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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-40 欲望再現《クリエイト・デザイア》-Ⅱ

「だからさ、――バリアなんて無意味なんだよ」


 オスティンは言うと、再び破顔した。魔法使用宣言は無理して口頭でする必要がない。弥乃梨と紫姫には、狐の魔法が発動するまで使用宣言をしていないように見える。それはアイテイルも同じだった。相当な火力の魔法でなければ破壊されない『跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド』だが、魔力を自由自在に使える狐にはそんなの関係ない。


「きゃあああああっ!」


 服を溶かされ、アイテイルは全裸にされていた。口頭で宣言が成されていれば、多少は抵抗する余地があったが、オスティンは無言で魔法使用宣言を行ったも同然である。身体をジタバタと動かすことも出来ず、銀髪は生まれたままの姿を晒しながら悲鳴を上げる事しか出来なかった。


「やろうと思えば、僕は時間だって止められる。そうすれば魔力を無限に享受できる。アハハハ!」


 オスティンに人食趣味があるとは考え難いが、彼の発言から考えるに、時間を止めて抵抗できない精霊をレイプする可能性は極めて高い。それにオスティンは、紫姫と違って魔力が言うことを聞く範囲内ならいくらでも時間を停止できる。魂石に戻れないアイテイルとラクトは、被害者になるリスクが異常に高かった。


「いいんですか? これでも僕、有言実行する方ですけど……」


 ニヤけるオスティンに対し、紫姫はプルプルと震えている。弥乃梨は同頃、狐の行動を封じてアイテイルを救うためにはどうすれば良いか考えていた。二案にまとめると、主人は一つ目の案を精霊の耳元で告げる。隙を突かれて攻撃されたり盗聴されたりしないよう、偽りの黒髪は細心の注意を払った。


「こそこそ話ですか? まあ、そんなの僕は瞬時に解析できま――」


 『黒白』の間で疎通が取れていたことが功を奏し、オスティンが余裕をぶっこいたところで『時間停止タイムストップ』を使用できた。弥乃梨は、一秒経過したところで駆け出す。紫姫は、一度戻した魔法打消銃を再び展開する。そして、この作戦が成功することを祈って手を合わせた。


「アイテイル! 今、助けてやっからな!」


 見えない縄を切るのは困難を極めた。腹部に刃が当たれば信頼を失うことになるし、縄に当たらなければ再チャレンジまで一分待たなければならない。それに、アイテイルのムチムチとした身体は相当な脅威だった。普段こそ弥乃梨はすました顔で居るが、中身は年頃の男子なのである。


「当たれえええええッ!」


 片方の剣を床に置き、弥乃梨は勢い良くアイテイルの皮膚めがけて刀を振り下ろした。剣はラクトに迫るほどの双丘スレスレを通過し、へそを右手に見て太ももへと接近する。赤色の液体を見たくてやっている訳ではないので、偽りの黒髪は剣に放物線を描かせた。


 刹那、剣が床に落ちる。寸秒、アイテイルが体勢を崩して前方に倒れてくる。


「もう、大丈夫だからな……」


 弥乃梨は銀髪のことを抱きかかえた。安心させるために背中を擦ろうとしたが、しかし、残された時間は五秒を切っている。魂石に戻すことも考えたが、やったことのないことを行って失敗した際のリスクが高すぎたので、主人はアイテイルとともに紫姫の居る場所へ戻る。胸に視線を向かわせないようにしつつ、偽りの黒髪は銀髪をお姫様抱っこして走った。


「――空冷消除マギア・イレイジャー――」


 弥乃梨が紫姫とすれ違うやいなや、紫髪はオスティンに向けて発砲した。少し経って、偽りの黒髪はラクトの居るバリア内にテレポートする。絶望からほぼ復活していた赤髪は、二人が着いてすぐに服の生成に取り掛かった。一方、弥乃梨は元の位置に戻る。再び、戦闘態勢に切り替える。


