4-39 欲望再現《クリエイト・デザイア》-Ⅰ
海岸に近い学校から被災者を家に帰していく四人。弥乃梨たちがフルンティ市内にある全ての学校に通う生徒を家に帰すまでは、五時間近くを要した。作業を分担して効率よく行ったが、日の入りの時刻には間に合わず。でも、日の入り時刻を過ぎても作業を続けた。もちろん、色々と試行錯誤しながらである。
途中からは毛布も配った。市長が、キットと毛布をセットで配布しろと指示を出したのである。アイテイル含め、作業に携わっていた弥乃梨サイドは『命令』と最初捉えていたが、夜になるにつれて彼女の指示が正しいことを実感した。パーカーを脱ぐなんてとんでもない。
五時以降に訪れた学校では、スマートフォンを懐中電灯の代替品として用いる方法や情報収集ツールとして用いる方法も教えておいた。朝と夜の寒暖差が激しいことや津波の警報が解除されていないことなど、気象情報を正確にキャッチしておくことこそ自分の身を守る第一歩だと考えたからである。
与えられた全ての作業を終え、紫姫とサタンを魂石に戻すと、弥乃梨とラクトは市役所の屋上に降り立った。浸水した四階まで明かりは点いていなかったが、その代替として設置された一時的な職員の作業スペースである九階と八階は明るい。周囲が黒く染められていることとも相まって、余計に明るく感じる。
「終わったな」
「疲れたね」
「ラクトは早く休め。これ以上働いたら倒れてもおかしくないぞ」
「それは弥乃梨もでしょ」
「バカ。お前、二時間半ほぼぶっ通しで照らし続けたじゃねえか」
弥乃梨がバリアを展開するたび、ラクトはそこに明かりを灯して作業の効率化に努めた。主人の補佐をする赤髪の姿は、「餅つきのつき手とあいの手みたい」と紫姫に例えられる程である。
「でもそれ、おまいうだよね」
「でも一応、彼女の身体を思いやるのも彼氏の責任というか……」
「逆もしかりじゃん?」
「だけど、やっぱり二時間半も魔法を断続的に使ってたら、いつ、俺みたいにクラっとしてもおかしくないだろ。睡眠時間も俺より少ないだろうし」
「大丈夫だってば」
それでも、ラクトは「自分は平気」アピールを止めようとしない。弥乃梨は赤髪の意見を尊重して話を結ぼうとしたが、そんな時、お節介の気持ちが彼の口を動かした。彼女の両肩にそれぞれ手を置くと、偽りの黒髪は声を低くして言う。
「俺は元気なお前に惚れた。だから極力、ラクトには笑顔で居てほしい」
ラクトの赤い瞳に視線を集中させる弥乃梨。見つめられることに弱いという彼女の特徴を使って、自分の考えを少しでも聞いてもらおうと必死になる。赤髪の反応は彼氏の予想通りで、見つめられてすぐに顔を赤く染めてしまった。
「じ、じじじっ、じろじろ見んなっ!」
「見られるの、嫌か?」
「上に報道ヘリとか飛んでるし、今はこういうの控えてほしいんだけど……」
「なら、もっとだな」
さらに顔を赤くする彼女を尻目に、ラクトの頭の後ろに左手を回す。肩に置いていた右手を背中に回すと、弥乃梨は勢い良く彼女の体を自分の方に押した。すると、鼻の頂点どうしが当たるほど顔が近くなる。彼女の胸の柔らかさも異常なまでに伝わる。そして、静けさが鼓動を伝えるのをアシストする。
「ちょ――」
「こういうの好きなくせに」
「人の弱みに付け込むとか、なんて外道な……」
「おお、くっころフェイスも唆るな」
「……麻痺らせようか?」
「あ、結構です、はい」
あれほど笑顔を振りまいているラクトが冷笑を浮かべた。これには、弥乃梨も屈してしまう。けれど、偽りの黒髪がとった行動で赤髪の考えに変化が生じた。
「じゃ、今日はちょっと早めに寝よっか。食べて寝るだけだし」
「シャワーは?」
「浴びたいよ。でも、不公平じゃん。私たちだけ優遇される訳にはいかない」
