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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-49 For everyone-Ⅳ

 犯人が剣を振りかざした刹那、弥乃梨は瞬時に場所を移動した。真後ろに立って相手からバレないよう細心の注意を払い、体勢を崩す待つ。時間はさほど掛からず、犯罪者は、弥乃梨よりも強い力で弥乃梨と同じようにバランスを崩した。


「うわっ……」

「チェックメイト」


 言うと弥乃梨は、勢い良く右手に持っていた剣を振り下ろした。わずかな時間で魔法使用宣言を行うのは慣れが必要である。犯人は透明人間になることが出来たが、しかし、与えられたわずかな時間で姿を隠すことは出来なかった。犯人は弥乃梨の双剣によって攻撃を受ける。


「畜生がッ!」


 言葉こそ一丁前だったが、痛みを抑えきれなくなった犯人はその場にひざまずいた。弥乃梨が右手に持っていた剣は犯罪者の右上腕から肉を刳り、左手に持っていた剣は犯人の左手首を刳っている。上からは『相手を傷つけていい』と許可が下りているので、偽りの黒髪に謝る気は全く無い。


「投降すれば、負った傷を治してやる」

「する……かッ!」

「なら、もう一度――」


 犯人はそっぽを向き、弥乃梨に対して抵抗する意思を示した。麻痺魔法を使うには十分な魔力を有していたが、彼は召使が一撃で倒されてしまったことに起因して憂鬱な気分になっている。それは、ため息を吐くことすら嫌になるほどだ。


「(駄目だ、俺の良心が……)」


 弥乃梨は悪役になりたいわけではない。正義を執行する立場に居た彼は、良心を持ち合わせていた。犯人の必死の抵抗を見てしまった偽りの黒髪は、剣を振り下ろせなくなる。左手も右手も、プルプルと震えてしまっている。


「いっ……」


 そんなとき。弥乃梨の後ろで、紫髪の少女が魔法使用を行った。主人が犯人に与えた肉体的ダメージはとても大きいものであったが、しかし、死に至らせるほどの強さはない。手っ取り早く相手の抵抗する気持ちを抑えるために、後方から割合ダメージが飛んできた。一気に、現体力の五十パーセントが削られる。


「さっさと諦めろ。犯罪者の癖に生意気だ」

「嫌……うっ」

「『死には死を』と言ったこと、忘れていないからな」


 犯人が抵抗の意思を示す度、紫姫は相手の体力を半分ずつ削っていく。


「このアマッ!」


 剣と剣で戦いあったことで弥乃梨に親近感を持った犯人は、偽りの黒髪に少しばかし感謝の気持ちを抱いた。だが、紫姫を許す気は毛頭ない。抗えば抗うほどに増していく痛みを堪え、犯罪者は白色の光を放つ剣を持ち、最後の力を振り絞って紫髪を斬りに行った。途中、彼は力を振り絞って大声を上げた。


覚醒形態アルティメットッ!」


 刹那。直視できていた光が、ファフニールの出していたそれと似たレベルの強さになった。紫姫は犯人の内心を読み、割合ダメージの継続を断念する。代わりに、先ほどファフニールを気絶に追いやった銃を構えた。犯罪者の剣が当たれば通常の四倍のダメージを被ることになるが、彼女は一切の恐怖心を覚えない。


「惨たらしさにNO、か。面白いな――」


 言うと、紫姫は向かってくる人物に狙いを定めた。唾を呑み、短い時間で精神を研ぎすませる。銃口に全てを集中させると、彼女は引き金を引いた。何も出来ず違う方向を向いていた弥乃梨も、大きな音がした方向を向く。


「これで終わりだ」

「それはどうかな?」

「な――」


 紫姫の発砲した二発の銃弾が、見事に躱された。追加で紫姫は発砲しようとしたが、ほんの数秒という時間の間に繰り広げられる戦いにおいて、自分にとって有利なゾーンを物にできないのはとてもつらい。


