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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-68 暴行事件-Ⅱ

「戦闘を停止させてほしい」


 言葉こそ本心から出たのだろうが、屈したくない気持ちから小声になっている。


「そうか。なら、さっさとここから立ち去れ。敗北者は潔く去るのがルールだ」


 行われたのは戦争ではなく暴力だ。それに、しっかりと相手方の信を問う機会をはっきりと設置している。未練を残しているなら敗北を受け入れないことも可能だし、戦いを続行したければその旨を告げれることだって可能だった。


「お前の仕事はここに居座ることじゃないはずだ。さっさと仕事に戻れ」

「……ない」

「なんか言ったか?」

「……いと……すまない……」

「だから、はっきり言えって」


 弥乃梨が言うと、市役所職員は激高して叫声を上げた。


「謝らねえと気が済まねえんだよ! 悪かったな、声が小さくて! これくらい大きな声で喋らないと、どうせ私の言いたいことなんか伝わりませんよーだ!」


 これに対し、偽りの黒髪はあくまで冷静に対応する。


「それは違う。お前が俺に戦闘停止を求めたとき、俺はその言葉の意味をすぐに理解できた。その時と何が違うかといえば、それは声の大きさじゃない。口に音が篭っているかどうかだ。結論を出すことを急ぎすぎるのはやめたほうがいい」

「声が小さかったのは事実だろうが!」

「一番最初に『謝らないと気がすまない』と言った時は、確かに、戦闘停止を求めたときよりも声は小さかったかもしれない。だが、二回目は同じかそれ以上のボリュームだった。事実といえば事実、虚偽といえば虚偽ってことだな」


 激高して叫ぶように声を発する市役所職員と、落ち着いた表情で怒りを受け止め、相手方の親分の意見に対する自分の意見を述べる弥乃梨。実力行使で敗北したのに会話でも敗北すると知った市役所職員は、偽りの黒髪との話を断った。でも、弥乃梨は、正攻法で来ないからといって相手の行為を非難したりはしない。


「本当に申し訳なかった。どうか、お許しを頂きたい!」

「私はあなたたちの事を許していますよ。……忘れることはありませんが」

「――」


 障碍者の口から出た「許すけど忘れない」という言葉が持つ相手へのダメージ力は、「許さない」よりも強いものがある。市役所職員ら五名は今になって自分たちがやった罪の重さを知り、土下座して深々と頭を下げた。中には床につけている者も居る。しかし、障碍者の口から出る言葉は一貫していた。


「頭を下げるのはやめてください。すでに私は、あなた達の事を許しています」

「しかし、謝らないと気がすまないものでありまして……」


 下から被害者の顔を見上げる市役所職員。しかし、女は見事に障碍者の地雷を踏んでしまった。しかも、ラクトのように相手の意見を聞いて即座に整理し活用する力を持ち合わせていた。臨機応変に対応できぬ者に勝ち目はほぼなかった。だが、被害者は待ってくれない。全ての怒りエネルギーを言葉に注ぎ込むと、障碍者はそれを真っ向から相手にぶつけた。


「あの。もし今、あなたがたの利益のために深々と頭を下げていらっしゃるのなら、即座に謝罪行為をやめていただけますか? 謝罪は被害者の利益のためにするものであって、自分たちの利益のためにするものではないんですよ? 自己保身に走るくらいなら、謝ってもらわなくて結構です」


 図星を突かれて動揺する市役所職員。対応に冷静さはなかった。


「じっ、自己保身に走っているつもりは――」

「でしたら、『謝らないと気がすまない』という言葉のどこに自己保身でない理由があるのか教えて頂けますか? もし出来なければ、自己保身と見なします」

「……」

「早く答えて頂けませんか? 私が『謝る必要はない』と言っているのに、なぜ、私の利益のためにあなたがたが謝るのか。早くその理由を言って下さい」


 その質問に対して説得力のある答えをできるわけがなかった。自己保身のために謝罪しているのだから、市役所職員がそれについて一言でも発した瞬間、暴行行為を働いた者達は敗北する。一言ではなく文章として市役所職員が返答した場合は、それに加え、その発言を根拠に相手から追及されるだろう。


