4-60 北東方面隊第十五師団・災害派遣チーム #3
「てか、自分の意見を押し付けた罪ってなに。それ言い出したら、上官の命令に従うも従わないも自由ってことになるじゃん。そんな上下関係ありえないって」
「我らは独裁に反対しているだけだ」
「へー、部下の悪行を正す行為を『独裁』って言うんだ。初めて知った」
一般隊員全員の怒りの沸点が低いと見たラクトは、うざったい口調で六名を馬鹿にした発言をした。まもなく、彼女の執った作戦が大成功したと判明する。相手の質問を右から左へ流しせない兵士らは、怒りを隠せないまま赤髪に言う。
「部下の悪行を正す? 犯罪者を連れてきたことの何が悪行なんだ! 言え!」
「確かに、犯罪者を連れてきた兵士は悪行してないね」
弥乃梨はラクトのその発言を聞き、論戦の帝王の実力を改めて痛感した。赤髪が言う『兵士』とは、第一小隊の六人のことではない。王国軍兵士のことだ。だが、絶賛怒り心頭中の彼女らに遠回しな発言は理解できない。
「災害派遣で遠い地に送られて、どんどんストレス積もらせて。それなのに、怒りを爆発させずに抑えこんで善行して。ホント、すごい強い心の持ち主だよね」
「我らを褒める言葉は、まだまだいっぱいあるのでは?」
「でも、遠慮しておく。これ以上言うと、私の学力のなさが露呈しちゃう」
「能がないのに我らを侮辱していたのか! 失礼な奴め!」
「失礼な奴、ですか……」
落ち込んだ様子のラクト。だが、それは演技に他ならない。金稼ぎの為に夜の商売に従事していた、と言われても納得の演技力に弥乃梨は感心する。けれど、敵を泳がせるのはそこまで。これ以上好き勝手言わせておくと、こちら側の目的を忘れかねない。赤髪は流れを変える作戦に出る。
「失礼な奴、以外でどのような印象を持たれましたか?」
ラクトは第一小隊の六人にそう言った。もちろん、ここにも赤髪の策略が隠れている。敬語を用いたのは、少しでも無駄な争いを避け、自分が会話の主導権を握れるように扇動するためだ。それに、敬語の言葉には優しい印象を持つ人が大半である。命令だと思わずに従ってしまう可能性は極めて高い。
「精神が不安定な近寄るべき存在ではないと思った」
「他には?」
「能がない女だと思った。貴様の血を引く子孫など、どうせ卑劣で非道で憎たらしい行為ばかり行う犯罪者になる。貴様の代で遺伝子を断たなければならぬ」
「そう、ですか……」
追加質問する前より落ち込み具合がひどくなったので、弥乃梨はラクトを守るために口を開こうとした。しかしふと赤髪の口を見ると、彼女は笑っている。ラクトが俯いていたのは、顔が綻んでいることを知られたくないためだった。
「……ほんと滑稽だよね。笑いを堪えるのがやっとなんだけど」
「どういうことだ?」
進んで悪点の炙り出しに取り組んでくれた兵士らの顔を見ると、ラクトは笑いが止まらなかった。でも、それは内心だけにしておく。破顔したら負けだ。論理の前提には理性がある。ひとまず感情を押し殺して、自らの手の内を明かす。
「『独裁者にNO!』とか言ってる癖に、独裁者の要求を受け入れてたよね」
「『独裁者』とは、貴様の隣に居る者のことを指しているのであって――」
「隊長は上官だけど隊長補佐は上官じゃない、とか勘違いも甚だしいんだけど。確かに、私は第一小隊内じゃ隊長補佐だよ。でも、ちゃんと特将の位に在る」
「それの何が根拠なんだ!」
感情的になる第一小隊の隊員。しかし、ラクトは冷静を貫いた。
「王国軍兵士を解放した隊長だけを独裁者と呼ぶ気でいるっぽいけど、隊長補佐って、隊長がしようとしていることを助けたり、粗を修正する役職なんだよね。なのに、私は隊長の行動を止めなかった。それって、独裁者と同罪じゃん?」
「だが、独裁者は一人というのが基本だ!」
「……もしかして、独裁者に仲間が居ないと思ってる?」
ラクトが核心を突いてまもなく、熱心にレッテル貼りをしていた第一小隊のうちの一人が口を閉ざしてしまう。独裁者が独裁を行おうとする組織の代表者であるということを忘れていたことが裏目に出た。
「つい最近までエルダレア帝国に独裁政権があったけど、あれだって、独裁に関わったのは一人じゃないし。サタナキア首相だけが取り上げられていたけど、彼以外にも同罪者は居るはずだよ。少なくとも一人以上は」
