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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-75 血税

 弥乃梨とラクトが掃除を始めた時、野外入浴セットの中に人は誰も居なかった。すなわち、憂慮していたようなラッキースケベ展開は訪れなかった。弥乃梨は、殴る蹴るなどの暴行を受ける可能性が消滅したということを理解しほっと一息吐く。そして、気を紛らわせることを目的とするかの如くラクトに話しかける。


「しかし、装飾凝ってるな……」

「少しでも被害者の心の痛みを和らげようってことなんじゃないかな?」

「だとしても、普通ここまでするか? 照明から床面から凝り過ぎだろ」


 風呂の照明には防湿タイプのLED電球が使用され、電球色は暖色系のオレンジ色に設定されていた。野外入浴セットの内部は木目調の茶色に統一されており、電球の色も相まってより暖かさが伝わる。もっとも、浴槽は使い回しが容易で長期間使用できるよう木製ではなかったが。


「それにこの床、柔らかいよね」

「水もないな」


 トランポリンほどの弾性はないが、野外入浴セットの内部の床は確かに柔らかかった。足の裏で床を押してみると、体育の授業で用いるマットくらいの強さで足の裏を跳ね返してくれる。また、使われていたマットはおむつの水吸収技術を応用していた。だから、床面には殆ど水がない。かといって、押して水が出てくるわけでもない。


 そんなこんなで、弥乃梨とラクトは度々雑談しながら掃除を進めていく。しかし、市役所庁舎付近に設置された野外入浴セットは掃除終了後、市役所の職員とチーム・アルファのメンバーがそれぞれ三十分間使用するということで、掃除する箇所は、浴場の床面と壁面・仕切り・脱衣所のロッカーと床面と壁に限られていた。


 途中、ロッカーを掃除している時、弥乃梨は忘れ物を二個ほど発見した。どちらともパンツで、うち一つは何とも過激な赤色のティーバック。発見した刹那、偽りの黒髪は迷うことなくラクトにそれを渡した。しかし詳細を説明しなかったがゆえに、「他人の使用済みを穿けってか!」と弥乃梨はこっぴどく罵倒されてしまう。だが、そこは相互補完関係。すぐに相手の考えを理解し丸く収まる。




 監督者であるカノアから指定された場所の掃除が終わったのは、作業開始から三十分が経過した午後八時過ぎのことだった。野外入浴セットから屋外に出ると、セット内部の掃除担当者以外全員が集合している。弥乃梨とラクトをそれぞれ指差して、カノアは作業に携わった人数の合計数を出した。作業前と何ら変わらない人数らしい。


「では、これで作業を終わります。一同、礼」


 カノアの言葉を聞くやいなや、参加者は頭を下げた。「ありがとうございました」とか言葉を発する素振りは見えない。無言で頭を下げるのがギレリアル流の締め方のようだ。女たちは頭を上げると、何も言わずそれぞれの方向へ散っていく。同頃、カノアが弥乃梨たちに接近する。


「お疲れ様でした。本当は五人一組のチームを組む予定だったんですが、ごめんなさい。アルファの隊員の大半が被災者の心のケアに向かう必要が出た影響で、御二方に無理強いを――」

「気にするな。単純作業は二人のほうがやりやすいんだ」

「ありがとうございます……」


 カノアは深々と頭を下げて、人員配置が失敗してしまったことを陳謝した。少しして第三小隊の隊長が顔を上げると、ラクトが例のパンツを渡した。カノアは「えっ」と驚いた様子を浮かべたが、赤髪から詳細を聞いて落ち着きを取り戻す。同時、例のパンツが避難所の忘れ物センターに届けられることが確約された。


「ところで、レーフさんから野外入浴セットの移動の話は聞いていますか?」

「移動?」

「看板を見たと思うので分かると思うのですが、大人用のほうは二一時以降使えないんです。その理由が、第一小隊と第二小隊が入浴するために野外入浴セットをチーム・ベータの本部に持っていくためってことなんですけど――」


 カノアが概要を話すと、ラクトが嘆息を吐いて口を開いて一言、物申した。チーム・ベータの拠点である新聞社の本社社屋でレーフが説明したときに赤髪は何も言わなかったが、野外入浴セットの中身を知って意見が更新されたらしい。


「血税で動いてる組織とは思えない呆れた計画だね。なんで野外入浴セットをベータの拠点に持っていく必要があるの? そんなの無駄じゃん。夕食だってそう。無理してあっちで食べる必要なんかない。アルファとベータでまとまって摂ればいいじゃん」


 無駄に電気を使うのも、無駄に労力を使うのも、無駄に時間を使うのも、明日に負担を繋げる措置でしかなく、プラス面は皆無でマイナス面しかない。それに、国民から集めた血税を国家が無駄に消費するなどあってはならない話である。だから、ラクトは厳しく批判した。