「なるほど、そう来ますか」


 紫姫が撃った空気の銃弾は、見事オスティンの右肩に命中した。『欲望再現クリエイト・デザイア』を使うために手を動かす必要がある。片方の手を一時的に使用不能に出来、紫髪はガッツポーズを浮かべた。しかし、すぐに表情を変化させる。狐は回復に魔力を用いず、違う特別魔法に魔力を注いだのだ。


「――反撃の狼煙(リターン・ショット)――」


 魔法使用宣言からまもなく、耳が壊れそうになるほど大きな音が建物内に響いた。何が起こったかと思えば、オスティンが上層階に向かって左手を広げて向けている。嫌な予感しかせず、弥乃梨も紫姫も神経を尖らせた。使用から五秒くらい経った頃、辺りに轟音がこだます。同時、光が消えた。


「これは、僕の計画を見事に壊した君たちへの褒美だよ」

「ふざけるな! 何が褒美だ!」

「サタンを早く僕に譲渡しておけば、こんなことにならなかったのに」

「オスティンは、サタンともエーストとも契約を絶ったはずだ」


 弥乃梨が正論を並べて論理的に攻める一方、オスティンは威圧感を前面に出して感情論で攻める。


「契約を破棄した覚えなんか無いんですけどね」

「ならなぜ、俺の指示を聞く? なぜ俺がエーストが入る魂石を持っている?」

「そんなの偽物でしょう」

「ならなぜ、オスティンは偽物の精霊を自分の配下にしようとしているんだ?」

「――」


 論争において、言ってしまった言葉を取り消すことは簡単にできない。いくら丁寧に綺麗な言葉で釈明しようが、発言したという記録は残る。オスティンは、墓穴を掘った自分に強い苛立ちを覚えた。しかし、暗闇で無闇に暴力を振るっても、自分の首を絞める行動以外のなんでもない。狐に残された手段は、口籠るということだけだった。


「それに今、お前が返還を求める精霊は魂石をロックしている。サタンもエーストも、お前みたいな欲望に従順な奴は嫌いってことだ。分かったか?」

「そんなの嘘です」

「現実から目を背けるな。捏造したところで何も生まれないぞ」


 事実を否定するオスティンに対し、弥乃梨は負けを認めることの大切さを訴えた。でも、狐は偽りの黒髪の意見に耳を傾けない。捏造してでもかつて配下に居た精霊を取り戻そうと、彼は論戦から離脱する。


「素直に僕の言うことを聞いていれば良かったのに……ねッ!」


 オスティンの目が、いつの間にか充血していた。言葉で戦っても勝てないと分かった狐は、意地でも弥乃梨からサタンを略奪しようと時間停止能力を発動する。しかし、時の経過は止まらなかった。


「ラクト、お前……」


 後ろを見ると、赤髪が魔法を使っていた。『麻痺パラリューゼ』では物足りないと考えたラクトは、『入眠スパイト』を使用してオスティンを眠らせる。彼女のほうを注視すると、隣に居たはずのアイテイルが弥乃梨の魂石に戻っていることが判明した。


「警察に連れて行かないとね」

「いや、『欲望再現』も『反撃の狼煙』もチートクラスの魔法だぞ」

「強制送還しかないな」

「もしくは、魔力をゼロにするとか」


 オスティンの行動は封じたが、彼の欲望を抑えつけることに成功したわけではない。弥乃梨たちは、「この男をどのように更生させるか」という話し合いに入る。同じ頃、サタンが魂石のロックを解除した。と、その時である。


「先輩。私、逃げていたらダメだって気づきました」

「そ、そうか」

「だから、お願いです」


 突然の登場に驚く弥乃梨。だが、さらなる衝撃が偽りの黒髪を襲った。


「契約を、解除して下さい」


 弥乃梨も、ラクトも、紫姫も、目を丸くする。比較的良好な関係を築けていた気になっていたとばかり思っていたから、主人は自身の出した行動や指示を思い返す。しかし、いくら考えを巡らせても重大な反省点が見当たらない。


