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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-47 For everyone-Ⅱ

 フルンティ駅に移動してきてすぐ、弥乃梨とラクトは言葉を失った。司令室からの指示を聞くためにはそのほうが好都合なのだが、しかし、それまで会話に没頭していたバカップルが黙り込む姿を見て異常だと思わないほうがおかしい。


「どうかされましたの?」

「いや、なんでもない」


 もちろんそんなの真っ赤な嘘である。だが、弥乃梨はマスメディアの仕事に従事している訳ではない。もちろん真実を伝えることも重要であるが、そこには被災している人達も居る。過剰な配慮は不要だが、それなりの心配りをしなければなるまいと考え、彼は思ったことを心の奥底に仕舞い込んだ。


「フルンティ駅は『不審者』か? それとも『自宅に帰れない』か?」

「前者ですわ。数名の負傷者が居ると聞いていましてよ」

「ああ、そのとおりだ。確かに、そういう人達が居る。でも――」

「『でも』とおっしゃいますと?」

「血の臭いがないんだ。つまるところ、魔法で傷つけられたような……」

「矛盾してなくて? 魔法であっても、他人の肉体に傷を負わせられますわ」


 科学で解明できない攻撃手法は相当な軍事的脅威。ギレリアルは魔法を使用できない種族が主に暮らしている国家だが、魔法に関する学問も存在していた。さすがは人々の暮らしを守る警察官。馬鹿な人間がなれる職業ではない。


「私から説明します」


 魔法に関してさほど知識が無かった弥乃梨に代わって、ラクトがマウンドに上がった。やるべきことがなくなった偽りの黒髪は、負傷者以外の人から何があったのか話を聞き始める。いつの間にか、二人とも無言で心を通い合わせ、素早く役割分担が出来るようになっていた。


「まず、整理させて下さい。通報を受けた時に聞いたかは知りませんが、現在、フルンティ駅の四階には一切の血痕が有りません。刃物や拳銃も有りません。負傷していると言っても、外傷は殆ど見られません」

「内側が傷ついているということですの?」

「そうです。でも、精神攻撃を受けているわけではなさそうです」

「精神攻撃以外で内側を傷つけることは不可能ではなくて?」


 警察官はそこに矛盾を感じたが、弥乃梨がそれを否定する。


「いいや、可能だ。魔法には、相手を麻痺させたり眠らせたりするのもある」

「……謎が解けましたわ。そういうことでしたら、話が成立しますわね」


 でも、今その現場に実例が無いと話にならない。


「話が成立することは分かりましたけど、確証はありますの?」

「そう聞かれるだろうなと思って、さっき目撃者に聞いておいた」

「どうでしたの?」

「歩くのが困難になってしまった人も居るそうだ。麻痺させられてな」

「しかし、証言がたったの一つだけだと嘘の情報の可能性が否定できませんわ」


 主張するためには、主張、データ、理由の三つを頂点にする三角ロジックが必要不可欠だ。それぞれ一つずつでも成立するが、一つ目の三角形の『理由』を『主張』に置いてもう一つ三角形を作ったほうがいい。複数の理由があれば相手を説得しやすくなるし、事実だと認めさせやすくなるからだ。


「それなら、今から『回復の薬(ハイルリン)』を被害者に投与します」

「それで何か変わるんですの?」

「『回復の薬』は魔法で傷ついた者にしか効かない薬です」

「どうぞ、行って下さい」


 麻薬の可能性を疑うかもしれないと考え、ラクトは理論武装していた。だが、こうもあっさり受け入れられてしまっては何と返せば良いのか。逆に赤髪がすんなりと相手の台詞を受け入れることが出来なくなってしまった。数秒だけ時間を無駄に消費した後で、彼女は薬を作る。


 『回復の薬』の入った容器がしっかりと密閉されているのを確認し、ラクトはそれを持って弥乃梨の元に向かった。しかし、彼の近くに居た女性は全て負傷者ではない。魔法によって傷ついた人を見ていた人達、要は証言者である。ではなぜ、彼女が偽りの黒髪の元に向かったのか。それは、一緒に行くためである。


