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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-66 再集結

 移動してきたのは市役所の駐車場。しかし、弥乃梨が紫姫のもとへ向かったときとは異なり、介護施設の入居者や職員の姿はそこに無かった。かわりに、第一小隊のメンバーが集合している。弥乃梨のことを「独裁者」だとレッテル張りし、一時的に第一小隊を離脱した五人も一緒だ。


「ラクト、話し合いの結果はどうなった?」

「『持ち込んだ備蓄物品は自分たちが優先して使うべき』って話したら、市役所職員から『そうなってます』って言われてさ。結構スムーズに進んだよ」

「そっか。じゃあ、施設入居者とかのここでの居住スペースはどうなった?」

「隣の学校の教室棟二階が充てられた。健常者は約三〇人の五グループ、身体障碍者は別にひとまとまりになって生活中だよ。職員は適当に配置してる」

「ラクト、やっぱすげえよ」

「えへへ、もっと褒めろ!」


 再会して早々に、弥乃梨とラクトはバカップルぶりをアピールした。しかし、第一小隊のメンバーが集合した状況でするべきことではないと考え、二人はその方向で合致し、偽りの黒髪が赤髪の頭を撫でたところで話にひと区切りつける。


「さて、第一小隊がこうやってまた一つにまとまれたわけだが……。最初に、レッテル貼りした上に小隊から離脱した五人を裁かせてもらう」

「……独断によって裁くのか?」

「俺が一人で裁く訳じゃない。裁判に掛ける以上、証人は必要不可欠だ」

「弁護する人も居るよね?」

「まあ、そうなるな」


 裁くと言っても五人に罪を償ってもらうわけではない。今後レッテル張りが行われた時のために相手の弱みを握っておきたい、という弥乃梨の戦略的発想から来ている。だから、最愛の彼女にして最強のライバルが相手サイドにつくことに異論はなかった。


「さて。証人によれば、君ら五人は《紅竜王ハイパー・クリムゾン》に連れ去られたらしいが……、まず、君たちの口から連れ去られた経緯を聞かせてほしい」

「黙秘します」

「わかった。では、証人から連れ去られた経緯を述べてもらう」


 親しき仲にも礼儀――否、常識あり。弥乃梨は被告人固有の権利である黙秘権の行使を認めた。しかし、被告人が話すまで待っていては裁きが進まない。弥乃梨は、被告人のかわりに証人である紫姫から五人が連れ去られた経緯を聞く。


「被告人五名は、自意によって第一小隊から実質的に離脱した。その後は海岸線を進み、丘陵地を進み、山奥へと進んでいった。しかし、山奥にて進むべき方向を忘れて遭難してしまい、迷っていたところで竜にさらわれた。以上」

「ありがとう。続いて、これについて被告人または弁護者からの意見を求める」

「証人の発言には誤りがあります」


 黙秘を貫こうとする被告人五名とは対照的に、弁護人は証人の主張を否定する。


「被告人が海岸線を進んだ事実はありません。海岸付近で休憩している最中に竜が彼女たちをさらったのです。事実と異なる証言を述べるのはやめてください」

「証人から今の話についての意見を求める」

「しょ、証拠を提示してほしい!」

「被告人側に対し、先ほどの主張についての証拠を提示するように求める」


 挙動不審の紫姫を擁護することなく、弥乃梨はあくまで中立の立場から話を進めた。裁判官に求められるのは、その良心に従って独立して職務を行うことである。どちらかの主張に肩入れするのは、独立しているとは言えない。


「竜の背後には檻があったはずです。とても大きく、とても頑丈なものだったはずです。もし、そんな檻が降下してきたら、周囲に変化が見られるはずでは?」

「例えばなんだ?」

「クレーターとまではいきませんが、それなりの跡が出来るはずです。騒音だって出るでしょう」

「そ、その跡はどこにあるんだ! 証拠の提示を求める!」

「わかりました。では、誠に勝手ながら、裁判官に要求を行わせて頂きます」


 どんな要求が来るのか期待する弥乃梨と、落ち着いた表情のラクト。偽りの黒髪は赤髪と同じ立場に居ると思ってここまで来たから、異なる立場で話をするのは新鮮味がある。が、行われた要求はそこまで苦なものではなかった。


