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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-62 北東方面隊第十五師団・災害派遣チーム #5

 行方不明者の捜索活動を開始したとき、弥乃梨はスマホのロック画面を見た。無駄な会話で使われた時間はおよそ十分。時刻はまもなく朝の九時を回ろうとしている。震災発生から十八時間が経過したが、死んでいることを前提に捜索活動にあたる必要はない。まだ、助けを待っている人はどこかに居る。


「お前は、この町の平地面積が分かるか?」

「お前、という呼び方はやめてください。私には『エディット』という名前が、『少尉』という地位があります。回答はそれと取り引きしたいです」

「なら、エディット少尉。平地面積はどれほどだ?」

「一二平方キロメートルくらいでしょう」

「ラクト、さっき遺体を発見するまでに掛かった時間は?」

「一分くらい。でも、疲弊していくことを考慮したら、平均二分じゃないかな」


 第一小隊だけが行方不明者の捜索活動にあたっているわけではないが、そこまで多くの小隊が派遣されているようには思えない。一つの部隊につき、せいぜい二小隊か三小隊で担当することになっているのだろう。そう考えると気が遠くなりそうだった。でも、タラータ・カルテットには作業の効率化を担う重鎮が居る。


「……弥乃梨さん、私のことを探知機のように扱ってません?」

「そういうふうに見えてるかもしれないが、それはないぞ」

「まあいいです。前線に駆り出されないなら、私はそういう扱いを受けても気にしないので」


 アイテイルと初めて会った時の喧嘩腰を思い返すと、弥乃梨は銀髪の言っていることが嘘に聞こえてきた。でも、考え方が変わることなんて誰にだって起こり得る。たとえそれが精霊だったとしても。


「では、調査結果が出るまでしばらくお待ち下さい」


 アイテイルはそう言い、行方不明者がどこに居るのか調査を始めた。同頃、紫姫から一方が入る。五人の居場所を特定したという情報だった。行方不明者の捜索活動に従事している姿は見受けられず、会話は弥乃梨に対する罵詈雑言が大半を占めているという。一方で、犯罪を行った様子は見受けられないそうだ。


「突っ立ってる暇があったら、手を動かすべきだと思わない?」

「そうですね」


 弥乃梨が紫姫から途中報告を受ける一方、ラクトはエディット少尉と瓦礫のほうに近づいていった。アイテイルや弥乃梨が居る位置とは二車線道路の横幅と同じくらいしか離れていない。着いて早々に、彼女らはせっせと瓦礫を取り除き始めた。そして、途中報告が終わって、偽りの黒髪が二人に近づいた時のこと。


「大丈夫ですか?」

「はい。やっと、光を浴びることが出来ました……」


 出血こそないものの、瓦礫の下敷きになったことで少なからず傷を負った若年女性を発見した。知らせを聞いた弥乃梨は、すぐさまエディットの居る反対側に回って瓦礫の除去作業を開始する。三人でやればスムーズに進む。女性の身長が把握できたところで、ラクトは毛布を作った。


「温かいですね」


 赤髪は存命者の首から太ももまでの間を毛布で包み込む。脚は長めのスカートとストッキングによって保護されていたが、しかし、木片などが食い込んで千切れた箇所が数か所見受けられる。止血ができない環境に長時間居たせいか、出血過多でないのに血の量は多く見受けられた。


「壊死していないか確認するので、ストッキングを脱いでください」


 極寒の地でも冬でもないため厚いストッキングではなかったが、黒色のストッキングでは壊死している部分を目視できなかった。これでは最適な情報が収集できない。そのため、ラクトは無理なお願いを存命者に行った。並行して、弥乃梨のほうをチラリと見る。偽りの黒髪は、赤髪の言いたいことをすぐに把握した。


「隣行くぞ」

「は、はい!」


 毛布が圧倒的に足りない。でも、物資の補給を待って助かる命を見殺しにするだなんて、とてもじゃないが出来なかった。弥乃梨はエディットの手首を強く掴み、わりと広めな先ほどの家の隣家の敷地内に入る。存命者に気付いてもらうため、二人は足音を大きめに立てて歩いた。すると、微かに女性の声が聞こえた。


「……ん?」


 それだけではない。ドンドン、とまるで扉を叩くような音が聞こえた。でも、その家の敷地に瓦礫は殆どない。ついさっき発見した存命者の居た家のように瓦礫が積み重なっているわけではないのだ。と、その時である。


「弥乃梨さん。この家はシェルターを保持しています」

「どういうことだ?」

「一見ただの基礎のように見えますが、これがシェルターです。入り口はここにあります。でも、この中に居る人達は全員無事ですので、後に回しましょう」


 アイテイルは、入手した存命者リストに従って弥乃梨に情報を提供する。だがそこには、彼女の考え方も強く入っていた。「人体を構成する物質に特別の異常が見られない者の救出を後回しにし、生と死の間に在る者の救出を急ぐ」というものだ。でも、偽りの黒髪はこれに反対した。


