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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-50 For everyone-Ⅴ

 弥乃梨は彼女と犯人とともにフルンティ警察署の五階へ戻ってきた。時間こそ掛かってしまったが容疑者の身柄確保には成功したので、偽りの黒髪を送り出した警察官は二人に拍手を送っている。犯人の身柄を警官に渡して自分たちは身を引くのかと思いきや、取調室へは身柄を確保した二人が連れて行く事になった。


「なあ、ラクト。もしかして、俺たちが取り調べする感じか?」

「それはないみたい。私たちに警察署の構造を教えるためにしてるっぽいよ」

「確かに、俺らにどこに何があるのか言葉で教えるより手っ取り早いかもな」


 警察官の思惑をラクトから聞くと、弥乃梨は「良い案」と評価した。一方、ラクトは「平和ボケしすぎ」と批判的。犯人が無抵抗でない場合、今のような方法を採ったら大変なことになる。最悪、脱走ということもありえるだろう。


「けど、場所は掴んだのか?」

「チッチッチ。私をナメてもらっちゃ困る。もうちょっとで着くけど、鍵ないからテレポート必要だよ。準備だけしておいて」

「了解」


 ラクトは指を振って自信あり気に言った。技名ではないので、もちろん何も起きない。弥乃梨は召使からの頼みを受けて心構えをしておく。だが、到着は思っていた以上に早かった。暗い通路を照らしながら進むと、すぐその場所に着く。


「では、よろしく」

「おう」


 準備していたので、三人はすぐに扉の向こうへ入ることが出来た。同頃、扉が開く音が聞こえる。音は、弥乃梨たちが入ってきた容疑者入室用の扉ではなく、警察官入室用の扉から発生していた。


「えっと……」

「あなた方の衣装ですわ。夜間警備をするのに正装以外ではいけませんもの」

「もしかして、寝る時間ない感じか?」

「いいえ、仮眠する時間は確保いたしますわよ。でも、夜間警備に当って頂きますの。あなた方が警察署ここに派遣された理由は、つまりそういうことじゃありませんこと? でしたら、職務を果たして頂かなくてはなりませんわ」

「……ったく」


 弥乃梨は、半ば嫌々ながら警察官が持ってきた制服を受け取った。スカートを穿くことに抵抗が無くなりつつある自分を悲しく思い、ため息を漏らしそうになる。でも、「皆のため」と思うと自然に嫌な気持ちはすーっと抜けていった。


「じゃあな」

「おう」


 弥乃梨と犯人は、握手を交わしてそれぞれの方向へと進む。偽りの黒髪はラクトとともに警察官が入ってきた扉から退出し、容疑者は用意されたパイプ椅子に着席する。まもなく、警察官は取り調べを始めた。


「私たちも着替えますか」

「着替え室はどこにあるんだ?」

「この通路の左右に個室が4×2で、合計八つあるっぽい」

「同性しか居ないのに個室なのか」

「ロッカーも兼ねてるっぽいけど」

「なるほど」


 弥乃梨は「同性なら一つの部屋にロッカーを羅列すれば済むのでは?」と思っていたが、個室にしているのはロッカーと兼ねているから。衣類を販売する店で見られる試着室と同じくらいの大きさの個室は、着替え室以外にコレクションルームとしても機能しているようだ。


「ということで」

「ああ」


 主語がなくても話が成立するほど、弥乃梨とラクトは思っていることを通わせられるようになっていた。互いにカーテンで区切られた個室へ入り、まず、受け取った制服をハンガーに掛ける。下着を変える必要は無いので、二人ともささっと着替えを終えた。入室から五分くらいして、二人とも通路に出る。


「似合ってる」


 警察官から渡された制服は、弥乃梨にピッタリのサイズだった。ロングヘアのカツラとの相性は抜群で、格好良い女性という印象を周囲に与える。だが、弥乃梨に似合うということの裏を返せば、ラクトには不釣り合いということ。


