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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
四章 ギレリアル編 《The nation which has only women.》
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4-38 学園都市・フルンティ-Ⅳ

 第二波襲来から一時間弱に渡って、弥乃梨とラクトは逃げ遅れた人が居ないか捜索にあたった。だがギャル集団を救出してから収獲は全くなく。その頃にはもう、ともに体力の限界を感じていた。海岸に一番近い高校の魔法が使用できる女子生徒三名からデバイスを返してもらうと、二人はフルンティ市役所の屋上に降りて捜索作業を中断した。


「お見事じゃね」


 弥乃梨とラクトが行政機関の屋上に着いたと同時、ゴスロリ服を着た幼女が言った。一方、褒められているのか馬鹿にされているのか理解しづらい発言に、「は?」とか「なんだこいつ……」と困惑する二人。でもすぐ、赤髪があることに気付いた。胸ポケットに着いているプレートに、容姿からは考えられない役職名が記されていたのである。


「あの子、フルンティ市の市長さんっぽい」

「市長ってそんな……」


 だが、そう言ったのも束の間。ラクトが「ほら」と言ってプレートを指差したことで、弥乃梨も衝撃的な事実に気づいてしまう。明らかに、名前の隣には『The mayor』と書かれていた。しかし、言葉遣いを踏まえると本当に市長職とは考えられない。そこで、偽りの黒髪がロリに問うた。


「非常に失礼な質問なんだが……、貴方は市長か?」

「はい、私はフルンティ市の市長じゃね。こう見えて、年齢は二三歳じゃね」


 あろうことか、市長は織桜と同年齢。信じがたい話だが、本人の口から発せられた言葉を受け取らないわけにもいかなかった。だが、今は相手の体格や性格について聞き出す時頃ではない。弥乃梨は謦咳を入れると、市長に対して質問を続けた。


「それで、俺たちに何の用だ?」

「貴女たちへの苦情じゃね。連邦軍が救助作戦の邪魔だと言っているんじゃね」

「邪魔……」


 だが、弥乃梨とラクトを救助作戦から追放したいわけではなかった。


「けれど、魔法を使用して防波壁を作った点は連邦軍からも賞賛を得ているんじゃね。もちろん、一時間もの間ノンストップで働き続けたことも高く評価しているんじゃね」

「つまり……どういうことだ?」

「救助作戦のお誘いが来ているんじゃね。任務ミッションは――」


 市長は目を閉じ、深呼吸した。そうやって間を入れた後、彼女はこう告げる。


「――生徒全員を、学生寮に帰らせることじゃね」

「それは、命令か?」

「貴女も知っているだろう、我が国の副大統領様が発せられた命令じゃね」


 弥乃梨はそれ以上反論できなかった。フルンティ市の上空で一時間も捜索活動を続けたのは、紛れもなく副大統領の命令による。さらに辿れば織桜の命令になる訳だが、エルフィリア王国側から作業中止の指示が出ていないことを踏まえると、派遣されたギレリアル連邦政府に従わない他ない。


「しかし、現在時刻は三時ちょっと前です。日の入りまでの二時間半で出来るとお思いで?」

「貴女が所持している精霊は三体じゃなかったじゃね? なかには、魔法を複製する者も居るそうじゃね。それに、二人で行えば効率が上がると思うんじゃね」

「確かに、効率が上がらないことはないが……」


 弥乃梨は決断しように出来なかった。優柔不断と受け取ることもできるが、決断できなかった理由は、つまるところ「なぜサタンの情報が漏れているのか?」という疑問が払拭出来ていなかったため。ボランティア精神旺盛な偽りの黒髪は、体力的負担をこれ以上掛けることに抵抗を感じていなかった。


