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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-46 For everyone-Ⅰ

「寒っ……」


 移動してきた刹那、それまでラクトの身体を支配していた眠気の勢力が一気に衰えた。方や弥乃梨は、剃毛せずとも女子らしく見えるよう黒タイツを履いていた事が幸いし、同じ理由で長袖の服を着ていたことが幸いし、赤髪ほどの寒さを感じない。


「早く建物の中に入ろうよ……」

「もうちょっとチラリズムを堪能したいんだが」

「暗いところで覗きするとか、さすがに上級者すぎない?」

「(あれ、ひょっとして……引いてる?)」


 正論で返されると思っていなかったから、弥乃梨はちょっと驚いた。ちょっぴりスパイスの効いたツンツンした台詞を望んでいたのだが、ラクトはそれほどまでに寒いらしい。寒い場所に長居させて風邪を引かせる訳にいかないので、偽りの黒髪は強引に手を引っ張って警察署の建物内に連れて行こうとする。


「開かないか……」


 いくら停電していても、二人が今居るのは警察署。セキュリティはしっかりしていた。屋上とそこから下階へ続く階段とを隔てる扉には、しっかりと鍵がかかっている。だが、立ち止まっていても仕方ない。弥乃梨は特別魔法を使った。


「――テレポート――」


 建物の構造を把握しておきたい気持ちは山々である。でも、これ以上、精霊達を酷使する訳にいかなかった。もちろん、水没しているかもしれない低階層に行ったらシャレにならない。かといって、存在しない高階層に行ったら今度は魔法が発動できず門前払いを受ける。そこで、弥乃梨はセンチ指定を採った。


「暖かい……」


 停電しているので暖房器具は当然ついていないけれど、建物の中のほうが暖かかった。無風というだけで体感温度は違ってくる。温もりを感じて心の奥底から安心感がこみ上げさせる。しかし、暖かな時間は束の間だった。


「ひゃっ」


 くすぐったさを堪えきれず、ラクトが真っ暗な空間に声を漏らした。暗闇というのを悪用した弥乃梨がラクトのうなじ目掛けて息を吹きかけたわけだが、赤髪は幽霊の仕業に思ってしまったらしく、まるで別人のような一面を見せる。


「稔、居るよね……?」

「(あのラクトが、設定を忘れているだと?)」

「ねえってば」


 二人きりであっても、ラクトは設定を大事にして『弥乃梨』と呼んでいた。そんな彼女が、設定を忘れて『稔』と言っている。これ以上はやり過ぎだと感じ、偽りの黒髪はそこで止めようとした。だが、以前「お化け屋敷大丈夫」と公言していたこともあり、弥乃梨は彼女いじめを続行する。


「ひゃっ――と言うとでも?」

「……」


 しかし、ラクトは弥乃梨の内心を覗いていた。でも、驚いたのは事実らしい。赤髪は大きな嘆息を一つ吐くと、偽りの黒髪の目のじっくりと見て言った。


「暗闇で息吹きかけんな。最後のほうは演技だけど、最初は素だから」

「九割がた演技じゃねーか!」


 笑い混じりに突っ込みを入れる弥乃梨。そんな中、彼は心の中に温かな何かを花開かせた。ラクトの姿が見えなくても手は繋がっているので、それを頼りに、彼女が居ると思しき方向に身体を向けて真剣な優しそうな表情を浮かばせる。


「けど、お前らしいな、そういう人の心を読んで会話を作るってのは。ただ、パーティーの雰囲気だけは悪くすんじゃねえぞ?」

「一番近くに居る私が分からないわけないじゃん」

「そっか。じゃ、もうちょっと一緒に歩いてくれるか?」

「もちろん」


 ニッコリとして弥乃梨の問いに返答すると、ラクトは笑いをこぼした。同頃、偽りの黒髪は胸ポケットからスマートフォンを取り出す。ロックを解除して懐中電灯を点けると、何階建てなのか確認するべく踊り場の方向に光筋を作る。


 踊り場の壁に取り付けられていたプレートは、上向き三角形と『R』、下向き三角形と『7』、それぞれが一組になって斜線で隔てられ、書かれていた。つまるところ、警察署は七階建てということである。本来なら居るはずの警官は大半がパトロール中であるため、非常用電源が使えるのに階段はどこも真っ暗だった。


「どうぞ」

「……は?」

「だから、おんぶしてやるよ」


 踊り場の壁には、上階と下階が何階なのかを示すプレート以外にもう一つプレートが取り付けられていた。それは、何階に何があるのかという説明をするためのプレートである。見ると、水没している可能性の低い五階に『オフィス』と書かれていた。電話回線の引かれた部署だと考え、弥乃梨は目指す地点を決めた。


 目指す地点が決まったことで余裕を持った弥乃梨は、『今』という一瞬一瞬を大切にすることにした。もしそこに自分の期待した部署があろうがなかろうが、彼女と一緒にそこへ行ったという事実を心の奥底に刻めるだけでも素晴らしいことだと考えて、彼は自分の頭の上でスマホを持って、おんぶする格好をした。


