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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-79 勲章授与のその後に-Ⅰ

 例の新聞社の建物前に戻ってきて、弥乃梨とラクトはまず気が付いた。遺体安置室として機能していたはずの上層階も含め、全ての階の照明が点いていなかったのだ。一方、警備員が玄関前に一人配置されていた。


「お疲れ様です、隊長、隊長補佐」

「お疲れ。皆は、……もう寝たのか?」

「皆が皆寝たわけではないでしょうけど、建物内の完全消灯は二十二時十分に実施しました。非常用電源がもったいないですからね」

「血税だしな」


 警備員はエディットが務めていた。彼女は、本来の予定を大幅に変更したことで、弥乃梨とラクトが警備を始める深夜十二時までの繋ぎ役が必要になったのだと言う。偽りの黒髪は新聞社の本社社屋前に小隊のメンバーが居た理由をじっくりと聞いた後、レーフについて問うた。


「ところで、部隊総長は?」

「まだ帰ってきていません。隊長、何か部隊総長に用があるんですか?」

「レーフには俺らのわがままを聞いてもらったから、少しでも恩返ししないとまずいと思ってな」

「そうだったんですね」


 階級では『特別大将』にある弥乃梨とラクト。しかし、組織の中では階級が下のレーフのほうが上の階級になる。それに、二人は今日入ったばかりの新参だ。我儘を聞いてもらうのは節度を守らなければならないし、それが上官に対するものであれば恩を返すのは当然と言える。


「私からも質問していいかな?」

「いいですよ」

「私たちの夕飯ってある?」

「ごめんなさい、隊長たちが持ってきた分は一人一つだったので……」

「気にしないでよ。最初から私たちの分は含めてなかったんだから」


 ラクトは笑顔を浮かばせながらちょくちょく言葉を投げ掛け、平謝りするエディットを慰める。最初はペコペコと頭を下げて「ごめんなさい」とか「今後このようなことは」とか何度も口から出していたエディットだったが、赤髪が精力的に続けたおかげで一般隊員は元気を取り戻した。


「じゃ、飯貰ってくるか」

「うん、そうしよう!」


 弥乃梨の問い掛けに、ラクトは元気な返事をする。エディットを含まないようにバリアを展開すると、偽りの黒髪は、すぐに今日一日自分達が活動した自治体の市役所庁舎に移動する旨を宣言した。夕食――否、夜食が現実味を帯びてきたため、二人とも喜びを抑えきれずに顔に笑顔が出てしまう。



 だが、市役所付近に着くてすぐに二人の表情が変わった。野外入浴セットの撤去もあり、本来なら広大な空き地となっているはずの市役所庁舎前の駐車場に、たくさんの警察車両が停めてあったのである。一報を聞きつけ、野次馬のように報道機関の車両も集まり始めているらしい。


 辺りには黄色と黒色をふんだんに使用した『KEEP OUT』と書かれたテープが張り巡らされていた。また、入浴セット前で使われたものを流用したと思しき赤色のコーンには、『BYPASSING, PLEASE』という看板が立てられている。描かれていたのは簡素な図だったが、迂回図を示すものとしては上出来だった。


「ラクト、迂回して行くぞ」


 弥乃梨はラクトに呼びかけたが、赤髪は返答しなかった。でも、その場に立ち止まって動けなくなったわけではなくて、偽りの黒髪の思いが彼女に通じていることは、きちんと確認できた。二人は、看板に書かれたとおりの道を進む。


「(警官多いな……)」


 市役所までの道のりには多くの警察官が立っていた。あまりの威圧感に、いつもなら動揺しないはずのラクトが、恐怖感から逃れるために偽りの黒髪との距離をほんの僅かなものにしている。しかし、それでもなお、赤髪は震えていた。


