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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-56 ハンバーガーと電報

 頬張ることが大変なほど大きいハンバーガーだったので、弥乃梨は中に入っていたナプキンを活用し、ハンバーガーを横にした。上下のハンズからはみ出た部分の頂点にかぶりつき、肉に絡みあうケチャップソースとチーズの味を堪能する。近くで飛び出していたレタスもかじり、口内でシャキシャキを感じる。


「うめえな、これ……」


 かぶりついたら止まらなくなっていた。ハンバーガーはみるみるうちに弥乃梨の口の中に運ばれていき、食事の開始から三分ほどで消えてしまう。濃い味付けだったために彼は水を欲したが、今は水道設備が停止している。仕方ない、と偽りの黒髪は諦めた。


 食べ終わって一段落し、弥乃梨はその場に立った。肩を伸ばして寝ている間動かなかった分だけ身体が蓄えた疲れを発散する。そんなとき、熟睡中だったはずのラクトが起きた。状況を確認するため、彼女は少し顔を上げて辺りを観察する。寝起きではなかなか制御が効かず、赤髪は思わず大きなあくびをしてしまった。


「おはよう」

「おは……えっ」


 疲れをとる仕草を終え、弥乃梨は明るい表情で挨拶する。聞き覚えのある声だったためにラクトは警戒せず、流れに乗って挨拶を返した。しかし、目の前に居る人物の姿をしっかりと捉えた刹那、赤髪は大あくびしていたことを思い返して一気に目が覚める。首を左右に振るが、恥ずかしい感情は拭えない。


「顔真っ赤にしてどうしたんだよ?」

「あくび見られた……」

「いいじゃねえか、それくらい。それに、弱い姿見せてくれる方が可愛い」

「私、どんどん稔の色に染められていってる気がするんだけど」

「嬉しい限りだ」

「なんか悔しい……」


 微笑ましそうに笑みを浮かべる彼氏と、ムスッとした表情の彼女。出会い始めた頃こそラクトが引っ張っていたが、数日のうちに優劣が付かなくなっていた。同じ目標に向かって協力してきたことで絆を深めることに成功したのである。


「そういえば、今って何時?」

「八時。あと、ラクトが就寝してから起床するまでの間に重要な変更があった」

「なに?」

「ルシフェルとルシファーが俺の配下から離脱した」

「ごめん。昨日一日戻ってこなかったから、なんとなく予想ついてた」

「そっか」


 彼は言いながら、内心では「さすがだな」と彼女を褒め称える。勘ではなく事実に基づいて推測を行っている点も高評価だ。一方、赤髪の特徴を褒めるのと並行して、弥乃梨は罪源との契約を断った件に文句をつけられた場合の対応を考えた。しかし、ラクトはあっさりと彼氏の決断を受け入れる。


「言葉悪いかもしれないけど、私たちは二人が居なくとも通常の生活を営めたわけじゃん? だから、契約を破棄しるとかしないとかは主人の勝手だと思う」

「一理ある」


 結局、量より質という訳だ。いくら人材を抱えていようとも、役に立たない無能が多ければ会社の経営は傾く。反対に、零細企業で社員数が僅かしか居なかったとしても、有能な社員が多ければ会社の業績は増える。人海戦術もメリットがあるが、それはあくまで長期的に見た時の話。後々補給すれば良いのだから、まずは量を減らして質を追及することが最優先だ。


「それはそうと、……朝からハンバーガー?」

「要らないなら食べなくても良いんだぞ?」

「そういう二項対立は卑怯だよ。私が断れないこと分かってるくせに」

「ごめんごめん。ほら、ハンバーガー」

「ありがとう」


 ムスッとした表情を一瞬浮かべたが、ラクトはハンバーガーを貰って表情を一八〇度変えた。しかも感謝の言葉付きである。日常の中の一部分を切り取っただけに過ぎないとはいえ、いかにラクトが理性的なのかが分かる。


