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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-61 北東方面隊第十五師団・災害派遣チーム #4

 非常に長い時間が掛かったものの、ようやく質問の回答を得ることが出来た。「心を読んで根拠となる情報を探るのは控える」と公言したので、たとえ時間が掛かったとしても、個人の主観や主張が入る意見を勝手に検索することは避けなければならない。もっとも、最終措置として使わない訳ではないが。


「ラーナーは独裁者じゃないのに、弥乃梨は独裁者なんだ」

「ラーナー様は御自身が持つ権能を十分に活用されただけに過ぎない。小隊のおさに就いてすぐに犯罪者を逃した姑息な手法の使い手とは異なる」

「じゃあ、小隊長の権能について法律から考えてみようか」

「……」


 そう言ってラクトは、黙り込む陸軍兵士をよそにスマホを形成した。パソコンでも良かったが、ブラウザを起動して情報を検索する程度であれば、スマホで事足りる。画像がふんだんに使われたサイトを調べるわけでないし、物理的な意味の軽さもスマホの圧勝だからだ。


「まず、『ギレリアル連邦最高法規』の『第二章・安全保障』から」


 ギレリアルの憲法にあたる『ギレリアル連邦最高法規』は、前文から第九章まである。前文では国家の基本情報である国旗や領域の話がされ、第一章では国家元首である大統領の話がされる。第二章は安全保障、第三章は国民の権利と義務、第四章は立法府、第五章は行政府、第六章は司法府、第七章は財政、第八章は連邦内の州について書かれ、最後に改憲方法などが明記された第九章が来る。


「第十一条一項、『ギレリアル連邦は、自国民及び自国領を保護または維持するために陸海空からなる連邦軍を保持し、この軍の最高司令官を大統領とする』」

「そんなことは知っている」

「次いで二項、『作戦の計画及び指揮は、これを各軍の大将が担う。各軍が協力して作戦を行う場合は、三名の大将のうち一人を統合大将とし、この者が作戦及び指揮で生じた責任の一切を負うものとする』とある」

「それも知っている」

「捕虜や犯罪に関する規定は憲法にないから、次は『連邦軍法』を確認するよ」


 大統領が軍全体の指揮をするが、細かな作戦の計画や指揮は各軍の大将が行う。まさに文民統制の然るべき形である。だが、これだけでは根拠として不十分すぎるので、ラクトは新たなタブを開いて検索窓に語句を打ち込み、連邦軍法が書かれたページを開いた。下へスクロールしていき、当該箇所を見つける。


「連邦軍法第十条二項を見ると、『大将は特別大将を任命できる。特別大将の権限及び権能は大佐の地位に準ずる』とある。じゃあ、大佐の権限や権能は何かっていうと、第十条三項前半に『大佐は師団内で最高の発言権を持ち、師団長令を出せる』とある。弥乃梨はこれに沿って指示を出しただけなんだけど……」

「――」

「要するに。ラーナーが独裁者じゃないと言うのなら、弥乃梨も独裁者じゃないと言わないと辻褄が合わないってこと。二人とも法に則って行ってるわけだし」

「しかし、エルフィリア王国軍のあの兵士は――」

「王国軍兵士をまるで犯罪者のように扱ってるけど、彼は根も葉もないことを言われて強制連行されてきただけにすぎないし、大体、『捕虜の解放または臨時自治法の制定、その他軍の活動に大きな影響をもたらす事項の最終権限は、これを大佐が有する』と第十条三項後半にあるから、やっぱり法に則ってる」


 憲法や軍法から条文を引っ張ってくるラクトの主張と感情論をぶつける一般隊員の主張は、なかなか相容れなかった。赤髪がいくら理屈を捏ねて反論しても、兵士自身の感情や高いプライドが相手の意見を受け入れることを反射的に拒む。


「二つ、いいか?」


 議論を深めることで双方が納得できる結論に至ればいいのだが、残念ながら、ほんの一握りの者以外は時間を自由にコントロールできない。弥乃梨は独裁者とレッテルを張られていたが、それでも第一小隊の隊長として上から受けた指示や命令に基づく対応を取らなければならないと考え、閉ざされていた口を開いた。


「自由な議論をさせる独裁者ってなんだ?」

「……」


 弥乃梨が発した刹那、周囲は静寂に包まれた。論理で戦っていたラクトはそんな単純なことに気づかなかった自分を悔やみ、感情で戦っていた一般隊員は出されたその意見に反論しようと必死になり、それ以外の兵士の大半は口を開いて突かれてはいけない場所を突かれたような表情をする。


