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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-73 救助作戦第二部

 隣の町に移動してきてすぐ。アイテイルは存命者がどこに居るのかを探るべく、今居る場所を円の中心として半径三キロメートルの範囲を調査し始めた。人の存在を確認した場合は、息をしているかを丁寧にチェックする。そんなこんなで作業は進み、一回の調査は約二分くらいで終わった。


 調査が終わると、弥乃梨が地図アプリを開いてアイテイルにそれを渡す。二人はマップアプリの編集モードを上手く活用し、存命者を発見した場所には赤のフラグ、遺体を見つけた場所には青のフラグをそれぞれ立てた。仕上がった後はスクリーンショットを撮り、無料通話アプリを介してラクトのアカウントに送る。


 赤髪が既読したのを確認すると、弥乃梨とアイテイルは再びテレポートした。そしてすぐさま、移動した先で同じように存命者の調査と結果に基づいた画像を作成する。仕上がった後、偽りの黒髪はそれを先ほど同様の方法でラクトに送った。その際、弥乃梨は彼女の気配りには頭が下がった。


『way to go!』


 時刻を見る限り、弥乃梨が画像を送信してから一分後に無料通話アプリに書かれたようである。書かれた英文の意味は、「その調子で頑張れ」というもの。よく使われる『Keep it up』などの表現を用いないところに、彼氏に対してだけは砕けて接するラクトの姿勢が窺える。


「なにニヤけてるんですか?」

「いや、別に何も……」


 弥乃梨はまともな回答が出来なかった。送られてきた応援メッセージは偽りの黒髪だけに向けられたものでなく、確実にアイテイルに対する応援という意味合いも込められているはずだから、本来なら銀髪にも見せなければいけないというのだが、弥乃梨はそこらへんを自分の一時の感情だけで隠してしまう。


「メッセージの送り主が誰かなんて容易に見当がつきますし、見たい気持ちにもなりませんが、一つだけ申し上げさせてください。あの、貴方の指示で労働を強いられてる人が居る目前で私的な行動をされると、すごく腹が立ちます」

「申し訳ない。改善する」

「そうしてください」


 プライベートなことに干渉する考えが毛頭ない一方、アイテイルは弥乃梨に私的行動の自粛を要求した。偽りの黒髪はこれを素直に受け止める。強制的かつ持続的に自身の能力を使うよう指示した張本人がすぐ隣でスマホを見ながらニヤけているのだから、非難を浴びても何らおかしくはなかった。


 アイテイルの怒りが沈静化するのに合わせ、弥乃梨はラクトにスクリーンショット画像を再び送信する。今回は先回と大きく異なり、送信完了から一秒で既読がつき、わずか八秒でラクトがコメントを書いてきた。


『If you have any problems, please tell them to me.』


 弥乃梨はまず、「こんなの八秒じゃ打てないだろ!」と思った。でも、よくよく考えれば、大抵のスマホには秘書機能アプリケーションソフトウェアが搭載されている。ラクトは問題なく発音できるから、あとは思った文章を噛まずに読めれば、送信完了から八秒後にコメントを返すことは可能だろう。


「……おっと、移動しないとな」


 弥乃梨が聞きたいことは山ほどあったし、これまでの質問に答えたい気持ちもあった。けれど、救助作戦の第二部で弥乃梨とペアを組んでいるアイテイルから求められているのは、惚気けるリーダーではない。常識を重んじ客観的な視点に立って物事を考える統率力抜群で仲間思いのリーダーだ。


 彼女のコメントとにらめっこして惚気ける機会は二分間の間に設けることにして、弥乃梨は以後、アイテイルの要求通り公的な行動を取ることを心掛けた。




 時差のない範囲で調査を終えたのが開始から三十分後だった。その後は一時間時刻が先に進んでいる地域で存命者を調査し、それが終わると一時間時刻が遅れている地域で存命者を調査した。


 アイテイルの魔力は何事もなかったかのように残っていたし、体力的にも問題なかったので、二人は作業を続けようとする。だが、本部の置かれている町の日没が近いということで、作業は一時的に中止となった。不服を感じながら二人が災害派遣チーム・ベータの本拠地に戻ってみると、確かに日没直前だった。


「これは……」


 お世辞にも電力事情が良いと言えない被災地で、日没は重大問題だった。たとえ今から三十分後くらいまで作業を継続できるとしても、本部の置かれている建物は新聞社の社屋。非常用電源があることを理由に借用しているわけだが、だからといってそれを浪費することは許されない。


「遅かったのう」


 海の方を見て夕陽が沈みゆく光景を見つめる弥乃梨とアイテイルに、レーフが足音を立てながら近づいてきた。薄暗いと足音に必要以上の神経を使ってしまうが、部隊総長が大きい足音を立ててくれたおかげで、神経や心に対する負担は軽くて済んだ。声を掛けられたので、弥乃梨は返す。