「でも、先に髪の毛整えさせてもらっていい?」

「そんなにボサボサしているようには見えないけどな」

「そう言ってもらえると嬉しいけど、整えずに出歩くのはちょっと……」

「そこら辺はちゃんとしてるんだな」


 といっても、化粧やメイクは極力避ける主義のラクト。リリスと生活していた頃、毎日させられていたことが響いているのだ。しかし、配属された先で「化粧をしていないなんて非常識」と言われるのも嫌なので、乾燥対策も含めてリップクリームだけは塗っておく。


「ただいま」

「おかえり」


 まるで自分の家のように挨拶を交わす二人。弥乃梨とラクト以外に誰かが居れば、「夫婦漫才」だと評価するに違いない。そんなことを考え、赤髪はほんのり頬を赤くした。忘れようと、ベッド上に置いておいたハンバーガーを手に取る。紙の容器を開いてナプキンで下部を包み込み、食べやすくした上で口に運ぶ。


「美味しい」


 イリスから支給されたハンバーガーを「美味」とラクトは言い切った。しかし、弥乃梨はそんなことには目もくれず。少しずつ食べ進めていく彼女の姿に視線を集中させていた。彼女がハンバーガーを食べる姿でさえ、彼氏にとっては愛くるしい。だが、彼女にとっては食べづらいだけである。


「食べづらいんだけど」

「ラクトの食べ方が可愛いのが悪い」

「そういうこと言うのやめてよ、もう……」


 可愛いと言われて嫌な気分は当然しないが、恥ずかしいからやめて欲しい。それがラクトの言い分だ。しかし、弥乃梨はサディストの心を持っている。泣かれないよう細心の注意を払いながら、言われてもなお赤髪の顔を見続けた。


「早く食べないと時間無くなるぞ?」

「無くなったら弥乃梨のせいにする」

「い、言い返せない……」


 追い打ちを掛けれたと思いきや、弥乃梨は逆に追い込まれてしまった。自分が不利になる証拠は既に揃っているし、ラクトが何もしていない証拠もある。ギレリアルに限れば唯でさえ地位の低いというのに、悪評がついてしまったら大変である。偽りの黒髪は、彼女の顔をじっと見るのをやめた。


「なら、横に居るわ」

「そうしてもらえると助かる」


 しかし彼女の近くからは離れず、弥乃梨は移動してラクトの隣に座った。食事の間話に花を咲かせようと考え、また下らない話をし始めようとする。だが、座って数秒したときにスマホが音を発した。偽りの黒髪は咄嗟にスマホを持つ。ロック画面には、『メール』ではなく『電話』の文字が映った。


「なんとなく察していたけど、まさか電話が来るとは……」


 普段なら振動音で済むが、電話の場合は音が鳴る。音だけで把握できるほど弥乃梨はスマホを使っていたが、それでも技術が現実世界より進んでいるマドーロム世界で電話を使うとは思えず、嫌がらせの可能性を考えてしまった。


「もしもし」

『リートです。お久しぶりです、お元気にしていらっしゃいましたか、稔さん』

「久しぶり。こっちは元気にしている」

『喜ばしい限りです。さて、今回の連絡は、稔さんの功績を称えるものです』


 電話の向こうに居るのはリート。弥乃梨がマドーロム世界で一番初めに出会った金髪の姫である。偽りの黒髪は王女から『功績』という言葉を聞いた瞬間、唾を呑んだ。王家の血筋を引く人からお褒めの言葉を貰えるのである。


