1-34 ボン・クローネ観光-Ⅸ
「一つ、言っていいかな?」
「どうしたんだ?」
ラクトに許可をとった後、稔は言った。まるで中二病患者のような行動を取り――詳細を言うならば、右目に左目の手を持って行くなどして格好つけ、その左の手の肘の部分に右手の手のひらあたりをおく、という感じで、言った。
「最高のショーだと思わんかね! 見ろ! 人がゴミのようだ!!」
「ゴミって酷い気がすると思うけど……。ショーだって事は確かに間違っちゃいないね」
「原作だと違う意味なんだがな……」
「言わなくていい。稔の心を読んだから、何を考えているかも今わかった」
そもそも、キャラクターを演じるのには限界があるものだ。けれど、ネタ提供には苦を惜しまないという、稔の精神。それが、中二病患者のような行動を取ることのできる原動力となっていたのだ。
現在、稔もラクトも空を飛行中である。民衆の迷惑には然程ならなかった離陸だったが、いざ上空に飛び出してみれば結構な民衆が居て、飛び出すことが迷惑だと感じている民衆も居た。
「しっかし何故、民衆の数は空に沢山いるんだろ?」
「まあ、民衆もそうだけど基本的にはカメラマンだしね。民衆というよりもマスコミだ」
「なるほど」
エルフィリアという国は、戦争終結後の学校教育はあまり進んでいないような印象を受ける国であるが、別に施設の名前だとかが日本語ではないだけだったりすることも会ったりするので、一概には言えない。でなければ、マスコミなんて機能しない。機械を使うわけだし、それなりの教育は要る。
「――ということは、俺とラクトは邪魔ということか?」
「その通り。……邪魔だ」
ただ、『邪魔』と言っているラクトの顔の表情は悲しんでいるような様子でもなく、むしろ喜んでいる様子だった。マスコミに対しての挑戦状を叩きつけるような、そういった顔だ。
「んじゃ、退避するか」
「――お前は馬鹿か? 何のために離陸したんだよ?」
「……」
「というわけで、退避は不可能だ。マスコミ関係者には悪いが、私達は私達の道を貫こうじゃないか」
「分かった」
離陸して、折角のベストポジションを奪われてしまうのは二人とも嫌なのは一致していた。それを譲るのか譲らないのか、それが焦点であるだけで、それ以外は大体一致していたのだ。
「しかし、目立つな。やっぱり、民衆が左右で列を成しているからか?」
「そうだろうな。でも、直線だから曲がったりしてなくて、あんまり上から見ても面白くないけどさ」
「それでもいいじゃん。……ささ、上から見ていこう」
ボン・クローネ市の中心市街地は、中世ヨーロッパ風の建物が並んでいるだけあって、超高層ビル群だとかのビルはなく、あまり前方を見ずとも大丈夫である。ただその一方、地平線の方向に目をやると、高層ビル群のシルエットが浮かぶ。
「なぁ、朱夜?」
「何?」
「あの高層ビル群って、結構遠いのか?」
「まあね。あの山を超える必要があるから仕方が無い」
朱夜が言っている方向には、確かに山が有った。緑がいっぱい残っている山で、景観も美しい。けれど、朱夜はその方向に目をやろうとはしない。理由は単純だ。主人のため、それは止めたのだ。
「あの山、超えた先には海があるんだ。それで、あの超高層ビル群は砂浜に建てられたビル。後は、埋立地とかのビルも有るね」
「そっか。――何かで栄えてきたのか?」
「元々は別の街だったんけど、合併したからね。かつては、海軍の三番目の鎮守府が置かれていた場所だ」
鎮守府……要するに海軍の拠点。とはいえ第三の拠点ということは、それなりの発展は有ったわけだし、軍の主要な場所である。エルフィリア王国は、よくもその近くに臨時の王都を作ったものである。
「ミニ知識としては、ボン・クローネ市民は山の向こうを、『新市街』とか『山陽市街』って言う。山の此方側は、『旧市街』とか『山陰市街』って言うね」
「海が有る方が光の有る方なんだな」
「そうみたいだね」
日本の山陰地方と山陽地方とは一切異なるのだが、それでも呼ばれ方は似ているといえば似ている。
「まあ、ああいうビルなんてテレポートですぐに移動できるだろうから、取り敢えず今は下を見ようじゃないか」
「だな」
大通りを歩くエルフィリア王国の王女。当然、その周囲には王女を守るための者が居る。……リートが先にデートをしていろといったのは他でもなく、その守るためのものと合流して打ち合わせをする時間を考慮しての話だったのだ。
「ボン・クローネの市役所って何処に有るんだ? 此処から近いのか?」
