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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-64 北東方面隊第十五師団・災害派遣チーム #7

「ふう……」


 移動が完了してまもなく。弥乃梨はやりきった感から安堵の溜息を吐いた。市役所の施設がそこまで大きくないのを確認した上で、偽りの黒髪はラクト班に送り届けるまでの一連の流れを一任する。


「(食料の独占、できるのかな……?)」


 地下シェルターに避難していた介護施設入居者の命を預かる職員は、備蓄食料を他者に提供しないことを約束に盛り込んでいた。でも、よくよく考えれば不可能な話である。自分たちのグループ内で食料を分けることは正しいかもしれない。だが、それが避難所となると話は変わってくる。


「ふっふっふ。この私を舐めてもらっちゃ困る」

「ラクト……」


 弥乃梨が考え込む中、ラクトは偽りの黒髪に近づいて阻止しに入った。俯いた状態から視線が自分のほうに向けられたのを確認して、赤髪は顔を綻ばせる。刹那、彼女は自信満々な表情で、弥乃梨の左胸に優しく右拳を当てた。


「つか、リーダーが不安げな顔浮かべるとかあり得ないっての」

「そうだよな……」

「でも、その分、やる気とか使命感とかが湧いてくる。誰かのために出来ることをやりつくそうって、そういう気になる。……もしかして、論理的に処理できてるように見えても、結局、内側には感情がこもっているのかな?」


 物事を処理するときには論理的な思考が問われるが、「どう思うか」を形成する根拠や理由を論理的に示すだけで、主張や結論には少なからず感情が入っている。暴力的だろうが穏健的であろうが、それは変わらない。いくら正論を吐ける人間であっても、根底には感情が存在している。


「ごめん。なんか、励ますつもりで言ったら哲学になっちゃった」

「いや、それでいい。考え込むのが好きな奴に、議題ほど重要なものはない」

「そっか」


 弥乃梨が元気になってくれたのを実感したラクトは、そう言って右拳を下げた。同頃、赤髪は地下シェルター内に残る職員らを避難所まで届ける作業がまだ終わっていないことを思い出す。


「てか、地下シェルター内にアイテイルと職員二人残ってるなかったっけ?」

「そうだな」

「さっさと帰りなよ。力仕事で頼りになるのは弥乃梨なんだから」


 私人としてはこのまま話を続けていたかったが、公人こうじんとしての立ち振舞いを求められている今、するべきことは決まっている。ラクトは自信を与えるフレーズを最後に言うと、弥乃梨の右肩をトントンと叩いてシェルターに帰らせた。同頃、赤髪は振り返ってサタンとエディットに声を掛ける。


「それじゃ、行ってくる」

「そうですね、先輩」

「はい、副隊長!」


 だが、建物内に赴くのはラクトのみ。介護施設から移動してきた一四五人の入居者と一〇人の施設職員は、サタン、エディットとともにその場に留まらせた。建物内にぞろぞろと一五〇人強の集団が入っていくと確実に邪魔になるから、至極当然のことといえる。日照りがあって心地よい風が吹く昼間、別に寒いわけでもないので、入居者と施設職員は何も言わなかった。




 一方その頃、弥乃梨は地下シェルターの床に足を触れさせた。職員二人とアイテイルはせっせと棚からダンボールを下ろしている。しかし、備蓄されている食料や飲料のほとんどは地下シェルターの天井付近にあった。それゆえ、身長が一六〇センチしかない銀髪は背伸びしなければ届かない。


「(あのダンボール落ちそうだな……)」


 右拳を当てて元気を注入するような先ほどの巨乳とは違い、こちらの巨乳は相手に話しかけるのが苦手なタイプだった。当然、そんな銀髪が職員二人と会話するはずがない。でも、プライドが高いから無理難題を一人でやろうとする。


「危なっかしいぞ」


 しかし、一人の人間には出来ることと出来ないことが存在する。また、出来ないことの中にはどう頑張っても克服できないことがある。身長がいい例だ。止まったら伸びることはない。あとは縮んでいくだけだ。なれば、助け合わなければならない。弱みと強みを足せば、中央値にならなくても普通にはなるはずだ。


「あ、ありがとうございます……。あっ、ダンボールくらい置けま――」

「なら、頼む」

「は、はい!」

「頑張れよ」


 ダンボールを手渡した後、弥乃梨は笑顔を見せて激励の言葉を発した。それから心を入れ替えようと深呼吸し、彼は、職員二人がダンボールを下ろしていない空白地帯へと向かう。しかし、大方の箱は既に無くなっていた。


