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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-44 夕食供給

 弥乃梨がテレポートした先、屋上と九階の間の踊り場の照明は珍しく点いていた。ニコルのワンランク下、陸軍中将が食品の入ったダンボールを管理している。偽りの黒髪は名を名乗ろうとしたが、多くの女子学生が弥乃梨の後ろ姿をネットにアップしていたこともあり、言う前にダンボールを手渡された。


「あといくつ要る?」

「四つお願いします」

「はいはい」


 弥乃梨がテレポーターだということはニコルを通して伝えられていたらしく、「五個同時に運ぶなんて無理でしょ」と言われることは無かった。陸軍中将は躊躇わず、偽りの黒髪に渡した一箱目の上に二箱目のダンボールを置く。その上に三箱目、四箱目、五箱目……と置く。


「結構、力持ちだね」

「ありがとうございます。場合によってはまた来ます。失礼しました」


 弥乃梨は、褒められて嬉しかった。とはいえど、落とさない程度の力は手に込めていた。ダンボールの中に入っている弁当が傾がないよう細心の注意を払い、テレポートを使おうとする。しかし、一歩以上動くと部屋を指定する必要があった。もちろん、紫姫が居る部屋の名前など知らない。そこで彼は、魂石を頼って場所を移動することにする。



 普通にテレポートする時よりわずかに遅いくらいで、弥乃梨は紫姫の居る部屋に戻ってきた。彼女はすでに十人くらいの弁当を配り、夕食を取っている職員もちらほら見受けられる。まだ弁当を受け取っていない職員は一列に並んでいた。――が、最後尾に居た数名の職員が、自身の境遇に苛立ったらしい。


「どうしました?」

「ディナー、頂けないかしら」

「少々お待ち頂ければ、きちんと弁当をお配りしますので、並んでいて下さい」


 弥乃梨は笑顔で対応したが、それは逆効果だった。職員数名は胸の下で手を組むと腕の付け根あたりを人差し指でカリカリと弄り、イライラしていることを伝える。もちろん、態度だけでなく言葉でも苛立ちを表現した。


「……待てないと言ってるんですの。おわかり?」

「はい、重々承知の上です。しかし、こちらにも都合というものが有ります」

「被災者の都合より、自分たちの都合を優先する気?」

「こちらは、皆さんを平等に扱って支援物資を供給しています。だから、並ばせているんです。私利で動く貴女達を優先する必要は無いじゃないですか」

「まるで、私たちが悪いみたいな言い方をして……」

「れっきとした事実じゃないですか。作業の妨害はもうやめて、並んで下さい」


 感情論に走ろうとする相手に対し、弥乃梨は徹底的に冷たい対応をした。しかし、相手は嫌でも夕食を先にもらいたいらしい。横で紫姫がしっかりと並んでくれた職員に淡々と弁当を渡す中、言い合いは継続された。


「私はここの課長ですのよ? 指揮に弁当を渡さないなんて、有り得ないわ」

「課長だから、何してもいいんですか? ひどい話ですね。選挙によって選ばれたわけでもない貴女が、なんでそんな意地を張れるんでしょうか」

「……」

「緊急事態なのは分かりますけど、それでも貴女達は市役所の一職員です。感情だけで動かないで下さい。あと少しですから、最後尾から一列にお並び下さい」

「分かったわよ……」


 弥乃梨の説得を受け入れ、例の集団は紫姫から弁当を受け取ろうとしている人達の列の最後尾の後ろにつくために移動する。その時だ。「あの――」と呼びかけた後、偽りの黒髪は彼女らに優しい声でこう言った。


「落ち込まないで下さい。どうぞ」

「どういうこ……」


 紙パックのお茶と弁当を持つと、弥乃梨はニコッと笑った。


「あんな落ち込んだ表情見せられたら、さすがの俺の良心も傷つきます」

「もらっていいんですの?」

「もちろん。これから二列にする予定なので、遠慮せずにどうぞ」

「最初から、そうすればよかったですのに……」

「どうかされましたか?」

「い、いえ、なにも――」


 弥乃梨は優しそうに、先頭に立って自分に言いがかりをつけてきた職員に聞き返す。だが実際、偽りの黒髪は女が何を言っていたか理解していた。ラノベ主人公特有の難聴スキルを発動させた訳ではない。


「こちらのほうでも配布を開始しますので、どうぞ二列になってお並び下さい」


 例の集団全員に渡し終えた後、弥乃梨も職員に対して弁当の配布を開始した。ダンボールの中に入っていた紙パックのお茶五〇〇ミリリットルを同時に渡すことを忘れることはない。彼は淡々と、紫姫と対称の位置に座って作業を進める。



 一分くらい経って紫姫が、その十秒後程で弥乃梨が、それぞれ作業をやめた。市役所の職員たちは、自分のデスクに戻って作業と食事を同時に行っている。人の為に自分の生活時間を捧げられる彼女らに大きな尊敬の念を抱くと、『黒白』は首を上下に振って息を揃え、邪魔にならないよう小さな声で激励した。


「「がんばれ」」


 徹夜コースの入口に立っている職員たちに一言残すと、弥乃梨と紫姫は彼女らの作業部屋を後にした。寒いので、もちろん部屋を出た後は扉を閉める。偽りの黒髪が作業する一方、紫姫は来た時と同じように彼のパーカーの裾を掴む。


「だいぶ軽くなったな」

「あの部屋だけで三箱消費したんだ。当然だろう」


 『黒白』が最初に訪れた作業部屋は、五階の備蓄庫より小さいとはいえ広い部屋だった。普段はどういう使い方がされているのか不明なものの、市民向けに一般開放されている部屋の一つか、若しくは会議室と考えるのが妥当だろう。