「精霊を証拠採集のために向かわせてもいいですか?」

「構わない。但し、写真撮影のみとする。編集は当然禁止だ」

「わかりました。では、写真撮影を傍聴者である彼女に依頼します」


 言うと、ラクトはカメラを作ってそれをサタンに手渡した。耳元で行き先を伝えると、精霊罪源はすぐさま証拠採集に向かう。同頃、弥乃梨らの居る付近に一瞬の静寂が訪れた。証人も弁護人も譲らない戦いの中の一瞬の安堵である。


「撮影してきました!」


 しかし、その矢先にサタンが戻ってきた。あまりの速さに、「引き返してきたのではないか?」と周囲にどよめきが走る。だが、彼女が提示した写真は紛れもなくついさっきのものであった。カメラの右下に書かれた年月日と現在の天候が見事に一致している。そして、写真には海とクレーターのような跡が写っていた。


「こちらが証拠になります。イグジフを頼りに位置情報を入力すると――」


 ラクトは証拠を提示するのと並行してスマホを作った。ロック解除後、初期搭載アプリである『マップ』を開いて上部の検索欄に位置情報を入力する。表示方法を航空写真に切り替えてスリーディー表示を行うと、そこには……。


「見てください。明らかに、この写真の場所と同じ場所ではありませんか?」

「……」

「証人からの意見を求める」

「我の発言に誤りがあったことを認め、同時に、『しかし、山奥にて進むべき方向を忘れて遭難してしまい、迷っていたところで竜にさらわれた』という発言については訂正する。しかし、竜が檻を持って行った場所までの進み方が我の言ったとおりであることに変わりはない」


 言っていること全てが間違いではない、と主張する紫姫。被告人側の意見だけを聞いて判断する訳にはいかないので、弥乃梨は検察側の主張の真偽を聞くべくラクトに質問する。


「証人の訂正内容について、被告人側からの意見を求める」

「訂正内容に異論はありません」

「証人の修正された主張についての意見も求める」

「異論はありません。竜が進んだところについては、証人の主張を支持します」


 妥協できそうなところを聞き出したところで、弥乃梨は話を切り替えた。


「――さて、ここまでの裁判は茶番だ。お前らを本気で裁くつもりはない」

「どういうことだ?」

「私たちは茶番劇に付き合わされていたというのか……」


 被告人五人とタラータ・カルテット内でただ一人心を読めない精霊アイテイル、そしてエディットが弥乃梨の発言に驚きを隠せないのは、当然といえば当然だった。しかし、なぜかサタンまで弥乃梨の発言に目を丸くしている。


「えっと……、先輩たちは演技をしていたってことですか?」

「バラバラなチームじゃ作業なんかできないじゃん」


 被告人が黙秘しなければ弱みを握る絶好のチャンスだったが、そういうわけではなくなり……。実質的に第一小隊を離脱した五人についての裁判は、チームの絆を深める機会と化した。ラクトがサタンの質問に回答してこの裁判の主旨を説明するのと同頃、紫姫は弥乃梨とともに五人のほうへ近づく。


「嘘偽りを言って申し訳なかった。でも、あれは演技だから安心してほしい」

「もちろんじゃないですか。嫌だなあ」

「私共、貴方のような心優しいお方が嘘を吐くわけがないと信じておりました」


 満面の笑みで紫姫と接する被告人たち。今更キャラクターを使い分けたところで意味はないのに、優しく丁寧な言葉遣いになっている。しかし、弥乃梨が会話を始めた途端に空気が凍りついた。紫姫からシアン属性を剥奪したかのようだ。


