した。お釣りが発生するようには組み合わせていないので、支払いはすぐに終わった。赤髪が証明書代わりのレシートを受け取った後、店員は営業スマイルを浮かべて言う。


「では、約一時間後にまたこちらにお立ち寄り下さい」

「わかりました。……あ、そういえば、ファミリーレストランってどこにあります?」

「ここから六軒離れたところに在ります。朝五時まで営業だったはずです」

「漫画喫茶とか、シャワールーム付きのお店ってありますか?」

「先ほどのファミレスと満喫は一緒のお店になっています。シャワールームもあります」

「ありがとうございます」

「いえいえ。では、一時間後以降にお取りに来てくださいませ」


 頭を下げる店員に、ラクトは「はい」と返答した。その後、赤髪は稔とともにクリーニング屋を後にする。そして、店員に聞いた六軒先の漫喫兼ファミレスに向けて歩き出す。




 クリーニング屋の店員が言っていた満喫兼ファミレスの店に到着すると、稔は考えていたものとのギャップにまず驚く。二つの意味合いを持つ店は、一階がファミレス、二階から五階までが漫喫という構成になっていたのだ。しかし、外階段のようなものはなく、ファミレスと満喫は一体化している。


「いらっしゃいませ。二名様ですね」


 店に入る稔とラクトを店員が迎える。二人以外に入店していたのは、会社帰りと思われる男性一名と、離れたところに塾で貰ってきた宿題を広げて仲良く勉強する女子学生二人。店内は空席が目立つ。だが、それは夜が更けている証拠でもある。そんなことを考えながら、稔とラクトは店員の誘導に従って移動し、対面シートに座らされた。


「ご注文お決まりましたら、そちらの『呼出』ボタンを押して下さい」


 店員は一礼して厨房付近へ水を入れに向かった。一方、二人はテーブルに置かれていたメニューを見る。特に食べるものを決めていなかったこともあり、見れば見るほど決定が遅くなる。しかも、赤髪の大好物であるアイスが記載されていたから、余計に時間が掛かりそうだった。


「ラクトは何か食べたいものあるか?」

「アイスが記載されている以上、アイスを頼まないわけにはいかないよね」

「ちゃんとご飯も食べろよ?」

「小姑か!」


 ラクトは稔の指摘にツッコんだ。だが、赤髪は、回答することを忘れない。


「野菜カレーとチョコチップアイスね」

「じゃ、俺は『デミグラスハンバーグセット』にしようかな」

「支払う人より高い値段のやつ食べるのか……」

「いや俺、アイス食べないし。合計だけで見ればラクトのほうが高くないか?」

「確かに。……ごめんね」

「気にすんなよ。飯の時くらい、あーだこーだ言おうぜ?」


 稔が慰めると、ラクトは「うん」と言って笑みを浮かばせた。同頃、店員がおぼんに氷水の入ったグラスを二つ乗せて来る。彼女は二人のテーブルの前で立ち寄ると、おぼんからグラス二つをテーブルに下ろした。胸ポケットから紙片を留めるプラスチックの板を取り出すと、店員は注文を取り始める。


「ご注文お決まりでしたら、お伺いいたします」

「野菜カレーとデミグラスハンバーグセットをそれぞれ大盛で。メインを食べ終わる頃に、チョコチップアイスを一つ、お願いします」

「復唱いたします。野菜カレーとデミグラスハンバーグセットがそれぞれ大盛一つずつ、チョコチップアイスを食べ終わりに一つ、ですね?」

「はい」

「かしこまりました。お会計が――、三一〇〇フィクスになります。食後、レジへこちらのボード一式をお持ち寄り下さいませ。ごゆっくりどうぞ」


 店員は一礼して去っていった。それと比例するように、ラクトが「あっ」と驚いたような反応を見せる。店員が置いていったボードに留められていた紙片を見て疑惑が確信に変わったのか、赤髪はムスッとした表情を浮かべる。だが、怒りに任せて批判することはない。一旦落ち着いてから、ラクトは稔に言った。


「ねえ、なんで野菜カレー大盛なの?」

「カレーとハンバーグ交換したいから。少しくらい良いだろ?」

「ハンバーガーは要らないかな。アイスあるわけだし」

「いっぱい動いたのに、それしか肉摂らなくて大丈夫なのか?」

「大丈夫だ、問題ない」


 ラクトは瞬時に稔の脳内ディクショナリーからパロディネタを引っ張り出し、すぐにそれを使う。黒髪は再度、赤髪に「本当に肉を食べなくて良いんだな?」と問うたが結果は変わらなかった。だが、ここまで強情を張られるとその固い考え方をぶっ壊したくなる。そう思う度、稔の内心の火が燃え上がっていく。


「悪い、トイレ行ってくる」

「わかった」


 メラメラと燃え上がる稔のサディスティックハート。黒髪はそれを抑えつけるために、また作戦を練るために、ファミレスの男子トイレへと駆け込んだ。小便器前の方には目もくれず、稔は早歩きで大便器のあるほうへ進み、個室に入ってロックを掛ける。壁に寄り掛かると、彼はメモ帳アプリを起動した。


