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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-45 終わりと始まり

 すっからかんという訳ではないにしても、弁当の残数は一桁を割っていた。タラータ・カルテットの人数より少し多い程度だ。弥乃梨と紫姫は数値で現れた結果を見て、八階に無事戻ってきたことを実感し、作業を終えられた喜びからハイタッチする。普段クールな紫姫だが、その時だけは照れくさそうに笑っていた。


「いつもそういう表情で居ればいいのに」

「そのようなことを要求されても困る。我が我であることに変わりはないのだ」

「まあな」


 個性を否定するなんてことはしない。そもそも、仲間内で言い争えないような序列を作るなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。一人リーダーを決めたら、みんな補佐役だ。言いたいことや伝えたいことを口から吐き出して、リーダーにとことん逆らって、よりよい計画を練ればいい。もっとも、限度というものはあるが。


「だが、貴台が必要なら、我はいつでも笑顔を振る舞う。我は『姫』だからな」


 弥乃梨の目の前に居る精霊は本来、『バタフライ』と呼ばれている。髪の毛が紫色だから、彼女の生やした翼が紫色だったから、凛としていたから、精霊の蒼色の眼を見て高嶺の花であることを察したから、弥乃梨は彼女に『紫姫』と名付けた。だが、笑顔で振る舞うことは強制でない。つまるところ、紫姫の勝手だ。


「だが。我が『姫』を名乗ろうとも、貴台の『姫』は我ではない」

「ああ、そうだな」

「休憩はこれにて終焉。参ろうではないか、貴台の『姫』の元へ」


 そう言うと紫姫は顔を綻ばし、隙を見せずに魂石へ帰還した。一人ぼっちになってしまったが、これから行く場所は決まっている。弥乃梨は八階の建物を縦断する窓のない通路を進み、一際目立つ部屋を発見した。入口付近の壁に取り付けられているプレートの上段には『Conference Room』、下段には『8-A』とある。


「(あいつ、また魔法使いやがって……)」


 窓がないということは、四方八方を壁で塞がれているということ。だから、照明を点けられる者は会議室を思う存分明るくしていた。市役所に魔法使用者がタラータ・カルテット以外に居るとは考え難いし、消去法で該当者はラクトぐらい。弥乃梨と紫姫が余裕をぶっこいて会話をしていられた理由はそこにある。


「魔力枯渇したらどうすんだよ、バカ」


 とはいえ、ラクトの魔法は魔力消費量が少ない。枯渇が起こる可能性はゼロではないが、紫姫や弥乃梨よりも圧倒的にリスクが小さい。むしろ、弥乃梨のようにクラっと倒れてしまう事のほうが起こりうる。


「入るか」


 会議室のドアは病室を連想させるような片引きのものだった。右へ引いて扉を開けると前へ進み、即座に会議室内の様子を把握する。手伝うことがないか聞こうとしたが、弥乃梨の入室と同時にニコルが立ち上がって言った。


「終わったんだね。こっちもちょうど終わったところだよ」

「嘘つけ。段ボール箱の中に弁当残ってんぞ」

「バレちゃったか。仕事が済んだばかりなのに、いいのかい?」

「構わねえよ。魔法を使わずに貢献できるなら本望だ」

「僕は君に身体を壊して欲しくないだけなんだけどね」


 陸軍大将という位に在りながら、ニコルは母性溢れる女性だった。弥乃梨は彼女の意外な一面に感謝した後、近づいて優しく右肩に手を置く。一旦下を向いて気持ちを整えてからニコルのほうに視線を向ける。その時の偽りの黒髪の顔は、自信に満ち溢れていた。笑みの裏に爆弾を隠し持つような喋り口調で、言う。


