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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-54 明日へ

 弥乃梨とラクトは、イリスに頼まれた通りに掃除を行った。五階から八階まで、使用していない各部屋を明るくして綺麗にする。テレビやパソコンなど家電製品の裏に付着するホコリもしっかりと除去し、必要な箇所は雑巾で重点的に掃除した。


 もちろん各階のトイレも掃除した。最初、弥乃梨は女子用のトイレに足を踏み入れることを躊躇したが、トイレを掃除する際はラクトが先に偵察に行って使用者が居ないか確認してくれたたため、『DO NOT ENTER』と理由も併記して質素ながら札をトイレの扉に下げたため、掃除中に入室する者は一人も居なかった。


 そして最後は、各階の廊下と階段。それまで掃除してきた場所と比較して、断然容易に済んだ。もっとも、人が行き来するだけあってホコリは大量に出てしまう。それは、清掃員が捨てずに撒き散らしているのかと思うくらいだ。


 全行程が終了して時計を見たとき、短針は一を越えていた。そのため、三時間以内に全階制覇という夢は儚く消失してしまう。しかし、ここまで頑張ってきたという証拠は残っている。証言者が目の前に立っている。だから、二人とも悲しい表情を見せることはなかった。互いの健闘を称えあい、努力を分かち合う。


 自分たちが基本的に居る場所として確保した例のテーブルに戻ってくると、二人は机上に置き手紙があることに気付いた。表面に筆記体で『To:Minori』と書かれており、裏面にはこれまた筆記体で『Iris』と書かれている。


「なあ、ラクト省かれてないか?」

「ううん、正式な書き方だよ。召使を持つ持たないに限らず、一度目の人生を歩んでいる人の名前だけ書くのが常識。弥乃梨の場合は……、年賀状で相手家族宛ての内容を書いたりするときも、表の宛名には友達の名前を書くでしょ?」

「まあな」

「主人と召使って主従関係を持つ二人だけど、それ以上に強い絆で結ばれた仲間って考え方が強いんだよね。だから、そういう認識で居てもらえると良いかな」

「なるほど」


 ラクトからマドーロム世界の常識をまた一つ聞いたところで、弥乃梨は長方形に折り畳まれた手紙を展開する。角が三角で、右上から左下に対角線のような線が引かれているような印象を受ける、ルーズリーフやプリントの裏などで手紙を作るときに使うあの凝った折り方で畳まれていた。


 既視感しかない形の手紙を展開すると、メッセージは予想通り長方形の紙に書かれていた。本来なら折り目の付いている紙は包装紙の役割を果たすのだが、イリスは中に手紙の本文を記したものを入れておらず、包装紙にメッセージを書いていた。だが、読めない。理由は単純。筆記体で書かれているからだ。


「寝る場所の指示っぽいよ。七階にあるみたい」

「へえ。なら、早く行って寝よう。もう一時半だ」

「そうだね」


 案内をラクトに任せ、弥乃梨は代わりに七階まで移動させる役を担う。二人は手を繋ぎ、テレポートして自分らが掃除して綺麗にした廊下に着く。明かるくないため赤髪が通路を照らした。彼女はそのまま弥乃梨を指定の部屋に案内する。


「なんか、ラクトにいかがわしい部屋へ連れて行かれるような気分だ」

「……ここで寝る? 窓開けてあげるよ?」

「それ、割りと真面目に風邪引くから!」

「風邪薬なんて調合余裕だし、なんなら看病もしてあげるよ?」

「イベントとしては最高だが、手のひらの上で転がされるのは御免だ」

「なら、変なこと言うな。……って、このくだり何回目だよっ!」

「ほんとだよ」


 誂うなと言われてもなお誂う彼氏と、誂うなと言い続けるうちに嫌でなくなっていく彼女。「またか」と発して嘆息を吐くほどではないにしても、飽きが来るのは時間の問題と呼ぶべきレベルにまで使い古されたくだりだった。


「そういえば、歯磨きしてないよね」


 歩き始めて三十秒位が経過し、もう数歩進めば指定の部屋に着くという頃。ラクトが水飲み場を見つけてそう言った。弥乃梨は「別にいいだろ」と言いそうになったが、親しき仲にも礼儀あり。寝ている間、臭い息を彼女に浴びせ続ける訳にはいかない。考えを改め、赤髪の言い分に納得した。でも、問題が発生する。