「チェックメイト!」


 犯人はそう言って剣を振り下ろした。しかし剣は何一つ切ることなく、刃先は床に叩きつけられる。同頃、弥乃梨の持っていた魂石のうち一つが発光した。犯罪者はくるりと向きを変えて偽りの黒髪のほうを向く。


「これ以上、罪を増やすな」


 それは、自分に向けて言った言葉でもあった。これまで何度も剣同士を交わらせたり、魔法を使って相手を翻弄したりした。挙句の果てに、正義の名の下に一国の国家元首を殺したこともあった。人を殺して感謝されるのは一回きりにしたい。もうこれ以上、罪を増やして胸を締め付ける必要はない。


「俺も紫姫もお前を殺したい訳じゃない。悪を成敗するんじゃなくて更生させることが俺達に任された仕事だからな。だから、頼むから……、投降して欲しい」


 涙を流して相手を操作する気はなかった。正義を掲げているのに、自分たちが卑怯な手を使うことは許されない。必要最低限の実力行使に努め、相手をすばやく捩じ伏せるような攻撃が理想的だ。長い時間に渡って相手を苦しめるような見ていられない攻撃をすることは、弥乃梨が掲げているものと異なる。


「黙れッ!」


 紫姫を強制的に魂石へ連れ戻して自分の掲げる理念を思い返していた時、弥乃梨の耳に怒鳴り声が飛んできた。自分には温厚な態度を取るようになってきていたので、突如上げられた怒号にはビクッと身体を震わす以上に、犯人の内面的な変化に驚いた。場を静まり返らせて数秒し、犯罪者は口を開ける。


「罪ってなんだ。僕からしたら、生きていることだって罪だ」

「生まれながらにして罪を持っている、と?」

「ああそうだ。心臓がはたらき続けた年数に比例して罪は増加していく」

「あながち間違いではないな」

「だから、僕は世界を乱してから死ぬ。生きている価値がないから」

「生きている価値、か……」


 犯人の心の奥底から吐き出された言葉を聞く度に弥乃梨は頷く。捻くれた心を直すのは容易いことではない。でも、相手の常識から外れた考え方を直す必要はある。その為に、偽りの黒髪は犯人の心に寄り添って会話を進めた。


「ここで一つ、男同士盛り上がる話をしようじゃないか」

「なんの話だ?」

「フェチズムの話だ」


 ラクトのことだから軽く流してくれるだろうと考え、人前で堂々とするべきではない話をしよう、と弥乃梨は真面目な顔で提案した。男の中にも性欲が弱い人も居るので、その場合は他の案も考えていたが――事は簡単に進んだ。


「……男同士?」

「おう。俺はこう見えて正真正銘の男だぞ? 女装している変態だが」

「僕の知らない世界に足を踏み込んでいるんだな……」

「慣れると女装もいいもんだぞ?」


 真面目な顔から綻ばせた顔に変え、弥乃梨は優しい声で話を進める。もちろん「女装はいいものだ」なんて思っちゃいないのだが、しかし、人を騙すことは社会を生きていく上ではとても重要な事である。


「さて。お前は、胸と尻、どっちが好みだ?」

「胸なんて飾りで、尻こそ至高さ。双丘の柔らかさは胸の比ではない」

「ほう」

「乳がでかくとも、尻がでかくなかったら、僕は貧相な身体と見なすぞ」

「両方でかいとデブ扱いされることもあるが、お前はどう思う?」

「それはデブではない。安産型だ」


 女装しながら、下らない話をど真面目な顔で行う。弥乃梨は保身のために相槌を打つことを基本としたかったが、そもそも自分は今、犯人の狂った思想を改善するためにヘンタイトークをしているのである。目的を思い出すと、偽りの黒髪は積極的に会話に参加する方向に切り替えた。――その時。


「紫姫も巨尻だったんだけどねえ」

「……女の声?」


 男同士のヘンタイトークに女が割り込んでくる事は許されない、と犯人は考えていた。しかし彼は、部屋の中に明かりが点いて表情を一変させる。弥乃梨は普段通りの彼女の姿を見て何も思わなかったが、犯人は過剰反応を示した。


