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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-41 欲望再現《クリエイト・デザイア》-Ⅲ

 フルンティ市内に電気は供給されていなかった。普段なら見えないはずの星々が、くっきりと黒色の空に浮かんでいる。津波警報は未だに解除されておらず、浸水被害も継続していた。行政は行方不明者のデータ抽出作業に必死になっている。決して明るくない部屋でペンを走らせ、キーボードをタイプしていた。


 外は寒く、海から山から吹く風がさらに体感温度を下げさせる。けれど、その場に居た全員が戦意だけで体感温度を上げていた。もちろん、夏に海ではしゃぐ要領でヒャッハーすることなど出来ない。でも、体温が上昇していたのは確かだった。その熱さはまるで、長距離走をし終えた後のような――。


 市役所の照明が、暗闇の中にバトルフィールドを形成する。相手の顔はくっきりと見えない。見えるのは相手が何を考えているかだけだ。まさに一触即発、一歩でも動けば戦闘の開始の状況である。そんな中、先陣を切ったのはオスティンだった。


「――ノルン、召喚サモン――」


 手始めに、彼は召使を召喚した。一方、サタンは周囲に『跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド』を展開する。魔法供給源が近くにあることは、彼女にとって大きな心の支えだった。しかし、バリアを形成しても破壊されるのがオチだ。『欲望再現クリエイト・デザイア』のチート性はトップクラスを誇るのだから。


 加えて。この『ノルン』という召使、時空を自由に操れる能力保持者だった。しかもそれは、紫姫の比ではない。第三の精霊が十二秒なのに対し、ノルンは百二十秒。紫姫の『時間停止』より十倍も長い二分間もの間、時間を停めることができた。しかし、初手で飛んできた魔法は実に非道なものだった。


「――沿革操作ウルズ・オペレート――」


 刹那、サタンの脳裏に過去が想起された。心臓に金属片が衝突したような感覚を覚える。思い出したくないオスティンと過ごした日々を、『沿革操作』の効果によって強制的に思い出してしまう。実に耐え難い苦痛だったが、バリアが弾いてくれない以上は顔を左右に振って抵抗するしか術はない。


「ああ、その顔だ! 僕が待ち望んでいたのは、そういう抵抗する姿だよ!」

「や……め……ろ……」


 思考回路を操作される中、サタンは脳の中の残されたエリアを使って抵抗する。しかし、女に屈辱的な攻撃をすることが好きなオスティン。彼が自分の意思で攻撃を止めることなど有り得ない。


「――現時調査ヴェルザンディ――」


 次に行われたのは、サタンが何を考えているかの調査。つまるところ、成分分析だ。転用すれば、心を覗くことが出来る。もっとも、『現時調査』に攻撃力はない。今相手が抱いている感情を覗くだけで掘り起こすことはなく、屈辱を与えないからだ。本命の攻撃は、ここからである。


「――未来通知スクルド・レポート――」


 サタンは、『現時調査』で何が行われていたか把握していなかった。警戒に当たる一環でノルンの心を覗いた時にようやく把握したが、時既に遅し。理解して一秒も経たないうちに、運命の女神は長いほうの紫髪の未来を通知した。


「貴方が主人と結ばれる可能性はゼロパーセントです。恋心を棄てて下さい」

「え?」

「もう一度言いますね。――純情な乙女ぶる必要はない、と言っているんです」

「私はキャラクターを作ってなんていません」

「嘘を吐くのは止めて下さい」


 言うと、ノルンは『沿革操作』と『現時調査』で得た情報を使って、サタンを精神的に追い詰めていく。同頃、魂石を通して戦闘を傍観していた弥乃梨サイドのうちラクトは、運命の女神が何を行おうとしているか心を読んで把握した。


「精霊を……暴走させる?」


 ノルンはサタンとオスティンが戦闘を決定した場に居なかったが、彼女はオスティンの配下に属している。主人から命令という形式で使用する魔法が通達されれば、サタンとの言い合いで何が言われたか把握することが可能だ。


「私たちが干渉できないから、暴走させて魂石に戻さないといけない事態を作り出し、条件を出した上で自分の命令に従わせる……」


 そこで、サタン言っていた。「私の戦いに干渉するな」と。あくまで戦いは最終手段とし、原則議論によって結論を導こうとしている弥乃梨サイドにとって、協定のようなものに違反するという行為は痛手以外の何物でもない。


「でも、計画通りに進むとは限らないだろうし……」


 刹那、ラクトは肝心なことに気づいた。ノルンの『未来通知』が、未来の確率を予想しているということに。もしも、『未来通知』で結末を把握してから三種の魔法の使用を指示し、サタンを追い詰めているのだとすれば――勝率はゼロ。しかし、サタンの戦闘に干渉することは出来ない。