「無事ってことは怪我もないんだろ? だったら、ボランティアにすればいい」

「正気ですか! 強制的に活動に従事させるなんて、そんな――」

「言い争ってる暇はない。さっさと救出するぞ」


 弥乃梨はアイテイルの考えを無視してシェルターに突入しようとした。しかしそのとき、シェルターの扉を一人の女性が開けて外へ出てきた。偽りの黒髪も銀髪も目を丸くする。数秒して、女性はこう切り出した。


「ここには介護施設が建っていました。地下には高齢者しか居ません」


 隣家の敷地が広い理由は「介護施設だから」だった。瓦礫が何もないところは駐車場だったところで、基礎がある場所は建物があったところ。しかし、なぜ隣の民家に瓦礫が大量に押し寄せたかは不明だった。でも、そんなことより先に聞いておかなければならないことがある。言わずもがな、安否確認だ。


「全員無事なんだな?」

「はい。生活に支障を来すほどの痛みを持っている方は一人も居ません」

「わかった。じゃあ、後で助けに来る」

「よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」


 弥乃梨は言って頷いたが、地下シェルターから出てきた女性はせっせと戻っていた。だが、偽りの黒髪は特別な感情を抱くことはない。むしろ、余計なお世話を掛けてしまったと反省していた。しかし、考え込んでいても何も始まらない。弥乃梨はアイテイルのほうを向き、次に向かうべき場所を聞くことにする。が。


「弥乃梨さん。一番新参ですけど、私のことも信用してください」

「わ、わかった……」


 あまり感情を露わにしないアイテイルがムスッとした表情を浮かべる。クールな女の子として捉えていたから、弥乃梨は普段とのギャップでドキッとしてしまった。それゆえ、返答時に少量の動揺を見せてしまう。だが、アイテイルには気づかれなかった。ラクトのように他人の心を読むことができないからだ。


「お取り込み中のところ申し訳ないんだけど、サタンお願いできる?」


 噂をすれば影が差す。その諺を証明するかのように、ラクトの名前を挙げたら本人が現れた。弥乃梨は「おう」と返答しようとしたが、その前に魂石からサタンが出てくる。朝の一件から偽りの黒髪に見せる顔が無いと思ってしまっているようで、出てきても視線は赤髪のほうだけに向けられていた。


「市役所に連れてってもらえるかな?」

「わかりました、先輩」


 弥乃梨から声を掛けられることを恐れていたサタンは、返答してラクトから存命者を引き取ると、すぐさま市役所へテレポートした。精霊罪源の姿が見えなくなり、赤髪が偽りの黒髪のほうに近づいていく。同時、アイテイルが言った。


「存命者の確認をさせたということは、実質的な作戦の指揮権が私に移ったという解釈でいいですか?」

「そうだな」

「わかりました。では、早速始めましょう。弥乃梨さんが今向いている方向に、二〇七メートル直進してください」

「了解した」


 そう返答し、弥乃梨はアイテイルが指示した通りに行動を行う。バリアを張るのも一案であったが、銀髪が指示した場所に向かってすぐに攻撃が飛んで来るわけではない。先制攻撃しに行くわけではないので、偽りの黒髪は手を繋いでテレポートする方法で移動することにした。


「アイテイル?」

「お気になさらず」


 弥乃梨の右手をラクトが握り、左手をエディットが握り、アイテイルが服の裾を摘む。銀髪はご機嫌斜めな態度であったが、偽りの黒髪は特に気にしていなかった。むしろ、エディットが自分について違和感を感じないか、女装がバレてしまうのか、というところに神経を尖らせていた。




 だが、エディットに気づかれることはなかった。手を握った感じが女性のそれとは違うことは分かったが、男性のそれを握ったことがないので分からない。まさしく、『知識は最強の武器』ということの証明である。しかし、救助チームがそんなくだらないことに時間を取られては話にならない。


「一刻を争う作戦です。すぐに取り掛かりましょう」

「わかった」


 建物の敷地内から道路を見ると、アスファルトの上には土が堆積していた。百八十度回って瓦礫のほうを見ると、無残に崩れた家の姿が思い起こされる。そんなとき、エディットが救助を待つ人の姿を発見した。


「今、助けます!」


 少尉は声を上げて要救助者のほうに向かった。弥乃梨とラクト、アイテイルもそれについていく。近づいていくと、そこには、レンガやコンクリートブロックの下に挟まっている女性が居た。しかし、ブロックは並大抵の女性の力では持ち上がらない。ラクトとアイテイルは、一時的に力仕事から離脱した。