「いやいやいやいや。そんなことされるほど高い位じゃないよ、私!」

「遠慮するなって。疲れただろ?」

「それは弥乃梨も同じじゃん」

「まあな。でも、俺はお前をおんぶしたい。だから、のってほしいな」


 話に乗らせないようにしているのか、と思われてもおかしくないほど身勝手な理由だった。弥乃梨は自信満々に言っているように見えるが、実際は後ずさりしている。ラクトからのダメージが自分を直撃する可能性を考え、心配になる。


「わかった」


 でも、大丈夫だった。


「私、わりと重いよ?」

「体重のことで自虐すんなバカ。お前も女の子だろ」


 頬を少し赤らめたまま、ラクトは弥乃梨の胸のあたりに手を回して抱きつく。スカートの中に手を突っ込むという破廉恥な行為をしないよう細心の注意を払って、弥乃梨はラクトの太ももの下に手をくぐらせ、彼女の身体を支える。


「軽いじゃん」

「そうかな?」

「ああ。てか、その身長と胸の大きさだったら、これくらいは要ると思うがな」

「やっぱり胸の話題きちゃう?」

「この柔らかさじゃ気になるのも仕方ないって」

「そろそろ飽きて欲しいんだけど」

「だが断る」

「このおっぱい星人め」


 色々と言い合ってバカップルっぷりを発揮しているうちに、弥乃梨はラクトを背負うことに慣れた。少し前傾姿勢になると、胸ポケットに仕舞ったスマホのライトを頼りに、作られた光の筋を通って階段を下っていく。目指すは警察署の五階、オフィスルームだ。



 下階に降りれば人声が聞こえてくるだろうと考えていた頃もあったが、七階に明かりは点いていない。幽霊が出そうな雰囲気を漂わせ、二人をまるでホラーゲームの世界に居るような感覚にさせてくれる。だが、お化け屋敷怖くない勢の二人からしたら目をやる必要もない。一方で、おかしな点があった。


「そんなに心臓バクバクさせて、悪寒はないみたいだけど……大丈夫か?」


 七階から六階に降りる際。弥乃梨は言いたい気持ちを抑えきれなくなって、ラクトの心臓が鼓動を速めていることを偽りの黒髪に伝えた。返答を求められた彼女は、それまでよりも強い負荷を彼氏に掛ける。刹那、赤髪はまるで犬のように弥乃梨の右頬と自身の左頬を擦り合わせた。


「怖いわけじゃなくて、その……、恥ずかしいっていうかさ。だから――」


 ライク・ドッグ・アクションを起こしておきながら、いざ言葉にしてみると恥ずかしくなって顔を赤らめてしまい、終いには満足に思っていることを言えなくなってしまった。弥乃梨は動揺しているラクトを可愛く思い、クスッと笑う。


「そういう『素』のお前、やっぱ好きだわ」

「ここで追撃なんて、この卑怯者め!」

「ぐぬぬ。此奴、アイテムを持っていたか……。ならば!」


 刹那、弥乃梨はその場でジャンプした。ラクトは謎の行動に驚きつつも、落ちないよう彼氏にしがみつく。いくら冷静に物事を解決する者だったとしても、反射行動をしない訳がない。危険があるなら尚更のことである。弥乃梨はこれを悪用し、反射行動をさせたことで出来た隙を利用した。


「可愛い」


 一時的ながら下から支える必要が無くなったため、弥乃梨は空いた右手を後ろに回してラクトの頭を撫でた。彼女が褒める事に弱いのは既知だったので、内心を探られた時にも対処できるように、彼氏は心の中でも赤髪のことを褒める。


「そういうのやめろ、バカ……」


 顔に熱を帯びさせた彼女は、首から上を全て赤色にする勢いで頬を紅潮させていった。並行して、彼氏の手をどかそうと顔を上下左右に振る。恥ずかしがるラクトの様子を観察することも楽しいのだが、イチャイチャする時間は後に幾らでも確保できるので、弥乃梨は彼女を冷静にさせることにした。


「その惚気け顔で五階に行こうか」

「降りる降りる降りるっ!」

「魔法使われなければ、俺のほうが力は圧倒的に上なんだが?」


 弥乃梨はすぐさま、逃すまいと再び太ももの下から手をくぐらせた。しかし、触手に身体を舐め回されるような屈辱をラクトに与えていた偽りの黒髪も無敵ではない。少し間を置いた後で、彼女はシンプルな攻撃を行った。


「この鬼畜!」


 頭突き。しかし、さほど威力は強くない。理由は単純。弥乃梨がラクトの弱点を知っているように、ラクトも弥乃梨の弱点を知っていたからだ。なにかと言えば、それは言わずもがな。『仲間に対しては言葉だけ』ということだ。


「まあ、どうせ出来ないんだろうけど」

「正解。けど、次の踊り場までラクトを降ろすつもりはないからな」

「わかった。割りと気に入ってるし、次の踊り場で降ろしてくれるなら良いよ」

「やったぜ」


 弥乃梨は言うと、今度はラクトだけをジャンプさせた。おんぶした状態であれだけ燥いでベストポジションからずれていない訳がないので、至極当然のことである。いい感じの位置に調整した後、偽りの黒髪は一言言う。