「こ、根拠を出せ!」
「サタナキア首相、報道官に妻のアガリアレプト氏を配属してたじゃん。彼女は私と同じく補佐役に在ったけど、独裁路線を変更することはできなかった」
エルダレアの独裁政権を例に挙げた流れから、ラクトは自分たちの関係について触れておこうとした。でも、やめておいた。無理して性別を公言する必要はない。『女性同士の恋愛以外認めない』と解釈されて憲法が運用されている以上、『男』という言葉を安易に発しても、相手の挑発を強める以外に効果はない。
「独裁を行う団体の長が独裁者って特別呼ばれてるだけで、関わった奴だって同罪なんだよ。形式上は一人しか居ないことになってるけど、実際は複数居る」
「形式的には一人なのだから、貴様を独裁者と考えないのが適当では?」
「確かに、形式上は『独裁に関わった者』と位置付けるのが妥当かもね」
『形式上』という言葉で拉致犯六名の考えを部分的に容認しつつ、『独裁者』という言葉の適用範囲を双方で確認しておく。赤髪が妥協したように見えた陸軍兵士らは、論戦が終わったかのように感じていたが、残念ながら前置きがようやく終わったに過ぎない。ここからは、妥協なき戦いだ。
「それで、レッテル貼りで盛んに使われる『独裁者』って単語の意味についてなんだけど。この言葉、『独断で物事を進める人』のことを指すんだよね」
「その程度、知った上で使っている」
「ふーん。じゃあ、――私たちのことを特将に任命した人も独裁者なのかな?」
ギレリアル連邦軍法によって、特将を任命できるのは各軍の大将のみに限られている。ラクトは明言こそ避けたが、実質、彼女の質問は陸軍大将であるニコルが独裁者か否かを問うようなものになっていた。これには、第一小隊の一般隊員らも口を閉ざしてしまう。だが、彼女らに黙秘権はない。
「黙秘権や証人審問権は被告の持つ権利じゃん?」
「……」
「原告が黙秘するのはあってはならない行為なんだけど――わかる? 被告の持つ権利を使わせず原告に有利な判決を下すように仕組むのは、双方にとって平等じゃないからね。もっとも、今私たちが居るところは法廷じゃないけど」
相手の行為を批判する以上、原告は何を根拠に批判しているのか説明する必要がある。これは被告側も同様だ。訴えられた内容に異を唱える場合は、根拠を説明する必要がある。それは、刑事だろうが民事だろうが変わらない。
「今のままだと私たちが不利益を被るから、質問に答えて欲しいな」
「上官だからと権力を濫用しやがって……」
「だから、証人審問権は憲法で認められた刑事被告人の権利なんだってば」
「……」
議論において、知識は最強の武器となる。巧みに用いることができれば、自分の主張に従わせることだってできる。知識を豊富に有するラクトからすれば、体力や規律は一丁前でも学力は平均以下という兵士らを相手にするのは容易いことだった。なにせ、権利について言及するだけで話が有利に進むのである。
「……もしかして、証人審問権って言葉が分からなかったの?」
「そういうわけではない。権利について、私は正しく理解している」
「そこまで言うなら、噛み砕いた説明も容易にできるよね?」
「あ、ああ……」
ラクトは「証人に審問する権利」と返されることを予想し、文節を増やすだけでは解決できないように対策を講じた。一方、陸軍兵士は今にも泣きそうな顔をしている。まさしく、強気な発言が裏目に出た典型的な例であろう。
「被告の持つ権利を使わせず原告に有利な判決を下すように仕組むこと、だ」
「その回答、ダーツで斜め四五度……いや、右に投げたようなものなんだけど」
「い、今のは貴様を揺さぶらせただけだ!」
「そっか。じゃあ、本当の回答を言ってもらっていい?」
「だから、『証人に審問する権利』だろう?」
「噛み砕いた説明をお願いしたはずなんだけど――」
「……」
まったく噛み砕かれていない説明を聞かされたので、ラクトはその点について指摘する。だが、「もう一度言って欲しい」とは言わなかった。原告側から正答を得られるまで問い続けることも一手だが、それでは時間を有効活用できない。