「横から口を挟んで申し訳ないんですが。――その情報、どこから仕入れましたか?」


 主人が動かなければ召使が動く。相互補完の関係にあった二人からすれば、それは当然のことだった。ラクトは内心を読むことも出来たが、ここで必要になってくるのは、嘘を吐くか否か。すました顔で嘘やデタラメを話す者など政治の世界では数知れない。だからこそ、嘘で塗り固められた説明が成されていないかを確認する必要があった。


「インターネットじゃね。たとえば、これとかじゃね」

「これは……」


 ゴスロリは、ご丁寧に自身のスマホでSNSサイトを見せてくれた。その中で、フルンティ市長公認アカウントでログインしていることが判明する。同時に、幼女市長が被災者支援を呼びかけていることも分かった。そして、左のほう。『検索上昇キーワード最新10件』の項目中に、弥乃梨とラクトのことを指していると思わしきフレーズが見て取れた。


「『フルンティの英雄』とか『フルンティの奇跡』で、写真が上がっているんじゃね」


 データ・アンドロイドを校内に連れ込めないクソ仕様なため、海岸に一番近い高校の生徒たちは皆スマートフォンを所持していた。撮られた場所的にも合致している。ガスも電気も水道も止まった中、たった一つだけ残った日常生活を実感できる代物。生徒達はそれを用い、目の前にある危機的状況を共有して不安を紛らわしているのだ。


「それに、写真だけではないんじゃね。この投稿を見るんじゃね」


 写真に目を奪われている二人に、市長は文章の投稿を見せた。彼女が使用しているSNSサイトは俗にいうツイッターのようなツールで、百五十字以内で自分の気持ちを投稿することができる。でも、自分の意見を百アルファベット百五十字で以内伝えるのは難しい。


「へえ、短く書くのが主流なのか」


 至極当然のことだが、漢字仮名交じり文で綴られた小説とアルファベットのみで綴られた小説では、後者のほうが分厚い本になる。文章で、しかも限られた文字数で議論する際、漢字の役割はとても大きいのだ。だから漢字という概念がない場合、どうしても短文が主流になる。


「ここには、『英雄がんばれ』とか『フルンティを救え』とか書いてあるんじゃね。中には、貴女達の熱狂的なファンも居るようじゃね」


 しかし、信者が居ればアンチが居る。弥乃梨たちを応援するコメントがある一方で、『異国人は帰れ』とか『低身長が出しゃばるな』とか、差別的な文章も数多く投稿されていた。でも、批判的な投稿よりは賞賛する投稿のほうが何倍も多い。そして、それらを見せた後でゴスロリは言う。


「私の主張の根拠はSNSじゃね。これで、信用してもらえたかじゃね?」

「信用しないわけにいかねえだろ、ここまでされたら」


 現地に居なければ、『組織的に投稿している』とか『CGを使用している』と、市長の話の正当性をさらに追求してもおかしくない。だが、弥乃梨もラクトもフルンティ市の上空を一時間も飛んでいた。その中で、数多くの人が携帯端末を手にしているのも見ている。


「ありがとうじゃね。それじゃ、私についてくるんじゃね」


 市長はそう言い、弥乃梨とラクトを引率して下階へ向かう。各階の会議室や更衣室に多くの人々が避難している光景を見ながら、合法ロリは五階で階段を出た。非常用電源は夜間まで使わないようで、廊下の照明は一切点いていない。突き当りまで進むと、市長は取り付けられていた懐中電灯を手に持った。


「ここは何の部屋だ?」

「備蓄庫じゃね。住民登録してある人数分、ここに『災害時用キット』が備えられているんじゃね」

「災害時用キットってなに?」

「見れば分かるんじゃね。まあ、待たれるべきじゃね」


 ラクトの質問にそう返し、市長は備蓄庫の扉に取り付けられていたディスプレイに触れる。装置は最小照度で起動した。ディスプレイにタッチして画面内にキーボードを出すと、英字と数字を使ったパスワードを素早く入力する。エンターキーを押した刹那、備蓄庫の扉が開いた。