「(魂石が光ってるな。これはサタンのか?)」


 同じ頃、サタンの入る魂石が光を放った。部屋の鍵が掛かっていることから、『テレポート』などの移動系魔法をもたないラクトが自力で来るのは不可能と考えられる。なれば、サタンが魂石に戻った理由は一つ。


「(ラクトをここに連れて来てくれたのか。サンキュ)」


 魂石を優しく手でホールドし、弥乃梨はサタンに感謝の気持ちを伝えた。精霊が自分のために頑張ってくれたことが、彼の心を温かくしてくれる。だが刹那、偽りの黒髪の心に季節の変わり目を告げる風が吹いた。しかもそれは、季節を進める意ではなく、巻き戻させる意のものであった。


「僕と付き合って下さい!」

「はっ、えっ?」


 目の前で自分の彼女が他の男に告白される、という半ば寝取られ展開のようなものを弥乃梨は初めて経験した。とはいえ、犯人を非難することは出来ない。そもそも、このような事態を招いたのは偽りの黒髪のせいだ。「ラクトは自分の彼女である」などと彼は一言も言っていない。


「突然告白されても……。というか、彼氏が目の前に居るんだけど――」

「ま、まさか!」

「そうは言っても、その『まさか』だ」


 まもなく、犯人は口を閉ざした。一目惚れで告白しただけならまだしも、出ている部分に目を奪われたのが告白した大きな理由。「弥乃梨とラクトは付き合っていない!」と強く主張しても犯罪者は当事者ではい。もう、彼に出る幕はなかった。しかし、暴れることなら誰でも出来る。たとえ弱い立場にあろうとも。


「巨乳で巨尻でくびれてるだと? ふざけんじゃねえ! 女装も許すとかどうなってんだ? 性格まで良いじゃねえか、こんちくしょう!」

「暴れるなよ」

「黙っていられるか! こんな変態に彼女が出来て、僕に出来ないなんて不幸だ! 理不尽だ! 神は僕を見放しているのか? 死ねと宣告しているのか?」

「大丈夫。お前にも、いつかきっと出来る」

「黙れ!」


 犯人は、それまで以上に大きな声を発した。


「余裕がある奴の意見はいつもそうだ。慰めようとしていても、実際は馬鹿にしているだけ。『助けよう』という気持ち自体が差別感情。『困っている』と自分が決めつけているだけじゃないか。上から目線の奴なんか大嫌いだ!」


 言い切って呼吸を早くする犯人。直後、頷きながら聞いていたラクトがため息を吐いた。脳内でもう一度犯罪者の言い分を整理した上で、彼女は反論に入る。


「好きとか嫌いとか、なんですぐ極端なことを言い出すのか私には理解できないよ。感情をストレートに表現することなんて、幼稚園児と同じレベルじゃん。たまに見せるならまだしも、君の場合は日常茶飯事。それじゃ好かれないよ」

「言わせておけば……」

「しかも、私に告白してきた理由が下劣な感情を露わにしてる。『好きです。ヤラせてくれるまでは』とでも言うつもりかな? 本人は隠せてる気で居るんだろうけど、女は察しが良いからね。そういう気持ちは気づかれちゃうよ?」

「子供を産むことしか能がないくせに!」

「それとか典型的だよね。女と接するのが嫌だから暴言を吐く」


 犯人は煽りを受けて言い返そうとしたが、赤髪は反論する隙を与えない。


「自分のことを不幸だと捉えるのは勝手だけど、自分の今の境遇が嫌だと言うのなら、なぜそうなったのかを見つめ直したほうが良いと思うよ」

「そういう上から目線は嫌いだ」

「彼女がなぜ出来ないのか、という訴えに答えただけなんだけど」

「答えになってないじゃないか!」

「私はそれでいいと思うよ? 答えを教えることはアドバイスと呼べないし」


 解答を教えることで時間短縮に繋がることもあるが、相手のことを考えるならば、ヒントを提示して相手に答えを導き出させるほうが良い。人間は考える生物だ。ヒトとしての特徴を最大限に引き出してこそ、教えることが上手な人という評価がなされるべきである。