「五人が俺の指示に従いたくない気持ちは分かる。でも、これは上のお告げなんだ。俺みたいな無能指揮官の下になってイライラしている気持ちは分かるが、俺の言っていることに従ってほしい。頼む、この通りだ……」


 左足を曲げて地面につけると、弥乃梨は同じように右足を曲げて地面につけ、左膝・右膝の少し斜め前にそれぞれ左手・右手を置いた。そして、目線を下に向かわせたまま、偽りの黒髪は深々と頭を下げる。――そのとき。


「顔を上げろ。そして、こちらを向いて立て」


 そう言ったのはラクトだった。しかし、明らかに普段の調子と違う。一方、弥乃梨は彼女の要求に応えるだけで特別何かを警戒するわけでもなく、立ち上がるやいなや赤髪のほうに視線を向ける。だが、刹那にその痛みは襲ってきた。


「軍人が頭を下げていいのは敵将か自軍の上官だけだ!」


 叫ぶように言うと、ラクトは弥乃梨の左肩に手を置いた。


「俺みたいな無能指揮官? は? ばっかじゃないの? 独裁政権を倒して、龍族の序列一位を倒して、一時すべての精霊を支配下において、三カ国の元首と会話して、それのどこが無能なの? 自虐発言も大概にしろよ!」 


 紙をクシャッとするように、ラクトは弥乃梨の左肩の服を掴んだ。いつもなら相手の目を見て話す赤髪だが、自分の心の奥底にある言いたいこと伝えたい事を感情的に話している今、彼女の目線は下を向いている。


「謙虚は確かに美徳だよ。でも、自虐は美徳じゃない。だって、必要以上に自分のことを責めたら自分が傷つくじゃんか! それだけじゃない。過度な自責は、てめえを愛してるこの世の誰かを悲しませることになる。傷つけることになる。だから、自虐なんかすんなよ……」


 ラクトはこれまで、「涙を見せて相手を説得するのは卑怯だ」と思っていた。もちろんそれは、今でも変わらない。でも、弥乃梨の行動に対して怒ったときだけは、どうしても涙を堪えられなかった。伝えたいことや叫びたいことを吐き捨て終えた時、塩気がラクトの頬に水気を運ぶ。


「あの……」

「なんだ?」


 堪らえようにも堪えられない強い衝動が涙を誘い、赤髪の涙腺が崩壊の一途を辿る中。声の主の方向に視線を向けると弥乃梨の右横で、そこには一般隊員五人が集まっていた。皆一斉に呼吸したかと思うと、刹那に謝罪の声が聞こえる。


「ごめんなさい!」

「俺、別に謝られることをした覚えは――」

「私たち、そこまで隊長のことを責めていたとは思わなかったんです。だからあんなに傷つくようなことを言って、職務を放棄して、本当に迷惑を掛けました」

「気にすんな。誰にでも過ちはある。間違いを活かせるかは人それぞれだがな」

「はい、隊長!」


 一度は二分したものの、第一小隊は一つにまとまった。苦難に遭遇する中で絆が深まり、新たな上官に対する不満が収まり、ようやく目的のために一致団結できるようになった。でも、弥乃梨にはやり残さなければならないことがある。


「ところで、やっと第一小隊がまとまったところ申し訳ないんだが……。紫姫、第一小隊の隊長代理を務めてもらっていいか? 俺らの全権はお前に委任する」

「わかった。では、都合のいい時に我か誰かの魂石を通じて合流してくれ」

「ありがとう」


 弥乃梨は感謝の思いを紫姫に伝えると、未だ視線を下に向けたままのラクトとともに駐車場の奥の方へと向かって歩いていった。同頃、第一小隊の本隊ではこれからの活動についての説明が始まる。ちゃんと機能していることを確認した後、偽りの黒髪が口を開いた。

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