「向こうのほうはまだ明るかったが、こっちは日没間近なんだな」

「そうなのじゃ。じゃが、だからといって作業の進行を妨害する気はない」

「……どういうことだ?」


 弥乃梨は意味が分からなくて思わず聞き返した。刹那、レーフが足音を立てずに弥乃梨の背後に来たのとは正反対に、抜き足差し足忍び足を実践するかのごとく足音を立てずに一つの影が近づいてくる。そして、次の瞬間。


「じゃじゃーん!」


 A4サイズの用紙を持ったラクトが弥乃梨に抱きついてきた。なぜこんなに喜んでいるのか分からなかったので弥乃梨は反応に困る。だが、やわらかな感触が背中にあって幸せな気持ちになったということだけは確かだった。


「その紙はなんだ?」

「この紙は『遠征許可証』。つまり、救助作戦の延長戦の延長申請が下りた」

「でも、六人は別行動なんだな……」


 遠征許可証に書かれていた名前に六人の名前は無く、『弥乃梨とラクトとその配下にある者』のみが許可の対象となっていた。それを見て、偽りの黒髪は不服そうな表情になる。刹那、赤髪が弁明のような説明を始めた。


「本当はみんなで行きたかったんだけど、機密保護の観点から警備担当を行かせる訳にはいかないし、かといって配給担当を削減するには限界があるし……」

「配給担当を削減って、……もしかして、第一小隊だけが配給係だったのか?」

「そうだよ」

「じゃあ、アルファはどうなったんだ?」

「アルファは野外入浴セットの設営作業をするっぽい。でも、五人編成の小隊らしいから、どうしても人員不足になる。かといって、役所の職員は使えない」


 税金泥棒とか無能とか散々な言われようの公務員だが、災害時はどうしても激務になる。ボランティア団体が市街地に入ってこれない間に電話回線等が不通となった場合、頼みの綱は彼らしか居ないのだ。それすらも民間団体に任せるのも一手かもしれないが、それでも、公務員という肩書が与えるイメージは大きい。


「人員不足なんだな……」

「仕方ないよ」


 十六億人を有する国家で軍人や公務員の不足が出るとは意外だが、それは、ロボットに様々なことを転換してきた代償である。機械に作業を任せて効率化することや不足分を補うことは素晴らしいことだが、一つ間違えただけで機能停止に陥る。つまるところ、機械は動けなくなる。


 もちろん、非常用電源があれば話は別だろう。だが、ギレリアルにおいて公務員や軍人の人員不足に関わるロボットは、空を飛べるように軽量化を図った結果非常用電源を置いてきたデータ・アンドロイドのみである。しかも、蓄えられている電気の量がなくなる時刻は、その時が近くならないと分からない。


 ラクトは、弥乃梨のコメントにそれを要約した意見を述べた。偽りの黒髪はそれを聞きながら頷く。そして、変えることの出来ない現実を前に決心した。


「わかった。なら、六人の分まで俺らが頑張らないとな」

「Now you're talking!」

「……なぜ英語?」

「いや、さっきまで電話口でバイオレットと相談してたせいで、つい……」


 どうやら、ラクトはレーフを差し置いてバイオレットに直談判したらしい。弥乃梨は彼女の話を聞いて、「流石、市長室に乗り込むだけあるな」と思って首を上下に振った。同時に偽りの黒髪は、今更ながら、翻訳魔法の範囲が顔の見えている相手だけだと気づく。


「そっか。まあ、たまに抜けてるところが見えるくらいが丁度良いと思う」

「ドジは嫌い?」

「ドジ『しかしない』のはな。健気に頑張ってドジするのは全然気にしないぞ」

「なるほどね」


 ドジに惹かれるのは、そこに意外性があるからだ。裏を返せば、いつもドジしかしない奴はほぼ確実に呆れられるということ。最初はドジな行動が心に響くかもしれないが、何度も繰り返せば、そのうち響かなくなる。何事も程々が大切だ。


「説明はここまでにして、捜索作業を再開するぞ」

「うん」


 本部サイドでの話を共有した後、弥乃梨とラクトは作業を再開する考えを共有する。そんな中、二人が横を向くと第一小隊の六人が居た。話している最中に本部の建物から出て来たらしい。偽りの黒髪は、彼女らに激励の言葉を発した。


「被災者に少しでも笑顔を届けられるように頑張れよ、お前ら」

「はい!」


 上官の言葉に一般隊員は元気よく返答した。午前中に離反者が現れた小隊とは思えない結束力である。死者の顔を見て日中の大半を過ごしたから、一つの目標に向かって結束てきたから、今のような成果がここにあるのだろうか。出発する気分満々だった弥乃梨とラクトは、そんなことを考えて少し遠回りした。