副大統領から自宅へ帰させるように指示が出たのも、フルンティ市の市長が自ら出てきたのも、全ては特別扱いされているからだ。もちろん、それが全て悪いわけではない。誰かを助ける時、肩書きはとても役に立つ。反面、優先順位がそれで決まるときは批判の対象となってしまう。
「あくまで俺らは一般人ってことか」
「そういうことだね」
今後の方針が決まった後、二人は屋上を出て、アイテイルの居る五階備蓄庫を目指した。八階も九階も電気が点いていたが、階段は対象外だったので非常に暗い。とはいえ、二人ともお化け屋敷ノープロブレム組。手すりさえ把握出来れば、楽に下の階へ降りていくことが出来る。
けれど、五階に降りた瞬間に二人は異変を察知した。アイテイルの銀色の髪を月光が照らす一方、銀髪に向けられていた拳銃も照らしていたのである。「仕事の時間か?」と考えた弥乃梨は、自身の配下の精霊に対して銃口を向けている者に対し、怯えさせるために低い声で問うた。
「……なにをしているんだ?」
備蓄庫の電気は点いておらず、扉も閉まっている。五階には市議院があるが、椅子だらけの部屋は避難所として適さない。だから、被災者は誰ひとり五階に居なかった。もしそんな場所で事件が起きれば、完全犯罪までの道程は短い。
「あーあ、バレちゃったか……」
聞いたことのない声。けれど、そんなことはどうでもいい。弥乃梨の問いに答を返した者の声が低かった。それも女が作って出しているような声ではなくて、声変わりしていなければ出せない成人男性の声である。
刹那、弥乃梨はテロ犯の可能性を考えてバリアを展開した。続いて、五階の全ての窓が閉じられていることを確認し、ラクトが特別魔法で通路を照らす。しかも気を利かせ、オレンジ色の照明にしていた。
「助けてください!」
主人の顔を見てすぐ、安心したアイテイルが大声を上げた。もちろん静寂が主の世界に叫声が響けば、被災者にも職員にも事件が起こっていると判断されてもおかしくない。それゆえ、謎の人物は叫声を掻き消すように言い放った。
「黙れ!」
謎の人物は狐の仮面を被っていて、喪服と捉えられてもお隠しくないような全面黒ずくめだった。しかし、物質分析に特化したアイテイルに体格詐称は効かない。動こうに動けない銀髪の心を読んだラクトが、弥乃梨に情報を伝えた。
「身元はまだ分からないけど、あの狐は男。目的は公言してないっぽいけど、奴は銃を向けてる。だから、朝と同じようなテロ犯として考えたほうが――」
「いいや、俺はそう考えない」
弥乃梨はラクトの意見を仮定することさえ拒否した。もちろん、テロ犯の可能性を捨てた訳ではない。その前に確認しなければならないことがあったから、後回しにしたというだけである。
「狐。お前は、精霊を殺しに来たのか?」
「いいや、助けに来たのさ。彼女を脅せば、僕は精霊を取り戻せるからね」
わけがわからない弥乃梨。でも、男がアイテイルを殺そうとしてる理由が、ラクトの内心分析で明らかになった。赤髪は真剣な眼差しで偽りの黒髪に話す。
「あの狐は、サタンの元主人で、エーストとサタンの意思を衝突させた張本人」
「確か……、オスティンだっけか?」
弥乃梨が言うと、ラクトは大きく首を上下に振った。男の話から危険なにおいがプンプンしてきたので、主人は精霊を魂石に強制帰還させようとする。でも、不可能だった。偽りの黒髪のことを主人として認識しているものの、接続が分断されて帰路が断たれている。
「ハハハ! 絶望した顔ほど興奮する顔はない! それが特に女ならもっとだ! 陵辱こそ至高なのだ! さあ、もっともっと苦しむが良い!」
一輪の希望が消え、アイテイルの顔には絶望が浮かぶ。そのシーンを見たラクトは、脳内に自身の母と姉がレイプされた直後のシーンがフラッシュバックさせた。悲鳴こそ上げなかったものの、赤髪は顔を左右に振った後、『orz』のアスキーアートのように頽れた。まもなく、残された希望が魂石を出る。
「まずもって貴台に伝えることがある。――サタンが魂石をロックした」
