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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-53 ディナータイム

 歩いて戻っても良かった。だが、歩きながら論戦の感想を話してしまう可能性や、その会話を警察官に聞かれてしまう可能性は否定できない。少人数で過ごさなければならないからこそ、求められる対応策が存在する。弥乃梨は強く心に刻み、ラクトの手をとってテレポートで例のテーブルに戻ってきた。


「じゃ、食べようか」


 二人とも椅子に座った後、弥乃梨が食事を始めようとした時のこと。頬に平手打ちを喰らってから黙り込んでいたラクトが、弱々しい声で口を開いた。


「あのさ……」

「どうした?」

「助けてくれて、ありがとね」

「バカ、昼間あれだけ支えられたんだから次は俺がお前を助ける番だろ」

「そっか」


 ラクトに感謝の言葉と満面の笑みを使われ、弥乃梨の心は大きく動揺した。弱点を知っていることは有利であるが、裏を返せば不利である。けれど、弥乃梨もラクトも弱点を突かれて嫌な思いはしていないから問題ない。


「ごめん、ちょっと普段の調子が戻らなくてさ、ははは……」

「無理して戻さなくていいぞ。俺がペースを取るから、ありのままで居ろ」

「笑えるだけ幸せなのかな」

「あざといスマイルだけどな」

「これまでの感動ムードが台無しだよっ! あ……」

「ほら、戻った」


 普段通りの彼女を見て、弥乃梨はさらに顔を綻ばせた。しかし、ラクトはムスッとした表情を浮かべる。もちろん、普段のペースを掴めたことを嬉しく思い、もちろん彼氏に感謝の気持ちも持っていた。けれど、どこか偽りの黒髪の手のひらの上で踊らされているような気がして悔しい。でも、それで良かった。


「もう夜の九時回ってるし、さっさと夕飯食べようよ」


 ラクトは、ムスッとした表情から笑顔へと切り替わる。彼女が怒っているような表情を見せている間、「気に障る言葉を言ったのだろうか」と赤髪のことを気に掛けていたが、にっこりとした笑顔を見せてくれたので、脳の大部分を使って考えることはしない。頭の片隅に、記憶として残しておくだけに留める。


「ところで、水はどこにあるんだ? ご飯の真の友は飲料だと思うんだが」

「紙パック五〇〇ミリリットルが弁当箱の二段目に入ってるよ」

「弁当箱がずっしりしてたのって、そういうことだったのか……」


 持つ分にはなんの支障もなく気にせず運んだ弥乃梨。ラクトが「重たい!」とか言わなかったので気付かなかったが、言われてみれば、確かに普通の弁当よりずっしりしていた。大盛り弁当であるというのに、そこに五〇〇ミリ――つまり約五〇〇グラムが追加されたのだから、重くなるのは当然と言えた。


「本当だ……」


 二段構成の弁当箱の上段を持ち上げると、下段からは、遮熱と保冷それぞれの効果がある素材で六面全てを覆われた紙パックのお茶が現れた。もちろん、ご飯の入った容器と区切られたところに入っており、白米は紙パックに熱を奪われていない。白米の入った方の容器に手を触れると、とても温かかった。


「箸は――これか」


 指定のものを除き、日本人は食料を手で食べるのは下品という考え方がある。それは異国に住んでいたラクトも同じで、赤髪も、器具を使わずして素手で口に運ぶのは頂けないという考え方だった。そのため、箸が見つかって二人ともホッと一息吐く。箸は、上段の右端に折りたたまれて収納されていた。


「弥乃梨、それ間違い」

「え?」

「この折りたたみ箸はこうやって――」


 一八〇度に広げた後、固定なしでは元の状態に戻ってしまう。口に運ぶ前、箸が固いものに当たって元の状態に戻ってしまったらうんざりだ。そうならないためにも、折り目の部分を固定することが必要不可欠だった。ラクトは、箸のてっぺんに付いていた丸いボタンのようなものを押し、カチッと音を立てる。


「はい。これで畳まれないでしょ」


 試しに手の甲を箸で突いてみたが、元に戻る気配はない。上向きに手首を動かして箸が折りたたまれるか検証してみるが、やはり元に戻る気配はない。上箸も下箸も折り目は完全に固定された。


「ありがとう。じゃ、食べようか」

「そうだね」


 すでに、ラクトは自分の箸を真っ直ぐに固定していた。なので、あとは手を合わせて開始する旨を告げるだけである。二人は声を合わせて言った。


「「いただきます」」


 弁当箱に入っていた食べ物たちが次々と口の中へ運ばれていく。ギレリアル軍の軍用食の余りから配布してもらった弁当なので、戦地で疲れた身体に必要な栄養分が豊富に入っていた。つまるところ、こってり系というわけである。