「それじゃ、気を改めて五階に行くぞ」

「おー!」


 再び、スマホを懐中電灯代わりに進んでいく二人。バカップルっぷりを披露する場としては最適の静寂だったが、不毛な会話をするべき時間ではない。僅かながら、弥乃梨とラクトはそれまでの行動を反省する時間として使用した。ラクトを降ろす六階と五階の踊り場まで、間を開けることなく話は進む。


 しかし、彼女を降ろしてすぐのこと。二人は、自分たちが警察署の建物内に居るのだと気付かされた。スマホのライトが照らしだした先に、拳銃を持った警官を捉えたのである。しかも、それは威嚇ではなくて――。


「え……」

「なんで実弾撃ってんだ?」


 幸い、銃弾が弥乃梨らに当たることは無かった。だが、警官が持っている銃は明らかに威嚇用の域を超えている。否、護身用の域を超えている可能性すらあった。レーザーサイトと照明を装備している上、一度引き金を引くだけで二つも銃弾が飛んで来る。モードを切り替えれば連射も可能だった。


「おとなしく投降しなさい! テロリストならここで射殺するわよ!」

「誤解だ。俺らはテロリストじゃない。ラーナー陸軍大将から話は聞いていないのか? ギレリアル政府から直々に治安維持活動への参加を頼まれた――」

「あなたが弥乃梨さんでしたの? 申し訳ありませんでしたわ」

「いや、ここ最近は物騒だし、銃を手に取るのも分からないことも無いが」


 弥乃梨は警察官を擁護した。しかし、持っていた拳銃を収納ケースに仕舞ったのを確認するまでは一歩も動かない。また、ラクトを自分より前の位置に行かせないようにする。不安点が全て解消されたところで、偽りの黒髪は彼女とともに警察署の五階の床に足を着ける。


「聞いていた通りですわ……」


 感嘆して、しかし信じられない様子で首を左右に振って、警察官は拍手した。だが、相手の仕事をこれ以上妨害するわけにはいかない。交番さながらに少人数で仕事している警察官たちの姿を思い描くと、弥乃梨は言った。


「ところで、俺達に手伝える仕事は有るか?」

「ええ。頂いた通報のうち、急を要する五件をまだ消化できていませんの」

「内容は?」

「三件が自宅に戻れないという通報、二件が不審者情報ですわ」

「場所は?」

「それに関しては、イヤホンを使用して頂きますわ。付いてきてもらって」


 ヘッドホンより周囲の音を聴き取れるとの理由で、警察官は弥乃梨にイヤホンを渡すことにした。使用していたものを使わせる訳にもいかないので、彼女は大急ぎで自分の机に戻り、引き出しから未使用未開封のイヤホン二つを持って二人の元に戻ってきた。製造番号を確認した上で、彼女は弥乃梨とラクトに渡す。


「見た目は至って普通のイヤホンですけど、音楽を聞いたりすることは出来ませんの。司令室との通信オンリーですわ」

「分かった。それで、起動すればいいんだろ?」

「そのとおりですわ」


 警察官がそう言う前から、弥乃梨もラクトも、ランドルト環の繋がっていない部分にマイナス記号が付け足された感じの電源ボタンを押していた。初期起動なので、もちろん四秒以上は押したままを維持する。どちらも初期不良品ではなく、起動したのを確認できた。もっとも、電源ボタンのランプが点滅しただけだが。


「テストを致しますわ。少し待っていてもらえませんこと?」


 警官は言うと、今度は司令室に向かった。道中で油性ペンを取り出し、手の甲に二人に渡したイヤホンの製造番号をメモしておく。三十秒くらい経った頃、小さくピーという高い音が流れた。まるで、聴力検査をしているようである。


「It's fine today. Your identification number is two, eight, four, seven」


 注意を引かせる音が発せられてすぐ、流暢な英語が聞こえてきた。異例の事態に、弥乃梨は「翻訳魔法の限界か?」と考える。だが実際は、その魔法の使用者であるラクトが意図的に翻訳しなかっただけにすぎなかった。マイクテストと識別番号の確認を兼ねていたため、無理に直すべきではないと考えたのである。


「案内を始めますわ。まず、フルンティ駅の四階に向かって下さいまし」

「了解した」


 司令室からの指示を受け、弥乃梨はラクトとともにフルンティ駅へと向かう準備をする。救助作戦は約五時間に渡って行われたが、タラータ・カルテットは、学校に居た生徒達プラスアルファしか学生寮ないしマンションに帰していない。まさかとは思ったが、脳裏に浮かんだ嫌な予感が頭から離れない。


 だが、その先に待ち構えているかもしれないリスクを考えるのは控えた。理論でがちがちに固めても最終的には自分たちが動く必要があるし、そもそも自分たちが動かなければ何も始まらない。だから、まずは場所の移動から行う。


「――テレポート、フルンティ駅、四階へ――」

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