「……答えられません」

「そうですか。では、先に明言した通り、『自己保身』と見なさせて頂きます」


 被害者女性は言った通りの対応を行った。「見なさないで下さい」と一言言える環境は整っていたのに、市役所職員に発言する度胸がなかったせいで自分の首を絞める結果となった。なにせ、条件を問うたら無言で返されたのである。「そのままでいい」と受け取られるのも無理ない話だ。


「なので、もう、あなたがたからの謝罪は受け付けません。公務員として働いている間は私人でないのですから、早急に持ち場へ戻って仕事を再開して下さい」

「……はい」


 再度頭を深々と下げる市役所職員。場が静まり返った後、暴行行為を働いた女五人はすっと立ち上がって俯きながら廊下を進んでいった。四人の子分は一度も後ろを振り向くことなく前へ前へと自分の罪の重さを噛み締めながら進み、親分たる市役所職員は涙を流しながら前へ前へと進んでいく。そのとき。


「泣けば許してもらえる、忘れてもらえる。――そう思っているんですか?」

「そういうわけでは……」

「加害者の家族や親戚に泣く権利はありますが、濡れ衣を着せられたわけでもないあなたのような加害者に泣く権利はありません。それと、涙はあなたの体液ですよね? 汚物はあなたの手で丁寧に処理してください」

「……」


 悔しみが涙を誘う中、スタスタと歩く子分たちの背中を見ながら、市役所職員はその場に泣き崩れた。一方、被害者は良い気分に浸れてご満悦。他人の不幸は蜜の味がするらしい。右手で腹を抑え、左手の人差し指で加害者の女のほうを指差し、時に手を叩きながら大爆笑していた。


「おいこら、ちょっと待て! 早まるな!」


 加害者とはいえ人であることに変わりはない。涙が溢れている状態で追い撃ちをかけるように高火力の攻撃が心に突き刺されば、思考回路がおかしくなるのも頷ける。市役所職員は涙を流しながら廊下の窓の鍵に手を掛け、施錠を解除した。高確率で自殺する可能性が考えられ、弥乃梨は咄嗟に現場へと走り出した。


「自殺だけはすんな! 誰かがお前を必要としている!」


 だが、市役所職員は弥乃梨の説得を聞かない。自殺願望で心を満たすと、女は一気に窓を開けて身を乗り出した。窓と上半身が交差した場所を背中から見たとき、その角度は二二十度くらいであり、もう少し傾くと危険ゾーンに突入する。否、二〇〇度を超えた時点で危険ゾーンだ。手を離せば余裕で死ねる。


「(私が責任を持って死ねば解決するんだ……)」


 なおも傾きはどんどん増え、窓と上半身の交差した場所を背中から見たときの角度がついに三〇〇度を突破した。そして、弥乃梨が自殺未遂現場に駆けつけたとき。女は窓のレールに置いていた両手を離した。当然、落下が始まる。


「ふざけてんのかお前は!」


 市役所職員と同じように身を乗り出して飛び降りると、弥乃梨は空中一メートル付近にテレポートした。そして、落下してきた女の身体をお姫様抱っこするように抱きかかえる。このまま連れて帰った時にラクトにどう顔を向ければいいか心配する一方、人命を救助する以上仕方のない行為だと決めつけ、心配をよそに何度かテレポートを行い、弥乃梨は市役所職員を廊下に連れ戻した。




 戻ってきた刹那、弥乃梨はお姫様抱っこをやめた。偽りの黒髪は理性で怒りの感情を殺した後、市役所職員にとって有益な情報だけを抽出して言った。


「生きることを諦めるな! お前が働いた罪が非道なのは確かだ。けれど、お前の刑は死刑に処さなくてもいいものじゃないか。それなのに、なぜ死ぬんだ?」

「私の死ぬ様を見て被害者が笑ってくれれば、私はそれだけで気持ちがいい」

「それがお前の死ぬ理由か」

「そうだ。この命は自分のものではない。世界市民の共有財産だ」

「相手のために自分の身を投げ捨てることを肯定するのか」

「もちろん。公務員は国家の奴隷であり、国民や住民の奴隷ではないか。奴隷たる者、主人たる民の声から耳を背けるわけにはいかないはずだ」


 市役所職員の内心は自己否定感に包まれてしまったようだ。暴力行為に及んでいたときの発言と一八〇度異なる発言を重ねて行っている。一方、内心がズタボロになってまともな考え方すらできなくなるほど追い詰められた市役所職員を見て大笑いしている車椅子に乗った障碍者。またも脇腹を抱えて指を差している。