「あの、この事実を言ったら確実に酷評が出ると思うんですけど――」

「うん」

「その、アルファの部隊総長とベータの部隊総長って、姉妹なんですよね」

「だから、一緒に行動しないの?」

「……その通りです」


 ラクトは呆れて物が言えなくなった。確かに、姉妹関係を良好に保ち続けることなど不可能である。しかし、人をまとめる役職にある者が公私を混同しては話にならない。その分野において才能があっても、姉妹関係で仕事に支障を来してしまうようであれば、そんな奴はリーダー失格だ。


「けど、部隊総長を悪役に仕立てあげるのは時期尚早じゃないか? チーム・ベータが無人の市街地に拠点を置いているのは、その地域の夜間警備をするためかもしれない。姉妹関係だけが要因と考えるのは、まだ早くないか?」


 弥乃梨が言うとラクトは頷いた。でも、赤髪の考えには根拠がある。


「一理ある。でもレーフは、拠点の夜間警備は三時間交代で小隊長に任せるみたいなことを言ってた。だから、弥乃梨の根拠じゃ反論にならないと思う」

「そういえば言ってたな、そんなこと」

「それに、第十五師団は四つの部隊に分かれてたはずじゃん? 地域の警備を担当するのは治安維持部隊である『チーム・ガンマ』だと思うけど……」

「そういえば――」

「ポンコツか!」


 弥乃梨は、第十五師団が四つのチームに分かれていることを忘れていた。アルファとベータの存在は頭にあったが、他二つについての記憶はすっからかんとしていて、偽りの黒髪はラクトの記憶能力に尊敬の眼差しを向ける。一方で、同じ頃にカノアが震えながら手を挙げた。


「一つ、疑問に思ったんですけど……」

「なにかな?」

「風呂の使用や夕食会場は分けなくて良いかもしれません。でも、アルファにはアルファのすべきことがあります。例えば、物資の供給は夜通しで行われます。そのため、アルファが寝る場所は本当にこじんまりとした部屋で――」

「睡眠場所は確保できないってこと?」

「はい。普段使わない部屋までフルに使っているので……」


 一階や二階の市役所機能がフル稼働している現在、物資は三階以上のどこかの部屋に置かれることになる。しかし生憎、市役所は三階建て。物資の搬入作業に従事するアルファが必要な最小限度の部屋以外をフルに倉庫として使わなければ、残りの物資は隣の中学校に置くことに――。


 否、それはできない。一つの地域ごとにまとまって一つの教室で過ごしてもらっている以上、それを一日以上続けている以上、今更やめれば反発を食らう。無論、入浴場の開設などで軍と住民が親密な関係を構築している最中にそんなことはできない。それでは、軍の印象がガクンと下がってしまう。


「じゃあ、ご飯食べて入浴済ませたら戻るってことでいいんじゃない?」

「だとしても、第二小隊はどうするんだ? 遺体の管理をしている以上、チーム・ベータの拠点から離れることは出来ないと思うんだが?」

「でしたら、入浴だけ合同にするのはいかがでしょうか?」

「「賛成」」


 弥乃梨とラクトは口を揃えて言った。といっても、偽りの黒髪に設営された入浴場を使用する気などない。つまるところ、彼の口から発された言葉は『組織の意思表示』で、それは『個人の意思表示』ではなかった。


「でも、いいんですか? 立場的にはレーフさんの下にあるわけですし……」

「無断でするわけないじゃん。確認はちゃんと取るよ」

「そうですよね! 安心しました」


 病的なまでに弥乃梨とラクトを尊敬しているカノアは、二人の口から出てくる言葉に一喜一憂する。一方の偽りの黒髪と赤髪は、第三小隊の隊長の表情の変化を見て嬉しく感じつつ、彼女のことを可哀想な女とも思った。


「……少し話が変わるが、軍人の入浴時間は二十時半からだよな?」

「はい、そうです。タイムリミットはそこですね」

「ありがとう。じゃ、お互い頑張ろうな」

「はい!」


 軍人の入浴時間についてもう一度聞いておく。入浴時間が当初の予定から縮まることで予想される混乱を最小限に抑えるためだ。その上で、第一小隊と第三小隊のトップはそれぞれ違う活動へ移る。たとえばカノアは停止したトラックの方向へ、たとえば弥乃梨とラクトは第一小隊の方向へ、それぞれ足を進める。


「あれか、噂をすれば影が差すってやつだな」

「そうだね……」


 照明器具は必要最小限度に抑えられていたが、弥乃梨とラクトはレーフのシルエットをしっかりと掴んだ。待機していたのではないか、と勘ぐってしまうレベルである。でもまだ、部隊総長は、第一小隊の隊長と第三小隊の隊長が仮決定した話を耳にしていない。偽りの黒髪と赤髪は緊張しつつも女の方に足を進める。


「そんな神妙な面持ちでどうしたんじゃ。やましいことでもしておったのか?」

「いいや、頼みがあるだけだ」

「なんじゃ?」

「私情を活動に含めないでもらえないか?」


 弥乃梨は前置きから入った。偽りの黒髪の言葉を聞くやいなや、部隊総長の顔はそれまでの優しそうな表情から一変し、思い詰めた顔になる。だが、第一小隊のトップは動じない。地雷を踏みに行く内容だということは承知している。


