表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
368/474

4-74 野外入浴セット

 フルンティ市と一時間の時差がある町で、弥乃梨とラクトとアイテイルは沈みゆく夕陽を見ていた。海岸に沿って存命者の居場所を担当の師団や小隊に告げてきた作戦も、もう終盤に差し掛かっている。今居る町の西にある丘を越えれば、そこから先はフルンティ市と二時間の時差が生じるエリアとなる。


「弥乃梨」


 だが、二時間の時差が生じるエリアへ進むことは許されなかった。弥乃梨は気分を高揚させて作業の続行に意欲を示していたが、これ以上存命者の居る位置を告げることは出来なかった。「どうして」と弥乃梨が問うと、ラクトがタブレット端末を彼に見せる。デバイスのウィジェットを見ればすぐに分かった。


 デジタル時計には19:28とある。


 アイテイルが調査を行う場合、最低でも一分は必要だ。たとえ人口規模の少ない町村であっても、それはほぼほぼ変わらない。それに、『遠征許可証』には『I admit you to extend until 19:30(FTT).』とある。フルンティ時間で夜の七時半には戻らなければ、ラクトの活躍を踏みにじることになる。


「わかった、戻ろう」


 弥乃梨はそう言って嘆息を吐いた。悔しさを表情に滲ませた後、バリアが張られていることを確認する。一通り準備が整ったところで、魔法を使用した。行き先は新聞社の本社社屋ではなく、今日一日過ごした自治体の市役所付近である。




 市役所付近に移動してきてすぐ、弥乃梨たちは第一小隊の六人の姿に度肝を抜かれた。なんと、エプロン姿で温かそうなスープを配っていたのである。だが、コスプレではないらしい。右胸ポケットの上に『FGR Army』とある。どうやら、エプロンはギレリアル陸軍が所有している物のようだ。


「お疲れ様です、隊長!」

「順調に進んでるみたいだな」

「これでも遅く始まったんですよ」

「そうか。ところで、何か手伝うべきことはあるか?」

「配給作業は、六人あれば足りるので問題ありません。ですが……」


 話したくなさそうな態度の隊員を見て、弥乃梨は思わず、「無理して話さなくてもいい」と言いそうになった。でも、それは目の前にプラスチック製のカップを持って汁物を掬ってもらうのを待っている人が居たから。待機者が一時的に居なくなったのを見ると、隊員は、右に一八〇度回ってテントらしきものに人差し指を向けた。


「野外入浴セットの片付けを手伝ってきてもらえないでしょうか?」

「わかった」


 躊躇うことなく、弥乃梨は依頼を受けてすぐに体の向きを変えた。アイテイルの姿を探すが、どこにも見当たらない。「まさかさっきの町に置いてきたのではないか?」と思って、偽りの黒髪はそわそわする。そんな中、ラクトが呆れたようにため息を吐いた。


「魂石に戻っただけだよ」

「それなら、問題ないな」


 野外入浴セットの片付け作業に向かうべく足を一歩前に踏み出す弥乃梨と、彼氏の行動を一時的に止めるラクト。赤髪は偽りの黒髪の左耳に口を近づけ、また、人差し指を左右に振りながら言った。


「ちっちっち。風呂だからってラッキースケベからの『見るな!』的な展開はあり得ないよ。だって今、弥乃梨の姿はどう見ても女性にしか見えないもん」

「残念ながら、俺はそんなこと期待してないぞ。というか、たとえ期待していたとしても、そんな邪心に基づく行動なんかできないだろ。俺みたいに感情を隠そうとする奴は」


 弥乃梨はラクトの意見にそうコメントした。一方の赤髪は、偽りの黒髪の人格や性格を考え時折頷きながら話を聞く。そんなふうに理由や根拠も考えずにぱっと口から台詞を発すような普段の会話より多めに肉付けされた会話が進む中、弥乃梨が少し顔を綻ばせた。


「それともなんだ、嫉妬か?」

「訪れた不幸についてとやかく言うつもりはないよ。自ら不幸を起こした場合は違うけどね。だって、自然現象に文句を言っていたらきりがないじゃん」

「赤髪の癖にろくに暴力を振るわないよな、ラクトは」

「本当にムカつくと手が出るけどね」


 正当防衛としての暴力など、必要と考えるべき暴力が存在するのも事実だ。しかし、暴力を振るくらいなら言葉で言い負かしたほうが双方の利益になる。だからラクトは、暴力を初手としない。そんじょそこらの暴力系ヒロインとはわけが違うのである。