「公務員と奴隷をイコールで結ぶのは分からなくない。けど、収入を得ているじゃないか。自分の意志で職業を選んだんじゃないか。だから、国家や国民の『奴隷』というより、国家や国民の『従者』と言ったほうがいいと俺は思う」


 安定した給料をもらえている時点で『奴隷』とは言えない。行動に制限が課せられている程度で『奴隷』と言う輩には、見ず知らずの大陸に連れられていっても、無償で働かされても、文句一言すら言わせてもらえなかった三角貿易時代の本物の奴隷たちの姿を見せてやりたいものである。


「それに、公務員は一部でなく全体の住民に奉仕する職業だ。しかも、お前は人命救助とかに携わってるわけじゃない。だから、無理して誰か一人のために身を挺す必要はないはずだ。警備や安全保障に携わる仕事じゃないんだからな」


 公務員と言っても、その言葉が包括する範囲は意外と広い。事務や企画が中心の役所仕事に従事する人も公務員の仕事の一つだし、誰かを守るために自分の身を投げ捨てる職業に従事する人もまた、公務員の仕事の一つだ。


 言うまでもないが、市役所職員は『事務や企画が中心の役所仕事に従事する人』のことを差す。後者の場合は身を挺することも辞さない勇敢な魂を持った人々が属するのだろうが、役所の職員にそれは不要だ。テロの標的となることはあっても、発作でも起きないかぎり仕事中に命を失うということはあり得ない。


「この世界の誰かのために自分の命を捧げよう、という考え方は素晴らしい。でも、お前は『ボランティア』じゃなく『公務員』だ。全体の奉仕者が個人の意見を命令のように認識して行動するのは大間違いだと俺は思う」

「……」

「おそらく、これから、お前とお前に虐められた障碍者は法廷で対決することになる。そして、お前は確実に敗訴するだろう。だけど、一つだけ確信を持って言える。たとえ公職を追放されようが、お前が死刑に処されることはないと」


 自由刑に処されることはあっても、命を払って償うほどの罪ではない。数カ所ばかり外傷が見て取れるが、市役所職員が暴力行為を働いたとは思えないほどに障碍者は外傷を負っていない。だから、罪はそう重くないだろう。


「でも、反省の色はちゃんとと示せ。それは加害者に課せられた使命だ。加害者と被害者の両方に温故知新の心が芽生えないかぎり、和解することはない」


 故きを温め新しきを知る。それは、過去の事件から教訓を学んで次に繋げることを意味する。被害者と加害者が互いにその思いを持たなければ、事件が『収束』することはあっても『終息』することはあり得ないだろう。一時的に怒りが収まったとしても、些細な出来事でその怒りが再び高まることは十分ありえる。


「そして、最後に一つ。俺にお前の肩を持つ気はない」

「そうでないと困る」

「そうか。ここまで、くそつまらない俺の駄文を聞いてくれてありがとな」

「これからの生活の参考にさせていただこう」

「そうしてくれ」


 そう言うと、市役所職員はスタスタと教室棟のほうへ歩いて行った。静かな空間を進んですぐ、階段を降りる音が聞こえる。自殺しようと窓から飛び降りた時のような壊れた心が修復された結果、女の心の中に余裕が生まれていた。その証拠に、微かながら市役所職員の鼻歌が聞こえている。


「さて。単刀直入に聞く。――お前に、法廷で裁判を行う気はあるか?」

「お金も謝罪も要りません。訴える気なんか微塵もないので」

「なら、なぜ、あの公務員を自殺へ追いやるような真似をしたんだ?」

「私、人の壊れる姿が大好きなんです。たとえば――」


 言うと、被害者女性は拳銃を取り出した。弥乃梨もラクトも唾を呑む。


「何をする気だ」

「嫌だなあ。さっきから、人が壊れる姿を見たいって言ってるじゃないですか」

「引き金を引くつもりか?」

「いいえ。ここでは引きませんよ」

「『ここでは』ってどういう――」

「こういうことです」


 車椅子の車輪をくるっと回すと、障碍者は十メートルほどに出た。そこは、市役所職員が自殺未遂を行ったときに飛び降りた窓の目の前。弥乃梨もラクトも、女が何をしでかすのが観察を続ける。すると、その刹那のことだ。


「掛かりましたねッ!」

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