「(でもいいのか? ラクトは俺の右腕、チームの雰囲気を作り出す女……)」


 稔の良心は彼に頭を抱えさせた。刹那、彼の心の中の燃え上がった炎が一気に静まっていく。しかし、人間誰しも天使と悪魔を飼っている。悪魔の勢いが衰えたのも束の間、悪魔軍は勢力を盛り返してきた。


「(俺の脳内ディクショナリーを検索した罰、ってことにすれば――)」

「(いやダメだ。パロネタの検索はあいつなりの配慮、気配りじゃないか。よくわからない異世界について理解を深めようと努力してる証拠じゃないか……)」


 しかし、悪魔軍は天使軍の防衛戦線を突破できなかった。悪魔軍の兵士が次々と倒れていき、天使軍の兵士が旗を立て始める。ラクトの悪点を探すつもりが、全然見つからなかった。蛾の標本を勢い余って潰しされて、「そうかそうか。つまり君はそういう奴なんだな」と僕を蔑んだ少年のように非の打ち所がない。


「そうだ!」


 そんな時、稔は閃いた。批判することがないなら褒めちぎってしまえばいい。逆転の発想である。黒髪はメモ帳を閉じると、スマホをロックした。そのままテーブルに戻っていくのも一案だったが、もうすぐしたらシャワールームに行くということもあり、稔は用を足してから戻った。



 ラクトのもとに戻ってくると、既に野菜カレーもデミグラスハンバーグセットもテーブルの上がっていた。赤髪のほうに視線をやると、彼女は笑顔で稔を出迎えた。しかも、非の打ち所のないラクトは、注文した料理に手を付けていない。


「(ここまで俺に尽くしてくれる奴に酷い仕打ちなんか出来るかよ……)」


 稔は心の中に居た悪魔達を全員見つけ出し、ひたすら殴った。散々殴った。何度も殴った。繰り返し殴った。結果、ラクトに対する感情を扇動していた稔の中の悪魔らが、原型を留めないほど惨たらしい姿になる。そんなふうにして悪魔祓いを終えた時、稔が抱いた自省と自責の感情は、他人を褒める感情に変わった。


「……席、座らないの?」

「席には座る。でも、その前に目をつぶってくれないか?」

「しゅ、周囲の視線が気になるんだけど……」

「照れるなって」

「別に、照れてなんかないし。ただ、視線が気になるだけだし。勘違いすんな」


 そう言いながら顔を俯かせ、ラクトは目を瞑る。


「ツン気味のラクトも可愛い」

「ていうか、もう目瞑ったし。やるんなら早くやれよ……」

「そうそう。ラクトって、照れると言葉が男っぽくなるんだよな。俺が小隊の皆に土下座した時もそうだったっけ」

「やるなら早くやれよ! 焦らすなよ! 恥ずかしいじゃん……」

「顔、真っ赤」

「うるしゃ……うっ、うるさい!」

「噛んでやんの」


 褒めちぎりつつ、時折焦らしたりバカにしたりする。弱みを指摘され、言い返すことも出来ない彼女は、どんどんと顔を赤くしていった。稔はラクトの表情を見て、「もっと恥ずかしがる姿を見たい」と願望を募らせる。しかし、そろそろ限界だ。運ばれてきた料理が冷めてしまっては元も子もない。


「――」


 稔はラクトの頭に手を乗せた。少しして、左右前後に優しく撫で始める。


「俺、酷いこと考えてた。トイレで、お前の嫌がる顔を見ようと作戦考えてたんだよ。本当にごめんな。こんな優しい奴の嫌がる顔を見たいとか、俺はクズだ」

「でも、私に原因あるんでしょ?」

「お前にはない。全部、俺の勘違いだったんだ。本当にごめん」


 深々と頭を下げる稔を見たラクトは、自分にも責任があると感じて慰めながら自責した。もう出会ってから四日目。片時も離れず長い間一緒にいれば、相手がどう出てくるかなんて容易に予想がつく。黒髪は改めて深く頭を下げると撫でるのを一旦やめ、自分の席に戻った。座るやいなや、赤髪のほうをじっと見る。


「えっ、えっと……、な、なに?」

「詫びとして、一回だけラクトの言うことを聞いてやるよ。……でも、『死ね』とか実現不可能なものは却下だからな?」

「わかった、考えとくね。……それはそうとして、早く食べない?」

「そうだな」


 稔はそう言いながら、「もしかしたら肝心の料理が冷えているかもしれない」と思って、皿の方に視線を向けた。でも、凝視せずとも白色の煙が上がっていることを確認したため、彼は安堵した。少しして、食器の準備がそれぞれ整ったところで、稔とラクトは声を合わせて言った。


「「いただきます」」


 二人とも昼食を摂ってから実に十一時間ぶりだったので、食べるスピードはいつもよりも早かった。カレーの湖にぽっかりと浮かぶ肉と、じゃがいも、人参はじめたくさんの野菜。ナイフで切られた肉から溢れ出た黄金色の肉汁と上から滝のように零れ落ちてきたデミグラスソース。美味くない訳がなかった。