「せめて、離籍する前に俺に対してアドバイスを――」

「無いです。今まで従った方の中で一番優しいのは、紛れもなく先輩ですから」

「じゃあ、なんで契約解除なんて言うんだ?」


 自らの意思でカルテットを離脱するなら自由にしろ、それが弥乃梨のスタンスだ。彼に、自身の考えを押し付ける気は一切ない。だが、サタンは駒として強すぎた。他者の魔法を自由自在に無制限で使えるなど、あまりにも魅力的すぎる。


「そりゃ、嫌ですよ。こんなに優しい主人はそう居ません。オスティンと先輩のどちらかしか選べないなら、私は迷わず貴方のほうに付きます」

「なら、やっぱり契約解除は……」

「でも、私がオスティンが戦えば、あの男は諦めるはずです」


 サタンの思い描いた作戦は、試してみる価値があった。しかし、それをするなら契約解除なんて余計に有り得ない話である。現在の落ち着いたサタンなら再契約も容易いだろうが、もし核を攻撃されて暴走でもしたら、契約するときに戦闘を要することになる。


「なんで、サタンはそれほどまでに契約解除を望むんだ?」

「理由は単純です。そうしたほうがインパクトを与えるから、です」


 弥乃梨とサタンが目の前で契約を行えば、オスティンに敗北感と屈辱を味わわせることが出来る。サタンがどれほど狐仮面を嫌っているか理解したところで、彼女の本意を尊重した別の意見が生まれた。


「彼女である私が言うのもなんだけど、――それ単にキスでいいんじゃない?」


 力を封じ込められた中、目の前で自分が連れ戻そうとした精霊が他の男と接吻する。ラクトが提案した作戦でも、オスティンに敗北感と屈辱を味わわせることは可能だった。しかし、ここまで来て、サタンが頬を赤く染めて下を向く。


「契約でもないのにキスするのって、なんか節操ない女って思われそうじゃないですかね? それに先輩には正妻が居るわけですし、彼女ヅラするのは……」

「私の尊厳が危うくなったら仲裁に入るけど、基本的には全然オッケーだよ?」

「え……。じゃあ、先輩はどう思われますか?」

「全然構わないぞ」

「(なんなんですかね、このカップルは……)」


 弥乃梨とラクトがあまりにも簡単に許可を下ろしてくれたことに、サタンは驚きを隠せない。けれど、裏を返せば、二人ともサタンを信頼しているということになる。そうして、ついにサタンが折れる。


「わかりました。その方向で行きましょう。契約解除案は棄てます」

「それは良かった」

「でも、戦闘時に干渉するのだけはやめて下さい。これは、私とエーストがオスティンに対してどれほど強い怒りを持っているか、知らしめる戦いなので」

「わかった」


 サタン以外は皆、後方で見守る役に就いた。でもすぐ、「自分はやるべきことを終えた」と思った紫姫が魂石に戻る。その直後、サタンがオスティンのほうに歩き出した。距離が一メートルくらいになったところで、紫髪ロングは告げる。


「魔法の効力を解いてください」


 ラクトが責任をもって『入眠』を解除する。眠りから覚め、オスティンは閉じていた目を開けた。人影を捉える。まもなくその者の声を聞いて、彼はそれが誰だか理解した。しかし、内容は戦意を前面に押し出したものだった。


「お久しぶりですね、オスティンさん。早速ですけど、ここで戦うと建物を破壊することに繋がりかねません。なので、空中で戦いましょう」

「戦えば、サタンは僕の手に……」

「どうされますか?」

「やるに決まっているだろう! 僕は、また君と愉しい日々を送れるんだから」

「そうですか。では、さっさとこの通路から出ましょう」


 サタンはそう言い、五階通路の窓を開けて夜の街の上空へ繰り出していった。同じようにオスティンも向かう。

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