「アドバイスなんか要らない。僕は答えだけを求める」

「せっかちだなあ。そこまで言うなら、一つだけ教えてあげる」


 尻派と聞いていたので、ラクトは敢えて胸を強調する。大きく膨らんだ双丘を下から支えるように腕を組むと、彼氏の癖である咳払いをしてから言った。


「自分語りは控えたほうが良いよ」

「確かに、僕は事あるごとに自分を語っていた……」

「もちろん、必要なときにはリーダーシップを発揮しないとダメだぞ?」

「イエス、サー!」


 帽子を被っていない場合、本来なら敬礼は御辞儀で行う。だが、犯人は右手四五度で行った。身近に軍人やミリオタが居なかったのだろう。もちろん、祖父が元自衛官の弥乃梨は彼の敬礼が間違っていることにすぐ気付いた。


「帽子を被っていない時はお辞儀が敬礼になるんだぞ」

「ふーん」

「……俺に対して冷たすぎないか?」

「弥乃梨の話に補則をすると、私たちは高い身分じゃないから十度の敬礼だね」

「イエス、サー!」


 ラクトの補則を聞くと、犯人はすぐさま頭を下げた。赤髪が話した通り十度の角度で行っている。自衛隊の敬礼に関して祖父から話を聞いていた弥乃梨だったが、エルダレアの場合もさほど変わらないらしい。


「ところで、君は警察署へ行く気になったのかな?」

「それは……」

「安心しろ。不当な扱いを受けたら、俺たちがお前を全力で守ってやる。被疑者や被告人の段階で人権が侵害されるのは間違っていることだからな」

「本当に、僕を守ってくれるのか?」

「もちろん。殴ることも、守ることも、治すことも、全てが正義だからな」


 ギレリアル連邦の法律がどのようなものなのかは分からない。しかし、ヴァレリアの男性迫害政策が黙認されていることを考えると、男の犯罪者に対して非人道的な罰が与えられる可能性は極めて高い。罪を犯した者を懲らしめるのは確かに必要なことであるが、度が過ぎれば執行者も加害者である。

 

「じゃあ、行くよ」

「ありがとう」


 淫靡な身体と話し易さに定評があるラクトの登場によって、最後は平和的に解決した。弥乃梨が犯人に手を差し伸べると、彼は優しく握り返す。同じ頃、戦ったからこそ分かる本当の友情を得た彼らを見て、ラクトが顔を綻ばせた。


「どうかしたか?」

「男の友情っていいなあ、と」

「……腐るなよ?」

「そういう意味合いで言ったわけじゃないよ!」

「皮膚をつねるな!」


 彼女が発した台詞は、男同士の恋愛に興味を示す子になった事を自白した訳ではない。だが、弥乃梨以外に誤った認識を与えたのも事実。二人だけなら冗談で済ませられるが、犯人に変な印象を与える訳にいかない。ゆえに彼女は、彼氏の皮膚をつねるなどして全力で否定する。


「凄い仲良しなんだな。性別の違いを感じさせない程に」

「欠けている部分を補ってこそカップルだからな。性別で仲違いしねえよ」

「そんじょそこらの軽いノリでくっついてる奴らとは、確かに違うかもね」

「なるほど、とても参考になる……」


 犯人は頷きながら話した。そんな頃、建物の屋上からヘリコプターのメインローターが発する大きな音が耳に伝わる。照明が点いている部屋が怪しまれない訳がないので、ラクトは咄嗟に魔法の効力を消した。弥乃梨は二人と手を繋いでいることを確認し、特別魔法の使用宣言を行う。


「――テレポート――」


 行き先はもちろん、フルンティ警察署の五階だ。

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