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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-65 紅竜王ハイパー・クリムゾン

「なん――」


 弥乃梨の目の前に飛び込んできたのは、身体に燃え盛る炎を帯びた赤肌のドラゴンの姿。ファンタジーの世界でしか見たことのないような龍がそこにはあった。竜は両翼を上下に動かして空中を飛んでいる。しかし、ドラゴンの後ろには人影があった。直後、第一小隊の五人の姿を目にする。


「すまない。我一人では対処できない強さの龍でな」

「どういうことだ?」

「このドラゴンにはパーセントダメージが効かないんだ」

「嘘だろ……」


 相手にパーセントダメージが効かないというのは結構な痛手だった。でも、それ以外にも痛手となることがあった。紫姫は悔しそうに話す。


「それに、龍の身体を炎が包んでいる。『闇と氷の駆動紫蝶(バタフライドライヴ)』をすると必要以上のダメージを負ってしまうから、突撃することができない」

「なら、『空冷消除マギア・イレイジャー』を使えば――」

「空気で火を消すことは出ない。使用したところで意味はない」


 ケーキについてくるような蝋燭の火なら空気で消すことが可能だ。しかし、酸素を供給すれば水の中でも火は燃えることがあるほど、空気は火に弱い。それに、龍の身体を包んでいる炎は魔法ではなく特性。『空冷消除』は魔法の効力を打ち消す魔法だから、使用したところで効果はいまいちだ。


「そこで貴台に頼みたいんだ。貴台の『終焉ノ剣(シュヴァート・エンデ)』ならダメージを負わせられるだろうし、貴台はバリアだって使えるじゃないか」

「けど、龍を倒す必要はあるのか? テレポートすれば五人救えるわけだし」

「それでも倒す――いや、『倒す』ではなく『ゲット』する必要がある、だな」

「ゲット……まさか、龍を召使にしろってことか?」

「そうだ。もしかしたら、隊員五名を拉致した理由がそこにあるかもしれない」


 弥乃梨は最初、紫姫が何を言っているのか分からなかった。でも、なんとなく分かった。それは、龍の意思で五人を拉致したのか、それとも主人の意思で五人を拉致したのかということである。もし後者ならば、追及する必要がある。


「けど、五人の安全を確保できないうちに戦う姿勢は頂けないな」

「なら、貴台が救助作戦をしている間、我が龍の囮になる」

「よろしく頼む。じゃあ、俺はテレポートで――」

「早まるな。我が貴台を五人の居る場所まで送り届ける」

「おい、ちょっ、待てって……」

「問答無用だ」


 弥乃梨の両脇の下に手を入れると、端から見ると抱きついているように見えるくらいまで紫姫は偽りの黒髪との距離を縮めた。乳房の膨らみを背中に感じながら、主人は精霊とともに第一小隊の五人が収容されている檻を目指す。


「――漆黒の蝶舞(バタフライ・ダンス)――」


 檻に向かって加速する紫姫。また彼女は、離陸してまもなくに『空冷消除』を使用した。銃口が向けられたのは檻をロックしている南京錠の錠前。発砲された銃弾は、紫姫の狙い通りの直線を進む。数秒後、檻の施錠解除が確定的となった時。紫髪は弥乃梨の耳元で小さく発した。


「我は檻を通過して作戦に戻る。救出作戦は貴台の仕事だ」

「ああ、わかった」


 会話をしながらすぐ離せる態勢を整える紫姫と、すぐ離れられる態勢を整える弥乃梨。その会話の直後、檻の施錠が解除された。直後、『漆黒の蝶舞』が生み出す強風によって扉がその意味を失う。骨組みの一部もその意味を失った。そんな中、檻へ衝突したのを合図に、『黒白』はそれぞれの行く方向を修正する。


「――跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド――」


 離れた刹那、弥乃梨は大声を挙げた。魔法使用の宣言である。そのバリアの効力が発動したのと同時に、彼は魔法使用をまた宣言した。行き先はサタンやエディットが居る場所だ。つまり、市役所の駐車場である。




 五人を移動させても何も言わず。弥乃梨は魔法使用宣言以外の大半で無言を貫き、テレポートと魂石使った移動を除くと口が動いていなかった。しかし、話しかけられれば当然反応する。囮役としての活動を一時的にやめた紫姫が近づいてきて話をしたとき、偽りの黒髪はしっかり受け答えした。


「お疲れだった。が、予断を許さない状況だ」

「ああ、気を引き締めて戦わないと――」


 だが、言っているそばからそれは行われた。会話を妨害するかのようにドラゴンが火を噴いたのである。近くは晴天で、しかも陸地なため、降り注ぐ火は周囲の森林を燃やし燃やし燃やしていく。津波による被害のなかった地域に居た住民の安堵はたったの一瞬でしかなく、心を落ち着かせてすぐに絶望が待っていた。