「……どうかした?」

「いや、そういう脂っこいのもいけるんだなーって思っただけだ」

「脂質を敬遠する人も多いけど、活発に動きまわってるのなら、むしろちゃんと食べたほうがいいと思うんだよね。この弁当だってちゃんと野菜入ってるしさ」

「栄養の観点から見たら、確かに脂質は必要かもな」

「もちろん、摂り過ぎは禁物だけどね。あと、摂るなら肉より魚のほうが良い」

「美味しそうに唐揚げ頬張りながら言うな!」


 言ったそばから肉類の摂取を行うラクトに、弥乃梨は思わずツッコミを入れてしまった。赤髪はそれに対応しようとしたが、口の中に食べ物がある以上は口を開けられない。一連の流れが終わってから、ツッコミに対して言葉を返す。


「この唐揚げが美味しいのがいけないんだよ」

「唐揚げは何も悪く無いと思うが……」

「そこまで唐揚げの味方をするというのなら、君の真意を聞かせてもらおう!」

「えっ」


 素早く箸を持つと、ラクトは自分の弁当箱にある唐揚げを一つ掴んだ。落とさないよう注意し、唐揚げを弥乃梨の唇と触れ合わせる。彼女の咄嗟の行動に驚きを隠せない弥乃梨は、口を開いてアクションに隠された意味を聞こうとした。だが、触れ合っていた唐揚げは問答無用で彼氏の口の中へ入る。


「(こんなの食べたことがない!)」


 あまりに美味な唐揚げを口にして、弥乃梨はメシの顔を浮かべた。しかし、警察官の制服を脱ぎ捨てるという暴挙には出ない。それをしたら変質者と大差ないし、確実にこの警察署から追い出される。逮捕されるまでは時間の問題だ。


 ――というのはすべて、偽りの黒髪の脳内で考えられた妄想だ。弥乃梨はメシの顔を浮かべていないし、脱ぐなんて当然していない。口に入れられた唐揚げを淡々と食べ進めているだけである。一連の流れが終わった後、弥乃梨は席を立った。無言でラクトの席の後方に移動した頃、机の周辺に一瞬の静寂が訪れる。


「仕返しだからな」


 怒っているような低い声でそう言った後、弥乃梨はラクトの箸を持った。彼女分の唐揚げ五個のうち二つはもうそこにないので、仕返しに使う唐揚げは彼氏用の唐揚げ五個の中から一つ調達する。唐揚げがラクトの唇に触れたとき、赤髪の肩に触れるとブルブルしているのがよく分かった。相当恐れているらしい。


「ご、ごめんね? つ、つい出来心で……。で、でも、美味しかったでしょ?」

「もちろん美味かった。けど、お前の食べさせ方は危険だ」

「ごめんなさい……」

「絶対に許さない。だから、仕返しに『あーん』をさせてもらう」

「こ、この体勢で『あーん』をするのは無理に近いと思います……」

「食べさせることくらい何の問題もない。というわけで口を開けろ、ラクト」


 口では命令口調でも、弥乃梨の心は申し訳ない気持ちが積み重なっていた。それに、ラクトの良心を傷つけて楽しむのは間違っている。だから、偽りの黒髪は早急に事を終わらせることにした。赤髪が口を開いた刹那、弥乃梨は箸で掴んでいた唐揚げを彼女の口の中に運んだ。両唇が触れ合った後、箸を口から出す。


 ラクトがもぐもぐしている間に、弥乃梨は自分の椅子に戻る。移動し始めてからというもの、弥乃梨は「やってはいけないことをしてしまった」と考え、自分の心を苦しめることに夢中になってしまった。でも、ふと顔を上げてみると。


「弥乃梨はバカだなー。これでお互い様じゃん」

「ああ、そうだな」


 にこやかに微笑んでいるラクトの姿があった。弥乃梨は今一度彼女の良心を傷つけたことを深く反省するとともに、それで一区切りにして、これ以上考えないことにする。赤髪の優しさには敵わないな、と偽りの黒髪は改めて思った。


「食べるか」

「うん」


 二人は食べ方を仕切り直した。大体、下らない話を続けたところで何かが始まるわけない。それに、今の時間のメインは食事だ。トークを脇役または準主役に配役しなければ、時間を浪費することになる。弥乃梨とラクトは限られた時間を有意義に活用するため、特筆して行動を起こすようなことはしない。


 離席しなくとも、食べさせ合いなどの変な行動を起こさなくても、弥乃梨とラクトは笑顔でディナータイムを過ごすことが出来た。ラクトは「食べられない」と言っていたが、有言実行して、残り六分の一くらいを弥乃梨にあげている。偽りの黒髪は受け取った残り一六パーセントを食べてちょうど満腹になった。


「やあ」


 二人が食べ終わった頃、まるでタイミングを図ったかのようにイリスが登場した。警察官は意識高い系特有の場に不溶で異質な雰囲気を醸し出し、営業スマイルをしながら弥乃梨とラクトのほうへ近づいていく。