「また、くだらないこと話したな」

「なんか、私たちって気体みたいだよね。くっつくのが大好きで離れたくない、みたいなさ」

「できれば、有害じゃない気体がいいな。水とか」

「それ物質名じゃん」


 下らないことに下らないことを重ねて会話を進めると同時に、二人は野外入浴セットのある方向へ足を進める。そして、市役所の正面玄関から左右に展開されている屋根付きアプローチからすぐ近く、もともと市役所の駐車場として活用されていた敷地の端っこに二つ設置されているのを見つけた。出入り口の隣にあった左右の赤色の円錐には、看板が付けられている。左の円錐には『BATHING O.K.』とあり、右の円錐には、『OPEN 15:00 / CLOSE 21:00』とあった。


「なんだこの制限表示は……」


 入浴場の出入り口には暖簾の代わりに、赤色の大きな布が設置されていた。そこには、白文字で『WOMAN ONLY』と大きく書かれている。下のほうには白色の円にこれまた白色の斜線を引いたマークが二つあり、上の円にはカメラのシルエットが入って『NO PHOTOGRAPHY』、下の円にはツインテールの少女のシルエットが入って『NO CHILDREN』とあった。


「『NO FOOD OR DRINK』とかないし、中で飲食できるのかな?」

「そういう相手の裏をかく行為はやめたほうがいいぞ」

「いや、してる人が居るんじゃないか、って心配に端を発するんだけど……」

「ごめん」

「いいよ。気にしないで、弥乃梨」


 ラクトが相手の裏をかく行為を考えたのは赤髪がそれをしたいからではなく、彼女なりの優しさからだった。弥乃梨は、深まる絆に意思疎通の効かないものは無いのではないかと考えていたが、ラクトが何を考えているのかを正確に把握するにはまだ時間が掛かるらしい。表情にこそ出さなかったが、偽りの黒髪は沈んだ気持ちになった。


「まあ、『ノーチルドレン』ってあるし、そういう非常識な考え方をする人は居ないと思うが」

「そうかな? 私は対象者が銭湯っていう概念を理解できるか不安だけど……」

「でも、そういうのはごく少数だと思うぞ。それに、無作為に抽出していないのに、少数派をさも標本のように扱って母集団を語るのはどうかと思う」


 弥乃梨は『チルドレン』の語を肉体的な意味でなく精神的な意味で捉え、転じて『子どものような考え方をする人』とした。ここまで来るともはや拡大解釈なのだが、標本と母集団の話をしたことが功を奏したらしい。偽りの黒髪は、ラクトの心配を払拭することに成功した。


「じゃあ、あんまり考え過ぎないほうがいいのかな?」

「ああ。考えすぎは良くないぞ」

「……それ、自分にも当てはまってない?」

「仕方ないだろ、似た者同士なんだから。……ひゃっ!」

「誰だ!」


 そんなことを話していると、ラクトが突然声を上げた。弥乃梨は軍部に対する挑発行為や妨害行為の可能性を疑い、所持していた銃を向ける。しかし、住民が居る中で事を大きくすれば、彼女らの不安を煽るだけだ。偽りの黒髪は相手を威嚇できる程度の大きさで声を発したが、その音は、決して叫ぶときに上げるような大きさではなかった。


「お前か、レーフ」

「怒ると寿命が縮まるんじゃぞ」

「今のはお前のせいだろ! ……で、なんだ、何か用か?」

「子供用の野外入浴セットを片付けるのを通知しに来たんじゃ」

「そういうことか。子供用って隣のセットでいいんだよな?」

「うむ、そうじゃ」

「わかった。すぐに行こう」


 詳細事項を教えてもらえなかったことに弥乃梨は若干の不満を持った。しかし、特例措置で配属された自分達の扱いに慣れていないんだろうと思って、偽りの黒髪はレーフの責任を追及しない。そんなことをするくらいなら、もっともっと肉体的または精神的に負傷した被災者のためになる活動をすべきである。ゆえに弥乃梨は、セット片付けの実行を即決した。



 レーフはそんな片付けの実行を引き受けてくれた弥乃梨を引率し、子供用入浴所まで案内する。でも、片付け作業には同行しなかった。どうやら、『部隊を統括する者(部隊総長、師団長、方面隊長、大将)は一つの作業のみに従事してはならない』と軍法で定められているらしい。「規定にあるなら……」と、弥乃梨はしぶしぶ納得する。


「本当にすまないのう。じゃが、この借りは必ず返す。では、頑張るのじゃぞ」


 謝罪と激励の言葉を弥乃梨とラクトに掛けると、レーフはすぐに去った。刹那、まるでチーム・ベータの部隊総長が退場したのを見計らったかのように上官らしき女性が二人の目の前に現れる。青色の髪をまとめることなく流している彼女は、右目に眼帯を装着していた。