「ラクトって、小さかったんだな……」

「こっ、これくらいで十分だし!」

「まあ、萌え袖になってるから、俺としてはグッドなんだけど」

「……やっぱ着替えてくる」


 褒められている気がせず、ラクトは少しムスッとした表情を見せてまた個室へと戻った。警察官から直々に貰った制服を脱ぐと、彼女は自身の特別魔法を本来の使い方で使用する。ハンガーに制服を掛けると赤髪はそれを脳裏に焼き付け、自分にぴったりのサイズに修正した上で同じ系統の服を着た。


「いい感じに自己主張してんな」

「弥乃梨が着てるのはお古のものだと思うけど、私の場合は同じように見えて新品だからね。主張させたところで何の弊害もないのだよ、ハハハ」

「自己主張やめろや」

「やだね」


 ラクトは胸の下で腕を組み、自身の豊満な胸をアピールする。しかし、弥乃梨はアピールを見て、否定的なコメントを述べる。棒読みに近いのは、「防犯意識は無いのだろうか」と半ば呆れ返っていたからだ。彼女のそういう元気なところを好きになったは良いが、あまり無防備過ぎると心配が止まらない。


「なら、分からせてやる」


 ラクトの不意を突き、弥乃梨は左手で彼女の両手を包み込むように掴む。動揺を隠せない赤髪をよそに、偽りの黒髪は近くの壁に彼女を連れて行った。さすがに叩きつけると可哀想なので、右手にラクトの背中が当たるよう調整した上で壁の方へ身体を叩きつけさせる。痛めつけた右手で彼女の口を覆えば完了だ。


「ふごっ……」

「怖いだろ?」


 弥乃梨は物を押し付けるような強さで口を覆うのをやめ、半球を描くように手を浮かせてラクトの口を覆った。それにより、喋れない、ジタバタすることでしか抵抗できない、というような拘束からは解除される。


「ううん。もちろん、弥乃梨じゃなかったらって思うと怖いけどね」

「逆効果かよ」

「そもそも、私が胸とかアピールするのは弥乃梨だけだからね」

「なんか嬉しいな、それ。でも、アピールしすぎると見向きしなくなるぞ?」

「……今後控えます」


 弥乃梨からきつい一言を浴び、ラクトは少しシュンとした表情を見せる。それまでの元気はどこかへ隠れ、弱々しい声になっていた。もちろん、弥乃梨が求めていたのはこういうラクトではない。だから、彼女を元気づけることにした。


「やっぱ、さり気なくってのが一番だと思う。男って動くものに目がいくから」

「なるほど。チラリズムと同じ理屈だね」

「見えないところを補完するところに意義がある訳だ」

「深いね」


 掴んでいたラクトの両手を離し、彼女の口を覆うことをやめ、弥乃梨は赤髪と打ち合わせのような何かを進めた。しかし、途中で五秒以上間が空いてしまう。


「……なんの話してんだろうな、俺たち」

「全くもって建設的じゃないよね」


 分かり合えることや会話が楽しいことに越したことはないが、弥乃梨とラクトに任された仕事は雑談ではない。警察署のザルな警備を補う為に二人は派遣されたのだ。なれば、着替えの段階で全く建設的でない話をするのは間違っている。


「では、気を取り直して」


 ラクトの言葉に弥乃梨が頷くと、二人は歩調を揃えて再び歩き始めた。通路を進み、一際目立つ光を放っている場所へ向かう。しかし、目標地点に到着しても何も起こる気配がなかった。閑散としたオフィスに誰ひとり警官がおらず、しかも電源の入ったノートパソコンを畳んですらいない。


「これはひどい」

「いよいよ同情の余地がないぞ……」


 その時である。あまりのザルさに度肝を抜かれている二人の肩を、何かが叩いた。人肌に触れたような温もりを感じ、同時に人の気配を感じて、弥乃梨もラクトも一瞬だけドキッとする。しかし、お化け屋敷怖くない組の二人。驚きや恐怖は一瞬にして解け、いつもどおりの表情で後ろを向いた。