「大丈夫か?」

「一応……」

「ラクト、血とかダメだったっけ?」

「作品として見るそれと現場で見るそれは別物じゃん……」


 昼間、あれほど生々しい映像を見て平然としていたラクトが、そんなことは昔の話だと言わんばかりに弱々しい声を発する。弥乃梨は「そうだな」と言って、赤髪の震えを止まらせようとした。いつもよりも声を低くしてみたり、励ましの言葉を掛けたりした。彼の行動で、次第に笑顔が戻っていく。――が。


「動くな!」


 ラクトの表情が普段と同じになったと思った矢先、弥乃梨たちは驚いて一時的にその場から動けなくなった。突如、警官に拳銃を向けられたのである。ラクトの表情は、押し寄せる波のように曲線を描く。警官が警告を発声した途端、赤髪は弥乃梨の後ろに隠れた。


「なぜ、貴様らがここに居るんだ!」

「……どういうことだ?」

「フルンティまでは片道一時間は掛かるはずだ! まだ五十分強しか経っていないというのに、なぜ貴様らがここに居る。貴様らはスパイだな!」

「ああ、そういうことか……」


 弥乃梨は溜息をついたが、一方で「そうだよな」とも思った。ギレリアル連邦の国民は魔法という概念を知っていてもそれを使うことができないから、テレポートして往復しただなんていう発想自体、そもそも思いつかないのだ。偽りの黒髪は、嘆息の後に説明しようとしたのだが――横槍が入った。


「私の仲間をいじめるのはよしてくれないかのう、姉よ?」

「レーフ、姉、……まさか!」

「そうじゃよ。こいつは私の姉のアベリーじゃ」


 レーフとアベリーの髪色や眼の色は同じだった。話し方こそ違うが、これほどまでに顔立ちが似ているというのは、流石は姉妹だとしか言いようが無い。


「それで、姉はなぜ私の仲間に銃口を向けていたんじゃ?」

「こいつらは人間だ。一時間で往復できるわけがないじゃないか!」

「じゃが、彼女らは魔法を行使できる。瞬時に移動できる魔法じゃぞ」

「……」


 レーフが弥乃梨を全力で擁護すると、アベリーは一瞬にして口を閉ざした。チーム・ベータの部隊総長はこのことを嘲笑うかのごとく、弥乃梨に話しかける。


「いやあ、申し訳ないのう。うちの姉はこうも強情で謝ろうとしないものでな」

「そのほうが良いと思うけどな」

「そうかね? まあ、それはそうとしてじゃ。私は明日朝に帰るよ」

「朝まで市役所に居るのか?」

「そうじゃ。その旨、第一小隊ならびに第二小隊の皆に伝達するのじゃぞ?」

「ああ、わかった」


 部隊総長が明日の朝まで市役所庁舎に残る旨を告げることを弥乃梨が確約すると、レーフは自身の腰ポケットから折りたたみ式のケースを取り出した。ケースを開けると、彼女はそこから紙幣を三枚取り出す。紙幣を弾いて自分が取り出した額を確認すると、レーフは咳払いしてそれを弥乃梨に手渡した。


「では、これを君たちにやろうかのう」

「この紙幣は?」

「ギレリアル連邦の通貨ボルじゃ。この街の存命者と大半の遺体を安置所に届けてくれたお礼じゃぞ。なに、躊躇う必要はない。もってけバカヤロー、じゃ」

「レーフみたいな良い上官を持てて、俺は本当に嬉しいよ」

「私だって、君達のような有能を部下に持てて、本当に嬉しいんじゃぞ」

「本当にありがとう……」


 そう言って、弥乃梨はレーフに手を差し出した。部隊総長は無言で偽りの黒髪の手を握り返し、互いに精一杯の感謝の気持ちを込めた握手をする。十秒ほどして握手をやめると、レーフは「おやすみじゃ」と言った。弥乃梨もまた「おやすみな」と返すと、二組はそれぞれ別の方向へ進み始める。


「弥乃梨、財布要る?」

「おお、ありがとう」


 進み始めるやいなや、ラクトが弥乃梨に財布を渡した。これは、レーフから弥乃梨が紙幣を受け取った刹那に作ったものである。即興で作ったがゆえに超シンプルデザインであったが、使用者は全く気にしていなかった。