「遠くもないし、近くもない。結局、ヴェレナス・キャッスルの前の中央通りを通って行かないと辿り着けないから、今通っている道を左に曲がる必要があるね」
「なんかお前、カーナビみたいだな」
「一家に一台ってか? ……召使を機械扱いするとは、稔もついに本能が?」
「うっせ。お前がそれくらい優秀だってことだよ。言わせんな恥ずかしい」
少し頬を染めた稔に、先ほどの反撃をしようと思うラクトだったが、取り敢えずそれは止めた。飛行中にそれは思わぬアクシデントを招きかねないし、仕方が無い。
「そういや、エルフィリアって車走ってんの?」
「走ってるよ。電車もね。……けど、ボン・クローネは観光都市だからね。郊外に環状高速や環状道が有るだけで、街中は車は走れないんだ。ニューレイドーラは違うみたいだけど」
「そうなのか……」
街中は車で走れないものの、郊外を走っている道路であれば車は通ることが出来るというのがラクトの言った内容だった。でも、ボン・クローネ市の地下にも縦横無尽に高速道路は走っているので、別に環状高速や環状道だけしか通れる場所がないわけではない。
「んでもって、今通ってるこの東通りを真っ直ぐ進んでいったところにあるのが、ボン・クローネ公安警察署。道の左右に建物があって、ボン・クローネの中心駅と接しているんだな」
「建物が左右にあるのって、やっぱりあれか? 景観上の都合か?」
「正解。やっぱり、ビルは作れないからね。……何にせよ、今の場所は結構恵まれてると思う。王国鉄道公安警察と、王国公安警察と、一緒になってるからね」
どちらにせよ、市民の命を守ることが使命である。活動範囲には差があったとしても、結局は武力を用いたり、魔法を用いたりして解決するのだから、やっていることは大体一緒だ。
「あとは――。そうだね、民間警察かな」
「民間警察?」
「そうそう。略称は『民警』。王国から認められている、民間の警察だね。武力行使、魔法行使、威嚇攻撃など、様々なことが認められているっていうことで、そっち系の人達が一杯入る」
「そっち系って……」
「俗にいう、『サバイバルゲーム』をしている奴とか、『ニート』の奴とかな」
「えっ……」
『ニート』というのは仕事をしたくないって人、したくでも出来ないって人であるが、取り敢えずラクトの認識している『ニート』は『サバイバルゲーマー』という認識でいいだろう。要は、誤用だ。
「私が言うのもあれだけど……。エルフィリアの治安維持法だと、『国家指定警察』に当たるのが、普通の警察。『鉄道公安警察』とか『全道公安警察』といった特定のみの事柄にしか捜査のメスを入れることが出来ない警察と、『王国公安警察』みたいな全ての事柄に操作のメスをいれることが出来る警察、どっちも入る」
「ふむ」
鉄道や国道とか高速とかだけではなく、海でも空でも警察は居る。勿論、王国の軍部を取り調べるための警察だって居る。それこそが、『王国公安警察』である。
そもそも、『王国公安警察』の中から特に事件が多かった二つの部署を独立させたことによって、『鉄道公安警察』と『全道公安警察』の二つが生まれたわけで、元々は一つなのだ。
「そして、民警は『国王指定警察』に当たるね。警察は基本的には一般人を取り調べるけど、民警は取り調べとかは基本しない。何をするかって言ったら、王家のセキュリティポリスが主だ」
「ということは、そっち系の奴らはどうなの? 辞めるの?」
「うーん……。まあ、辞めたりする人もいるけど、基本的には辞めれない」
「まじか」
国王が指定している警察が『国王指定警察』なのだ。だから、簡単にやめてもらっては困るということである。
「でも民警は、警察だけじゃ対応できない事柄の始末をするためにも働く。だから、通称名は『最後の掃除屋』なんだよね。可哀想に、別にそれが仕事の主じゃないのにさ」
「皮肉だな」
「でも、民警と公警、民間警察と公安警察は結構良いバランスだと思う」
「ならいいじゃん」
「いいのかな?」
そんな会話をしながら居ると。下の方を見てみれば、王女御一行様は左折していた。信号機などはない。道を成している民衆は、何処までも途切れないほどで、どれだけの支持を集めているのかが窺える。
「さ。左折したから、私達も行くぞ」
「おう」
左折してみて、稔は再び正面の方向を見た。……山だ。高い山が有る。
「ボン・クローネって、盆地なんだな……」
「でも、山を越えればすぐそこは海だぞ。綺麗な海が広がってるぞ」
「そうなんだ」
ふと、稔は国立第二図書館やヴェレナス・キャッスルのある方向を見た。見てみれば、その施設や世界遺産の大きさに驚いた。図書館はあまり大きいような印象は持てなかった稔だったが、その建物の裏に広がる公園だけで、相当な敷地だった。