「けど、水道設備が破壊されてるんだぞ?」

「まあ、やろうと思えば水を作れるんだけどね。でも、歯を磨いたら水を吐き出さなきゃダメじゃん? そうなると、水で綺麗にしなきゃダメじゃん?」

「吐き捨てた場所を洗い流すのは当然だわな」

「でも、水道設備が壊れていたら出来ない。だから、こういうのが使われる」


 ラクトは言い、コットン製の紙を作り出した。コットンはメッシュ構造になっており、網目のようなところに歯に付着した汚れがくっつくように設計されている。だが、これだけでは対策が不十分だ。赤髪は使用済みの紙を入れるための黒い袋を作ってから、歯間ブラシを作る。


「紙と歯間ブラシと黒い袋でワンセットね。紙で歯の表面、歯間ブラシで歯と歯の間、黒い袋はそれらを捨てるところ。そういう認識でお願い」

「おう」

「じゃ、これ渡しちゃうね」


 ラクトから口腔ケアに必要な道具一式を受け取る弥乃梨。黒い袋は捨てるところと言われていたが、鏡という鏡が無いので、見つけるまで保管するところということにしておく。偽りの黒髪がワンセットを貰ってから十五秒くらいして、ラクトがもうワンセット作り終えた。あとは、指定の部屋に入るだけだ。


「泊まる部屋はすぐそこだから、行こ」

「おう」


 二人は口腔ケアセットを持って向かう。だが、ラクトが物を作り出した場所から十歩も歩かないうちに指定の部屋に到着した。無駄に意気込んでいたのが馬鹿に見えてくるくらいだ。部屋の鍵が開いていないことは掃除の時に把握していたので、弥乃梨は何の躊躇いもなくテレポートを使用する。


 部屋に入ると、今度はラクトが躊躇いなく明かりを点けた。光が消えた時に真っ暗闇になるよう窓際のカーテンをしっかりと閉め、掃除の時に把握していた収納スペースから畳まれた布団やシーツを取り出す。一人で過ごす部屋として設計されているので、もちろん寝具は一人用だった。もっとも、掃除の時に把握していることなので何の驚きもないが。


「サンキュー。じゃ、先に洗面所使用してこい」

「でも、これからシーツとか……」

「そんなもんやっておく。俺、裁縫以外の家事スキルはちゃんと備わってるし」

「並レベルだけどね」

「お前に言われると否定できなくて悔しい……」

「まあでも、もし弥乃梨がやってくれるのなら、私はその意思を尊重するよ!」


 弥乃梨はラクトをいじったことによる報復攻撃を受けた。だが、嫌な気分はない。悔しい気分はあっても、怒るなんてとんでもなかった。彼女が自分にとってのライバルで居てくれることは、知識を増やすためにも技術や能力を身につけるためにもこれ以上幸せなことはない。


「……どうかした?」

「いや。今思ってる感情を口に出すのは、部屋を暗くしてからにする」

「そっか。じゃ、読まないでおくね。では、よろしく」


 口腔ケアセットを持って、ラクトは洗面所のあるほうへ向かう。水回りが正常に機能していれば水回りを掃除できたが、今のような状況では手を付けられないので、「その点だけは勘弁」と掃除することを放棄している。ゆえに洗面所を使うのは、紙で歯を磨く時に紙が当たっている場所を確認するためでしかない。


「さて、やるかな」


 綺麗に畳まれた白いシーツと掛け布団をそれぞれ頭部側のほうに置くと、弥乃梨はマットレスパッドを敷いた。冷感とか保温とか色々種類があるが、税金の無駄遣いを少しでも減らすため、季節ごとに変えるわけにもいかないらしい。偽りの黒髪が手にしたマットレスパッドは、寝心地を良くするタイプのものだった。


 なお、それ以外のマットレスパッドは収納されていない。弥乃梨は無い物ねだりをする前に割り切り、マットレスパッドの上に畳まれた白いシーツを広げてメイキングを始める。パッと広がった様子は美しく、整えた後の白さ加減もまた絶妙であった。最後にシーツの上に掛け布団を敷いて、仕上げる。