「ロック?」
「そうだ。おそらく、前の主人から受けた痛みをフラッシュバックさせているのだろう。同時に、サタンは『怒り』の罪を負っている。あとは分かるな?」
「罪の力が膨張するとか?」
「そういうことだな。私見だが、サタンはエーストを完全に飲み込まないために必死になっているのだと思われる。一過性なのか継続するのか不明だからな」
精霊と召使が入れ替わることが一過性なのは常識だが、後者が罪源になった場合に関してはまだ分からない。紫姫は事実を根拠に私見を話した。しかし、彼女の口は止まらなかった。間も置かず、紫髪は弥乃梨に背を向けて言う。
「我は貴台の命令を遵守する。仲間のため、ともに戦う気は無いか?」
「あるに決まってんだろ」
弥乃梨の返事に、少しだけ紫姫は顔を綻ばした。一方、偽りの黒髪は仲間が被弾しないようにバリアを変更する。落ち込むラクトの背中を擦って慰めたあと、魂石を優しく握って強い思いをそこに込めた。そして、バリアの外に出る。
「さあ、夜戦の始まりだ」
「やってやろうじゃねえか」
弥乃梨は双剣を構え、紫姫は魔法を打ち消す銃を構える。一方オスティンは、二人が戦闘態勢に移行しようとしている事を知り、お約束である『余裕タイム』を終了した。くっころをはじめとする陵辱が好きな狐は、初手、自らの変態性癖を開花させたことで取得した魔法を用いる。
「――透徹緊縛――」
使用宣言から一秒も経たないうちに、アイテイルの顔が変化し始めた。痛みを感じたことで、絶望から抵抗へと意識が変化したのである。銀髪は歯を食いしばり、見えない縄から逃れようともがく。しかし、これがオスティンの特別魔法の一つだった。そして、これまた自身の変態性癖から生まれた特別魔法を使う。
「――溶服――」
見るに堪えられなくなり、紫姫がオスティンに銃口を向ける。しかし、彼の魔法はラクトと同じで不可視化できるものだった。言い換えれば、『マギア・イレイジャー』でなんとかなる相手ではないということ。
「残念だったな!」
「い、いや、嫌です! 見ないでください!」
アイテイルの着ていた服が溶けていく。比例して、縄によってつけられた痣が顕になった。しかし銀髪は、局部を隠すことも出来ない。ただ顔を赤く染め、必死に抵抗するだけだ。弥乃梨は堪えられなくなり、ついに特別魔法を使用した。
「――跳ね返しの透徹鏡壁――」
アイテイルを中心に、半径一メートル圏内をバリアで囲った。彼女の恥ずかしさを少しでも和らげようと、弥乃梨は魔法を転用し、バリアの色を白色にする。一方、オスティンは追加攻撃を行った。だが、見事に弾き返されてしまう。
「なん――」
「変態野郎はさっさと退場しろ!」
隙を狙い、弥乃梨は『六方向砲弾』も使用した。防御に転じることが出来ず、オスティンはこの攻撃を直に受ける。だが、彼は懲りていなかった。サタンを取り戻すため、脇目もふらずに特別魔法を使う。
「次のターゲットは……お前だ」
「させるか!」
紫姫はすぐさま拳銃を構えて魔法使用を宣言し、連射した。直後に銃弾が進む道を推測し、そこから離れる。もちろん、命中場所の予測はオスティンもしていた。しかし、量なら圧倒的に紫髪のほうが上だった。
「冷たっ!」
紫姫が狙った場所は手だ。理由は単純。オスティンを拘束するためだ。紫姫は拳銃を向け、狐に鋭い眼光を向ける。声も最大限に低くし、威圧感を出す。
「謝らなければ追加で連射してもいい。その場合、凍傷するが」
「さて、どうかな?」
オスティンはそう言って顔を綻ばせた。弥乃梨と紫姫の顔に不安げな表情が浮かぶ。刹那、狐は凍傷状態から回復した。だが、薬品は使っていない。明らかに魔法を用いて状態異常を治している。そんな中、狐自ら答え合わせをした。
「僕の特別魔法は『欲望再現』。魔力がある限り、僕は思い描いた物体を思い描いたように出来る」