「そういや、さっきお前言ってたよね」
「何?」
「鎮守府の話。あれって、海軍の話でしょ? んじゃ、空軍とか陸軍とかの基地ってどうなの?」
「あー……。有るよ、ちゃんと。たださ、エルフィリアって東西に広かった頃でも海軍の拠点は多くなかったから、説明しやすいんだよね。陸軍とか多すぎてキツイ。空軍はまだ大丈夫」
「そうなのか」
鎮守府――もとい、軍港。それは、第三の拠点がボン・クローネの近郊ということも有って説明しやすかったのだ。それに、エルフィリアが巨大な領域を管轄していた時でさえ軍港は少なかったため、説明しやすいのである。流石は大陸国家だ。
故に広大な土地を抱えているということは、陸軍の駐屯地の説明はしづらくなる。空軍の飛行場だとかの拠点に関しては、海軍同様全然問題ないのだが、陸軍だけは異常だ。
「帝都、東都、西都、という区分で鎮守府は作られた。でも、帝都『ニューレイドーラ』は海に面していないからね。あくまで、『司令室』が有るだけだ。要は、本当に活動していたのは二つの鎮守府だけ」
「説明易いな、それは……」
「だろ? なのに、陸軍の駐屯地なんざ、軽く一〇〇を超えてるんだぜ……?」
「マジか……」
なんと、陸軍の駐屯地は日本の都道府県の数よりも多いのである。……まあ、それくらいで驚いたりするくらいの国土面積ではないので、簡単に比べることは無理だが。
「まあ、鎮守府とかいう括りにするのなら、陸軍の駐屯地も二箇所」
「なんだよそれ」
「同じく、空軍も二箇所」
陸軍の駐屯地があまりにも多すぎるだけで、大体は同じなのだ。海軍、陸軍、空軍、全てが二箇所に第二司令室を持っており、帝都には中央司令室、日本でいう『大本営』が有ったというわけだ。
「まあ、基本的に場所に関しては石に準拠してる。艦隊の最初についている方向とかがそれ」
「ということは、俺は……」
「まあ、飛行隊は別に地方区分なかったしな。……それはいいか。まあ、稔は『防衛』に関するエキスパートが大量に居たところで指令をしていた人の石と意思を持ってる」
なんだかんだいって、司令室を増やしすぎるのは良くないのである。軍の執行部や指揮官らへの反発が強まることは避けたいわけで、多くの司令室があれば反発が出やすくなるのは当然だ。いっそう、まとまりが求められるのだ。
「っていうか、『帝都』ってカッコイイよね」
「お前も帝国出身者だろ」
「そうだけど、でも格好良い! 『王都』よりも響きがいい!」
「……お前、この国の権利を大量に持っているやつを目の前にして、それは自殺行為だとは考えないのか?」
「まあ、稔だし」
「召使に甘く見られる主人ってことか」
「稔が『対等』な関係を望んでるんじゃん」
「そうだけどな、対等とナメてるってのは違うんだよ……」
ただ、流石にナメられるのはあまり稔も良い気分はしなかった。そりゃ召使だって、転生したと言っても生きているわけだし、変に下に扱うのは良くないと思う。でも、それで対等な関係を築こうとして、召使からナメられてしまえば、意味は無い。
「おお、ほらほら、右折したぞ!」
「んだよ、テンション高いな……」
「そ、それは稔がテンション低い間違いじゃ……?」
「ああ、そうだよ。けど、それだけじゃないだろ」
「え?」
首を傾げるラクトに、稔は言った。
「俺をナメるな。俺を見下すな。代わりに、俺はお前をナメないし見下さない。――いいな?」
「なんだよ、そんなことかよ」
「ああ、そんなことだ」
そんなこと、を言って。稔とラクトは、ついに中央通りへと入った王女御一行様を上から見る。
「目の前の大きな施設が、ボン・クローネ最大の駅だ。その名も、『ボン・クローネ駅』」
「ふむふむ」
「立派な駅だよね、ホント」
「だな。ちゃんと道は下を通ってるんだな」
「そうだ。やっぱり、多くの人が行き交う駅だから仕方が無いね」
洋風建築が非常に似合う街だけあって、駅舎が洋風だと凄く似合う。流石は、王国の東の玄関だ。
「因みに、駅舎を潜ったとしても、ボン・クローネ市役所はまだまだ道のりがあるぞ」
「なんだと……?」
「結構遠いんだよね。だから今、古くなった市役所を駅の中に移す計画が進んでるんだけど、無理だろ」
「お前が否定するのか。……説明側なのに」
「いいじゃんいいじゃん」
とはいえ、流石に駅舎の中に市役所を移すのは、人の行き交いが大変なことになるだろう。そうなれば、事故が増えることは脳裏に入れておく必要があり、稔としてはラクトと同じ側だった。
「てか、駅に行けるかな?」
「さあね」