「都合の悪い奴を粛清しない独裁者ってなんだ?」

「――」


 追加攻撃を受けて、ついに一般隊員六名は黙りこんでしまった。独裁者が政権を握ったとき、最初に行われるのは、民族浄化やホロコーストなどの人種差別政策である。その他、政府と異なる主義を掲げる者を弾圧することも行われ易い。そういったものを一括りにまとめて、弥乃梨は『粛清』と表現した。


「俺のことを『独裁者』と呼ぶのは構わないが、納得できる根拠もなしにレッテルを張るのはやめろ。扇動して味方を増やしたり、理由もなく相手を苦しませるのは、『独裁者』の思考と同じだ」

「ど、独裁者は黙っていろ! 貴様の意見など聞くに値しないわ!」

「そうか。……なら最後に、俺の意思を言うから聞いて欲しい」


 真っ向から意見をぶつけていくラクトとは対照的に、弥乃梨は相手の感情論を受け入れる。愚かな者はやり方を覚えるとそのやり方を貫こうとするが、陸軍兵士らも同様で、自分たちが行ってきた活動が成果を挙げたように見せることで良い気分になったらしく、弥乃梨の話を聞いてくれた。


「いくら部下に独裁者と言われようが、ラーナー大将、バイオレット師団長、レーフ部隊総長から『この地位に在れ』と言われている以上、俺は、自分に任された職務を全うしなければならないと考えている」

「職務のためには独裁も必要と言うのだろう? やはり、貴様は独裁者だ!」

「人の話は最後まで聞くのがマナーだと思うが」

「弱い者いじめをするとは卑怯にも程がある」


 客観的に見て上の地位に在る者は、下の地位に在る者に対して要求や注意をしてはならないらしい。『憲法や法が権力を縛っている』ということに双方とも異論はなかったが、どうやら一般隊員らはこれを曲解し、『憲法や法が上に立つ者の言論や生活の自由を縛っている』と考えているようだ。


「(簡潔に言わないと分からないパターンか)」


 弥乃梨は一般隊員から出た発言に呆れて物も言えなくなったが、ここまでの自分の発言を振り返ると改善すべき点が見つかったので、相手だけが悪いのではないと考える。咳払いをした上で、彼は言いたいことを簡潔にまとめて発した。


「独裁者から愚兵達に通達だ。俺の業務を妨害しない限り、何を言っても良い。何をしても良い。もちろん、指示や命令を聞かなくても良い。お前らがやったことの責任はすべて俺が取る。ただし、俺の責任の取り方に異論を言うな」


 弥乃梨の発言で第一小隊は事実上二分した。否、上官として派遣された二人を一般隊員らの勝手で事実上追放した、と言ったほうが正しい。その発言は隊長ができる最大限の譲歩だったが、偽りの黒髪に対して不満を爆発させた者も居た。精霊魂石アメジストから出てきた第三の精霊――紫姫である。


「我が尊敬する弥乃梨はそんな発言しない!」

「お前が見てる俺と今の俺は違う。名前も性格も容姿も全然違うんだぞ、紫姫」

「だからって、ふざけたことを言うな! 隊長が部下への命令や指示を出す権利を放棄するなんて、クーデターに負けたようじゃないか!」

「目先の名誉に気を取られるな。そんなものなんの役にも立たない。くだらない自尊心を高めて調子に乗るくらいなら、最初から狙わないほうが身のためだ」


 弥乃梨の言葉を聞いた後、紫姫は怒りを募らせてラクトのほうに向かった。


「なんか言ってやれよ! サポート役なんだろ?」

「言いたいことは分からなくもないけど、世界は紫姫を中心に回ってない。それに、弥乃梨が譲歩しちゃったのは私の責任だし、気にしなくていいよ」

「……」


 紫姫は顔を俯かせ、小声で「ちくしょう」と吐き捨てた。泣く寸前になって、紫髪は魂石へと戻る。戻ってすぐに笑顔を見せることは出来なかったが、精霊が魂石に戻って数十秒して、二人はいつもの自分を取り戻した。


「それで、俺の要求を呑む考えはあるか?」

「あ、ああ、もちろん。上官の指示を聞かずのうのうと生活できるのだからな」

「そうか。なら、ここで解散だ。自分らのいいように行動してくれ」


 弥乃梨は悔しいとか憎いとかいう感情を持たず、顔を綻ばせていた。これまで何人もの精霊や召使と契約を解除してきたからこそできる所業である。下の地位に在る者の意見を尊重する姿勢は、対象が変わっても変わることはない。