「ディナータイムは終わったかい?」

「ちょうど終わったところだ。何か、俺たちに仕事の依頼でも来たのか?」

「よく分かったね。でも、今回のリクエストは普段のそれとは違う。ボクたちから君たちへのリクエストだ。君たちに警察署内のルーム・アサインメントを覚えてもらう良いチャンスになると思ってプランを立てたんだけど」

「長い前説は結構だ。要求はなるべく短く済ましてほしい」

「これは申し訳ない。要は、君たちにはこの警察署のイーチ・ルームの掃除をして欲しいんだ。エンドタイムはデートが変わって一時間くらい後になるかな」

「わかった」

「では、よろしく」


 イリスは弥乃梨の右肩をトントンと叩き、その隙に二人の弁当箱を持って自分の机へ戻っていく。見えなくなった後、弥乃梨は深い息を吐いた。断ることの重要性を感じ、重く責任感がのしかかるような感じを覚え、積もりに積もったストレスには制御が効かず暴走する。ラクトは、そんな彼氏のことを慰めた。


「今こそ分身の出番なんじゃないかな」

「けど、効率よく進めるには精霊の召喚が確定的なわけで……」

「でも、精霊の召喚と掃除の効率化がイコールとは限らないでしょ。というか、そもそも精霊は魔法に特化してるわけじゃん? 一部の精霊は自分の特別魔法を転用できるかもしれないけど、重い物を運べる子ばかりだとは思わないなあ」

「さり気なく自己紹介してないか?」

「してるわけないじゃん。私、これでも重い物いけるんだよ?」


 数十分前、警察官二名と容疑者一名に配りに行った弁当箱は結構な重みがあった。もちろん、二桁には届いていない。でも、あの弁当を文句も言わず片手で運べるという点から、それなりの重みがある物もラクトは運べると考えられる。


「それに、掃除するのは五階から上だけじゃん。三時間あれば終わるって」

「ちゃんと働けよ?」

「誰かさんが変なこと言わなければ時間を有意義に使えると思うんだけどなー」

「自分の悪点を捉えられるのは素晴らしいな」

「弥乃梨のこと指してるんだよバカ!」


 やるべき行動をせっせと効率よくすることは重要だが、そのためには良いコンディションで臨む必要がある。弥乃梨とラクトは掃除する前の僅かな時間に会話を行って互いの絆を確認し、行くべき場所へと向かうことにする。


「しらみ潰しにやればいいんだよな?」

「そうみたいだね」

「というわけで、まずは向こうに行く」


 ラクトの手を強引にとり、弥乃梨は間を置かずに魔法使用の宣言をした。机の並んだオフィスから廊下へと移動し、受付から一番近くの部屋の前に着く。施錠は鍵ではなくパスコードロックで行うそうで、パスコードが分からなければ先に進むことはできない。そんなとき、ラクトが一歩前に出てキーを入力した。


「さすが」

「それほどでも」


 二人は短い会話をして部屋に入った。直後、ラクトは部屋を明るくするべく魔法を使用しようとする。だが、このまま三時間魔力を減らされ続けるのを考えると躊躇いが生じた。そのため、弥乃梨にお願いする。


「サタン召喚して欲しいな」

「なんでだ?」

「私だけ魔力消費量が多いのは違う気がするんだよ」

「まあ、今まで頼りすぎてた面はあるかもな。度が過ぎると俺みたいに気を失うこともあるっぽいし、いいぞ。サタンも今日一日の魔力消費量凄いと思うけど」


 弥乃梨の最後の言葉に感化され、ラクトはサタン召喚案を取り消した。


「じゃあ、やめとく。そのかわり、回復させてね」

「まさか、『回復の薬(ハイルリン)』を使う気か?」

「そうじゃなくて、だからその、……ああもうっ!」


 ラクトがやけになった直後、弥乃梨の唇と彼女の唇が触れ合った。食事によって相応分の魔力は回復していたが、接吻はそれ以上に魔力を回復することが出来る。しかし、それだけ恥ずかしさを伴う。唇が離れてから十秒くらいは、お互い何も言わず口を閉ざして照れていた。


「……十分か?」

「うん。あとは二人きりの時まで温存しておく」

「わかった」


 それから、ラクトが部屋を明るくし、『掃除用具入れ』というプレートが取り付けられたロッカーを開く。中から箒とモップを取り出し、それらを床においてロッカーの扉を閉める。準備なくして掃除を行うことは出来ないから、至極当然のことだ。机や椅子を適当な場所に移動させた後で始めて掃除を開始できる。


「はい。掃除すると大抵ホコリやチリが舞うから、着けたほうが良いよ」

「おお、ありがとう」


 必需品という訳ではないが、ラクトはマスク・三角巾を弥乃梨に渡した。手袋は水回りの掃除の際に渡すらしく、今はまだ作っていない。赤髪は自分用にもマスクと三角巾を作り、互いに着用してから二人は作業を開始した。その際、少数ながら円陣を組む。


「三時間以内に全階制覇するぞー!」

「「おー!」」

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