 もちろん、自分の気持ちだけを考えて実行したわけではない。ラクトが警察官と話している間、弥乃梨が目撃者達から負傷者がどこに居るのか聞いていたから、赤髪は二人で行くべきだと考えたのである。


 少しでも早く彼女らの痛みを無くしてあげるために、未だ逮捕されていない犯人から攻撃を受ける人をこれ以上増やさないために、出来る限りのことをやろう。そう決めて彼女は彼氏に話し掛けた。


「負傷者が居る場所を掴んだんだったら、案内して欲しいんだけど」

「分かった。けど、一つだけ言っておかなければいけないことがある」

「なに?」


 弥乃梨はラクトの依頼を引き受けた。一方、彼女を惑わすような発言もした。


「駅員四名を連れて、この階の上に立てこもってるっぽいんだ」

「もしかして、それが不審者情報の内容?」

「いいや、違う。携帯電話がなければ、通報なんか出来ないだろ?」

「確かに……」


 電気、水道、ガスといったライフラインは停止している。もちろん、公衆電話の回線だって止まっている。市役所で仕事していた職員たちも、電話ではなくインターネットでのやり取りが主だった。非常用電源さえあれば、回線が混み合うだけで使い物にならないわけではないのである。


「警察署に届いている不審者情報は、ここで状態異常魔法を使った奴のことを指してるんだと思う。でも、内容は負傷者が居るってことだけ。立て篭もってるなんていう情報は、きっと司令室のほうには届いていないはずだ。そうだろ?」

「……ええ、そうですわ」

「やっぱりな。じゃ、一つ聞いておくべきことがある」


 二人の話に耳を傾け、それまで口を閉ざしていた警察官が返答する。弥乃梨は女からの答えを受け、少しだけ格好つけて司令に質問した。


「人名救助と犯人逮捕。どっちを優先したほうが良いと思う?」

「それは……」

「時間は無い。さっさと答えろ、司令官」

「犯人ですわ。犯人を捕らえることが私たち警察官の仕事ですもの」

「だろうな」


 当然の答えだった。そして、上官の命令に従うのも当たり前のことである。しかし、弥乃梨はそういう常識に囚われない。公務員に似た仕事をする一般人ということを強く意識していた彼は、警察官の話にこう言った。


「でも、俺たちは両方同時に終わらせる。救助と逮捕を一緒にな」

「それは、解放という意味ではなくて?」

「麻痺状態からの解放という意味ではそうかもな」

「まさか、そんなこと出来る訳……」

「まあ、聞いていてくれ」


 本当なら『見ていて』欲しかったが、イヤホン越しでしか司令室の様子は分からない。逆もしかりだ。イヤホンの向こうで指示を出している警察官はギレリアル連邦のトップのような実力で捻じ伏せようと言う人ではないから、変なところを突かれないようにするためにも、弥乃梨は言葉を変えておく。


「それで、捕らえたらどうすればいい?」

「署に連れて来て下さいまし。手錠はそちらで作れますわね?」

「もちろん」

「それでは、やって見せて下さいまし」

「わかった」


 弥乃梨の返答を受け、警察官はミュート設定にした。現場サイドもミュートにしようかと考えたが、裏切る気がして出来ない。それに、常識に囚われないことも重要だが、救助を要請したりする時に役立つ回線を自ら絶つのは愚の骨頂だ。


「ラクト。また離れ離れになっちゃうけど、……いいか?」

「大丈夫。少しの時間なんだし、そんな気にしないよ」

「ありがとう。じゃ、負傷者が居るところまで移動す――」

「並行してするんだし、そんなのいいよ。そんな離れてないし」

「分かった。じゃ、お互い頑張ろう」


 弥乃梨はそう言い、拳でグーを作った。ラクトも同じようにグーを作り、二人は拳同士を合わせる。赤髪は少し歩くと、約束した通り警察官に、負傷者が麻痺によって痛めつけられたという主張の根拠を見せる。一方、偽りの黒髪は休ませると言っていた精霊を一体呼び出した。