「どうぞ、付いてきてください」


 懐中電灯を点け、市長を先頭に三人は備蓄庫の中へ入る。市民が電気なし生活を強いられそうだからこそ、非常用電源を使用したくない。行政はとても住民思いだった。そんな彼女らに感化され、ラクトが魔法使用に踏み切った。


「あれ、光が点いたんじゃね?」

「私の魔法です。囲まれた空間を照らすことが出来ます」

「ありがとうじゃね」

 

 市長はそう言って一礼した。備蓄庫には窓がないので、懐中電灯では全体を見渡しづらい。でも、ラクトの魔法なら照明を点灯させずに部屋全体を明るくできる。もちろん、『災害時用キット』も苦労せず見つけられた。合法ロリは『公人用・予備用』の棚に置かれていた中の一つを手に取ると、ダンボールを開封して弥乃梨とラクトに中身を見せる。


「強化ダンボール一箱の中に、水五百ミリペットボトルが三本、乾パンが二缶、黒袋、カッター、ライターがそれぞれ一つずつ入っているんじゃね。ダンボール上面の点線の円に沿ってカッターの刃を入れ、黒袋でその穴を覆えば、簡易トイレが完成するんじゃね」


 災害時用キットは、『公人用・予備用』と『一般用』、それに『十三歳以上用』と『十三歳未満用』の四種類で区別されていたが、『十三歳未満用』を除く全ての災害時用キットはカッターで開封する形になっていた。肝心のカッターはというと、裏返したところの凹みに透明なシートで覆われて入っている。


 一方『十三歳未満用』は、カッターもライターも入っていない。これは犯罪対策だ。そのかわり、カッターでダンボールに穴を開ける必要はない。最初から穴が開いていて、そこに透明なシートが貼ってある。それを剥ぐことで、中に収納してある食べ物と袋を使用できる。


「つまり――」

「これを運ぶんじゃね」

「ですよね」

「知ってた」


 弥乃梨もラクトも、思っていた通りの結果に口から言葉が漏れてしまった。でももう、引き受けた仕事を断ることは出来ない。大まかにこれから行うことを把握すると、赤髪が災害時用キットを三十箱くらい収納できるケースを作り、偽りの黒髪がそこにどんどん詰め込んでいった。だが、作業開始から十秒も立たない内にアイテイルが横槍を入れる。


「私は、魂石を使ったほうがより効率的に物事が進むと思うんですが……」

「いや俺、テレポート使うから」

「なら、ラクトさんに一式預ければいいじゃないですか。渡す係一人と連れて行く係三人って、私的にはちょうど良いバランスだと思うんですけどね」

「いや、紫姫は渡す係だろ……」


 飛べば飛ぶほど速いスピードになるので、紫姫は被災者を自宅に帰す役に向いていない。むしろ、ラクトと同じ渡す係に回ってもらったほうが良かった。どのみちまた、無理のない範囲で弥乃梨の分身が召喚される。それこそサタンだって、魔法を複製すれば分身を召喚できる。そうなると、足りなくなるのは被災者に災害時用キットを渡す人だ。


「けど、アイテイルの案をちょっと修正して採用する。俺とサタンが帰す役、ラクトと紫姫が渡す役、アイテイルがキットの在庫確認などをする役。そういうことでいいか?」

「市役所の職員も使っていいんじゃね」

「なら、アイテイルのところにプラス市役所職員だな。……異論はあるか?」


 弥乃梨の考えに全員が納得した。だが、その後で市長から意見が出る。


「自宅が浸水した人に関しては、市役所の会議室などを無償提供するんじゃね」

「太っ腹だな」

「もっとも、学生寮の一階は駐輪スペースとか駐車スペースになることが大半だから、被害を受けたのは二階から四階までの住民ということになるんじゃね」

「けどそれ、結構な数だろ。千人は軽く居ると思うが――」

「いざとなれば、職員は市営住宅という選択肢があるから問題ないんじゃね」


 市長は顔を綻ばすと、「心配するな」と言って弥乃梨を激励した。偽りの黒髪は「分かった」と返し、ラクトの手を握って合法ロリに背を向ける。赤髪がケースを戻した後、主人はアイテイルの耳元で「パイプ役は任せた」と告げた。そして、声に出して魔法使用宣言をする。行き先は、海岸に一番近いあの高校だ。




