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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-57 捜索活動

 弥乃梨は警察署の下にシェルターが在ると聞き、そこに誰か人が居るかをアイテイルに問うた。構成物質の分析は建物だけでなく生命体も対象に入っているため、聞かれた銀髪は偽りの黒髪に対しすぐ回答した。


「人と思わしき物体はありませんでしたが、食料や武器が多数保管されていました」

「避難区画ってことか……」

「薬品も多く備蓄してあった点も注目しておきたいです」

「それでも、人影は無かったのか……」


 食料、武器、薬品、避難区画――と聞き、弥乃梨は警察署の地下シェルターが対ゾンビ用要塞となる可能性を考えてしまった。アニメの見過ぎ、ゲームのやり過ぎがユーモア欠落症を招いたのである。というか、真面目な話の中でユーモアは不要だ。だから、発想力に身を任す必要は無い。


「なあ、アイテイル。すごい根本的なことなんだが、聞かせてくれ。お前の能力で召使を探知することはできるのか?」

「可能です。しかし、魔法陣の中まで調査することは出来ません」


 アイテイルの能力を使用すれば、召使も精霊も罪源もデータ・アンドロイドも探知できる。だが、魔法陣の中に戻られてしまったら探すことは出来ない。構成物質を識別することが不可能だからだ。いくら科学が進歩しても魔法の代替となるだけで、魔法を根本的に解決することはできないのである。


「ねえ、アイテイル。さっきルシファーたちのメールに書いてあったんだけど、召喚されてから四十八時間が過ぎたら契約解除が可能なんだっけ?」

「可能ですが強制力はありません。それに、解除には主人の許可が絶対です」

「そっか、ありがとね」


 召使になったのは初めてで、本当に生きていた頃に召使を配下にしていなかったこともあり、ラクトは召使制度についてそこまで詳しくなかった。銀髪から助言を貰ったのは召使制度に対する自分の理解を深めるという点もあるが、一番は自分の意見の正当性を強めておくことにある。


「その、これは私見なんだけどさ」

「どうした?」

「エルフィリア国王が記憶喪失でその召使が不明ってことは、拷問を受けて記憶を失った可能性、半ば強制的に自分の召使との関係を引き裂かれた可能性があるかもしれないと思うんだよね」


 その通りだという確証はない。しかし、それを裏付ける根拠もない。


「記憶喪失か……」


 けれど、ラクトが事実を根拠に意見を述べているのも確かだった。弥乃梨は頷きながら、赤髪の主張の中心にあった文言を復唱する。すると、今度はアイテイルが口を開いた。銀髪は、自身が地下シェルターについて調査した結果と弥乃梨とラクトから聞いた国王が遭った事実を根拠に、赤髪の私見に対して意見する。


「記憶喪失ということですが、調査結果によれば、地下シェルターには電気椅子が設置されているようです。もっとも、物の種類までは把握できていませんが」

「電気椅子って死刑執行用の道具として使われていたような……」

「そうですね。でも、そこまでではなさそうです。家庭用コンセントから電気を引っ張ってくるタイプなので、死に至ることはそう無いと思います」

「なるほど……」


 アイテイルの意見を聞いて顔を上下に振る弥乃梨。一方で、ラクトが口を挟んだ。どちらかといえば電気は化学よりも物理の分野であるが、化学電池に代表されるように化学分野も広く関わっている。赤髪は、粗末ながら知識を披露した。


「でも、家庭用コンセントで電気を流したら、最悪失神だと思う。大抵のは百ボルトから二百ボルトだし、そもそも電圧は生死との直接的な関係が無いしね」

「確かに、電圧=電流×抵抗だから、抵抗が強ければ死ぬことは無いだろうな」

「そうだね。じゃあ、直接生死と因果関係があるのは?」

「電流か」

「ご名答」


 電流量が大きいほど死に至る可能性は高まる。もちろん、電圧と抵抗が全くの無関係と言っているのではない。けれどそれらは、あくまで間接的であって直接的な要因とは違う。生死と直接関わりを持つのは『電流量』だ。


 例を挙げるとすれば、赤と白で着色されたボールなどにモンスターが入っている某ゲームで登場する電気ねずみの『十万ボルト』だろう。何年たっても老いを見せない主人公の少年に対して高電圧の電気を流しているが、抵抗さえあれば電流量は下がるという考え方を使えば、彼が死なないことの証明になる。