「皆逃げてる……」


 弥乃梨と紫姫が居るのは山間地だ。しかし、動物保護区というわけではないため安易に人間が立ち入れるし、もちろん住居を建築することだって問題なく行える。そんな長閑で静かな地域なのに、空から火が降ってきたらたまらない。


「倒すしかねえのかよ、クソが……」


 暴力で主義主張を訴えると確実に困る人が出てくるから、会話で悪を正すことができるならそれに越したことはない。けれど、力の行使なくして悪を正すことが出来ないならば、必要最小限度の力の行使によって悪を正す必要が生じる。


「我は貴台の精霊だ。貴台の命令には服従するし、指示の大部分は受け入れる。しかし、《紅竜王ハイパー・クリムゾン》の暴走を止められるのは今しかない。ゆえに我は問う。――握って戦うのか、握らず戦わないのかを」


 ドラゴンの名称を明かした後、紫姫は弥乃梨に対して決断を迫った。同時、紫髪は偽りの黒髪に手を差し出す。直後、白色と黒色が同じ分だけ混じった。弥乃梨と紫姫の思いは一つの目標のみに向かい、『黒白』は協力関係を構築することを再確認する。お互いに深呼吸をすると、ついに作戦が始まった。


終焉ノ剣(シュヴァート・エンデ)!」


 作戦の第一段階は『終焉ノ剣』の威力を高めることだった。むごたらしい攻撃を行うのは嫌だったから、もし倒しにかかるのであれば一撃で仕留めたい。ならば、紫色の光を放つ二刀の剣を一刀にまとめてしまえばいいのではないか。弥乃梨はそう考え、威力を高める方法として『一刀化』を考えた。


「……紫姫。二刀の剣を一刀にまとめてることってできるのか?」

「もちろん可能だ。それは転用のうちに入るからな」

「なにか言わなきゃダメか?」

「もちろん。二刀の剣を交差させて『クロスセーバー』と言う必要がある」

「わかった」


 弥乃梨は頷いたあと咳払いし、自分の身体の前で剣を交差させて叫ぶ。


「クロスセーバーッ!」


 刹那、二刀だった剣が紫光の直線を描き出した。二剣が描く二つの線は見事に交差し、交点が形成される。二刀から出されたエネルギーが交点に集中し、精神を集中させてそ魔力を込めれば込めるほど、エネルギーは具現化していった。最終的には半径三〇センチの巨大な球状のエネルギー溜まりが出来たが、しかし、同時にエネルギー溜まりが崩壊する。そのとき。


「これが、一つになった終焉ノ剣……」


 崩壊したエネルギー溜まりからエネルギーは散らばっていき、今度は一つの剣となった。紫色の光は二刀の時よりも明るく、柄の長さが変わらない一方で刀身の長さが大幅に修正されている。


「これから我が時間を止める。それを合図に、一撃で紅竜王を仕留めてほしい」

「『覚醒形態アルティメット』とか【詠唱アリア】しなくていいのか?」

「貴台の実力があれば問題ない。もし倒しきれなければ、我が突撃する」

「なら、さっさとやろうぜ。これ以上被害を拡げるべきじゃない」

「了解した」


 そう返答すると、紫姫は短く深呼吸した。弥乃梨は全身の感覚を研ぎ澄まし、『終焉の剣』の刀身にエネルギーや思いを込める。そして、紫髪が口を開いたのを合図に偽りの黒髪は走りだした。《紅竜王ハイパー・クリムゾン》が上空に在ることを確認し、すぐテレポートする弥乃梨。直後、紫姫が叫んだ。


時間停止タイムストップッ!」


 その言葉とともに《紅竜王ハイパー・クリムゾン》は動きを止め、身体に帯びていた火の持つ力はゼロになる。今なら、十二秒間限定でマンガやアニメのように敵の身体の上を走ることが出来る。――が、弥乃梨はしなかった。テレポートして移動してきた場所がドラゴンの上だったため、必要がなかったのである。


「――終焉ノ剣シュヴァート・エンデ・ワンキル――」


 弥乃梨は《紅竜王ハイパー・クリムゾン》の身体に着くとそう言い、持っていた剣を叩きつけた。あまりに強いエネルギーは剣は上下に揺すり、剣が今にも壊れそうになる。しかし、そこは弥乃梨の思いの強さで乗り切った。胴体を上から下まで包丁を入れるように二つに分離させた頃、『時間停止』の効力が切れる。


「グォォォォォ! クゥゥゥン……」


 加算された十二秒間の間に受けた傷の一切を一気に受けた紅竜王は、効力が切れるとたちまち叫び声を上げた。同頃、弥乃梨は「過剰攻撃」だと思って落ち込んでしまう。紅竜王のヒットポイントがどんどんと減少していく中、やるせなさが偽りの黒髪を包み込んだ。そして、攻撃開始から約二〇秒が経過したとき。


「あ……」


 パリン、と結晶が砕けるような音が周囲に響いた。それから間を開けずに周囲を見渡したが、炎を帯びて空中に浮かんでいた《紅竜王ハイパー・クリムゾン》の面影はどこを見ても捉えることができない。龍が絶命したことを改めて実感し、弥乃梨は謝罪の気持ちを言葉にした。


