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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-43 ダークネス・ディナータイム

 ニコルの指示で、弥乃梨たちは市役所庁舎の八階に移動した。七階、八階、九階に避難者たちが一時的に過ごす会議室がある訳だが、あまりにも静かで、六階と五階で徹夜を覚悟して働く職員たちの声が聞こえる。彼女らは外部との連絡を取り続け、支援物資を依頼したり、明日以降の復旧作業で手伝ってくれる人を募集したり、自分たちにできる精一杯のことをしていた。


 同じ頃、ニコルの胸ポケットに取り付けられていた無線機に連絡が入った。イヤホンでもして通信するのかと思いきや、その機器は取り外し可能。ポケットからシュッと取り出すと、陸軍大将はそれを口元に当てて支援物資を輸送する担当者と交信した。


『これより、明日朝六時三十分まで一時間(ごと)に食料を届けに向かいます。屋上にヘリを着陸させるので、準備をお願いします。なお、支援物資は五階備蓄庫に運ぶよう指示が入っています』

「了解」


 ニコルは短く返し、通信機器を再び胸のポケットに取り付ける。作戦は緻密に計算された上で遂行されていて、ラクトが気を利かせてペンライトを生成しようとしても、陸軍大将はそれを拒否した。今度は、弥乃梨が支援物資の運搬作業の手伝いを頼む。しかしニコルは、これも拒否した。


「君たちには被災者の相談役になってもらいたい。運搬作業は軍が担当する」

「こう言っちゃなんだが、ニコルも軍人とはいえ女性だし――」

「君の彼女の胸は脂肪かもしれないけど、僕の胸は筋肉が主でね。お姫様扱いされるのは嫌じゃないけど、少なくとも、僕は今の君より強い力を持っている。だから気にしなくていい」

「……分かった」


 弥乃梨は悔しそうに言った。でも、すぐに屈辱感は晴れる。ニコルが、自分達のことをを遠回しに心配してくれていたことに気付いたから。ニコルが、今の自分達に一番向いている職務を与えてくれたから。そう思えばそう思うほど、心の中に温かさが込み上げてきた。でも、感謝の気持ちは伝えられない。


「あれ、居ない……」


 ありがとう。喉から出かかっていたその五文字は、心へと送り返された。感謝の気持ちを伝えようとした時にはもう、ニコルは弥乃梨の視界から消えていたのである。だが、悔しさはなかった。陸軍大将が作戦を開始するために屋上へ向かったのだと思って、彼はむしろ前向きに捉える。


「……ラクト?」


 前向きに考えたのも束の間。数十秒の間のうちにラクトが失踪していた。弥乃梨は、彼女の名前を連呼する。最初のうちは近くに居ると思って小さな声で呼んでいたが、いくら経っても現れない。そんな時、魂石から溜息とともに精霊が出てきた。偽りの黒髪の注意は嘆息に向かい、キョロキョロとしているうちに彼は魂石が光を帯びているのを確認する。


「貴様は馬鹿か。ラクトはトイレだ」

「よかった……」

「だが、すぐ帰ってくるとは思うな。ここに居る人達だけで一つの村が出来るくらい、この避難所には人がたくさん居る。早くて三分、遅くて五分は見積もったほうがいい」

「俺には考えられないぜ……。てか、トイレ設備は壊れてないのか?」

「壊れている。だから皆、災害時用キットを持参して個室に入る」


 紫姫はそう言ったが、実際のところ、壊れているのは四階以下にあるトイレだけだ。津波によってパイプが破壊され、満足な設備がかっさらわれてしまったのである。裏を返せば、五階より上の階のトイレは水が流せることになる。しかし、下階とパイプが繋がっていない以上、汚水を外に垂れ流すことになる。だから皆、ダンボールと袋を持参しているのだ。


「でも、ラクトは持ってないだろ?」

「貴様は本当に馬鹿だ。そのような思考回路で我に命令していたと考えると、ゾッとする」

「……紫姫も結構、毒吐くんだな」

「親しくない相手には吐かないぞ。そこらへんの礼儀は弁えている」

「そっか。――で、俺の愚問に対する回答は?」

「おっと、すまない」


 脱線した話を元に戻す弥乃梨。紫姫は主人を真似し、咳払いしてから言った。


「ラクトは、人の心が読める上に物体を生成できる。加えて、化学の知識を持っている。ビニール袋やダンボールを作るのはもちろん、情報収集にも困らないだろう」

「確かに」

「だから、心配は要らない。ここで待機しているだけで良いのだ」

「じゃあ、付き合え」

「そそそ、そんなっ、貴台には彼女が――」

「その『付き合え』じゃなくて、雑談に『付き合え』って話だ。言葉足らずで悪かったな」


 弥乃梨の本意を聞き、紫姫はホッとして両手をクロスして胸に当てる。主人への恋愛感情が消えた訳ではないけれど、カルテット内唯一のヴァージンガールは貞操観念を大事にしていた。いつものクールな彼女が動揺した姿を見て、弥乃梨は封じていたはずの愛でたい感情を呼び起こしてしまう。