「でもまあ、条件が揃えば家庭用コンセントでも簡単に死んじゃうんだけどね」

「『失神』は?」

「国王が死んでないって考えれば、致死量レベルの電流量なわけないじゃん」

「そういうことか」


 日本の場合、乾燥した状態で条件が揃えば四十二ボルトで死に至ることから、業界では『死にボルト』と呼ばれている。なお濡れた場合は、条件が揃えば二十四ボルトで死に至る。この『条件』とは、それすなわち『電流』と『抵抗』の関係だ。これこそまさしく、電圧が間接的に生死と関わる所以である。


「それに普通、電気椅子って直流だし。安全性で比較すれば、直流よりも交流のほうが安全なんだよ。詳しい説明は省くけど」


 家庭用コンセントと接続する以上は交流になるから、ACアダプタなどが無ければ直流用の電気椅子は使えないはずだ。とはいえ、割と身近にある物だから、使った可能性は否定出来ない。片付けられているかもしれなかったが、地下シェルターに片付けてある可能性を第一に考え、ラクトはアイテイルに問うた。


「ところで、ACアダプタってあった?」

「ありませんでした」

「電池とかは?」

「ありません。検出したのは絶縁体を含む二メートル程度のコードだけです」

「てことは、交流に対応した電気椅子ってことか……」


 アダプタもなければ電池もない。その説明で可能性は確信に変わった。仮定が出来たところで、ラクトは証明するための根拠集めを始める。


「ところで、絶縁体ってコード以外にあった?」

「ありません」

「椅子は木製? 金属製?」

「脚から背もたれまで全部が木で出来ていました」

「ありがとう」


 ラクトはさらにアイテイルに聞こうとしたが、やめた。電流量と致死量の話題で持ち切りな今の状況を続けても良かったが、それでは無駄な時間の経過を認めることになる。可能性は極力残しておくべきであるが、物事が経た過程が大体分かったのであれば、可能性を横に置いても特に問題はない。


「どうかしたのか?」

「私見が主張となるために必要な根拠は出揃ってないけど、国王が記憶喪失する過程が大体分かったから、一度整理しておこうかななって」

「ほう」


 弥乃梨もアイテイルもラクトの話に耳を傾ける。場が静まり返ったところで赤髪は、私見が成立するまでの過程について、ここまでの話し合いから考えられることを話した。


「まず、電気椅子で記憶喪失する状況は限られてるわけじゃん。どういう時かって言うと、低電流と失神と重度の脳震盪の三つがうまい具合に結びつくとき」


 話し合いでは未出だが、ラクトは躊躇なく『脳震盪』という語句を用いた。


「電圧を100Vとして、人体の抵抗値でそれを割ると電流が出るわけだけど……、人体の抵抗値って場合によって変わるから、次の計算はあくまで一例として」

「おう」

「まず、抵抗値の基本は人体の内部抵抗およそ500Ω。ここに、接触抵抗xが加算される。接触面を手と足の二箇所と考えると、接触抵抗は2xになるね」

「じゃあ、i=100÷(500+2x)ってことか?」

「そうなる。だけど、電気椅子ってことは接触面がいっぱいになるだろうし、2xなはずない。取り敢えず、人間の抵抗値は条件によって変化する」


 表皮効果も脂肪の量も体内の水分量も、すべて抵抗値を変化しうるものだ。なかでも特に注意しなければならないのが、水と電気の関係である。


「それで、xに値を代入するわけだけど……、これが乾燥状態で変化する。皮膚表面が乾燥していれば約2000~5000Ω、汗ばんでいれば約800Ω、濡れていれば0~300Ω。今回は、それぞれの最大値を基に考えてみる」


 言うと、ラクトはメモ用紙とシャープペンシルを形成した。弥乃梨とアイテイルが見えるように調整した上で、赤髪は説明を再開する。方程式を解くように計算するため、メモ用紙には彼女以外の二人の視線が集中していた。