「その要求に『答えられない』とは言わない。じゃが、なぜ、君達は私だけを責めるんじゃ? そもそも姉が一方的に拒否しだしたのが影響じゃというのに」

「拒否に拒否で返すのは精神年齢が幼稚な証拠だぞ」

「君は、一方的な攻撃に報復をしないことが正しいとでも言うつもりかね?」

「そうは言っていない。目には目を、という発想を批判しているだけだ」


 一方的に攻撃をしてきた相手に制裁措置を講じたり対抗したりすることは、何ら悪いことではない。だが、相手にやられたことと同じことを自分がすれば、確実に負の連鎖が発生する。それではいたちごっこだ。


「じゃったら、どうすればいいんじゃ?」

「相手の攻撃を吸収するかのごとく、こっちがどんどん罠に乗ればいい」

「例えば?」

「アルファと合同で風呂に入るとか、どうだ?」

「いいアイディアじゃな、乗った」


 部隊総長は第一小隊の隊長の考えを聞くとすぐ賛成票に回った。一方、予想していたのと大きく異なる展開に動揺が走る偽りの黒髪。でも、弥乃梨は特段気にしない。合同バスタイムは一度しか訪れないし、それこそ賛成票に回った経緯を深く掘り下げると不信感を買う。後の祭りにしないためにも、彼は潔く決めた。


「じゃが、条件がある」

「なんだ?」

「君たち、エルフィリアで入浴すると言っていたな? それの撤回が条件じゃ」

「……」


 胸を撫で下ろして「順調に事が進んでいるんだ」と思った矢先、弥乃梨は、レーフが提示した条件に目を丸くした。これにはラクトも驚いていて、ともに罠に嵌められた形となる。ふと第一小隊の一般隊員に目をやると、トップで秘密裏に話を交わしていたことに苛立ちを見せていた。


「わかった。その件については破棄する。そのかわり、風呂の周辺を警備する」

「それは助かるのう。実は、アルファが入浴するときのトラックの整理は、すべて治安維持部隊たる『チーム・デルタ』がすることになっておったのじゃ。すなわち、我々は裸体のまま不審者に対抗することを求められておったわけじゃな」


 不審者が殺傷能力を有する武器を所持している場合、治安を維持する者達は装甲を身に着けて戦うことになる。しかし、風呂場では誰しも無防備になってしまう。かといって、野外入浴セットの浴室からロッカー室へ走って着替えて防衛、というのは無理がある。それでは不審者に殺されるのも時間の問題だ。


「なら、なおさらさせてくれ」

「いいじゃろう」


 弥乃梨とレーフは別に敵対しているわけではないが、呉越同舟のような雰囲気になったのは確かだった。そんなとき、論戦の帝王と勝手に彼氏から呼ばれている少女が口を挟む。彼女は、部隊総長に一つ質問をした。


「そういえば、予定では二〇時十五分から片付け作業でしたよね?」

「そうじゃな。じゃが、陶磁器を用いているわけではなく紙製の容器を用いておるから、五分もあれば十分じゃぞ。ポリ袋にポイッとするだけじゃ」


 弥乃梨もラクトも第一小隊の皆が夕飯を盛りつけているとき、何の容器に盛りつけているのかよく確認していなかった。でも、第一小隊の一般隊員六人はそろって「紙容器」と言う。紙容器に盛り付けていたことで間違いないらしい。


「それなら、三十分後から順次入浴という方向に合致していますね」

「そうじゃな。では、すぐにやってもらおうかのう」

「はい。あ……」


 弥乃梨が答える先に返答するラクト。隊長がするべきことを奪ってしまったことに気付き、少しばかし顔を紅潮させる。偽りの黒髪は「珍しいな」と内心で思った後、ラクトの隣に出てきた。彼は、レーフに自信満々な笑顔を見せて言う。


「五分で終わるかは不明だが、共同バスタイムの実現は確約する」

「自分で取り付けた話を自分で水の泡にしてはダメじゃぞ」

「もちろんだ」


 レーフと短く会話してやる気を高めると、弥乃梨は周囲にバリアを展開した。被災者が多く居るであろう市役所隣の中学校に移動する場所を合わせると、偽りの黒髪はドジしたラクトの背中を撫でる。


「かわいかったぞ」

「やめてよ……」


 忘れようとしていたものを掘り返されたラクトは頬は膨らませて怒りを露わにする。でも、頬は仄かに紅潮していた。あまりにも可愛いので偽りの黒髪は彼女の頬を突こうとか思ったが、「公私混同するな」と言ったのは自分達であり、それではブーメランになってしまうので控える。


「それじゃ、中学校に向かうぞ」

「はい!」


 弥乃梨は第一小隊の一般隊員六名にテレポートする旨を告げ、襟を正した。仲間を驚かせないよう、魔法使用の宣言を口から発して移動する。

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