「さっさと済ますぞ」

「手錠はいいのか?」

「動けないようにする方法は他にも有るから安心しろ」


 弥乃梨は自信満々に話す。その後、自分と精霊を囲う範囲を指定してバリアを張った。ラクトが麻痺状態だった一人を救出したのと同じ頃、『黒白』はフルンティ駅五階へと向かう。立て籠もっている部屋までは分からなかったので、移動後の地点を階段と通路の境目にする。



 一般市民が多く居る四階と比べ、社員しか足を踏み入れることの出来ない五階はとても静かだった。それだけなら良いのだが、一般利用者に会議の内容が漏れたりしないよう、大抵の部屋を防音仕様にしているらしい。いくら通路を歩いても、犯人の声が一切聞こえてこなかった。


 精霊を前線に出すことは極力控えたかった弥乃梨だが、どのような物質で構成されているかを調査することは出来ない。消去法で全ての部屋に入ることも考えたが、無闇矢鱈に魔法を使っては急激に魔力を消費することに繋がり、昼間の二の舞になりかねなかった。結局、弥乃梨はアイテイルを呼び出す。


「アイテイル、いいか?」

「もちろんです」


 それまでの話を理解していた銀髪は、出てきてすぐに成分分析を始めた。建物全体だと六十秒以上掛かってしまうので、立て篭もり犯が居る可能性が極めて高い五階のみに絞って物質調査を行う。結果が出るまで十五秒くらい掛かった。


「結果が出ました。案内します」

「ありがとう。でも、ちょっと待ってくれ」


 弥乃梨は、自分と紫姫を囲う程度のスペースでバリアの範囲をしていた。三人が同時に歩く場合、身動きが取りづらくなるのはどうしても避けて通れない。あまり狭すぎるのも良くないと考え、半球の半径を二倍の長さにする。


「案内を頼む」

「わかりました」


 アイテイルの先導に従い、誰も喋らず無心で通路を進んでいく。それから二十秒くらいしてアイテイルが足を止めた。くるりと右を向くと、銀髪は言う。


「ここです。ここに、犯人も人質も居ます」

「配置は?」

「壁の近くに四人とも拘束されて寝かされていました」

「分かった。ここまでありがとう。アイテイル、戻っていいぞ」

「わかりました」


 アイテイルを魂石に帰還させ、いよいよ戦闘を始める。大きく深呼吸した後、弥乃梨は紫姫とともに立て篭もり犯が居るという部屋の中へテレポートした。壁際に人質が居るとの情報を受け、『黒白』は部屋の真ん中に降り立つ。


「誰だ!」

「こちらは民間警察。立てこもり事件の犯人として、貴様を連行する」

「誰がバラしたのか分からないけど、捕まる気ゼロだから」


 そう言うと、犯人は手始めに麻痺魔法を使用した。壁際で拘束されている四人は既に麻痺させられていて、狙われたのは『黒白』だけ。犯人は「二人くらい麻痺らせるのなんか余裕」という表情で魔法を使用した。しかし、余裕とは裏腹に攻撃は跳ね返ってきてしまう。犯人は、表情を一変させた。


「うっ……」


 刹那、犯人が自分で自分の首を絞める。普段より強い威力にしていたこともあって、麻痺の具合が尋常ではない。しかし、立っていることすら困難な者に対する攻撃は続く。犯人が自らの罪を認めて白旗を揚げない限り、やむことはない。


「署で話を聞く。おとなしく投降しろ」

「分かった! 分かった! 警察署に行くから!」

「やけに素直だが、意図的にやっているのか?」

「違う!」

「まあいい、話を呑んでくれただけで十分だ。さあ、警察署に――」

「行くかよ!」


 弥乃梨が犯人に近づいた次の瞬間。犯人は大声を上げ、一瞬でペースを持ち直した。『黒白』は、脅威の回復力がどこから来ているのか疑問を抱く。周囲にバッグ等が無いことから、二人は「魔法で回復した」という結論に至った。同頃、犯人が刀を形成する。強い思いを込めて言う。


「受けた痛みを召使に託し、全てを解き放つ。現れよ、ファフニール!」

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