「まず、乾燥時。xに5000を代入して計算してみると――」


 i=100/[500+2(5000)]

 i=100/[10500]

 i=0.0095…

 i≒0.01

 1A=1000mAだから、i=約10mA


「次に、汗をかいている時。xに800を入れて計算してみると――」


 i=100/[500+2(800)]

 i=100/[2100]

 i=0.0476……

 i≒0.05

 i=約50mA


「じゃあ、濡れている時。xに300を入れて計算してみると――」


 i=100/[500+2(300)]

 i=100/[1100]

 i=0.(09)

 i≒0.09

 i=約90mA


「乾燥した時みたいな十ミリアンペアくらいでも結構な苦痛だし、二十ミリまでくると離脱が難しくなる。五十ミリなんて呼吸困難レベルだよ。その上の九十ミリなんて心肺停止待ったなし。一秒も掛からずに止まっちゃう」

「家庭用コンセント恐ろしすぎだろ……」


 条件がほとんど揃わなければビリっとするくらいで済むが、揃えば最悪死に至るレベルの電流量を発生させる殺人器具になってしまう。それが、家庭用コンセントだ。業者なら回避策を知っているだろうが、無知の素人には回避できない。悪用だろうが善用だろうが、活かせるなら知識は最大の武器となる。


「あの、国王が生きてるということも考えるべきではありませんか?」

「これから説明するよ」


 アイテイルの要求にラクトはすぐ応える。


「そういうことを考慮してみて、一番現実味を帯びているのはって考えた時、乾燥状態の十ミリアンペアだと私は思うんだよね」


 ラクトは知識を活かした考えを話した。流れとしては、まず、電流を二十ミリアンペア以上に引き上げて離脱困難にさせ、抵抗を重ねてもらったところで電圧を0にして電流を止め、突然の変化でショック状態になって地面に、または抵抗を続けて背もたれに、頭をぶつけてもらう。確率は低いが、ちゃんと気絶する。


「お前の発想怖すぎんだろ……」

「実体験だから」

「は?」

「え……」


 弥乃梨もアイテイルも目を丸くした。ラクトが召使であることは既知の情報であったが、偽りの黒髪も銀髪もは彼女の死に方について全く知らない。


「つまり、電気椅子で処刑されたと?」

「それは体験してないよっ! ただ、電気で殺された」

「……ごめん。それ以上語らないでくれるか?」

「わかった」


 ラクトにとってはペラペラ話せる過去の話だったが、弥乃梨は彼女の死に様を想像するだけで苦痛だった。自分の依怙で赤髪の話したい気持ちを妨害するのは極力避けたかったが、他人が悲しむ悲しい記憶を語らせてはならない。


「まあ、なんだ。国王の召使を急いで探せってわけでもないし、研究施設の構造の一例として記憶しておけば良いんじゃないか?」

「そうだね。……じゃあ、これにてお開き?」

「そういうことで」

「そうでしたら、魂石に戻らせてもらいます」


 主人の言葉を聞いて、アイテイルが魂石に帰還する。場が静まり返って流れが変わったが、少し経つと、いつもどおり雑談をする二人に戻っていた。弱みを知ることの重要さとともに、親しき中にも礼儀が必要であることを弥乃梨とラクトは改めて知った。




 話が軌道に乗ってから数分後、八時半近くになった頃。イリスが弥乃梨らの宿泊した部屋の扉をノックした。「はい」と返し、呼び出しに応答するべく弥乃梨は扉のほうへ歩き出す。しかし、施錠など何ら怖くないのが管理人だ。女性警官は勝手に部屋の扉を開け、堂々とした態度で土足のまま入ってくる。


「こちらが今日のスケジュールですわ」

「びっしり埋まってる……」

「夜の一時まで働くとか、完全に社畜じゃねえか」

「何かおっしゃられまして?」

「な、なんでもない……」


 口に出さずに嘆息を吐く弥乃梨。ラクトも同じ方法でストレスと向き合った。しかし、イリスは二人の覚悟が決まる前に活動開始を告げる。


「本日の日没まで、あなたがたには行方不明者の捜索に従事してもらいますわ。ただし、管轄はギレリアル連邦陸軍ですの。くれぐれも規律を乱す真似はなさらないでくださいまし。なお、集合場所は市役所屋上ですわ」

「ありがとう」


 弥乃梨は感謝の気持ちを述べた後、ラクトと手を繋いでテレポートした。

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