「あのさ、財布に札を仕舞ったところで申し訳ないんだけどさ」

「なんだ?」

「この先に進んでも、食糧ないよ」

「配給終了したのか?」

「そうっぽいよ。午後十時に終わったみたい」

「つまり、風呂と一緒に夕食――いや、夜食を向こうで食って来いって暗喩か」

「そうかな?」


 ラクトは弥乃梨の解釈を肯定しなかった。一方で、「夜食と入浴を非被災地でやる必要が生じた」ということに異論はない。


「じゃ、エディットに告げて済ましてこよっか」

「そうだな。……でも、どこに行く?」

「私たちの交友関係的には東に行くべきだろうけど、時間的に西かな。サテルデイタは夕方の六時半だし、そのさらに西側なら、まだ昼間だよ」

「西の国の候補って……例えば?」

「ボルを貰ったってことも考慮して、ディルマかロレロ」

「悪い、何を言っているかさっぱり分からん」


 例の新聞社にテレポートして戻るため、弥乃梨とラクトは小さめの声で、他国に行く旨を確認しながら暗闇の方へと進んでいく。その中で、弥乃梨はラクトからマドーロム大陸の西側にある国家についての説明を受けた。


「ディルマは正式にはユベル・ディルマ王国って言うんだけど、神族ゴッデルトの国。君主を選挙によって選ぶ絶対君主国家だよ。性別があるのもないのも共存してる」

「ロレロは?」

「正式にはアングロレロ共和国。ギレリアル連邦の傀儡国家とも揶揄される妖族フェアラルトの国。元々はエルフィリア帝国の領土で、戦争末期に独立したんだけど、ギレリアルの軍事力に押されて傀儡国家になったって感じかな」

「そうか。……ちなみに、安全なのはどっちなんだ?」


 弥乃梨が問うと、ラクトは「うーん」と悩む仕草をした。十秒くらい悩んで、しかしまだ解答が不十分であるかのように、彼女は問いに答えた。


「弥乃梨にとってはディルマ、私にとってはロレロかな」

「なら、西はやめよう。東か南のほうがいい」


 行くなら二人とも楽しめる場所が良い思い、弥乃梨がそう言う。


「朝だと営業してない可能性があるから、東よりも南のほうがいいと思うよ」

「じゃあ、エルフィリア西部のどこかってことで」

「王都とかどう?」

「人もいっぱいいるらしいし、いいんじゃないか?」

「決まりだね」


 次の――もとい、次の次の行き先が決定した。その頃には良い感じの暗闇に入ることが出来ていたので、偽りの黒髪は深呼吸し、周囲にバリアを展開した。テレポートする旨を宣言した後、行き先をエディットが警備中の例の新聞社の本社社屋前にして、二人は瞬時に移動する。



 二人が移動してきてすぐ、エディットが気づいた。弥乃梨とラクトは、忘れないうちにレーフが明日朝まで戻ってこないことを告げる。話し終えると、今度は続けて「勝手ながら他国に行って風呂に入ってくる」と告げた。二人は申し訳無さそうに言ったが、エディットは「わかりました」とだけしか言わない。


 そんな部下の上官を責めない態度に感激した後、ラクトがエディットにスマートフォンを手渡した。一通り操作方法を説明すると、無料通話アプリの使用方法を説明し、「万が一の時はその旨を送ってね」とエディットに依頼した。一般隊員は首を横に振らず「はい」と笑顔で答える。


「夜の十二時までには帰るから、引き続き警備を続けてくれ、エディット」

「わかりました」


 エディットに激励の言葉を掛けると、弥乃梨は周囲にバリアを展開した。そして、新聞社まで移動してきた時と同じようにエルフィリア王国の王都へ――とはいかなかった。理由は単純。治安維持組織の制服を着ていては、確実に移動した先で間違った見方をされてしまうからである。そこで、弥乃梨とラクトは、新聞社本社の社屋内更衣室に向かった。

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