 翻り、オスティンとノルンはサタンへの精神攻撃を続けている。黒歴史を掘り出されては刳られ、精霊罪源は稔のもとで戻した笑顔と優しさを失っていく。終いには顔を横に振ることも出来なくなり、涙を頬に流してしまった。


「おやおや? サタンさん、涙を流されてるんですか? 嫌だなあ。君にしつこく教えたはずじゃないか。精霊が涙を流したら天国の提督が泣くよ、とね」


 オスティンはサタンを鼻でふんと笑う。だが刹那、態度が一変した。


「――涙を流せば許される、なんて考えが通用する主人様で良かったな!」


 いきなり怒鳴り声を上げると、オスティンは『欲望再現』を使ってサタンを全裸にした。最凶と恐れられていたはずの彼女だが、今の精霊罪源には抵抗する気などない。目のハイライトは失くなっていて、俗にいうレイプ目になっていた。もう、そこに自信や優しさに満ちていたサタンは居ない。


「いい目をしている。――身体は貧相だがなッ!」

「うごっ……」

「どうせ子供なんか産めねえんだし、子宮破裂させっかな」

「――」

「なんか言えや畜生ッ!」

「かはっ……」


 オスティンは『欲望再現』でバリアを破壊すると、サタンのすぐ目の前まで移動した。彼は無抵抗になったことと降伏することをイコールで考えておらず、目を覚ますために紫髪の腹部めがけて強いパンチを入れる。


「やめて……」


 涙が止まらなかった。しかし、なおも攻撃は続く。


「誰かの下に居ないと生きれない分際の癖に、馴れ馴れしくすんなクソアマ!」

「ひっ……」

「教えたよな、『目上の人には敬語を使え』と。主従関係について、あんなに口を酸っぱくして僕は言ったはずだ。堕ちたもんだな、お前も」

「ごめん……なさい」

「あ? 何か言ったか?」

「ごめんなさい」

「声量とは言ってねえ。感情がこもってねえってことだよ、クソアマ」


 オスティンの顔の表情、声、態度、全てがヤクザのようだった。ついさっきまで見せていた温厚な様子はどこにもない。サタンはまるで洗脳されたかのように、レイプ目のままで彼に要求に従った。


「私よりも目上の方であるオスティン様に無礼をはたらいてしまったことを深く反省し、今後このようなことを二度としないことを誓約させて頂きます」

「自分に非を感じているなら、賠償してもらわないとな」

「……どのようなことを致せばよろしいのでしょうか?」

「今の主人との契約を破棄して、僕と契約しろ」


 目にハイライトを失っていたサタンは、オスティンの言葉を聞いてはっとした。身体のありとあらゆる部位に電撃が走る。無抵抗だった頃の自分の異常さに気がつくと、精霊罪源は身震いした後で自責した。


「……それには、応じられません」


 サタンは小声で、しかし、はっきりとワンフレーズずつ刻んで話した。弥乃梨との契約が、オスティンの言葉に勝った瞬間である。


「要するに、さっきのは虚偽の誓約ってことでいいんだな?」

「決してそういう訳では――」

「上の人間に逆らうのは敬意を払ってないことと同義なんだよ、クソアマが」


 その語尾を聞いた瞬間、サタンは凄まじいスピードで後方に移動した。一秒もしないうちに、オスティンが拳で放物線を描く。精霊罪源はこの隙を逃さなかった。複製していた仲間の特別魔法を、半ば反射的に使用する。


「――麻痺パラリューゼ――」


 対象者は二名、オスティンとノルンだ。サタンは宣言してすぐに目を瞑り、飛行高度を維持しながら『現時調査』に引っ掛からないことを祈る。双方とも口を閉ざして五秒が経過した頃、精霊罪源は少しずつ目を開けていく。


「……よくもやってくれたね、サタン」

「あ――」


 サタンがオスティンの顔を捉えたとき、彼との距離はわずかに五十センチだった。狐は、仮面を外して笑みを浮かばせる。無言の五秒は、オスティンサイドが余裕を見せていただけに過ぎなかった。


「……逃げたから、二倍にするよ?」

「嫌、嫌、嫌、殴らないで!」

「ダメだよ、悪い子にはお仕置きしなくちゃ。……なあ、そうだろ?」


 言うと、オスティンはさらに近づいてサタンの胸倉を掴んだ。精霊罪源は勢い良く首を横に振る。彼女の瞳からは涙が溢れていた。けれど、オスティンは泣けば許されると思う奴を非常に嫌っていた。だから、そんなの火に油を注ぐだけ。彼の「殴ろう」という気持ちを高める要素にしかならなかった。