 ラクトと弥乃梨が洗面所の使用権を交換し、二人とも歯磨きを終えたのは二時十分前くらいのことだった。外はとっくに夜が更けており、強い明るさは睡眠欲を奪い取る。やることを済ませたら寝る以外にすることはないので、弥乃梨もラクトも睡眠欲が奪われる前に布団の中に潜った。並行し、部屋の明かりを消す。


「そういえば、さっきなんて考えてたの?」

「俺って幸せ者だなあ、とかなんとか」


 光がなくなり、真っ暗闇の空間へと変貌を遂げてまもなく。ラクトが弥乃梨のほうに近づいて彼氏に問うた。「後で答える」という言葉に二言はなく、偽りの黒髪はしっかりと質問に答える。


「たとえば?」

「喧嘩しても仲直りできて、弱い箇所を補完できて、それでいて会話も弾むし」

「ライバル視もあるかもね。私は魔法で、弥乃梨は技術で」

「……いや、お前が持ってる特別魔法、十分強いからな?」


 状態異常攻撃を何種も使用できるのに、そこまで大きいサイズでなければあらゆる物を作れるというのに、それなのに「弱い」なんて言ったら、魔法が使える大抵の人を否定していることになる。でも、強さなんて二の次だ。


「いやいや。魔法が強くても、状態異常攻撃は相手を傷つけるじゃん。弥乃梨にしても紫姫にしても大抵の魔法は一時的に肉体を傷つけるだけだけど、私の場合は持続的に傷つけるわけじゃん? だから、魔法自体は強いかもしれないけど、基本的に使用しないほうが良い魔法っていうか」

「なるほど。でも、いいんじゃないか? 人を傷つける魔法と助ける魔法の二刀流ならつり合い取れてると思うし。そんな気にする必要ないって」

「弥乃梨がそう言うのなら、それでいいんだけどさ」


 弥乃梨からの励ましに安心して、ラクトは心配する気持ちを和らげた。だが、その時。偽りの黒髪は今更ながらあることに気がついた。それについて彼氏が躊躇することはなく、彼女に対して質問する。


「ちょっと待て。お前が司令官の席に座り続ける理由って、もしかして――」

「今更感が半端無いんだけど、まあそういうこと。人を傷つけたくないだけ」

「そうだったのか」

「だって、身体が痺れてる状態で相当な火力の攻撃を喰らったら、その人可哀想じゃん。正義を振りかざすのなら、私は真っ向勝負したほうがいいと思う」


 ラクトの特別魔法はどちらもサポート系だが、高火力の特別魔法を使える人材さえ確保できればほぼ負けなしと言える。真っ向勝負しないのなら、「非人道」「非道徳」といくら言われようが関係ないからだ。証明と言ってはなんだが、事実、弥乃梨とラクトの力だけで紫姫の攻略に成功している。


「ラクトってホント他人想いだよな」

「何度も傷ついてきたくらいにね。でも、そのおかげで強くなれた気がする」

「結局、魔法の強さなんか二の次で、まず必要なのは強い心ってことか」

「そうかも」


 傷つくことを恐れない勇気と心、そして他者を思いやる気持ち。自分のことばかりに囚われず、人のためになることを率先して行っていく。正しいと思ったことに全力で取り組む。間違っていたら過ちを認めて素直に謝ればいい。ラクトの強い心は、彼女の壮絶な人生によって育まれた賜物であった。


「けど、弱いところ見せてもいいんだからな?」

「泣き顔見せたくない気持ちも分かってほしいな」

「泣き顔スマイル可愛かったのに」

「忘れろ!」


 もちろん、ラクトを泣くまでいじめるつもりなどない。それはもうサディストのレベルを超越しており、鬼畜の段階に入っている。そういう意味でも、赤髪が見せた泣き顔と笑顔の並立は弥乃梨の脳内に強く焼き付けられていた。


「なあ、ラクト。こっち向いてみ?」

「なに?」


 今度は弥乃梨がラクトのほうに近づく。ここまでは赤髪が明かりを消してすぐにしたのと同様だ。だが、次の瞬間。彼女の注意を引いたことを確認した彼氏は、絶好の機会を逃すまいと大胆ながら行動に移った。


「んっ……」


 互いの唇が触れ合う。それまでの明るかった雰囲気が一転し、場には静寂が訪れた。彼女の唇を二十秒近く堪能した後、弥乃梨は普段の調子でこう言う。


「おやすみ」

「……寝れるかバカっ!」

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