「また俺の仕事無いのか――あれ?」


 ダンボール箱が少なからずあるアイテイルのほうに戻ろうとしたときのこと。弥乃梨は大きめのダンボールを発見した。箱には、『Handle With Care』と書かれたシールが貼られている。だが、同じように『Do Not Open』とも書かれていた。「開けなければいいや」と思って箱を持ってみると、印象とは掛け離れたレベルで軽かった。偽りの黒髪は気になり、詳細を職員二人に問う。


「質問していいか?」

「どうされました?」

「このダンボールには何が入っているんだ? 『開封厳禁』とあるが……」

「危険物ではありません。でも、開ける価値も捨てる価値も無いと思います」

「そうか。ありがとう」


 少なくとも危険物ではないことが確定した。とはいえ、本来ならここで引くべきである。だが弥乃梨は、「開けるな」と言われて開けないほど命令に従順ではない。また、上蓋が一つのガムテープで塞がれてなく、横に三つ途切れ途切れに貼られていたことも、開けようとする原動力になった。


「(これは……)」


 しかし直後、弥乃梨はダンボールを開けことを強く後悔した。同時に、職員が『「開ける価値も捨てる価値も無い」と発言した真意を知る。ダンボールの中に収納されていたのは、まさかのボーイズラブ本およそ一〇〇冊。しかも、全年齢対象はわずか五冊しかなく、それ以外はすべて十八禁だった。


「うん、仕舞おう」


 ノンケ向け本は一切なく、謎の白い液体が描かれた本ばかりが一番上に積み上げられている。明らかに隠す気のない、むしろ見せびらかそうという気すら受け取れる収納方法に弥乃梨は絶句し、即座にダンボールを閉じた。すると、刹那。


「ま・さ・か、捨てませんよね?」

「……」


 先ほど、「開ける価値も捨てる価値も無い」と言ったほうの職員ではないほうの職員が、一目散に弥乃梨の元へ駆けつけた。女性は満面の笑みを浮かべているが、どう見ても怖い。感情にこそ出さなかったが、強い威圧感に弥乃梨は言葉を失った。しかし、回答を求められる。


「答えてくれません? ま・さ・か、捨てません……よね?」

「……はい」

「よろしい。じゃ、このダンボールはもらっていきます」

「ああ、そうしてくれ」


 笑顔を浮かべたまま、腐女子職員は先ほどまで居た場所に戻る。綻んだ表情の裏に敵対心がメラメラ燃えていることを考えると、弥乃梨は震えが止まらない。地下シェルター内は半袖と長袖が共存できるような適温に保たれているはずなのに、職員のスマイル一つで銀世界になってしまった。


「……散々でしたね」


 腐女子職員が帰った後、アイテイルがまるでバトンタッチしたかのように、微笑しながら弥乃梨のほうに近づいてきた。備蓄物品の保管量は場所によってまちまちなため、弥乃梨と同じように棚から下ろす段ボール箱が無くなったらしい。


「アイテイルも仕事終わったのか?」

「はい。でも、高いところに置いてある段ボール箱は下ろしてません」

「ならそれ、俺がやる。上官だからって隊員ばかりに仕事押し付けたくないし」

「ありがとうございます」


 やっと仕事がもらえた。そう思って、弥乃梨は俄然やる気になる。自分がついさっきまで探していたほうの棚に段ボール箱が一切ないことを確認してから、偽りの黒髪はアイテイルとともに地下シェルターの中央付近に向かう。


「なあ、アイテイル。上の棚、段ボール箱なくないか?」

「そっ、そうですね……」


 弥乃梨の質問に答えたものの、アイテイルの視線は偽りの黒髪のほうに向けられていない。かわりに銀髪は、髪の毛をくるくる弄ったり、頬を掻いたりしている。普段なら見せることのない仕草だが、裏を返せば、アイテイルがそれだけ動揺しているということ。いつもと違いすぎる精霊を見て弥乃梨は思わず問うた。


「まさかとは思うが、……段ボール箱が上に無いことを知っててやった?」

「そっ、そういうわけではない……です」

「嘘だな。いつものアイテイルならそこまで動揺しないし」

「なんでバレてるんですか……」


 アイテイルの本音までは見抜けなかった弥乃梨。だが、『シェルターの中央付近に偽りの黒髪を連れて来て高いところの段ボール箱を下ろす手伝いをしてもらおう』と銀髪が言っていたことが建前であったことは見抜けた。嘘がバレた精霊は、ムスッとした表情をしている。言葉を返した時の声量も小さかった。


