4-59 北東方面隊第十五師団・災害派遣チーム #2
アイテイルの調査結果で明かされた陸軍兵士が居る場所とデータ・アンドロイドがそこへ移動するようにと指示した場所は同一の場所だった。だが、駐車場と思しき場所に戦車の姿はない。もっとも、津波に関する情報が錯綜する中で無闇に海岸沿いの街に配置するのが戦車の放棄になり得るから、ということもある。
「あれ?」
「……もしかして、データ・アンドロイドに嘘つかれた?」
戦車がないならまだしも、陸軍兵士が居ないとなると話は変わってくる。弥乃梨もラクトもデータ・アンドロイドに嘘を吐かれた可能性を第一に考え、それを前提に周囲を舐め回すように観察した。だが、発見しなければならない人たちを見つけることが出来ない。そんな時、ラクトがボソッと発した。
「新聞社……」
移動するよう指示された場所は新聞社社屋の真ん前だった。しかし、社屋のどこを見ても本当の看板はない。理由は単純だ。昨日の地震による大津波で流されたのである。ゆえに、建物を特定する根拠となった看板は臨時のものだった。
「ラクト。ここで足踏みしてる暇はない。中に入って話を聞こう」
「そうだね」
弥乃梨の提案にラクトは頷いて返答した。新聞社社屋は、骨組みが辛うじて原型を留めている程度で窓や玄関扉はない。壁はほんの一部で意味をなしているが、大半は流されて元の形とは異なっている。その様は廃墟のようだった。
一階に入ると、床一面が水と泥で塗りつぶされていた。飾られていた絵画の額縁は無残にも破壊され、ホコリから守ってくれていたガラスの影はない。中に入っていた絵は水に濡れており、とてもじゃないが見ていられなかった。
「新聞社は住民が集う場所にもなってたんだね」
新聞社としての機能は二階から最上階までで、一階は町民会館としての役割も担っていたらしい。散らかった書籍、ひっくり返ったソファ、起動しないテレビが泥に埋もれる光景は、津波がどれほど凄まじい威力だったのかを示している。
「二階行くぞ」
入って直進したところに階段を発見した弥乃梨は、一階の捜索に長い時間を費やすわけにはいかないと思って、ラクトの手を掴んで強引に二階へ連れて行く。最初は驚いていたが、前にも同じようなことがあったので彼女は怖がらない。
一切の足音を発生させずに階段を昇降するのは至難の業なので、弥乃梨はテレポートを使用した。建物への入り方や通路の進み方がまるで犯罪者のようであるが、決して悪者を模倣していない。偽りの黒髪は建物内で働いている人の邪魔になる可能性を考慮した結果が、足音を立てずに階段を昇降することだったのだ。
「あ……」
「お前らは何者だ!」
だが、テレポートは自分の首を絞めることに繋がってしまった。二人が二階の床に足を着けた刹那、直進すると在る部屋の警吏が大声を上げたのである。だが、女は疑いをすぐに取り消した。胸ポケットのバッジを見て、この者たちが只者ではないと知ったためだ。報復を受けたくない一心で、女は態度を改める。
「あなたがたでしたか。ようこそ来られました。どうぞ入り下さい」
言うと、警吏は道を開けた。何事もない平穏な日常が送れていれば、扉を開閉することが通路作りに繋がる。しかし新聞社社屋は、津波により、きちんと区分けされた各々の部屋が部屋として機能するための構造を失っていた。
「部隊総長。ラーナー大将が任命された例の二名が到着しました」
中に入ると、外の惨状に目を向ける一人の陸軍兵士があった。だが、その部屋には机も椅子も電話もない。災害派遣チームの拠点とは到底思えないような部屋で、床は水と泥で覆われている。床は、コンクリート剥き出し状態だった。
「第十五師団・災害派遣チーム『ベータ』へようこそじゃ」
「『ベータ』ってことは他にもチームが組まれてるのか?」
「そのとおりじゃ。物資輸送・配給部隊を『アルファ』、遺体捜索部隊を『ベータ』、瓦礫撤去部隊を『ガンマ』、治安維持部隊を『デルタ』としているぞ」
「そうか。それで、『ベータ』の基本任務に早く携わりたいんだが」
「そう急かさないで欲しいのじゃ。自己紹介が終わっとらんからの」
「そういえばそうだな」
弥乃梨とラクトが新聞社に来たのは、第十五師団の皆と連携や信頼を深めるためである。――否、フィーリングなど二の次だ。まずは、相手の顔や名前を知らなければならない。でなければ、さきほどのように犯罪者扱いされてしまう。
「私は、災害派遣チーム『ベータ』の部隊総長のレーフ。地位はバイオレットの下じゃ。彼女は師団長で、私は部隊総長じゃからな」
「部隊総長ってことは、フルンティ市役所の屋上に居たのか?」
「そんななわけなかろう。私は容易く瞬間移動できないのじゃぞ?」