「チーム・アルファ所属の第三小隊隊長、カノア・ガルシアです。弥乃梨さんとラクトさんは、フルンティ市の死者をゼロにした、あのお二人なんですか?」

「……ごめん、一つ聞いていいか?」

「どうされました?」

「フルンティ市の死者が居なかったって、それ本当か?」

「行方不明者が居ない上に、今日救出されたのが存命者ばかりだったそうです」

「そ、そうか……」


 独裁政権を倒しただけで、革命の先頭に立った英雄としてエルダレアだけでなくギレリアルでも讃えられるのに、フルンティ市の三百万人を救ったことがもし明白になれば、また英雄扱いする人が増えかねない。特に今回は、正義だの制裁だのと叫ぶこともなく一切の人殺しをしなかった面での加点が凄まじい。


 褒められて伸びる人にはこれ以上ない機会なのだろうが、自分が制御できない賞賛をされたくない弥乃梨にとっては、自分で自分の首を締めるだけに他ならなかった。目を輝かせながら話すカノアとは裏腹に、弥乃梨は一つ嘆息する。


「それで、弥乃梨さんとラクトさんは、あのお二人なんですか?」

「まあ、そうだが……」

「やっぱり! お会いできて凄く嬉しいです! ぜひ、握手させてください!」

「ちょっ……」


 認めた俺がバカだった。弥乃梨はつい先ほど嘘をつかなかった自分のことを嘲って言った。ふと横に目線を向けると、ラクトのムスッとした表情が見て取れる。「ああ、やってしまった……」と偽りの黒髪が内心で思うと、今度はカノアがムスッとした表情を浮かべた。弥乃梨が視線を移すと、青髪の女はニコッと笑みを浮かべる。


「ラクトさんもお願いします!」


 カノアは、両方の手で左右から相手の手を押さえる方法を取らなかった。右手で弥乃梨の左手と、左手でラクトの右手とそれぞれ手を繋ぐ。だが、偽りの黒髪も赤髪も青髪の女のやる気を断れなかったから握手したにすぎない。二人とも、この障害物をさっさとどうにかして作業を始めたい気持ちでいっぱいだった。しかし、カノアの話は止まらない。


「私、弥乃梨さんとラクトさんのコンビネーションが好きなんです。お二人が最初に訪れた高校で撮影された弥乃梨さんとラクトさんが物を配る映像を見て、もう……! それに、謙虚なところとか、互いの足りない箇所を補うのとか、超リスペクトです!」


 暴走するカノア。同時、ラクトが深呼吸して青髪の女に現実を伝えた。


「尊敬してくれるのは歓迎するけど、作業の責任者自らが作業を遅らせるのはどうかと思うよ?」

「そういうズバズバ切り込んでくるところも超リスペクトです!」


 カノアは依然目をキラキラと輝かせている。その姿は、弥乃梨とラクトのことを教祖のように扱う信者のようだ。だから偽りの黒髪や赤髪は、青髪の女が『リスペクト』と発する度に、「もはや『ワーシップ』の域に達しているのでは?」と思ってしまう。極めつけに、二人は同じことを内心で思った。


「(こいつのテンションについていけない……)」


 けれど、テンションについていけなくとも、青髪の女の指示に従ってついていくことはできる。カノアはラクトが言った台詞を素直に受け止めると、それまでの高かったテンションをまるで闇に葬ったかのように落ち着きを取り戻した。第三小隊の隊長は口を閉ざしたまま、弥乃梨とラクトをセット片付けを担う者達が集まる場所へと誘導する。



 野外入浴セットの入口と正反対のところが片付け作業従事者の集合場所らしく、カノアはそこで足を止めた。青髪の女は暴走によって失った時間を取り戻すように、小隊を統括する者として従事者をさらに細かく分ける。弥乃梨はラクトと同じチームになった。二人か三人のグループが六個出来たところで、カノアが作業を振り分ける。終わると、青髪の女によってすぐに作業の開始が宣言された。


「また掃除だね」

「そんなに掃除得意そうに見えるか、俺?」

「そう悲観しないでよ。いいじゃん、掃除係でも。昼間、弥乃梨は瓦礫とかいっぱい動かしたわけだしさ。それに、息抜きの意味合いもあると思うんだけど」

「確かに、お前と二人にされたのは意図が垣間見えるな」


 カノアが仕組んだのではないかと疑う弥乃梨。ラクトも「そうかも」と同情する。けれどそれは、作業が早く終われば雑談タイムが貰えることも意味していた。それを知って、偽りの黒髪が落ち込みから回復する。同時に、二人とも俄然やる気を出した。


「それはそうとして、掃除始めよっか」

「ああ、そうだな」


 会話を済ませ、二人はカノアから掃除用具をもらう。掃除しなければならない箇所と掃除してほしい箇所を青髪の女から聞いた後、弥乃梨とラクトはカノアの指示に従って、野外入浴セット内部の掃除を始めた。

寝落ちが重なった結果、22時~24時の更新が不可能となり、このように一週間も間を開ける形となりました。ご了承下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