「会話したかっただけです。不安なとき、低い声を聞くと落ち着けますから」

「そうか? でも俺、そこまで低い声じゃないんだが――」

「弥乃梨さんくらいが丁度良いと思います。低すぎると身の毛がよだつので」

「へえ」

「でも、弥乃梨さんは彼女持ちなわけですし、私が独占するのは筋違いな話ですよね。もっとも、弥乃梨さんの彼女が嫉妬するとは思えないですが」

「確かに、そこらへん割り切ってるかもな」


 ラクトの普段の雰囲気はその髪色の持つ印象とは正反対で、優しく明るく素直だ。赤系の髪の毛を持つヒロインキャラとツンデレがイコールで結ばれている昨今、始めからデレデレしているキャラも珍しいだろう。でも、彼女だって怒る時がある。論戦の帝王でさえ感情論に走ってしまう時がある。


「けど、ラクトも怒るときは怒るぞ?」

「でも、ラクトさんって怒っても怖くなさそうですよね。思春期の子どもを持ったらバカにされるくらいの優しさですし。……あ、父親も優しすぎましたね」

「やっぱ、怒る力を身につけないと将来的にまずいよな」


 弥乃梨は第一小隊の仲間割れを体験したことで、自由を過剰に与えると悪影響を及ぼすことを知った。他人の権利を傷つけてまで、自分の権利を保つ必要はない。至極常識的なことだが、見ず知らずの隊員を指揮する身となってから、弥乃梨は改めて理解した。優しさは必要だが、時には厳しさも必要なのである。


「すいません」


 人見知りのアイテイルが不安な気持ちを和らげるために弥乃梨と会話していたとき、大量の段ボールを持った職員二人が偽りの黒髪のほうに近づいてきて声を掛けた。なかでも腐女子職員は、先ほど弥乃梨から半ば強制的に取り上げた段ボールの上に数箱重ねて持っている。


「無理すんなよ。持つぞ?」

「別に無理はしていません。備蓄食料の大半はお菓子ですし」

「そうですよ。……でも、水については持って欲しいです」


 腐女子職員が持っているのは菓子の入った段ボール箱で、もう一人のほうの職員が持っている段ボール箱はミネラルウォーターが箱いっぱいに詰められているものだった。菓子といってもチョコレートやビスケットが中心なため、かさばらず重みが増さない。腐女子職員の持つ段ボール箱は軽かったのはそのためだ。


「そういや、アイテイルが下ろした段ボール箱ってどこに行ったんだ?」

「すべてこちらの職員に渡しました」

「そりゃ重たくなるわけだ」


 五〇〇ミリリットルのペットボトルは、グラムに変換すると約五〇〇グラム。もし一箱の中に二十個詰め込まれていた場合、段ボール箱の総重量は単純計算で一〇キロとなる。介護施設の職員は特別な訓練を積んでいるわけではないから、その段ボール箱を二箱も三箱も重ねて持つことなど不可能に近いだろう。


「ところで、水の入った段ボール箱は何箱あるんだ?」

「二〇箱です。一五七名×七日分の一〇九九本、ほぼ均等に分けられています」

「四桁越えてりゃそうなるわな……。あれ、菓子はそれくらいないのか?」

「菓子の大半はすでに配りました。もう食べた人も居ると思います」

「残りはどれくらいだ?」

「日数に直すとざっと二日分くらいだと思います」


 腐女子じゃない方の職員が軽々しく菓子の入った段ボール箱を持っている理由を知った後、弥乃梨は改めてペットボトルの入った段ボールを見た。実際数えてみると、水の入った段ボール箱は二〇箱ではなく十七箱。昨日の夜に菓子を配布した際に配ったようだ。それを考慮した上で、弥乃梨は箱の輸送計画を練る。