「クールじゃない紫姫って、小動物っぽいよな」

「ポンポンするなっ、やめっ……」


 紫姫の頭をポンポンすると、彼女は髪を揺さぶったりして抵抗した。でも、魔法を使わない時なら、弥乃梨のほうが紫姫より圧倒的に力が強い。偽りの黒髪は必死に抵抗する紫髪を見て可愛らしさを覚え、顔を綻ばしながらとポンポン攻撃を続けた。途中からは、ナデナデ攻撃に切り替えた。




 かれこれ四分が経過した頃。『早くて三分、遅くて五分』という紫姫の予想が見事に的中し、用を済ませたラクトが戻ってきた。でも、まず彼女の目に入ってきたのは、自分に見せたことのないようなニヤケ顔になっている彼氏の姿。赤髪は勝手に場を離れたのを謝ろうとして急いで戻ってきたが、やめた。


「ねえ、弥乃梨」

「あっ、いやっ、これは訳が……」

「紫姫を愛でたい気持ちは分かる。この小動物を撫でたい気持ちも理解できる」

「……あれ?」


 言葉でも暴力でも、ガツンと一発入るかと思いきや違った。


「けど、そのニヤけ顔はなんなのさ。もはや犯罪者の域に達してるよ」

「え、嫉妬とかじゃなくて、俺の顔の話……?」

「もちろん妬いてないわけじゃないけど、ただ、撫でてる相手が仲間なわけで」

「わけがわからないんだが」

「要するに!」


 少し大きめの声を出して弥乃梨の注意を自分に注がせた隙に、ラクトは紫姫を自分の方に抱き寄せた。彼女は精霊を自分の横に配置すると深呼吸し、彼氏に人差し指を向けた。


「紫姫は私のものってことだよ」

「契約が上書きされた……だと?」


 とはいえ、それはボケに対するツッコミのようなもの。弥乃梨と紫姫の契約は変更されていないし、ましてや破棄されただなんてとんでもない。そんなとき、ようやくナデナデ攻撃から開放された精霊が、漫才のような何かをする二人に――否、だいたいラクトに対して攻撃を仕掛けた。


「弥乃梨よ。ラクトは貴台に撫でて欲しいだけなんだ。存分に撫でてやれ」

「ここに来てネタにマジレス……って、おい!」


 紫姫は言いたいことだけ言うと、そのまま魂石に戻った。フリーダムな精霊によって行われた反撃は、弥乃梨とラクトの間に気まずい雰囲気にさせる。十秒くらいが経過し、覚悟を決めた二人は口を開いた。が、喋り出したのはほぼ同じタイミング。もしも台詞が同じだったなら、確実にハモっていただろう。


「なあ」「ねえ」


 二人の間に、再び話しづらい囲気が漂う。先ほどと同じくらい経過したあたりで、ラクトが「どうぞ」と言った。弥乃梨はそれに「おう」と答えたが、恥ずかしさから顔はそっぽを向いている。


「な、撫でるぞ……」

「なら、こ、こっち向いてよ……」

「ラ、ラクトこそ顔を上げろよ……」


 弥乃梨は、ラクトの言ったとおり彼女のほうに視線を向けた。ラクトは、弥乃梨の言ったとおり頭を上げて彼氏のほうを見る。しかし、またも同じタイミングで行われた。目と目が逢って恥ずかしくなった二人は、一気に頬を赤く染める。でも、もう視線を逸らさない。決心して、弥乃梨はラクトの頭に手を置く。そして、彼女の頭の上で優しく滑らせる。


「……僕の言ったこと、忘れたのかな?」


 その時だった。横から聞き覚えのある声が聞こえた。同時、二人の頬は一気に放熱を始める。瞬間冷却スプレーを使った後のような清涼感を通り越して、凍え死にそうな冬の寒さが二人を襲う。それは、窓が割れているかと疑いを掛けたくなるほどだった。


「若々しいとはいえ、公共の場でイチャイチャするのはどうかと思うな」

「ごめんなさ――」

「僕、さっき態度で示せって言ったよね?」

「あ……」

「まあ、そんなに気にしなくていい。取りあえず、これ届けてくれる?」


 言われるがまま、弥乃梨はダンボール一箱を受け取った。同頃、ラクトにもダンボールが手渡される。とはいえ、それは偽りの黒髪の受け取ったダンボール箱の半分くらいの大きさだった。よく見ると、赤髪が持っているダンボール箱には『被災者用』と書かれている。一方、弥乃梨のダンボール箱には『職員用』との記述があった。


「弥乃梨くんが持ってるのが、職員用三〇〇食のうち六分の一。ラクトくんが持ってるのが、被災者用一万食のうち一〇〇分の一。職員用は徹夜を見越して弁当、被災者用はおにぎりだ。二三時以降は就寝時間としているから、それまでには配り終えなければならない。まあ、大丈夫だろうが」