「エディット。そっち持ってくれ」

「はい」


 弥乃梨とエディットが力仕事を行っている間、ラクトは濡れティッシュを作って要救助者の頬や髪の毛に付着した泥砂を取り除いた。アイテイルは得たデータを基に次に向かうべき場所について最終的な決断を下す。


「このコンクリートブロック、結構重たいですね……」

「軍人が一般人に負けてんじゃねえよ。あと、欠けてる部分に気をつけろよ」


 四十から五十キロくらいの重量のコンクリートブロックを持ち上げる程度、軍人なら余裕のよっちゃんだと思っていた。一人で持てば人の体重並のコンクリートブロックを持つことになるが、二人で持てばいくらか軽くなる。また、弥乃梨がエディットに喝を入れたことで、偽りの黒髪は余計に軽く感じた。


「(やる気出してきたな……)」

「(隊長の喝に応えなければ!)」


 エディットは、仕事をサボっている五人と離れて活動していても忘れることはなかった。弥乃梨サイドに残った身として、隊長が抱いてしまった自分らへの不信頼感を払拭しようと努力する。一生懸命に頑張る少尉の姿を見て、偽りの黒髪は思わず顔を綻ばせた。数秒後、彼は咳払いしてエディットに向かって言う。


「せーの!」


 声を合わせることで、力の合った行動を取ることに成功した。刹那、弥乃梨がアイテイルに声を掛ける。理由は単純だ。たとえば瓦礫の上に置いたとして、もしその下に要救助者が居たら――助かるかもしれない命を失うことになる。重いコンクリートブロックだからこそ、移動して置く場所が肝心だった。


「どこに置けばいい?」

「そこに置いて頂ければ結構です」


 弥乃梨とエディットはアイテイルの指示通り動き、手を挟まないよう慎重にコンクリートブロックを下ろしていく。ラクトは同頃、どかされて顕になった要救助者の全貌を見て唾を呑む。要救助者の脚のあらゆる部分が、紫色に変色していた。圧迫された状況で色が変化したと考えれば、答えは自ずとまとまってくる。


「挫滅症候群……」


 挫滅症候群は、戦災や震災などで家屋が倒壊し下敷きになったことで発症しやすい症候だ。圧迫されたままなら痛みを覚えるだけだが、開放されて症状が重篤化すると最悪死に至る。要救助者はまだ軽症であったが、予断を許さない状況であり流すことはできない。ラクトは、ひと仕事終えたばかりの弥乃梨を呼んだ。


「スマホ貸してもらえる?」

「構わないが……どうかしたのか?」

「この女性が死の可能性がある病になってるから、病院に連絡したいんだよ」

「でも、電話番号わからないだろ?」

「それは――」


 弥乃梨とラクトがどこへ連絡しようか話している中、エディットが制服内側のポケットからデバイスを取り出した。少尉は上部のボタンを押してロックを解除し、左にスワイプして数字を入力する。エンターキーを押した刹那、電話を掛けた時に流れる「トゥルルル……」という音が鳴った。


「わからなければ、司令部に聞けばいいと思います」

「ナイス、エディット」


 そう言ってエディットからデバイスを受け取る弥乃梨。少尉が電話を掛けた相手は、確かに災害派遣部隊の司令部だった。電話の向こうからバイオレットの声が聞こえる。電話番号の最後は要件を示しているらしく、会話はスムーズに行われた。部隊総長は落ち着いた声で弥乃梨に質問する。


「どのような相談じゃ?」

「死の可能性がある被災者をどこに搬送するべきか悩んでいるんだ」

「フルンティ市近郊の病院は過密状態じゃ。じゃが、この街の病院の大半は流されてしまっておる。ゆえに、第十五師団は市役所に臨時病院を開設したんじゃ」

「そこへ行けばいいんだな?」

「そうじゃ。満員ではないから、治療は受けられるはずじゃぞ」

「ありがとう。ではまた」


 そう言って弥乃梨は通話を切った。同頃、サタンが戻ってきた。服装はいつのまにかギレリアル陸軍の制服になっている。さほど怪我がなかった先ほどの女性を運び終えてから僅かながら空いた時間を使って着替えたらしい。そんな精霊罪源の目にも、挫滅症候群の女性の姿が留まる。


「先輩、届けてきます」

「行き先は市役所付近の第十五師団臨時病院なんだけど――」

「さっき行ったところと同じなので大丈夫です」

「そっか。じゃ、お願い」


 ラクトに対し「はい」と返答すると、サタンは臨時病院へ向かっていった。そして先ほどと同じように最初へ戻る。得たデータから分かることを整理した上で優先度を付け、それに基づいてアイテイルが次に向かうべき場所を決める。


「次は、弥乃梨さんの向いている方向に、ここから直進三四〇メートルです」

「わかった」


 再びテレポートし、四人は要救助者の救出に向かった。

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