「……この床って濡れてないよな?」

「はい」

「じゃあ、俺の近くに水の入った段ボール箱置いてくれ。菓子の入った箱は軽いらしいから置かなくていい。そんでもって、ちょっと待ってろ」


 職員に箱を床に置くよう指示すると、弥乃梨は魂石に声を掛けた。直後、アズライトの向こうからサタンの声が聞こえてくる。


「どうしました?」

「これから物資まとめて持ってくから、滑車付きの台車を作って欲しいんだが」

「わかりました。でも、大きすぎるので、作っても渡せません。」

「そっか。まあいい、とりあえず作ってくれ。終わったら俺が取りに行くから」

「了解です。では後ほど、追って連絡します」


 それで弥乃梨とサタンの会話は終わった。まもなく、精霊罪源は台車を作り始める。会話を終えた偽りの黒髪は、職員とアイテイルに最終確認をするように指示を出した。しかし同頃、会話を終えてからまだ二〇秒も経っていないのに連絡が入る。発光していたのはアズライトだ。つまり、呼び出し主はサタンである。


「もう出来たのか」

「はい」

「わかった。ちょっと、待ってろ」


 台車が完成した知らせを聞いた後、弥乃梨は、物品の持ちだし忘れがないかチェックしていたアイテイルを呼び出した。「すぐに戻ってくる」と告げた後、偽りの黒髪はすぐサタンの居る場所に向かった。もちろん、テレポートではなく魂石を使用した方法で移動する。


「先輩、お品物です。段ボール箱を扱ってるようなので、大きめにしました」

「気が利く奴め。それじゃ引き続きよろしく頼むぞ、副班長」

「はい!」


 サタンの元へ向かったと同じように、魂石を使用した方法で移動する。弥乃梨はアイテイルの隣に着くと、持ってきた台車が動かないようにすぐさまロックを掛けた。刹那、偽りの黒髪と銀髪は職員二人を呼ぶ。台車の近くで四人がひとまとまりになると、四人は段ボール箱を台車の上に積み重ねていく。


「えっと、台車に積み上げるのってペットボトルの入った箱だけですか?」

「そうだ」

「わかりました」


 菓子や生理用品が入ったものなどの比較的軽い段ボール箱は人力で持っていくことになった一方、化粧品や風呂用品などの液体の入った容器を収納している段ボール箱は台車に乗せて持っていくことになった。ここまで徹底的に重量で持つか持たないか分けられると、各々持てる量に応じた分だけ箱を持つことになる。


「忘れ物はないな。じゃあ、台車はアイテイル持ちだ」

「でも、私、段ボール箱――」

「それは俺が持つ」

「あっ、ちょっ……」


 弥乃梨は半ば強引にアイテイルの持っていた段ボール箱を取り上げ、自分の持っていた段ボール箱の上にそれを置く。運ぶことに強いプライドを持っていたわけでもなかったので、銀髪は弥乃梨の厚意に甘えて運搬作業を任せた。同時、精霊は台車の持ち手をぎゅっと握って、主人の魔法使用宣言に備える。


「――瞬時転移テレポート――」


 避難所前に移動した刹那、弥乃梨の顔を捉えたサタンが笑顔を見せた。


「先輩、お疲れ様です」

「俺は何もしてねえよ。頑張ってんのは介護施設の職員さんたちだ」

「謙虚すぎませんか? ……あ、台車もう一つ作りますね」

「おお、助かる」


 職員二人が段ボール箱を持っている様子を見て、またペットボトルの入った段ボール箱だけで台車の大半が占拠されているのを見て、サタンは「このままだと運搬に支障を来しかねない」と考えた。そのため、二つめの台車を作ることにする。


「お?」


 そんなときのこと。弥乃梨が持っている魂石のうち一つが発光した。サタンもアイテイルも魂石外に出ていることを考慮すると、自ずとどの魂石が光を帯びているのか分かってくる。偽りの黒髪は介護施設の職員と入居者の集団から少し距離を置き、それから光を発する魂石の向こうに話しかけた。


「どうした、紫姫? この一時間強の間に何があった?」

「五人が連れ去られた。至急応援を頼む。我一人ではとても対抗できぬ」

「わかった! 今行く!」


 弥乃梨は紫姫が応戦している場所まで向かうことを魂石の向こうの精霊に告げた。もちろん、すぐ近くの精霊にも市役所庁舎付近から移動することを告げる。


「俺はこれから、これから第一小隊の五人を助けに行く。サタンとアイテイル、エディットはここで待機していてくれ。もし俺が向かった地点に移動してくる場合は、ラクトが市役所庁舎から出てきてからにしてほしい。いいか?」

「了解しました、先輩」

「はい」

「了解」

「じゃ、三人は引き続きその任務を頼む」


 三人に現在の職務を継続するよう指示し、弥乃梨はテレポートした。

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