『貴方がギレリアル連邦から救出した男性九五名の中に、私の兄が居ました』

「それってつまり……」

『エルフィリア国王が、ようやく本国に帰国されたのです。しかし……』

「しかし?」

『兄の召使が見当たりません。でも、兄を頼ることも出来ません。記憶が――』

「それ以上言うな」


 感動的な話から一変、悲しき物語は続いていた。リートが何を言いたいのか理解し、弥乃梨は王女にそれ以上兄について言及することをやめさせた。


「それ以上言ったらこっちまで傷つく。要は、そいつを探せばいいんだろ?」

『ご名答です、稔さん』

「その依頼、俺が、俺たちが引き受ける。必ず、救い出してみせる」

『私が非力なばかりに、稔さんたちに迷惑を被らせてしまって……』

「気にするな。王女は王女らしく振る舞っていればそれでいい」

『ありがとうございます』


 リートは感謝の言葉を弥乃梨に言ったが、彼はそんなこと求めていない。


「ところで、その召使の名前は?」

『ミカエルです』

「ありがとう。リートもその兄も、必ず笑顔にしてやるから待ってろ」

『お願い致します』


 弥乃梨はリートの返答を聞いた後、「ああ」と言って電話を切る。王家の血を引いているだけあって、聞き取りやすいようゆっくりと話すのが印象的だった。スマホを胸ポケットに入れると、偽りの黒髪は振り向いた先でハンバーガーを食べ終えたラクトの姿を捉えた。赤髪曰く、一分近く話していたらしい。


「ところで、どういう話だったの?」

「俺らが救助した人達の中にエルフィリア国王が居たそうだ」

「つまり、私たちに任された書類上の任務は完了したってこと?」

「残念ながら、違う。今、リートから二つめのミッションを受け取った」

「内容は?」

「エルフィリア国王の召使を救助せよ、というものだ」


 弥乃梨の説明はストレートなものだったが、抽象的でもあった。具体性に欠けた作戦を遂行するのは、後になって痛い目を見るだけで良いことが何一つない。それこそ、国家君主のような高い地位に在る人の召使を救出するという一大プロジェクトである。絶対に失敗は許されない。


「召使について具体的な情報は受け取ってるの?」

「名前は『ミカエル』らしい。どこに居るかは不明だ」

「そっか。まあ、一緒に拉致された件を考慮すれば、怪しい施設に居る可能性が濃厚だろうね。もちろん、一斉検挙なんてバカな真似するつもりはないけどさ」

「ああ。やるなら一点集中で攻めなきゃダメだ」


 リートの兄を救出した時は、一点を集中して攻撃した。そこにすべての人員を配置して最大限の能力を引き出すことに成功したからこそ、弥乃梨たちはエルフィリア国王を救出することに成功した。もちろん、同じような手が二度通用するとは限らない。だが、分散して戦って倒せる敵など施設にはほとんど居ない。


「作戦開始の通知とかはまだなんでしょ?」

「そうだな」

「なら、その施設について調べてみようよ」


 ラクトの言葉に動かされ、弥乃梨がブラウザを開く。自分が現実世界で何をしていたかを数日の間に忘れていた偽りの黒髪は、『よく見るサイト』という欄にあったサイトを見て固まってしまった。


「責めるつもりはないから大丈夫だよ、稔」

「ラクトは本当に寛大な彼女だ……」


 弥乃梨は赤髪に強い感謝の念を持った。といっても、彼女というかけがえのない大切なものを手にしたことで、いかがわしいサイトを見る気が失せているのも事実である。どうせ履歴から辿れば行けるので、偽りの黒髪は、『よく見るサイト』の欄から該当するサイトを非表示にした。


「それじゃ、施設について調べていこう」

「ネットの情報が必ずしも本当とは限らないんだが……」

「いや、今日は深そんな深いところまでじゃなく、施設の在る場所を知るだけ。ソースは閣僚の証言や関係する資料から得るに決まってじゃん」


 ネットには本当の情報から嘘の情報までありとあらゆる情報が流れている。根拠に基づくものから感情のままに殴り書きされた文章だってある情報世界では、嘘を見抜く力が必要になる。そのためには、既存の情報共有システムを活用することが必要不可欠だ。その最たる例は、言わずもがな図書館である。