「君たちがディスパッチされた二人?」

「そうです」

「片方は男の子って話だけど――」


 陸軍大将から聞いた話の真偽を確かめるべく、警察官は会って数秒しか経っていない相手の臀部を手で触れた。ラクトは軽くで済んだが、物珍しさから弥乃梨に対しては執拗に撫で回すように触る。偽りの黒髪はズボンを穿いて臨んでいるわけではないので、当然、女の手が触れたのはパンツだ。


「グレートな撫で心地だ……」

「ぶっ殺すぞ」

「すぐアングリーしちゃう器の小さい男は嫌われるぞ」

「まあ、この国じゃセクハラと訴えても受理されないだろうしな」

「ああ、そういうふうにできている」


 ギレリアルへ渡ってきて空港で蹴られた時から半日が経過したくらいで、弥乃梨は人権侵害と思わしき事態に再び遭遇する。けれど、訴えることは出来なかった。裁判に掛かれば自分に利益は一つも無い。男性が迫害されていた時に人権団体が訴えてなかったことを考えれば、その結論に至るのは容易である。


「それに、臀部を『触られている』と俺が証言しようが、『触らされた』と俺が証言したようにすり替わるのが一般的だからな。裁判官は女性を優しく扱う」

「君は裏の世界を知っているようだね」

「知識は最強の武器だと祖父が言っていた。そして、彼女が体現してくれた」


 ラクトの肩をポンと叩いて言う弥乃梨。警察官は頷いてコメントする。


「アグリーアグリー」


 臀部を触られながら冷静さを保つのは至難の業であったが、弥乃梨は目の前の女性警官に対して生理的嫌悪感を抱くことで生理現象の発生を抑えることに成功し、同時に、早く行為をやめさせるために必要な冷たい視線を使えるようになった。しかし、偽りの黒髪の臀部を触り続ける変態ポリスは手を動かし続ける。


「ごめんごめん、ノベルティやインモラリティが堪らなくてね」

「罪の意識があるんだったら、さっさとやめてしまえばいいのに」

「撫で心地が抜群なんだ。コンクリート・エグザンプルを挙げてもいい」


 警察官の背徳感を求める姿勢は、医者が黙って首を振るほど病的なレベルに達していた。でも、女が股間ナデナデの素晴らしさを語り出そうとした頃。度を超越した気持ち悪さに耐え切れず、ついにラクトが介入した。


「『知識は最強の武器』と彼が言ったあと、貴女はなんて言いました? 『アグリー』と彼の意見に賛同する意向を表明しましたよね。それなのに貴女は、それを蔑ろにするような行動を取り続けている。知識があるなら、早急に臀部への接触はやめるべきです。大人のレディとして相応しい行動を取ってください」


 ラクトの意見はもっともだった。彼女の右拳の震えを見る限り、赤髪の内心に相当な怒りが蓄積していることが分かる。弥乃梨と違って心を読むことも可能なので、より多くの情報を入手したのだろう。


「ラクトちゃんのオピニオンにはベーシスがないね。私のオピニオンのドキュメントはどこに残ってるの? 紙面に書かれているとは思えないんだけどな。それに、稔くんから『触るのをやめて欲しい』とダイレクトに言われてないし」

「言わない理由は、セクハラに関しての裁判では男性の立場が圧倒的に不利なため、最悪、行った自白の内容が捻じ曲げられてしまうからだと思いますが」

「だから、それはラクトちゃんのパーソナル・オピニオンでしょ? 紙に記されてなきゃオーセンティックな発言ではないと思うな」

「たとえ紙に記されていなくとも、証言は信憑性のある証拠として使えます」


 相手の発言から出た失言を上手に活用することにより、ラクトは多くの論戦で勝利を収めてきた。それが使えないとなると大問題なのだが、警察官は一向に信じる気配がない。赤髪の話に耳を傾けていないのかと思ってしまうくらいだ。


「それはコンスティテューションやローなどで定められているのかい? そうじゃないのにそれがジェネラル・パブリックのエブリワン・ノウズと言うのであれば、それこそラクトちゃんのパーソナル・オピニオンでは?」