「そうか。それは悪かった」
災害派遣チームまでの通達は、大統領府、大将、師団長、部隊総長、小隊長というふうに下りてくる。地位が同じだったために弥乃梨は思わず同じ場に居たように思ってしまったが、人族に魔法は扱えない。また、データ・アンドロイドで移動するにしても、『ベータ』が置かれている場所までは一時間以上掛かる。
「常体使用者が謙虚になると気持ち悪いから、私はやめるべきと思うのじゃが」
軍人が誤解することは自分の首を自分の手で絞めるのと同義だとバイオレットは言っていたが、一方、レーフは比較的寛容だった。だが、部隊総長の考えの根底とバイオレットの言葉は食い違っていない。寛容性があったのは、弥乃梨が常体を使って堂々とした振る舞いをとっているために他ならないのだ。
「まあ、そんなことはどうでもいいのじゃ。さっさと仕事を告げたいのじゃ」
レーフは咳払いして口を開いた。
「弥乃梨特将を第一小隊隊長、ラクト特将を第一小隊補佐にそれぞれ任命する」
「職務は……?」
「海岸エリアでの遺体捜索に従事してもらう。但し、戦車の使用は認めない」
「武器や弾薬は?」
「必要があれば補佐がこの場所に取りに来れば良い。詳細の報告を求めるがな」
部隊総長が小隊の重役に任命してくれたことは光栄だったが、弥乃梨らが求めていたのは自分たちの仕事だった。忘れてもらっては困る、と部隊総長に指摘を行って何とか職務を聞き出す。武器弾薬は適当に補給と聞き、二人は軽装のまま海岸エリアに向かおうとした。しかし、「待った」が掛かる。
「これを持っていくのじゃ」
「護身用?」
「そうじゃ。使う機会は無いじゃろうが、無いよりは有るほうが良いじゃろ?」
「ですね。では、ありがたく借ります」
ラクトは言い、部隊総長が持っていた護身用小銃二丁を受け取った。うち一丁を弥乃梨に渡すと、二人はロックがきちんと掛かっているか念入りに確認する。安全が確保された後、第一小隊の隊長と補佐は尻ポケットに収納した。携帯中に紛失するわけにはいかないので、ボタンでしっかり止めておく。
「では、よろしく頼むぞ」
「「はい」」
弥乃梨とラクトは声を合わせて返し、頭を下げて敬礼した。ギレリアル陸軍の仕来りについてなど無知だったが、赤髪が部隊総長の心の中を読んで必要な策を講じる。弥乃梨は彼女の行いを見てそれに同調する。部隊総長の顔を再び見た後で、二人は第一小隊が待っているという海岸エリアへ急行した。
海岸エリアに着くやいなや、弥乃梨はあまりの無法地帯っぷりに驚いた。第一小隊の面子が迷彩服を着た者達に対して銃を向けていたのである。濡れ衣を着せられていたのは服装や顔つきから軍人と考えられるが、しかし、胸ポケットや帽子の真ん中に着いている国旗や国章はギレリアルのものではない。
「あの国旗って……」
白色の中央に桃色で桜が描かれている国旗を掲げるのはエルフィリア王国だ。本来、被災地から最も近い他国はエルダレア帝国であるが、独裁政権が先日倒れたばかりで帝国軍を派遣する暇はないらしい。それゆえ、本来なら二番目に近い他国になるエルフィリア王国軍が最初に派遣されていた。
「第一小隊に属する仲間たちに命令する。直ちに威嚇行動を停止せよ。繰り返す、直ちに威嚇行動を停止せよ。エルフィリア王国軍は敵でない。共闘部隊だ」
「何を持って我らの行動を止めるのか。ぜひ、貴方の地位を示して頂きたい」
「俺は第一小隊の隊長に任命された夜城弥乃梨だ。地位は特将。これが根拠だ」
バッジを取り外す最中に失くすわけにはいかないから慎重に行う。また、戦闘狂の好戦性を抑えることに失敗した際のリスクも考え、ラクトに万が一の時のコピー品を作ってもらうよう頼んだ。万全の対策を講じれたところで、偽りの黒髪は胸ポケットに着けていた特将バッジを外し、第一小隊の隊員らに見せる。
「貴方が特将なのは真実のようだが、我らは犯罪者らを殲滅しなければならん」
「『ベータ』は治安維持部隊じゃないはずだが?」
「必要に応じて武器の使用を認める、と併記されていたはずではなかったか?」
「ああ、併記されていたはずだ。でも、その迷彩柄の服を着た人物が犯罪者だという証拠はどこにある? ないのなら、それはお前さんの依怙だと思うが」
エルフィリア王国軍の制服組であることは、迷彩柄の戦闘服を見ればすぐに分かった。それに、王国軍兵は武器弾薬を構えている様子ではなく、第一小隊が一方的に攻撃しようとしているように見える。
もちろん軍人が罪を犯さないなんて神話は無いから、第一小隊の隊員らの説明によっては考えを変更することもあるだろう。しかし、ギレリアル連邦という国家の性質を考えれば、男性に対し濡れ衣を着せて危害を加えることに抵抗のないギレリアル人女性が多数と考えられる。