「ねえ、弥乃梨。スマホ借りていい?」

「いいぞ。けど、俺にも見せてもらわないと困る」

「分かった」


 弥乃梨はラクトにスマホを貸した。まもなく、彼女はフリック日本語入力システムからクワーティーシステムに変更する。URLバーに慣れた手つきでサイト名を直接打ち込み、誤字脱字が無いことを確認してエンターをタップする。


「これ、英語版か? よく他国のサイトを覚えられるな」

「カントリーコード・トップレベルドメインが分かれば済む話じゃん」

「知識の披露はよしてくれ。凡人とハッカーの住む世界は別だ」

「簡単に説明すると、URLの最後に付く国ごとに異なる二英字のこと。日本の場合は『jp』でしょ? 同じように、ギレリアル連邦の場合は『fg』になる」

「なるほど」


 弥乃梨は、ラクトの発言中に出てきた謎の言葉の意味を理解した。思い返してみると、『jp』というのは色々なところで目にする。偽りの黒髪がそんなことについて考えを深める一方で、赤髪は彼のことなどお構いなしに検索を行った。だが、監禁施設の呼び方が分からなかったために少々手こずってしまう。


強制収容所コンセントレーション・キャンプ……」


 何度も『施設』を意味する『ファシリティ』という単語を軸に検索窓とにらめっこしたが、調べたい単語は中々ヒットしなかった。そんな中でふと思いついた『収容所』を意味する『キャンプ』を入力すると、ようやく百科事典が表示された。マウスカーソルを動かし、リンクをクリックする。


 スマホ版は『コンパクト』をコンセプトに作られており、パソコン版のようにデフォルトで全ての項目が表示される訳ではなかった。項目の隣に8pxの大きさで書かれた[open]をタップし、概要を表示する。他の項目についても、ラクトは同じようにボタンをタップしていった。その上で、ページ内検索を掛ける。


 でも、『place』と入れても見つからない。仕方ないので、概要を読んでいくことにする。だが、弥乃梨は彼女の努力を鼻で笑った。フリー百科事典を使用することの多い偽りの黒髪はスマホを取ると、あえて下の方にスクロールする。


「これって……」

「関連項目は末端に多く、学問的なものは『table』の中にあることが多い」

「へえ」

「けど、ここに書かれた単語は地名を意味するものなのか?」

「そうだよ。ありがとう弥乃梨。すごく捗った」

「こちらこそ」


 弥乃梨の言葉を聞いた上でラクトがもう一度地名かどうか確認すると、全てがそういう訳ではなかった。でも、大半が地名ということに揺らぎはない。彼女は忘れないように地名をペーストし、一旦ホーム画面に戻ってからメモアプリを開いてコピーした。最後にサイトのURLを張って保存する。


「強制収容所は五個っぽいね。うち一つは私たちが全員救出した施設だけど」

「つまり、残りは四箇所ってことか。大体の場所は掴めたか?」

「うち一つはフルンティ市内にあるみたい」

「まさか、市街地にあるんじゃないだろうな?」

「そういうことは調べれば分かるでしょ」


 メモアプリから再びブラウザに戻り、すぐさま『フルンティ』という地名のリンクをタップする。弥乃梨は画面が表示されてすぐ、上部右側の細長い表の中に基本情報がまとめられているのを確認した。だが、緯度経度までは分からない。でも、そんな諦めかけていたときのこと。ラクトが英文を読んで気づいた。


「『アンダー・ザ・ポリスオフィス』ってことは、まさか――」

「この警察署の……地下?」


 可能性は否定出来ない。弥乃梨とラクトは互いに顔を見合うと、ゆっくりと頷いた。寸秒で、偽りの黒髪がアイテイルを場に呼び出す。主人は精霊に対し、地下に何かないか確認するよう指示を出した。



 およそ二分くらいで調査の結果が出た。アイテイルは得た情報を素早く脳内で整理し、不要な情報と必要な情報に分ける。必要な情報から有益な情報と無益な情報に分類し、全てのうちの四分の一の情報を中心に銀髪は告げた。


「地下にシェルターがあるみたいです」

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