「俺はいくら酷使してもらっていいが、そこの三人をこき使ったら許さない」

「そんな怖い顔しないでくれよ。軍隊に属しているわけでもない君たちに、僕は夜通し仕事しろなんて言わないよ。もちろん、それは君も例外じゃない」

「……二言はないな?」

「ああ、神に誓おう」


 ニコルの言葉を素直に受け止めると、弥乃梨は彼女の右肩に置いていた手を離した。偽りの黒髪は、友好的な証を示すためニコルに手を差し伸ばす。陸軍大将は弥乃梨の仲間を思う強い心を素直に受け止めて、出された手を握り返した。三回くらい揺すった後、陸軍大将が握っていた手を離して言う。


「では、手伝ってもらおうか。もちろん、もう一人の精霊にも参加してもらう」

「だってよ、紫姫」


 弥乃梨が魂石に声を掛けた。命令ではなかったが、紫姫にも良心というものはある。魂石の中で嘆息して自分の後ろ向きな心を吐き捨てると咳払いして、彼女は住居のような空間から出てきた。被災者を驚かせないよう気を配り、紫髪は弥乃梨の背中で隠れられるような位置に現れる。


「じゃ、やりますかね」

「うむ」


 五秒くらい経過して紫姫がひょこっと弥乃梨の隣に出た。それを合図に偽りの黒髪が言う。ラクト達にどんどん近づいていく『黒白』だが、そのうち一人がニコルに歩くことをやめさせられた。同じ頃、もう一人のほうは歩きづらくなる。


「あの女の子、ちっこくて可愛い……」

「君は作戦会議だ、弥乃梨くん」


 突然の知らせに弥乃梨は驚いて動揺を隠せなかったが、ニコルに連れられて会議室の外に出てしまった。周囲から持ち上げられた状態を歩くのは辛かったが、紫姫はなんとか他のカルテットメンバーと合流出来た。


「なにするんだ、ニコル」

「今後の予定について確認するだけだ」

「やましいことじゃないなら、最初から伝えてくれればいいのに」

「以後気をつける。……本題に入るぞ?」


 ニコルの問いに、弥乃梨は無言のまま首を上下に振る。謦咳した上で話は始まったが、開始早々、偽りの黒髪の耳に入ってきたのは驚愕の内容だった。


「夕食配布作業の終了をもって、君たちには市役所庁舎から出て行ってもらう」

「なら、俺らはどこで寝ればいいんだよ?」

「フルンティ警察署だ。既に君たちが寝る場所は確保されている」

「ふざけるな。徹夜して働く警官の脇ですやすや寝てられるかってんだ」


 自分だけ楽をするなんて、そんなこと出来ればしたくない。言われもないことを言われないためにも、真面目に働く職員の後ろで不真面目な生活を過ごす訳にはいかなかった。しかし、弥乃梨の心配ごとを聞いたニコルは首を左右に振る。心配のし過ぎだ、と偽りの黒髪のことを鼻で笑う。


「その点に関しては気にしなくていい」

「なんでだ?」

「今、警察署内に居る警官は二桁に達していない。学生寮を巡回してるからな」

「学生寮を巡回ってどういうことだ?」

「防犯対策だ。寮の管理人と協力して、夜通し監視サービスをする」

「一人で、か?」

「そんなわけあるか。人を守る者は複数行動が基本だ」


 ニコルは大きめの声で言う。考えてみれば当たり前のことだった。一人で対処できないようなことでも、大勢なら対処できる可能性は上がる。リスク回避能力も段違いだ。サボる可能性も下がる。それに、弥乃梨は紫姫を戦友にしていた。


「もちろん、中には一匹狼も居る。けど、強い絆で結ばれた者達には敵わない」


 最強のバリアや盾だけでは攻撃できないし、最強の銃や剣だけでは防御できない。それに二刀流だったとしても、すぐ限界点に到達するような場合は最強ではない。しかし、三つの要素を足して平均値を求めたら答えは1だ。攻撃特化、防御特化、補助特化の三者が交差したとき、最強のパーティーが爆誕する。