「じゃあ、行ってくる」

「ともに頑張りましょう!」


 エディットが真剣な表情を浮かべて言う。一方、弥乃梨は頷いた後、落ち着いた表情で「ああ」と言った。斯くして、救助作戦の延長戦が始まる。


「テレポート!」


 行き先はアイテイルがまだ調査していない場所。すなわち、弥乃梨がテレポートを要求された町。時差があるほどフルンティ市から離れている町だ。魔法名を言うと、アイテイルが偽りの黒髪の手を繋ぐ。それを合図に彼は内心で行き先を告げた。遅滞はなく、スムーズに移動が始まる。




 現地に着くと、アイテイルは弥乃梨の指示を聞かず勝手に構成物質の調査を始めた。だが、上官は注意しない。むしろ、積極的に必要な行動を取ったことを高く評価した。ラクトは同頃、弥乃梨と密着することをやめる。タブレットを作り、彼女が愛用している1テラバイトのUSBメモリをUSBポートに挿した。


「弥乃梨、テザリング」

「充電することを約束してくれたらしてやるぞ」

「それくらい約束するに決まってんじゃん」

「聞いたからな? ……ほら」

「サンキュー」


 言葉こそ強気だったが、弥乃梨は、ラクトが頼んだ時にはもうテザリングの準備を始めていた。そうでもなければ、相手が約束を承諾してからわずか一秒でテザリング開始の設定を済ませたスマホを渡すことはほぼ不可能に近い。確実に、設定アプリを起動した時点で一秒が経過する。


「ありがとう」

「おう」


 渡されたスマホの画面上部の帯は青色になっていた。そして、テザリングが成功した確固たる証拠として、テザリング中であることを示すアイコンが表示されている。だが、バッテリー残量は残り40%。ロックする以外に選択肢はなかった。ラクトからスマホを返してもらうやいなや、弥乃梨は電源ボタンを押す。


「あ、あんまり離れないでね……?」

「ブルートゥースで接続したのか」

「ワイファイだと色々と面倒だからね」


 そもそもタブレットのUSBポートは一つしか無いので、USBメモリが挿してある時点でUSB接続は出来ない。かといって、ワイファイ接続にすると電池の消費が増える。都市サバイバルにおいて携帯端末の電池残量ほど気にするものはないから、今使うテザリングの手段としてはブルートゥース接続が適当だろう。


「ていうか、よく分かったね」

「ハッカーには及ばないけどな。でも、最低限の知識は持っているつもりだ」

「土俵には立てるぜ、的な?」

「そこまでは言ってないぞ。下っ端になれるくらいの実力はあるって話だ」

「なるほど」


 そんなふうに弥乃梨とラクトが下らない雑談をしていると、アイテイルが二人のほうに近づいてきた。人口規模の少ない都市らしく、調査結果を一分程度で手に入れられたらしい。銀髪は、ムスッとした表情のまま口を開いた。


「弥乃梨さんとラクトさんはあれです。織姫と彦星です。私ら精霊が天の川になるので、まともに仕事してください。弥乃梨さんが送られてきたメールを見ながらニヤニヤしてた時点で分かってましたけど、いざ二人を相手にするとたまったものじゃありません。真面目に仕事をしている私がバカに思えてきます。わかりますか、この気持ちが! あなたたちにはわからないでしょうね!」


 怒りを爆発させるアイテイル。だが、すぐに勢力は静まった。


「……マップ、開いて下さい。調査終わりました」


 アイテイルは赤髪が同行している理由をしっかり理解していたようで、弥乃梨ではなくラクトにそう言った。副隊長はそれを受けてウェブブラウザを起動し、マップサイトにアクセスしてこれまでと同じようにフラグを立てる。


 終わると彼女は、USBメモリに入れておいたメモを起動して送り先のメールアドレスを確認した。赤髪は、使用開始から二時間とは思えないくらいに慣れた手つきで軍用メールソフトを操作し、フラグの意味と画像を添えて、その送り先にメールを送信した。刹那、ポップアップが表示される。だが、すぐに消された。


「固定キー機能の力は絶大だな」

「本当だよね」


 会話が弾みそうな感じだったが、弥乃梨とラクトはアイテイルのほうを見て「話したい」という気持ちを萎縮させた。鬼の形相というわけではなかったが、銀髪の顔からは怒りと怒りと怒りがひしひしと伝わってきている。


「それじゃ、次の町へ行こう」

「そうだね」


 今度は手を繋がず、バリアを張った状態でテレポートした。行き先は今居る町から一山越えた先にある漁村だ。

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