「ハイパー・クリムゾン。攻撃してしまって本当に申し訳ない……」


 一撃で仕留めたことや隙を見せぬ連携プレイなど、評価されるべき箇所は多数ある。だが、過剰火力によって、時間停止によって、紅竜王の尊厳を傷つけたのは言うまでもない。会話で解決できなかったことや必要最低限の攻撃ではなかったことを残念に思うと、弥乃梨の心の中は黒色に染まっていった。


「なぜ謝るんだ、弥乃梨。貴台が謝る必要などないはずだ」

「嘘だ。時間を止めて、魔法を転用して、一撃で仕留めることを目標に攻撃したんだぞ? これのどこが『必要最低限』なんだ。『過剰火力』じゃないか」

「けど、少なくとも地元住民からの感謝の言葉は――」

「そんなのは要らない。俺の悪行や愚行を正当化したらダメだ」

「仲間を助けたことや住民を助けたことが、悪行? 愚行? それはおかしい。必要最低限の火力は超えてしまったかもしれないが、戦を交えたことについて貴台が謝罪する必要はない。それ以外に取れる術は無かったのだから」


 戦うことは間違いではない。攻められたら無条件で降伏するなんて、その後に何が待っているか考えただけで恐ろしい。重要なのは、『必要最低限の火力で戦うこと』だ。紫姫は弥乃梨にそれを勘違いして欲しくなくて、少し感情を混ぜながら理性的な台詞を発する。しかし、紫髪はすぐに話しを変えた。


「まあ、そんなことはどうでもいい。これから火事の収拾作業を行う。生き物相手に魔法を使うわけではないから、『最低限』を考える必要はない」

「そうだな」

「では、さっさとやってしまおう」

「……例えば何をするんだ?」

「山火事レベルの燃え方で無いから、消防車の誘導がいいと思う」

「いや、必要ないみたいだぞ。それに――」


 火事を収束させるために消防隊の誘導などを行おうとした『黒白』だったが、燃え始めてから五分以内に消火作戦が始まったため、炎が森林を包む場所は拡がらなかった。また、住民の声に耳を傾けて聞いてみると、弥乃梨ではなく消防隊が英雄のように讃えられていた。しかし、偽りの黒髪は嫌な気分にならない。


「俺は『英雄』とか『神』とか言われて讃えられるのが嫌だから、これでいい」

「と言いつつ、『独裁政権を倒した英雄』と公言してるじゃないか」

「それは『抑止力』ってやつだ。力を見せるつけることで相手の戦意を喪失させれば、大抵の相手は戦いを諦めるからな。積極的に使わないと宝の持ち腐れだ」

「ならば、貴台に一つ言っておく」


 紫姫は深呼吸した後、弥乃梨の視線が自分に向いているのを確認して言った。


「さっき貴台が倒した《紅竜王ハイパー・クリムゾン》は、龍族ドラゴルドの序列一位だ。良かったな、弥乃梨。また一つ、使えるカードが増えたぞ」

「おいおい、マジかよ……」


 弥乃梨は最初信じられなかったが、エルダレア帝皇から賜った魔道書『グリモア』の最終頁に載っていた【国家の最高権力者・種族の最高能力者一覧】を見ると、確かに、龍族の最高権力者として、《紅竜王ハイパー・クリムゾン》の名前がある。決定的証拠を突きつけられた弥乃梨は、紫姫を支持した。


「まあ、そんなことはどうでもいいとして。そろそろラクトらの元に戻るべき頃合いなわけだが、弥乃梨は五人の隊員を叱るつもりか?」

「叱るかどうかは、あいつらがドラゴンに捕まった理由による」

「単純だぞ。市街地を抜けて山間部に突入したら道に迷ってしまい、立ち往生している時に《紅竜王ハイパー・クリムゾン》が『フレアサークル』を使って五人の周囲を火で包囲、軽装備だったから抜け出せずに五人拘束、とこんな感じだ」


 災害派遣チームの制服は軽装なものだったから、周囲を火で囲まれてしまったら最後、魔法を使えない一般隊員五名はその場所から自由に動けない。あとは上から檻を投下してそこに監禁すれば、一般隊員五名の拘束は完了する。油断した者を手際よく拘束していくところは、まさしく悪役の鑑だ。


「それで、貴台は彼女らを叱るのか?」

「もちろん。自分勝手に進んで捕まったんだから、当然だろ」

「やはりな。そう答えるだろうと思っていた」

「そ、そっか」


 弥乃梨から予想通りの答えが返ってきて、嬉しくなった紫姫は微笑んだ。可愛さとあざとさのせいで偽りの黒髪はドキッとしてしまう。だがすぐに、「彼女持ちが他の女に手を出すのはよろしくない」と強く思って邪心を払った。


「会話も済んだし、移動するぞ」

「うむ」


 その後、『黒白』は手を繋いでテレポートした。

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