「反省しろッ――!」


 オスティンは二度目の怒鳴り声を上げ、サタンに対し、『欲望再現』から『透徹緊縛リストレイン』を使用する。怒号に腰を抜かし、サタンは抵抗する術を失う。とはいえ、オスティンは麻痺状態にあった。彼の拳がサタンの身体に触れるまでは、それまでのパンチの時より時間に余裕がある。

 

 そのわずかに出来た余白の中で、市役所付近に希望の銃声が響いた。オスティンが拳で放物線を描く一方、発射された銃弾は綺麗な直線を描く。比例定数は三、切片は一。広い変域を持つ右上がりの直線が、黒い街に浮かんだ。


「な、何が起こった……?」


 オスティンはノルンに『現時調査』の使用を指示し、並行して込めていた力を弱める。それから十秒くらいして調査結果が出たが、彼がサタンと戦い始めた時から何一つ変わっていなかった。役所五階で仲間の健闘を祈る弥乃梨たちにも、これといって動きはない。


 しかし、銃弾は目標地点を目指して突き進んでいた。距離が近づくにつれ、速度がどんどんと伸びていく。そして、発射から十五秒した時。オスティンが安心して殴ることを再開した刹那、彼は言葉にできないくらいの激痛を覚えた。


「マス……ター……?」


 暗闇の中だったから、サタンもノルンも何が起きたか状況を把握するのに時間が掛かった。けれど、オスティンの姿を見て二人は目を丸くする。あまりのショックに、ノルンは気絶しそうだった。同頃、サタンは肌が赤く染まっているのに気づく。触れてみるとそれは液体で、温かかった。


「これって、オスティンの血液なんじゃ……」


 直径十二センチくらいの円がいくつも重なり、オスティンの背中、心臓、胸板を通るトンネルを作っていた。血液は周囲に飛び散り、血の量が足りなくなったオスティンの身体は危険信号を発する。


「助けに行くぞ、ラクト。怪我人に敵味方なんか関係ない」

「そうだね」


 サタンの心を読んで現在の状況を把握すると、弥乃梨とラクトはオスティンを助けるために現場へ急行する。二人は「干渉するな」と精霊罪源に釘を押されていたが、人助けは別枠と考えていた。



 到着してまもなく、弥乃梨はノルンに言った。


「ノルンが俺に暴力を働かなければ、俺はお前を大切に扱う。もしもオスティンを助けたいと思うのであれば、少しだけ、俺の指示に従ってくれないか?」

「わかりました」


 強情そうに見えて、実は心配性。主人思いのノルンは、「マスターを助けるためならば」と弥乃梨の考えに賛同した。


「サタンはさっさと麻痺状態を解除しろ。そして、魂石に戻って服を着ろ」

「了解です、先輩!」


 動揺しながら返答し、サタンはすぐに『麻痺』を解除リリースする。そして、指示通り魂石に帰還した。同じ頃、ラクトがオスティンの呼吸の有無を確認する。だが、時は既に遅かった。彼の身体は冷たく、脈も完全に止まっていた。


「ノルン、残念だけど……」


 オスティンの命が途切れないことを祈っていた彼女は、その事実を聞いて溢れんばかりの涙を流した。冷たくなった主人の身体を抱きしめると、余計に涙と声が出てくる。しかし、現実は彼女をさらに蹴り落とした。


「マスター……」


 結晶が砕ける音が、黒い街に響いた。オスティンと過ごしてきた日々が、ノルンの脳内で再生される。涙と悔しさと怒りが、彼女の心の中で込み上げてきた。しかし、砕け散って消失した結晶の行方を追いかけはしない。無力な自分に嫌気が差したノルンが、それまでのキャラクター性を豹変させたのだ。


「貴方が、もっと早く診ていればよかったのに」

「でも、オスティンは即死した。これは結果論だけど、弥乃梨と私が仮に全速力で駆けつけても、ノルンのマスターは助けられなかったと思うよ?」

「……演技するのやめてもらえませんか?」

「私は演技なんかしてない!」

「嘘! 貴方の仲間がマスターを殺して、貴方はマスターを助けるフリをしているのよ! 仲間に銃の扱いが上手な人が居るんでしょう?」


 ノルンの言うことに、ラクトがドキッとしたのは確かだった。しかし、赤髪は銃の扱いが上手い人――紫姫のことを信用する。彼女は首を左右に振ると、短いほうの紫髪がオスティンを射殺していない理由を話した。


「確かに、銃の扱いが上手い人は私たちの仲間に居る。だけど、その人はサタンの戦いに干渉しなかった。つまり、自分の生活スペースから出ていないんだよ。それに、彼女が使用する銃は銃弾に金属を使わない。空気を使うんだ」


 ラクトがそう言うと、ノルンは再び難癖を付けた。すると――。


「いいや、彼女の言い分は正解だよ。撃ったのは僕だからね」

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