「次は五階か……」

「五階はあまり電気が点いていないような気がしたが……」

「そりゃ、五階は備蓄庫と市議院しかないからな。どちらも閉鎖空間だろ?」

「うむ」

 

 ここで、紫姫がこれから届ける人達がどういう人達なのか察した。


「……これから届けるのは、議員さんなのか?」

「市議会で二百人も議員が居ることに驚きだけど、可能性はゼロじゃない」

「なぜ二百人だと考えるんだ? 残りの弁当の数は残り二百を切っているし、普通は多めに詰め込むものじゃないか。だから、おおよそ百五十名だと思う」


 弥乃梨も紫姫もこれから弁当を配布する人数を考えたが、そもそも『黒白』は現在ギレリアル政府の配下にある。いくらギレリアル軍が作戦を考えようと指揮を執るのはギレリアル政府な訳で、二人が責任を負う必要はない。『黒白』は、弁当が足らなかった時に不足分の数量を報告するだけでいいのだ。


「紫姫、不毛な議論はやめようぜ」

「ちょうど、我もそう思ったところだ」

「そっか。――じゃ、さっさと五階に飛びますかね」


 弥乃梨がそう言うと、紫姫はそれまでより強く彼のパーカーの裾をぎゅっと掴んだ。偽りの黒髪は魔法使用を宣言し、六階に降りてきた時と同じように五階へ降りる。もちろん、到着した場所は階段と通路の境界線付近だ。


「市議院は――こっちだな」


 五階は、備蓄庫と市議院しかなかった。トイレや自販機が置かれていないわけではないが、これらは特筆すべきでない。弥乃梨はロリ市長に備蓄庫へ案内された時に通った場所であることを思い出し、逆の方向へ行けばいいと考えて、彼は自分が思った通りの行動を始める。


「携帯電話? 何に使う気だ?」

「まあ、見てろって」


 紫姫は、自分が欠けていた時に必死に頑張ってくれていた。弥乃梨は「ありがとう」と口頭で言うことに抵抗を感じていなかったが、こういう急ぐべき場面だとやっぱり照れくさい。恩を返すことで思っていることを伝えようと考え、偽りの黒髪はポケットからスマートフォンを取り出した。


「今の携帯電話は懐中電灯にもなるのか!」

「昔とは比べ物にならないほど便利な時代になってるからな」

「ふむふむ」


 頷く紫姫。だがすぐ、彼女はムスッとした表情を顔に浮かばせた。


「けれど、なぜ最初から使わなかったんだ?」

「電池の残量が気になるからな」

「『いじめたかった』とか、そういう利己的な理由からではないのか?」

「ごめん、それが一番の理由だ」

「そうか」


 弥乃梨は怒られること覚悟で自白したが、紫姫は感情的にならなかった。怒ることもなければ、泣くこともない。しかし唯一、彼女が思った感情があった。偽りの黒髪の服の裾を握る強さを弱めた後、紫髪が笑みを浮かべたのである。


「だが、構わん。実害を与えないいじめなど痛くも痒くもないからな」

「もしかして、紫姫っていじめられて喜ぶタイプ?」

「それは違う」

「そうか」


 上がり調子になりそうだったが、聞き返したい気持ちを殺して弥乃梨は紫姫の主張をただ受け止める。紫髪は暗闇を大の苦手としていたが、偽りの黒髪が場を盛り上げてくれたから、懐中電灯を点けてくれたから、『黒白』の間で交わされる会話はいつもと同レベルに弾んだ。


 そうこうしているうちに、二人は市議院の部屋の扉の前に到着する。明るめの照明が映しだした一本の道を進んだ先には、茶色く塗色された木の扉が見えた。同時、警備員の女性が懐中電灯の光で照らされる。


「(さすがに怖がりすぎだろ、紫姫……)」


 暗闇の中に突然姿が浮かび上がれば、怖がるのは必然といえる。なんとか心の中で抑えられたが、危うく弥乃梨も震えるところだった。一方、紫姫は偽りの黒髪の服の裾を強く掴んで主人の後ろに隠れる。端から見れば、兄と妹だ。


「夕食を届けに来たんですが――」

「まもなく休憩になるので、しばらくお待ち下さい」


 警備員からそう言われ、弥乃梨はそこに弁当の入ったダンボール二箱を置く。『しばらく』と言っても五分は掛かるだろうと考え、壁に寄り掛かって待機することにした偽りの黒髪は紫姫を連れて移動した。が、予想外の展開が起こる。


「三十分の休憩を取るみたいです。ご案内致しますので、準備して下さい」


 置いた段ボール箱二つを再び持つと、まもなく警備員が扉を開けた。作業の支障になるため、紫姫は光を受けた刹那に弥乃梨から若干離れる。市議院の中にはアラサー以上の女子しか居ないと決めつけていたが、今日行われていたのは特殊な会議。フルンティ市内の高校の生徒会長百六十名が、色々と話し合っていた。


「二列に並んで下さい。トイレを済ませておきたい方は、退場して下さい」


 アナウンスが入り、『黒白』の後ろを通って二十名くらいが暗闇の中に消えていった。翻り、弥乃梨と紫姫はダンボール箱を床に置いて弁当の配布を始める。



 先ほどと違って市議院には教養のある人しかおらず、二人ともスムーズに作業を進行できた。他に用事はないので、済んだら空き箱を持って八階に戻る。少しでも早く戻ろうと、弥乃梨はテレポートを使用した。

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