「わかったよ。魔法使用可能者は増員したほうが良いか?」

「職員用に関しては全て弥乃梨くんに任せるから、したければしてくれ」

「全て任せるって、まさか、配給作業を俺一人でやれと?」

「仕方ないじゃないか。女声のほうが安心感を生み出すのは事実なんだし」


 どれほど高い声を出そうとしても、変声期を過ぎた弥乃梨に女声は出せない。女を演じるために使っている今の声が限界だ。しかも、役所に居る男は弥乃梨ただ一人。オスティンという性犯罪者が出没したこともあり、被災者が男に対して悪い印象を持っている可能性は高い。それなのに暗い部屋で低い声を発せられたら、安心感が湧くはずなかった。


「まあでも。出来れば、さっきのバトルで渦中に居た銀髪の子と紫髪の子が欲しいね。二人とも優しい声質だし。それに、彼女さんと精霊を同行させていたほうが、君も安心だろう?」

「そうだな」

「ということは、決まりということでいいのかな?」

「まあ、そういうことだ」


 そう言い、弥乃梨はアイテイルとサタンを呼び出す。オスティンの『欲望再現クリエイト・デザイア』の被害者となった二人だが、すでにボランティア活動をしても問題のない格好になっていた。主人は精霊達の姿を見てホッとひと安心した後、激励して背中を押してあげる。


「魔法を使う場面は無いと思うが、自分の持てる精一杯の力を発揮してこい」

「はい」

「了解です、先輩」


 憂鬱になってしまったかと思いきや、オスティンの件が弥乃梨サイドの圧倒的勝利で終わったことで、二人とも元気を取り戻していた。もっとも、傷ついた心が完全に修復されたわけではない。顔の左半分には本当の自分が映し出されるというが、二人とも満面の笑みではなかった。けれど、一件を忘れようと努力しているのは鮮明に伝わった。


「頑張ってこいよ」


 二人の表情をじっくりと見た後、弥乃梨は頬を緩ませてもう一発激励した。その後で、ニコルから食料の保管場所が伝えられる。


「食料は屋上階段にある。テレポーターの弥乃梨くんなら、問題ないね」

「ああ」

「じゃ、作戦開始だ。速やか、丁寧、正確に。この三つを柱に活動してくれ」

「はい」


 八階に居た配給作業に従事する者達は、ニコルの話に対して息のあった返事をした。それは、弥乃梨の配下にある召使や精霊も例外ではない。厚みのある返事だってので周りを見渡してみると、陸軍大将の後ろには兵士がたくさん居た。ニコルの着ている迷彩服と同じ点から、彼女らがギレリアル連邦陸軍に属していることが分かる。


「(陸軍本気出してんな……)」


 緊急事態では軍隊に頭が上がらないということを、弥乃梨は改めて知った。だが、いつまでも弁当五十個が入ったダンボール箱を斜めにしているわけにはいかない。偽りの黒髪は、陸軍兵士の長い長い列を逆走して六階を目指した。彼は途中、六階と五階の踊り場で紫姫を呼び出す。


「ここで呼び出すな鬼畜め。我が暗闇に弱いことは既知の情報だろうに」


 光がない場所だと、紫姫は足手まとい以外の何物でもなかった。これこそが、オスティン戦でサタンとアイテイルが傷ついているのに自分から魂石を出なかった理由である。でも、今回は命令に近い呼び出しだったから、紫姫は魂石に戻らない。そのかわり、弥乃梨のパーカーの裾を掴んだ。


「こわい……」


 カチカチとかキュッとか喋り声とか、踊り場に居ても作業によって発生する音が聞こえる。だから、怖がるのも無理なかった。でも、こうなると階段を昇降できたもんじゃない。弥乃梨は嘆息を吐いた後、踊り場から六階の床までテレポートした。階段に沿って移動したほうが早いのだが、物を運んでいることもあるので、敢えてテレポートで移動する。



 月光を右に見ながら六階の通路を進み、直角の曲がり角を左に曲がる。それまで照明はどの部屋にも灯っていなかったが、そこでやっと人工的な明かりを発見した。暖房器具を使うほどではないが、寒い。職員も弥乃梨と同じことを考えていたらしく、作業部屋のドアは閉まっていた。


「お弁当を届けに参りました」


 トントン、トントン、と二回ノックを二度行ってから扉を開ける弥乃梨。ほとんどの職員から注目を集めた時はどうなるかと思ったが、『お弁当』という単語を聞くと、彼らの目は優しい目に変わった。一方、紫姫は裾掴みをやめて主人のサポートに回る。


「一人一食いくので、一列に並んで下さい」


 紫姫の言葉を受け入れ、職員たちは一列に並んだ。規律正しく列を作る光景を見て、弥乃梨はここが日本のように感じる。だが、見ているだけでは何も始まらない。箱に貼られたガムテープを剥がすと、彼は紫姫に指示を出してから屋上と九階の踊り場を目指した。


「あと五箱持ってくるから、先に配っててくれ」

「了解した」

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