「証言は証拠として使えないとか言い出したら、被告が自白した内容を検察が使えないと思うんですが、その点はどのように考えているんですか?」

「それとこれとは、ディファレント・ケースだと思うけどな」

「同じだと思いますけど」


 論戦はすでに平行線に到着してしまった。どちらかが譲らなかったり失言がなかったりすれば、話は先に進まない。両者の勢力が均衡を保ったまま何時間も経過していくだろう。しかし、警察官の狙いはこの『均衡』にあった。


「ところで、ラクトちゃん。キミはなんでボクと論戦を続けているのかな?」

「それはだから、彼氏が精神的苦痛を――」

「ボクの手、今どこにある?」


 ラクトは注意深く警察官のほうを見る。それまで弥乃梨の臀部にあったはずの女の手が、その者の太ももの向きに並行して置かれていた。つまるところ、もう警官は偽りの黒髪の股間部を触っていなかったのである。


「しかし、触っていたのは事実でしょう」

「でも、ボクはキミが介入してきたと同時にやめた。そうだよね、稔くん?」

「そのとおりだ。間違いない」

「……」

「ボクが稔くんとラクトちゃんの臀部を触ったのは事実だ。怒る気持ちも理解できるし、言い争いになるのも予想していた。でも、ボクが彼の臀部を触らなくなった後のキミの展開は予想外だった。普通なら、『謝れ』じゃないのかい?」

「『レディとして相応しい行動』の中に入っています」

「後付けはやめたほうが身のためだぞ?」


 ラクトを徹底的に潰しに掛かる警察官。女が言うとおり、赤髪が要求したことは「自分の非を認めろ」ということであって、「謝れ」ということではない。もちろん、彼女の「触るのをやめろ」という要求にも応えている。ラクトはそれでも反論できないかと材料を探したが、これ以上の勝機はなかった。


「ボクがキミを論戦に引きずりだしたのは、ボクがどういう人間かを手っ取り早く教えるためだ。同時に、キミの本性を探るためという目的もある。落ち込んだ時や怒ったとき、人の本性は顕著に現れるからね」

「……私はどういう評価ですか?」

「彼氏思いで一生懸命な子、という印象かな。一途な感じが強く伝わってきた」


 警察官の講評を聞いた刹那、ラクトは顔を真っ赤にして俯いた。


「おっと。申し遅れて悪いが、ボクの名はイリスだ。フルンティ警察署のコミッショナーをしている。先程まで君たちと協力していたあのポリスは、ロッティ。この署の未成年課のチーフをしている」

「そうか。ところで、あのパソコンは誰のだ? 無防備すぎると思うんだが」

「済まない、ボクのだ。席を外す時間がここまで長くなるとは思わなくてな」

「今後は気を付けたほうが良いぞ。特に警備が薄い今日みたいな日はな」

「ごもっともだ。以後気をつける」


 イリスは頷いて言った。そして、話の路線を戻す。


「では、それぞれの職務に戻ろう。ただ、仕事が出来るまでは警察署内の見学をしていてくれ。その間、ボクとの論戦で傷ついてしまった彼女を癒やせ」

「分かった。けど、その為にはお前から謝罪してもらわないとな、イリス」

「臀部を触ってしまってごめんなさい!」

「二人分の謝罪として受け取っておく」


 言うと、弥乃梨は俯いたまま顔を上げないラクトの右手を掴んだ。イリスは何も言わずに自身のデスクへと戻っていく。それを合図に、偽りの黒髪は赤髪を連れて犯人を連れてきた時に通った通路へ向かおうとする。だが、ラクトはそれを拒んだ。まもなく、彼女は強い力で弥乃梨をある場所へと引っ張っていく。


 そこは、高さ二メートルくらいの仕切りを隔てた先、受付カウンターのような場所のことだった。定員四名のテーブル席を見つけると、弥乃梨とラクトはそこに座る。イリスから受け取ったミッションを遂行するため、偽りの黒髪は彼女より早く行動しようと心掛けた。だが、ラクトに先手をとられてしまった。


「なんで私の味方しないのさっ!」

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