「証人審問権っていうのは、話の内容が本当なのか嘘なのか明らかにするために事実を述べる人に、聞きたいことを尋ねられる権利のことだよ」
「わ、私もそのようなことだと知っていた」
「嘘、言わないでくれるかな。私、人の心が読めるんだよね」
「こっ、根拠を示せ!」
「じゃあ、協力してもらえる?」
「もちろん」
自分は根拠もなしに相手を批判するくせに、相手には根拠を提示するよう求める陸軍兵士の一人。ラクトはうんざりしてきつい言葉を言いそうになったが、発しそうに成る寸前で抑えて理性的な対応を心掛ける。協力要請に答えてくれたのを合図に、弥乃梨は五十四枚のトランプカードを作り出した。
「ここに五十四枚のトランプカードがあるんだけど、私が後ろを向いてる間にシャッフルして一枚引いてくれるかな。表に返して番号見たら裏にして、私を呼んでね。それで番号が当れば、私の言ってることが正しいことの証明になる」
「わかった」
「じゃ、言ったとおりにお願いね」
陸軍兵士にトランプカードを手渡し自身が言った通りのことをさせ、ラクトは精神を統一して相手の心を読み始める。不正行為を働いたときのために証言人を確保しておこうと考えたが、相手の心を読むことに一心になろうと素早くモード切替を行ったため不要になった。
陸軍兵士が一連の流れを済ませたのは、ラクトが後ろを向いてから一分以上経過した時のことだった。隊員はシャッフルが下手なわけではないが、念には念を入れて五十四枚のカードを切ったことで一分以上も掛かってしまった。
「終わった」
「じゃ、当てるね」
隊員が引いたカードはスペードの6だ。これはシャッフルしてすぐに引いたとき陸軍兵士が思ったことなので、偽りの情報という可能性は低い。ラクトの能力で読み取った情報が稀に間違っている時もあるが、それ以外に得れた情報が無いということは、嘘を吐こうとしているわけではないということ。赤髪はゲットした唯一の情報をもとに、回答を述べる。
「あなたが引いたのは、スペードの6だね」
ラクトは後ろを向いたまま言った。不正行為をはたらかれると正解でも虚偽の情報となってしまうため、同時に自分が不利益を被らないように対策を取る。口で回答を発する一方、脳や内心は陸軍兵士の心の中を読み取ることに使われた。
「私はスペードの6なんて引いてないぞ。やっぱり嘘――」
「そうだよね。ハートの9だよね」
「なっ……」
ドローの際に嘘をつく可能性は低いだろうとラクトは見ていたが、見当はずれで陸軍兵士に笑われてしまった。だが、思っていることを隠すのと忘れるのとは違う。一般隊員が態度を変えた刹那、隠されていた情報を炙り出すことに成功した赤髪はついに正答を発見した。もちろん、一度も後ろを向いていない。
「も、もう一回検証を――」
「別に良いけど……、スペードとハート見間違える? 普通」
「――」
ラクトの一言は陸軍兵士の心に深く突き刺さった。6と9を間違えるならまだしも、スペードとハートを間違えるとは皮肉的な意味で興味深い。赤髪は赤か黒に統一するような嫌がらせをした覚えはないし、もちろんながら、カードには六個のスペードマークが、九個のハートマークがそれぞれ描かれている。
「け、検証は撤回だ! お前が心を読めるという仮説は正しいとしよう……」
「ありがとう」
繰り返し検証しても良かったが、いくらやっても正義は勝つ。姑息な真似や卑怯な真似をするような者に勝利の女神は微笑まない。ラクトは胸の内でそんなことを思いつつ、自分の言い分の正しさを認められて笑みを見せた。
「それで。仮説が支持されたってことの意味を確認しておきたいんだけど、『証人審問権』って語句の意味が分からなかったんだよね?」
「……」
「もう一度言うけど、――原告側に黙秘権は存在しないよ?」
論理で勝てなくなりそうだから口を閉ざす。正論で返されたから口を閉ざす。相手をバンバン批判するくせに、批判されたら悲劇のヒロインを演じる。自分を第一に考える。相手を貶して自分の立場や名誉を守る。追いつめられたら激怒する。感情論に走り、汚い言葉を浴びせ、相手の人格否定を行う。謝罪という概念は存在しない。ラクトは、そんな自分勝手な人間が大嫌いだった。