 『瞬時転移(テレポート)』して着いた先で、弥乃梨は真っ先に紫姫とサタンを召喚した。方やラクトは、弥乃梨が身に着けていた魂石三つを一時的に預かる。名実ともにタラータ・カルテットの指揮権を得た赤髪は、早速アイテイルに対し魂石越しに「送っていいよ」と言った。続いて彼女は、弥乃梨ら三人とともに教師陣が居る場所に向かう。


 教師陣からも生徒からも、四人は歓迎を受けた。しかし、誰も歓迎されることを望んでいない。四人は、まだ歓声が鳴り止まなくても本題に移った。でも、説明したのはラクトではなく弥乃梨。ダンボールの輸送スピードが想像したのより早かったことが原因だった。


「津波によって体育館を使うことが難しい状況になっています。申し訳ありませんが、皆さんには自宅に帰ってもらいます。しかし、電気もガスも水道も、食料だって十分な量が確保できていません。そこでこれから、災害時用キットを皆さんにお配りします。もらった人から私のところへ来てください」


 生徒の中にざわめきが走った。校舎から見るに、学生寮と思わしきマンションはほぼ無傷だったが、四階以下の窓は無い。それでも一階がコンビニ、二階が駐車場らしいので、実質二階分が被害を受けていることになる。


「紫姫、サタン。二人は東棟に緊急避難させた十人を担当してくれ」

「了解です、先輩」

「把握」


 学生寮の損害把握と並行して、弥乃梨は紫髪コンビに指示を出した。本来ならラクトがするべきことなのだが、彼女は自分の仕事で手一杯。魂石こそ持っていないものの、赤髪に指揮権が移っていないも同然だった。とはいえ、二人がペアなことに変わりはない。紫姫とサタンが東棟に移動した後、弥乃梨が言った。


「それじゃ、始めようか」

「そうだね」


 午後三時すぎ、長い長い戦いの幕が切って落とされた。




 五分くらいして紫姫とサタンが東棟に逃げた被災者全員を家に帰し、弥乃梨とラクトのほうに移動した。そこからは、二組体制で物資の支給を行う。作業開始から二十分くらい経った頃にはもう、学生寮であるマンションの低階層に住んでいた生徒たちのみが屋上に残る形となった。教師も、生徒と同じように自宅に帰っていた。


「二十人か……」


 災害時用キットを手にしたまま、彼女達は弥乃梨に視線を向けている。被害が出たのが海岸に一番近い高校だけなら浸水被害を受けた生徒の家の整理を手伝うことも出来たが、弥乃梨たちはフルンティ市内にある全ての学校の生徒を自宅に帰らせる任務を背負っていた。


「これから市役所に移動します。自宅に戻れるのは明日以降となりますが、いいですか?」


 ラクトが申し訳無さそうに話すと、何も言わずに残った二十人の生徒は頷いた。刹那、弥乃梨はバリアを展開しようとする。でも、これを紫姫が止めた。彼女は偽りの黒髪の上腕を掴むと顔を左右に振って、「我らがやる」と小声で言う。精霊の積極的な行動を否定する訳もなく、弥乃梨は「おうよ」と返した。


「ラクト、次の学校に行くぞ」

「わかった。確か、次はあそこの中学校だったはず」


 ラクトが指差したところの中学校までは、距離にして五百メートルほど。弥乃梨は赤髪から学校名を聞くと、彼女の手を握って魔法使用宣言を行った。一方、残された二人の精霊は用意された避難所へ二十人の生徒を連れて行く。



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