「ギレリアル連邦は我ら人族のものだ。他種族の干渉など退けて当然だろう。それに、この兵士は子種を有している。性犯罪者として見られるのが普通だ」
隊員が子種を有する者の存在を否定した刹那、弥乃梨は思わず顔を綻ばせた。笑みはラクトにも波及する。だが、彼氏と彼女が笑った理由は同じではない。赤髪は、『第一小隊が彼女らの言う【性犯罪者(笑)】の手に堕ちている』事実について嘲り笑ったが、弥乃梨の場合はまた違う。
「……何を笑っている」
「聞くに値しない戯れ言ばかりで実に滑稽だったからな。呆れてしまった」
「どこに笑う要素があったのか、言え」
第一小隊の一般隊員は六名なのだが、それまで話していた一人ではない女が会話の中心に立った。女兵士が弥乃梨に問うて寸秒で、第一小隊の一般隊員全員が野次を飛ばす。一般隊員の会話のリーダー格に新たに立った女に至っては銃口を向けている。女尊男卑社会について投げかけるのは、官民問わずタブーらしい。
「子種を有していると言ったが、現代のギレリアルにおいては、女だって子種を持っているじゃないか。なにせ、皮膚から精子細胞を作れるんだ」
「……」
「この兵士を『子種を有している』と批判するのは勝手だが、言い出した人たちはどうなんだと返されて反論できるか? これが、滑稽ポイントその一だな」
『子種持ちは性犯罪者』とレッテル貼りすることに何ら異論はない。性犯罪は男が女に対してするものだと決めつけて名称が付けられているからだ。逆レイプや逆セクハラなどがその代表例だろう。しかし、そのような考え方が通用するのは男だけが子種を持つ社会のみだ。女が子種を作れる社会では通用しない。
「まあ、『ギレリアルが人族のもの』という点については否定しない。が、『他種族が干渉するな』というのは大間違いだ。それは大統領か大将が決めることで俺らが決めることじゃない。それに、相手を侮辱する発言は控えたほうがいい」
考え方は有れば有るだけ面白い。論戦は場を盛り上げることも出来るから楽しい。でも、空気を読まない発言はいらない。人格や外見を否定するなんて以ての外だ。相手を侮辱したり罵倒するなどの不毛な発言は議論において不要である。
「(……終わったか?)」
議論が一段落して、あわよくばエルフィリア王国軍兵士の弁護を終えることが出来るのではないか、と思った矢先のことであった。望んでいた未来は闇の中に強制移住させられ、休憩時間はお預けとなる。
「謝れ。我らを説教した罪を、自分の意見を押し付けた罪を」
「(なに言ってんだこいつ……)」
弥乃梨は思わず喉から声を出しそうになったが、ギリギリで内心に留めておくに成功した。理解不能な謝罪要求をされたのだから、怒るのは当然である。しかし、『怒る』は無意味だ。常に『叱る』でなければならない。
「要求は話し合いの上で呑むか決めるから、先に質問させてくれ」
「却下する」
「この兵士だって任された任務があるし、拘束から開放するのは当然だよな」
エルフィリア王国から派遣されて必要のない拘束を受け、根も葉もないことを言われ命を狙われた彼だって軍人だ。当然、任務がある。戦争中でない今、捕虜同然の扱いをするのはいかがなものかと考えて、弥乃梨は拘束を解く。
「独裁者は退陣しろ!」
「隊員の意見を聞けないような独裁者は帰れ!」
「ヤシロ独裁を許さない」
「I'm not Yashiro」
「被害者の立場は、千年経っても変わらないからな」
「憲法守れ! 軍法守れ!」
だが、その決断により、弥乃梨は第一小隊の一般隊員から猛烈な批判を喰らう羽目になった。だが、それらの大半は暴言や我儘。ゆえに、偽りの黒髪がまともに聞こうと思ったのは、最後の『憲法守れ・軍法守れ』だけだった。しかも、それを言ったのは一番最初に弥乃梨と会話したあの一般隊員である。
「憲法は外国人に対して男女平等を保障していると思うんだけどね。あれ、大統領が国家緊急権を行使して一時的に憲法の効力が弱まっているのに、男女関係なく他国から軍人呼んでたっけ」
論戦に参加させてはいけないと定評のある彼女が、ついに参戦した。
「それに、あの兵士捕虜じゃないじゃん。同じ災害派遣部隊じゃん。エルフィリア王国軍が仮設したトイレを出たところで拉致るとかどんな発想してんの? 軍人だから許されるとか大間違いだから。それ、立派な誘拐罪だから」
しかし、唯一まともだと思った兵士の意見でさえ聞くに値しないような内容だと判明した。期待を裏切られた気がして弥乃梨は大きく落胆する。それ以上に、王国軍兵が誘拐されたから第一小隊と共に居たという話に驚きを隠せない。一方でラクトは、謝罪要求を却下するべく、六人相手に論破しようと試みる。