「行かないのか?」

「隊長の心の強さを知ったら、私利を優先した行動などとてもできません」

「独裁者の部下に居てもらえるのは嬉しいが、自分の意見を殺す必要はない。いろんなことにチャレンジできるのは、若いうちだけだ」

「私よりも隊長のほうがずっと若いはずでは?」


 頷きながらも、弥乃梨はチャレンジ精神を持とうとすることを否定した。


「『冷静な判断を下すためには、自分の欲望を捨てなければならない』。軍人だった俺の祖父が言った言葉だ。行方不明者の捜索をしている今、欲望など要らない。若さからくるチャレンジ精神など、不要物以外の何物でもないんだ」

「でも、若い頃の失敗は財産として後々生きてくるじゃないですか」

「残念ながら、軍人に過ちは不要だ。成果を出せない軍人に価値はない」

「それは……」


 女は弥乃梨の主張に反論できず口を閉ざした。死と隣り合わせの世界で間違いを犯すなど言語道断である。後で気づいた時に修正が効くこともあるだろうが、己の一撃が外れたことで自分が有する唯一の命を失うことだってあるわけで、過ちを犯しかねない心構えで戦地に赴くことなどあってはならない。――と。


「で、でも! なら、なんであの五人の意思を優先させたんですか! だって、拉致という罪を犯した我々を指導してくださったじゃないですか。部下の意見を尊重すると言うのと、王国軍兵士を解放したというのは矛盾してます」

「『独裁』だと多数から言われれば、『勝手にしろ』と言うしか手はないだろ」

「しかし、引き止めるという選択肢もあったわけで――」

「いや、その選択肢はねえよ。拉致に関して俺が責任を取ったら『独裁』と言われ、自分たちが犯した過ちを認める気も見受けられない。それなのに慈悲深い対応を取れっておかしいだろ。ボランティアに参加してるわけじゃないんだから」


 自分の指示や命令で動かせる者らを批判することは上官として極力避けたかったが、しかし、根拠となる情報を挙げずに意見を述べるのは控えなければならない。弥乃梨は、一般隊員らの行いを例示するものとして最も適当と判断し、批判するような形式で彼女らのこれまでの行いを言った。


「じゃあなぜ、五人を引き止めなかったのですか?」

「自由奔放を求める者たちに規律正しい小隊を作ろうと呼びかけても逆効果だ。行方不明者の捜索という精神的苦痛を伴う作業で規律が乱れたらどうなる?」

「予想の上をいく犯罪が行われる、とかでしょうか」

「ご名答。それに、拉致という前科まで持っている」

「ならむしろ、犯罪者を匿っておく必要があると思うんですが……」

「俺はあいつらを小隊から追放したわけじゃない。対話のドアは常に開いているし、自意による復帰を拒むこともない。頭を冷やす期間を設けただけだ」


 弥乃梨が言うと、陸軍兵士は頷きながらコメントした。


「確かに、あそこまで言いがかりを付けられると職務を遂行できませんね」

「お前だって『独裁』って言ってたくせに」

「それについては申しわけなかったです。でも、今は隊長側についてますから」

「一人でも味方が増えただけで、俺は嬉しい」


 敵とは徹底的に戦うが、仲間にはとても優しい。弥乃梨をはじめとするタラータ・カルテットのメンバーは、言葉にせずともそれを貫いていた。もちろん、優しさは相手の立場になって物事を考えるだけではない。紫姫のように、自分が間違いだと思った行いに対してズバズバ言う人材もメンバーには含まれている。


「任務を始める前に、いいか?」


 人数は減ったものの、メンバー全員の考えが一つに集約されたわけではないものの、弥乃梨を主軸とするほうの第一小隊は一つにまとまった。だが、行方不明者の捜索を始める前に並行して行う必要があることを思い返し、偽りの黒髪は紫姫を召喚する。


「すごい自分勝手で悪いんだが、五人の移動履歴を調べてくれないか?」

「慈悲深い対応を取る気はないんじゃなかったのか?」

「けど、五人だって第一小隊の仲間だ。二分してしまったとはいえ、それはあくまでも『事実上』で、第一小隊から離籍したわけじゃない。それに俺は、『責任を取る』と公言した。見捨てたわけじゃない以上、俺は必要な策だと思うが」

「あれほど悪者扱いされてなお、ボランティア顔負けの発言ができる主人には強い尊敬の念を抱く。だが、このような対策は失策と認めているも同然だ」

「なら、対案はあるのか?」

「ない。だから、我は貴台の対策案に参加したいと思う」


 言うと、紫姫は弥乃梨に右手を差し伸べた。彼女の顔は自然と綻んでいる。


「黒く染まった五人やつらの心を白く変えてきてやるから、待っていろ」

「よろしく頼む」


 厚い握手を交わすと、紫姫は空へと飛び立った。刹那、弥乃梨が言う。


「捜索開始だ」

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