「ああ、知らなかったよ! 証人審問なんて難しい語句分かるか! 私は義務教育を終えてから軍学校に入学したんだ。そんなの知るはずないじゃないか!」
「いやいや、社会科が苦手だっただけでしょ……」
陸軍兵士の心を読んでみると、社会科のテストの点数が振るわなかった過去があった。ラクトはその事実を主張の根拠として知識に関する相手側の言い分に反論したが、見事に華麗にスルーされた。
「人の知らない言葉を使って論破することがそんなに嬉しいか! 楽しいか! 理解不能で困っている人がそんなのに滑稽か! 人を小馬鹿にすることで自分の精神を保つな! プライベートな情報をばら撒くな! このクズアマ!」
「相手が『話して欲しくない』って思ってなきゃ分かるわけないじゃん。言ってから僅かな時間しか経ってない情報なら、言って良いのか悪いのか不明だし」
汚い言葉が飛び出してきたので、ラクトは、そろそろ相手が実力行使に動くのではないかと警戒を強める。もちろん、平和的解決を望まないわけではない。朝っぱらから魔力を行使し、戦いが終われば仲間となるはずの者に傷を負わせるなど、耐え難い苦痛以外の何物でもないからだ。でも、現実味は少なからずある。
「そこらへんは常識的な判断をすればいいじゃないか!」
「常識的な判断? 相手の言い分に対する必要最小限のソース情報を引っ張ってくるのが非常識なこととでも? そんなこと言ったら反論できないじゃん」
「心を読んで根拠を見つけるくらいなら反論するな!」
「根拠なしに主張を言ったら、それは感情論じゃん」
「だが、なんの許可もなしに相手の過去を掘り返すのは――」
ここまで順調に話の主導権を握ってきたラクトだったが、陸軍兵士のその意見を聞いたとき思わず「一理ある」と思ってしまった。結果、一般隊員並みに理性を崩さなかったものの、募らせた焦りから少量の感情が入ってしまう。
「裁判傍聴したことある? 相手の過去を知れなきゃ裁判は始まらないよ?」
「しかしだな、それでも不特定多数の人が言い合いを聞いているわけで――」
「それは裁判も同じじゃん。それに、怒鳴りつけて喋ってるそちらの六人と比べれば声量も適当だと思うしね。人数や声量については普通だと思うんだけど」
「お? プライベートな情報を言うことについてはどう感じているんだ?」
些細な事を突いてくる相手を見習った陸軍兵士は、それまでなら聞き流していたであろうことを質問する。これまで論戦においては一切譲歩しない姿勢を貫いてきたラクトであったが、これ以上言い争っても何も始まらないと考え、また、自分の意見に修正が生じたことから、それまでとは違った意見を言った。
「『心を読んで根拠を見つけるくらいなら反論するな』という意見に賛成はしないけど、いくら正確な情報が得られるとはいえ、相手の話したくない情報を吐露するときに『心を読む』という方法に頼り切るってる現状は、確かに打開しないといけないかもしれない」
「ふっ。ようやく負けを認めたか」
「ごめん、負けを認めたわけじゃない。『現状を変えていこう』と発心しただけ。だから、これまで行ってきた行為について謝るつもりはない」
「そうか……」
「そもそも、心を読むことは論戦の本題じゃないし。私とあなたがたが言い争うべきことは、上官が独裁を働いたのか否かってことじゃん」
ラクトがそう言った刹那、外野から「論点ずらしするな!」と野次が入った。しかし、それは若干名。赤髪が対峙していた陸軍兵士は六人の中では割りと常識的な女性で、プライドこそ高いものの、話し合いを否定するような人ではなかった。そのため、一般隊員は外野の仲間の存在を恥じて目もくれない。
「もう一度話を整理するね。結局、私たちが言い争ってることは、王国軍兵士を逃がしたことが独裁行為なのか、それとも適当な判断なのかってことでしょ?」
「そうだな」
「それで、私は根拠を得るために質問したはずなんだけど――」
「どういう質問だったのか教えてほしい」
「私たちのことを特将に任命した人も独裁者なのか、って質問だよ」
陸軍兵士は小刻みに首を上下に動かし、大体十秒くらいして口を開いた。ラクトが譲歩の姿勢を見せたことで一般隊員が感情論をやめたため、赤髪は相手の真意に迫ることに成功した。
「ラーナー様は独裁者ではない」