「話を本題に戻す」


 そう言って、ニコルは路線を修正する。『最強とは何か』について議論を深めることは作戦会議の趣旨にそぐわない。くどい話を続けることも、そぐわない。


「簡潔に問う。僕の話は呑んでもらえたかな?」

「特に心配するような事がなくなったからその方向なんだが」

「では、作業をしに戻ろう。もっとも、そろそろ終わっている頃だと思うけど」


 ニコルの台詞のすぐ後、ラクトが会議室のドアを開けて通路に出た。まさか廊下で作戦会議しているだなんて思わなかった彼女は、暗闇だから誰にも見られていないはずだと思って鼻歌を歌い出す。しかも、目を瞑ったり手振りをつけたりして、とても気持ちよさそうに歌っている。


「あ……」


 だが、歩く以上はいつまでも目を瞑っている訳にいかない。ラクトは、サビの出だしから少しで目を開ける。同時、会議室に灯された光が彼氏を照らしていることを理解した。赤髪が作詞作曲した歌は五曲だが、なかでも弥乃梨から高い評価を受けた、しかも恋愛ソングを選んで歌っていたので一気に顔を赤く染める。


「いや、これは、その、だから――」

「歌、上手いんだな」

「いや、上手くないから作る側に回ったんだけど……」

「いやいや、全然上手いって。というか、会議室に居る被災者を元気づけるためにライブ開いたらどうだ? あ、下で働いてる人達の迷惑になるか」


 迷惑にならない場所と防音設備をイコールで考えれば、市役所庁舎内には市議院や備蓄庫がある。だが、どちらも満足な設備が整っていない。前者は圧倒的に椅子が足らないし、後者は聴く環境としては最悪だ。


「私、ライブする気ゼロなんだけど……」

「歌上手なのに、もったいないと思う」

「誰にだって好き嫌いはあるし、いいじゃん。それに、歌うなら有名な曲のほうがいいでしょ。彼女らにマイナーな曲を聞くほどの余裕があると思う?」

「確かに」


 弥乃梨はラクトの意見を尊重し、本人の「やりたくない」という希望に沿った判断を下した。被災者を元気づけるためにライブすることは大きな意味を持つかもしれないが、それは有名所の曲を使用するからに他ならない。それに、これから準備しようとしても一日では不可能だ。


「ところで、夕食配布作業が終わったんだけど」

「そっか。じゃあ、次はフルンティ警察署に行くぞ」

「なんで市役所から離れるの?」

「俺らがこの地へ来たのは、あくまでも治安維持活動をするためだろ?」


 ニコルから聞いた話をそのまま話す。そこまで聞いただけでその後の話を察したラクトは、「なるほどね」と途中で声を挟んだ。気が利く彼女は来た道を戻って、会議室内に居る精霊達に話を伝達しに向かう。


「お疲れ。魂石に戻って疲れた身体を休めてねって弥乃梨から」

「そうか。では、言葉に甘えて」

「おやすみなさい」

「失礼します」


 赤髪が言うと精霊達は一言だけ告げ、皆一斉に自らの居場所へと戻った。夕食を配布する傍ら被災者の壊れそうな心を慰めていたこともあって、彼女らは心身ともに疲れてしまっていたのである。


「ふあ……」


 一日の魔力消費量が激しすぎたこともあり、ラクトの身体が悲鳴を上げる。彼女は思わず立ち止まって、大欠伸(あくび)をしてしまった。しかし、時刻はまだ夜の八時半すぎ。彼女は日付も変わっていない時間から寝ることに抵抗を感じていたが、その睡魔はあまりにも強すぎた。


「ふああ……」


 ラクトはなんとか堪らえようとしたが、二度目の欠伸をしてしまう。だが、寝るために会議室に来たのではない。自分の役割を思い返すと、赤髪は気力で弥乃梨のもとに戻る。だが彼女が帰った時、偽りの黒髪の隣にニコルが居なかった。


「ニコルはどうしたの?」

「『バイバイ』って言って、そのまま屋上と九階の踊り場に向かって行った」

「そっか。じゃあ、出発だね」


 ラクトは言うと弥乃梨の手を繋いだ。偽りの黒髪は内心で魔法使用を宣言し、水没の可能性を考えて、警察署の屋上を目指して刹那の移動を行う。

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