「ラクト、わりとガツガツいくんだな」

「そうかな? まあ、お腹減ってるし仕方ないのかも」

「大盛、全部食べられるか?」

「無理じゃないけど、アイス食べられないかも」

「それ無理の範疇だろ……。じゃあ、カレー、ちょっと貰っていいか?」

「うん」

「ありがとう」


 ラクトのスプーンを使う考えも無くはなかったが、残念ながら、がっちりとホールドされていたので、稔は自分のスプーンでカレーを一口貰った。口の中に運んでみて分かる刺激。火をふくほどの辛さではないが、野菜カレーに含まれていた唐辛子成分は稔の心身を温かくする。


「美味いな」

「もっと食べる?」

「いいのか?」

「男女じゃ必要カロリーも違うしね。それこそ、稔は散々力仕事したわけだし」

「半分くらい残すぞ?」

「いいよ。ていうか、むしろそうしてもらわないと困るよ」


 ラクトは笑い混じりに言った。「野菜カレーを食べていい」とは言ったが、野菜カレーを平らげていいとは言っていない。もっとも、稔も二人分を平らげるのは無理がある気がしていたから、特に口論になることなく折り合いがついた。


「じゃあ、厚意に甘えて半分貰うぞ」

「……あ、アイスはあげないからね?」

「食べないから安心しろ」

「じゃ、どうぞ」


 ラクトは野菜カレーの入った器を若干ばかし稔のほうに近づける。座席の中間に置くものといえばフライドポテトなどのサイドメニューが一般的だから、メインの料理を置くのはなんだか違うような気もした。でも、既存の価値観に拘らないことも一つの手段。再びカレーを口に運んだ時、黒髪は真意に気がついた。



 雑談に雑談を重ね、時々店内に飾られていた時計を見つつ、稔とラクトは注文した料理を食べ進める。ハンバーグセットを半分くらい食べたところで赤髪の注文したアイスが届いたのを見て、黒髪は食べるスピードの違いを改めて知った。もっとも、アイスとハンバーグセットを食べ終えたのは同着だったが。


「稔、もうちょっと雑談する?」

「いや、日付変わったから会計済まそう。食器類は運ぶ感じか?」

「返却コーナーがあるってことは、そうなんじゃないかな」

「そっか。じゃあ、片付けてくる」

「わかった。……あ、財布」


 ラクトの言葉を聞くやいなや、稔はポケットから財布を取り出して渡した。赤髪は黒髪から財布を受け取ると、感謝の気持ちを発してレジへと向かう。


「ありがとう」


 客自ら返却する方式は大規模な商業施設ではお馴染みである。でも、店員と客が面と面向かって注文するスタイルの店では余り見たことがなかった。稔は若干驚きつつも、取り敢えずは自分と彼女のおぼんに氷水の入ったグラスとカレー、ハンバーグ、アイスの容器を置く。そして、おぼん二つを返却コーナーへ運ぶ。


「ごちそうさまでした」

「ありがとうございました」


 返却コーナー付近に居た従業員に稔が感謝の意を込めて言うと、厨房に居た数名が感謝の言葉を返してくれた。言うまでは照れくさいが、感謝の思いを伝えた後には、言ってよかったと思える。稔は嬉しくなって、表情を穏やかにさせた。


 黒髪はそのまま、ラクトの居るレジ付近へと進む。気の利く赤髪は、百ボル紙幣三枚を千フィクス紙幣十枚に両替していたらしく、それを使って支払いをしていたために、会計が長引いたらしい。


「お釣り四〇〇フィクスです」


 店員から受け取った一〇〇フィクス硬貨四枚を財布の中にささっと仕舞うラクト。その姿は、日頃から硬貨や紙幣を渡したり貰ったりする主婦さながらだ。赤髪は会計が終わったものだと思って、財布のチャックを締めた。しかし刹那、店員が驚いた表情を浮かべる。


「申し遅れました。現在、上の漫画喫茶でドリンク半額サービスを行っております。この券一枚で半額、二枚で無料になりますので、どうぞお使いください」

「ありがとうございます」


 店員から渡された半額券は四枚。券の下の方には『一回につき、一人二枚まで使用可能』とあった。サービスしすぎて店が傾く事態を避けようとするのは当然なので、ラクトは、ドリンク一本無料が確定している時点で親切だと思った。数秒券を見た後、再び財布を開いてチャックなしの収納スペースにそれを挟む。


「またの御来店をお待ちしております」


 ラクトが財布を閉じて右ポケットに仕舞ったのを合図に、店員が深々と頭を下げた。赤髪は軽く頭を下げて会釈すると、くるりと後ろを向く。


「二階行くぞ」

「うん」


 手を繋ぐと、稔とラクトは店の入口方向に戻っていった。理由は単純、そこに二階へと続く階段があるからである。二人は踊り場のある普遍的な構造のそれを進み、店舗と階段を隔てる扉を開け、漫画喫茶に入店する。

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